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黒い炎  作者: 陸奥守
第四章 憎しみの果てに行き着く所へ
61/424

エディの戦い


 空母ハルゼー艦内には複数箇所の士官サロンが用意されている。

 軍艦であるからして軍人が多数乗り込んで居るのだが、その中身は千差万別だ。


 戦闘に関わる砲雷科。艦内の様々な業務を引き受ける船務科。

 船の運航を掌る航海科。艦載機などの整備を行なう飛行科。

 さらには、電源や動力源を一手に引き受ける機関科。

 そして、乗組員の日々の食事など生活を支える補給科。

 医療業務などを行なう衛生科。大まかに分ければこのような形態となる。


 軍隊と言うモノはその全てが究極の縦割り組織であり、艦長を頂点に複数の副長を置き、それぞれの副長が所轄科を管理統率する形態となる。それゆえに士官サロンも複数設置されていて、航空科にはハルゼーへ乗り込んだCVW麾下のVFA用に、ちょっと小さめの士官サロンが複数設置されていた。


 その一室。

 501中隊に宛がわれた中隊控え室は航空科士官サロンの一つなのだが、士官候補生である7人を教導するために使われている、いわば小さな士官学校なのだ。

 部屋としてはそれほど大きくないが、フルメンバーの11人を入れてもまた余裕のある面積だ。そして、この日の教室は緊迫感に包まれていたのだった。


「なんでまたこんな事を」


 やや不機嫌そうに吐き捨てたディージョ。その隣には同じく不機嫌そうなヴァルターがいる。みな同じ様に険しい表情で室内に集っている。だが、その眼差しの先はバラバラだ。


「これってつまりどういう意味だ?」


 ウッディは不思議そうに呟く。

 そんなウッディにジャンが答えた。


「権力闘争っていうのは、相手の失敗がチャンスなんだよ」

「そんなん卑怯っすよ!」


 まだまだ幼いロナルドは分かりやすく憤る。真っ直ぐな性格と言うのは、子供ならば褒められるものだ。だが、大人の場合だと単純で無用心なバカ扱いだ。それに気が付いた時から、ある意味で大人の仲間入りなのかもしれない。


「黙って応援しておけ」


 怒りを噛み殺しているドッドは、ウンザリといった溜息をこぼした。

 その溜息ににつられて、アチコチで溜息の連鎖反応が発生する。


「エディってスゲェな……」


 感心したように呟いたジョニー。

 皆の視界には、アレックスの見ている別の部屋の光景が見えている。

 それは、エディ以下の501中隊の士官が集められた簡易査問委員会だ。


「これが士官の仕事だ。いつかこうなるかも知れないからな」


 ドッドの吐き出した言葉に皆が震えた。

 アレックスの視界の向こう。

 名も知らぬ大佐の率いる5人の査問委員は、次々と厳しい言葉を浴びせていた。

 ただ、エディも負けておらず、のらりくらりと躱しては厳しい言葉を返す。


 査問委員会の言わせたい言葉は『責任を取ります』なのだろう。

 そして、エディも責任は取るが、その後は知らないと繰り返している。


 政治的暗闘というものをジョニーは初めて見たのだった。










 ――――2246年 5月 20日 午前11時

      ニューホライズン周回軌道上 空母「ハルゼ―」艦内










 ――別室


「では、少佐は戦闘手順に問題なかったと考えていると?」

「えぇ。もちろんですとも」


 何処かから来た査問委員は中佐の階級章だった。

 その言葉は辛辣なもので、遠回しに不手際を攻めている。

 だが、エディは涼しい顔で肯定しつつ、手厳しい言葉を返す。


「むしろ、戦闘せずに教育進捗を計れるなら、それをうかがいたい」


 両手を控えめに広げ薄ら笑いを浮かべるエディは手を緩めない。


「いずれ戦闘に出れば少なからぬ犠牲を生むでしょう。我々は全くデチューンされてないモデルで戦闘していますが、生身のパイロットには手に余る物です。ですから、早かれ遅かれ犠牲は発生したと考えます。これは回避出来ないでしょう」


 戦闘機とは次元の違う機動力のシェルだが、それを生身がコントロールするのはほぼ不可能なのかも知れない。生体反応速度を越えるコントロールが可能ならばこその秒速34キロだ。

 頭で思考し、それを運動神経がレバーやスティックの操作に変換し、その操作をシェルのコンピューターが受け取って考えて、こう操作したいのだろうと推測の上でシェルの機動を行う。

