火と鉄の試練
―――――――2246年 5月 1日 午前11時
ニューホライズン公転軌道上 ラグランジェポイントL4
地球連邦共同所有地 第1コロニー『ホルス』付近
「急激なターンするとシェルも速度が殺されるから注意!」
「イエッサー!」
「エンジン推力はシェルが勝手にやるが、推力優先は先に指示して」
「イエッサー!」
L4コロニー群の第1コロニー『ホルス』近郊。
生身のシェルパイロット候補を相手にした、501中隊によるシェルトレーニングが始まっていた。複座のシェルはタンデムコックピットが装備され、前席には生身のパイロットが、後席にはジョニーたちサイボーグが搭乗した。
複座のシェルを宛がわれた時から、搭乗していないパイロットの変わりに死重を乗せていた。それ故、重心の変位や重量の変化に余り支障は無かった。ただ……
――ッチ……
ただ、生身に操作を預けている時、まるで自分の身体そのものを弄くられているような錯覚を覚えるのが困りモノだった。何がどうと言うんじゃなく、生理的に嫌なのだ。
「HMDSは良好?」
「はい、問題ありません」
「じゃぁ、その左端辺りにフローティング表示されている――
生身のパイロットの多くがフラワーラインを気にとめていない……
その事実にジョニーは震えた。一気に機体が破壊されかねないのだが……
――フラワーラインは見えてるよね?」
「もちろんです」
「で、その線ギリギリに飛んでるのも承知の上かな?」
「……あそっか」
ジョニーの背筋にもう一度ゾクリと寒気が走った。
生身のパイロットは自分の勘と経験で戦闘機の様にシェルを飛ばす。
極端な表現をすれば、バンデットは墜落しない限り、機体強度が運動エネルギーに負けることは無いのだ。しかし、シェルは全くもってそんな事が無い。凶暴なまでの推力により作り出された暴力的な速度は、遠心力となって遠慮なく機体を痛めつける。
「何度も言ってるけど、このエンジンは機体をぶっ壊すまで加速するから」
「イエッサー!」
「それだけは絶対忘れないで。俺は生き残れるけど、生身は死ぬよ」
機体強度が負けてしまえば、一瞬にしてパイロットは宇宙を漂うデブリの仲間入りだ。それだけでなく、ジョニー達サイボーグは高価な機材を壊したという事で、懲罰の対象になる。サイボーグは宇宙へ放り出されても数時間は大丈夫なのだから、回収された後で後悔する事になると容易に想像が付くのだった。
『しかし、こいつら、平気でフラワーライン踏んできますね』
無線の中に愚痴をこぼしたジョニー。
間髪入れずエディが嗜めた。
『愚痴をこぼすな。口を開け。ここで失敗させとくのが吉だ。下手したら死ぬぞ』
エディの言には裏がある。それをジョニーは知っていた。
初日の晩、エディはうっかりジョニーに口を滑らせたのだ。
――ロイエンタール将軍が更迭されかねない
思わず『なんでですか?』と聞き返したジョニー。
エディは苦虫を噛み潰し、『パイロットの死傷率が高すぎる』と言った。
考えてみれば、間違い無くその通りだった。
バンデットでシリウスロボをガンガン破壊したジョニーだ。
その限界もよくわかっているし、どこまで無理が出来るかも知り尽くしている。
そもそも、互角な能力のチェシャキャット相手なら、当然互角に戦えるだろう。
だが、ここから本格的にシリウスのシェルが出てくるとなると話は変わる。
タイプ01ドラケンでも新型砲を使わないと、シリウスシェルは破壊出来ない。
当然だが、バンデットでは荷電粒子砲を使う事に成る。
その射撃時には直線的な動きとなるので反撃も受ける。
そんな危険なミッションに兵を使うのは仁義に悖ると言う事だ。
だが、エディは更に不思議なことを言った。
――ロイエンタール将軍を更迭したい奴も居る
ジョニーは首を傾げて考えた。
そして、何となくだが、エディは上手く立ち回る事を期待されていると感じた。
ロイエンタール卿が更迭されればエディだって困る。無茶も出来なくなる。
様々な軋轢や思惑や、権力闘争の暗闘があることをジョニーは初めて知った。
そして、傍目に診ているほどエディも楽では無い事を初めて知った。
――こいつら早く一人前にしないと……
まだ戦闘を行えるほどの段階にない素人のシェルライダー達だ。
だが、そもそもにパイロットとして鍛えられているので飲み込みは早かった。
「もう少しマニューバを注意深くやった方が良いでしょうね」
「特に上下方向……ですか?」
「そうです。慣性質量が強く働くので、より深く注意が必要です」
「分かりました」
同じ事を2度言わせないと言うのは実にありがたいと思った。
そもそもに能力があるというのはこういう事なのかと驚く。
着々とトレーニングを受けるパイロット達。
その卒業試験となる実戦は着々と迫っていた。
火と鉄の試練を生き残った者だけがシェルライダーとなる。
その方針をエディは崩していなかった。
――生身にシェルを使わせるとエラいことになる……