 その一連のごく僅かなタイムラグは、秒速22キロ少々になる生身向けシェルだったとしても無視出来ない時間的ロスとなってしまっている。


「では、現状で少佐が判断するに、生身ではシェルを扱いきれない……と」

「それも微妙な問題かと思われます。大佐殿」


 肯定も否定もしないエディの切り返しは、査問委員に少なからぬストレスとなっている。そもそもこの席は、連邦軍参謀本部による、シェルパイロット育成プログラムにおける、進捗状況確認の懇談会だ。


 誰かに責任を取らせるべく、根掘り葉掘り攻め立てるのが本義では無い。

 だが、実際には査問状態になっていて、エディ以下4人の士官は監督不行届を攻め立てられている。先に行われた生身のシェルパイロット候補生達に対する()()()()の中で、残念な事に3名ほど死傷してしまった事に対する問責なのだった。


「では扱えるのに死人が出たのは何故かね?」

「いや、ですから」


 エディは1度言葉を切り、微妙な間を開けた。

 こう言った部分の駆け引きは場数と経験と、そして、度胸だ。


「生身が扱うには適性と言った部分における()()()()()を孕んでいるのであります。大佐殿」

「……出来れば具体的に表現してくれないかね、少佐」


 不意にそっぽを向いたエディは、部屋の片隅で速記を続けていた准尉を見た。

 ふと目があった准尉は背筋を伸ばす。


「コレは独り言なので記述しないでくれ給え」

「……ですが『独り言だ』……はい」


 力で押し切ったエディはそっぽを向いたまま呟いた。


 ――明らかに人種的な適性優劣があった場合、それを明記すると余計な波風が立つのでは無いかと思うのだけど、どうして理解してくれないかなぁ……


 ややオーバー目に『ハッ!』と気が付いた素振りを見せたエディ。

 人種差別と言う問題は、まだまだタブーとして地球連邦軍のなかに残っている。

 それを記述するのは後々の情報公開時に炎上しかねない問題だった。


「筆記担当」

「はい」

「最後の記述を読み上げたまえ」

「えぇ…… 出来れば具体的に『あぁ、それでいい』


 名も知らぬ大佐は記述担当の言葉を遮って間を取った。

 これもまた交渉のエキスパートが見せる姿だ。


 ただ、エディが蹴り込んできた強烈なキラーパスを大佐はスルーした。

 いやむしろ、スルーせざるを得なかった。ここで減点するようなミスをすれば、将官への昇進が怪しくなる。


「少佐。解っているとは思うが……」

「えぇ、重々承知していますとも。大佐殿」


 エディは眉根を寄せて困った様に笑った。

 この懇談会とは名ばかりの査問委員会は、そのメンバーの殆どをロイエンタール将軍とは違う派閥の人間が送り込んでいる会合だった。そして、その頂点にある人物は、ロイエンタール将軍とは国籍も人種も住む世界ですらも違う存在だった。


「無能者など用無しだと言われるのなら、退場するのは吝かではありません」


 ロイエンタール将軍麾下にある501中隊は莫大な実績を上げている。

 そしてそれはロイエンタール将軍の直下にあって独立機関になっている。

 501中隊が活躍すれば、それだけ将軍の立場が強固になって行く。

 つまり、ここで排除出来るなら、それをしておきたい勢力があると言うことだ。


「ですが、その後になって戦線逃亡と指を指されるのは心外ですので、こちらの懇談会メンバー全ての署名入りで命令書を起こしてください。今後、シェル戦闘による死傷者が出ても、我々は関係なく、また……」


 エディはまず501中隊を護る必要に迫られた。

 そして、501中隊の保全が、すなわち、ロイエンタール将軍を護る事に成る。


「シリウスシェルと互角以上に戦えるのが我々だけだと承知の上で更迭したと、そう書いてください」


 ニヤリと笑ったエディは黙って足を組み、相手を見据えた。その顔には傲岸な支配者の色が浮かび上がっていた。負け戦をひっくり返す戦術と戦略を、ジョニーは初めて見たのだった。


「……少佐。少しで良いから、譲歩してくれんかね」


 取引を持ちかけてくる以上、この大佐は明らかにかなりの力を持っているのだと皆は思う。

 明らかに仕組まれているという空気をジョニーも感じているし、上手く切り抜けないとすり潰されるように消耗させられて、やがては中隊機能を維持できなくなり解散してしまうのだろう。


「取引ですか?」


 エディは全部承知の豪速球な返答を返し、大佐の表情が苦悶に満ちる。

 だが、エディにすれば、そんなモノを考慮するほど義理がある訳でもない。


「少佐たちの処遇に関しては、なんら変わらないと保証出来る」

「まぁ私を含めた実験中隊は、宇宙にいること自体が奇跡ですから」


 何とも自嘲気味な言葉をはいたエディ。

 サイボーグの兵士については、連邦軍内部でも様々な論議があった。

 死にかけてサイボーグ化し、尚も戦いを強要していると言う批判は根強い。

 本来ならパープルハート(名誉負傷勲章)を貰った時点で名誉除隊が普通なのだ。


「少佐たちの特殊な能力を必要とするのは仕方がない」

「ですな。コレは非常に役に立ってます」

「ただ、建て前として死者にむち打つ如き扱いは困るのだよ」

「その件については解決済みのはずです」


 エディはたたみ掛けるように凶手を撃ち込んだ。

 目に見えない剣で斬り合っているかのように。


「私を含め、実験中隊は全員が志願兵です」

「志願兵とて契約の中に名誉除隊があるのだよ」

「我々は本人の意思としてここにいます」


 かみ合わない論議を続けるエディの姿勢に、大佐はホトホト困り果てた。

 ハードネゴシェーターと聞いていたが、その手強さは想像を軽く超えている。


「大佐殿の必要な結論とはどの様なものですかな?」


 敢えて直球勝負を選んだエディ。

 大佐は表情を引き釣らせた。


「結論ありきの話ではない。この席は懇談会だからな」

「では、小官は何を譲歩せねばならないのでしょうか?」


 全部承知でさらに鬼手を叩き込んだエディ。

 大佐の表情は大きく歪み、エディは楽しげに笑う。

 そのコントラストに、懇談会の出席者は極限まで顔を引きつらせた。


「そこは…… なんとか察してくれんかね」

「生憎と小官は相手の思惑を読み取るレーダーを実装してませんので」

「……………………そうか」

「機械に多くを期待されませんよう」


 グッと眉根を寄せた大佐は、鋭い視線でエディを睨み付けた。


「……交渉は決裂と思って良いかね?」

「いえ、そうは言っていません。ただ、空挺降下するにしても地上情報無しでは困ると言うことです。まずは着地点の情報が必要です」


 全くブレないエディの姿勢に、大佐は手にしていた書類をバサリとテーブルへ落とした。


「なるほど」


 目頭を押さえてグリグリこすりつつ、大佐は萎むような溜息をこぼした。


「大したハードネゴシェーターだな」

「お褒めに与り光栄ですな」


 フゥと一つ息を付いた大佐は、もう一度書類に目を落とした。

 重症を負った訓練生二名はサイボーグ母艦アグネスに収容。

 ほぼ即死の一人は遺体を収容し地球へ送り返されることになった。


「少佐。貴官らが色々と風当たり強いのは承知してくれていると思うが」

「勿論であります。故に直接の上司となるロイエンタール将軍にも余計な心労をお掛けしています」

「少し肩の荷を降ろすつもりは無いかね」

「我々は志願兵です。苦労は買ってでも背負い込みます」

「その言葉、言質とするぞ?」

「ええ、構いません。むしろ歓迎します。さらに言えば」


 エディはすぐ近くのモニターに自分の頚椎バスからケーブルを繋いだ。モニターに再生されたのは、先の戦闘でエディが見ていた戦闘シーンだ。激しい機動を取りながら突っ込んでいくエディ機は、生身のパイロットには出来ない運動をしながらシリウスシェルを撃破していた。実際の戦闘映像は独特の映像酔いを引き起こすが、エディは構わず再生していた。


「我々はサボタージュしていた訳ではないです。ごらんの通り、生身には出来ない事をやりながら、敵を撃破していました」


 次にエディが見せたのは、のっけから喧嘩腰に近い物言いで始まった懇談会の映像だ。その映像を見た懇談会のメンバーは、エディに責任を認めさせるべく圧力的な言葉を次々と投げ掛けている自分達の姿に、背筋を寒くした。

 圧迫面接そのものなやり方は、軍のオーナーコードに抵触しているだけでなく、一歩間違えれば名誉毀損に当たる言葉が多数含まれていた。


「我々サイボーグは、会話の音声も画像も全て記録出来るます。もちろん、ご覧のように外へ漏れ出すこともありえます。我々がどれほど気をつけていても、ハッキングなどで被害を受けた場合、情報流出しないとも限りません」


 その言葉を額面通りに受け取るようなマヌケはここには居ない。

 エディの脅迫がなにを意味するのか。その実情はイヤと言うほど分かっている。


「万が一にもロイエンタール将軍が更迭されれば、シリウス派遣軍団の最高責任者が代わることになります。マスコミなどにすれば格好の…… スキャンダルでしょうな」


 重い沈黙が懇談会の会場を押し包んだ。

 事実上の査問委員は迂闊な言葉を言えなくなり、大佐は打つ手が無くなったことを知った。会の冒頭を一方的に支配した査問委員達は、それら全てがエディのとった戦術的な一時的敗北であり、同時に追求側の企み全てが失敗したことを認めざるを得なかった。


「少佐」


 薄笑いで視線を向けたエディは、その表情で返答した。

 何とも相手を小馬鹿にした対応だが、この場でそれに声を荒げるような無様は、誰も出来なかった。もちろん、屈辱感に震える大佐もだ。


「……まもなく、工場コロニー群へ資源輸送船団が到着する」

「それは重畳ですな。我が軍も遂に生産と補給を一本化出来ます」

「だが、シリウスにしてみれば……」

「仰ることは良く分かります。敵にしてみれば、絶対に叩きたい相手ですな」


 エディは薄々と気付いていたロイエンタール将軍の敵の正体に確信を得た。

 彼等は現状の戦力で上手くやりくりしつつ、戦争を終わらせる方向で振る舞っている将軍が邪魔なのだ。


「我が軍は戦闘兵器の生産を加速させている。それは少佐も知っていよう」


 そう漏らした軍人にあらざる委員は、遠回しにエディへ取引を持ちかけ始めた。

 まだ何も言っていないが、その言葉の端端には生臭い金儲けの臭いがする。


「シリウス側にも戦闘兵器を売った企業の株価が、また上がるでしょうな」


 お見通しだと言わんばかりにエディは布石を打った。

 つまり、そちら側の利権を持つ者は、まだまだ利益を上げたいのだ。

 友軍の兵士に死人が出たとしても……


 いや、多少出た方が都合が良い。

 工場コロニーでより一層強力な兵器を生産し、軍がそれを買い取る。

 そして企業は業績を伸ばし、その企業の株を持つ者は更に儲ける。


「少佐。近く新規発行株の第三者割当募集があるのだが、君も一枚乗るかね」


 露骨な買収をエディは鼻で笑った。


「大佐殿。小官はイチ軍人に過ぎません。また、それが誇りであります」

「……喰えン男だな。大したもんだ」


 頭を下げて両手を挙げた大佐は、降参のポーズだ。

 全ての交渉が全くの無駄だと気が付き、そして、諦めた。

 ただ……


「我が軍は手持ち機材だけを使って絶望的な戦闘を行ってきた。だが、ここで初めて本格的かつ有効的な全面反撃を開始する事になる。工場コロニー軍はこれから生産ロボットの本格稼働をはじめ、莫大な生産力を見せつけることになるだろう」


 大佐は椅子に座り直して笑っていた。

 開き直って遠慮無く言葉を吐いているようで、その実、言い回しには隙が無い。


「シリウスにしてみれば、工場コロニーの存在は非常に厄介だ。故に、向こうも必死になって妨害してくることが予想されている。また、コロニーだけで無く、資源輸送船も厳しい状況下に置かれる。言うまでも無く、人的被害も深刻になる」


 目を開きエディを見た大佐。

 エディも承知の上だと言わんばかりに笑った。


「我々の責任は重大ですな」

「あぁ、それを理解してくれれば良い」


 大佐は立ち上がり、()()()メンバーに退室を促した。


「少佐。貴官の活躍に期待する」

「ご期待に応えられるよう万全を尽くしましょう」

「そう祈りたいものだね。10光年を出張しているんだ」


 大佐は寂しそうに笑った。


「手土産無しでは家に帰れんのさ」

「色々と大変ですな。お察しします」

「すまんね」

「これから激戦が予想されます。我が隊は無理を重ねる事になるでしょう」


 最後にエディは釘を刺すことを忘れなかった。


「無理をするからには、それなりの補給が要ります」

「分かった。担当部署に便宜をはからせよう」

「よろしくお願いします」


 アレックスの視界越しにエディを見ている中隊の面々は、厳しい交渉の終わりにホッと胸をなで下ろした。

 そして、緊張感溢れるエディの背中を見つめるのだった。

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