――その実績作りって所か……
ロイエンタール卿が更迭されず、しかも生身のパイロットには手に余る存在。
そんなポジションにシェルが収まるためには、針の穴を通す配慮が必要だった。
ただ、501中隊のメンバーひとりに付き五人の候補を宛がわれている。
そもそもに余りお行儀の良い集団では無い501中隊だが、そんな環境で人を育てる事が出来るのだろうか?と訝しがる向きも多い。
そんな部分でもエディに気を使っておかなければならない。この先の事を考えれば、結局は自分の身に返ってくる可能性もある事だ。上手く切り抜け実績上々で仕上げておかねばならない。
――面倒だな……
なんとなく内心で愚痴をこぼしながら、ジョニーは飛び続けていた。
「だからそうじゃねぇって言ってんだろ! 機体が壊れンだろが! 死にてぇのか!!!」
……ついうっかり、言葉を荒げながら。
――――2246年 5月 19日 午前10時
ニューホライズン周回軌道上
この日、真新しいシェルの一団がニューホライズンの上空を飛んでいた。
肩の部分には翼の生えた火の玉が描かれていた。
VFA-901 FireBalls
火の玉集団と名付けられたその戦闘集団は、シェルパイロット候補生55名のウチ、シェルの搭乗を許可された30名により構成されていた。結局は、候補者の半分近くが適正や反応速度などで脱落し、この場に生き残った者達はある意味で選りすぐりのエリートだった。
「さて、卒業試験といこうか」
エディの言葉が無線に流れ、ジョニーはニヤリと笑った。
久しぶりに単独搭乗する単座型のシェルは懐かしくすら有る。
そのコックピットモニターに目を落とし、ジョニーはニヤリと笑っていた。
「なに、課題は簡単だ。シリウスのシェルを見つけて、後は力一杯ぶっ叩く」
エディは事も無げに言うが、実際、40ミリ砲でシリウスシェルを叩くのは容易いことでは無い。まして、撃破しようとするなら、相当大変な思いをする事になるのは容易に想像が付く。
「難しいことは無い。バンデット時代と同じさ。それだけだ」
ところが、話はそう簡単では無い事をジョニーは知っていた。
これから遭遇するはずのシリウスシェルは、連邦軍の工場コロニーを襲撃しに行く攻勢の集団だ。相当な重武装で来ているのが容易に想像付く相手だ。
そんな集団に文字通りの殴り込みを掛ける事になるのだが、撃ち漏らせば責任問題になるのも想像に難くない。つまり、どっちに転んでも501中隊は損をしないと言う事だ。
忍び笑いをしつつ、ジョニーは両手に抱えた140ミリ砲を見た。少々距離が有っても必ず撃破出来る最強の兵器は、静かに出番を待ってた。訓練生達が大活躍してコロニー攻撃隊を全滅させられれば、優秀な教官チームと言う事に成る。撃ち漏らしてコロニーが損傷を受ければ、足手まといを増やしたと言って、訓練生を送り込んだどこかの誰かが泥を被る。
もちろん、その被害をギリギリで食い止めれば、恩を売れるし、貸しを作れると言う事だ。
――エディも……
――けっこうエグいよなぁ……
訓練中はシリウスの戦闘機やシェルと遭遇していなし、宇宙を漂う軟性のターゲットユニットに訓練弾を撃ち込むばかりだった。バラバラと破片をバラ撒けば、それだけデブリが増えることになるのだから、宇宙を超高速で飛ぶシェルライダーにしてみれば、強大な運動エネルギーを秘めるデブリの大量発生は、全くと言って良い程歓迎しない状況だ。
つまり、ぶっつけ本番でいきなりシリウスシェルとやり合う事に成る。向こうもそれなりに手練れなのは言うまでも無い。訓練生の何割が生き残るか、かなり見物だった。
「……注意するべき事は特にない。まぁ、多くを言う必要も無いだろうしね」
エディは半ば皮肉混じりに説明を続けていた。
現状、シリンダー型の工場コロニーでは、二日で一機のペースでシェルの量産が続いている。続々とハンガーアウトしていくシェルの数はおびただしい量で、いまはパイロット待ちの状況だった。
「早期警戒情報によれば、シリウスシェルの数は70ほどだ。七面鳥撃ちみたいなものだが、しっかりやろう。」
エディの言葉に触発されたか、901のパイロットが僅かに動揺した。
それまでの見事な編隊か僅かに崩れ、心理的動揺が見て取れた。
七面鳥撃ちのような物と言うが、撃つ方だとは一言も言ってない。
『なんだかとっ散らかってるな』
ボソリと呟いたディージョは苦々しげな溜め息を漏らした。
そんなディージョにヴァルターやジョニーが軽口を返す。
『緊張してるんだろ?』
『おれなんか最初の戦闘の時は緊張してる余裕すら無かったぜ』
アハハと笑い声が漏れた後、全員がスッと戦闘モードに切り替わった。
前は気にならなかったことなのだが、新人訓練を散々やった後だと空気の変化が体感的に見て取れるのだった。
「きなすった!」
散開編隊で突っ込んでくるシリウスシェルは70機。
その周辺には大型のミサイルを腹下に抱いたチェシャキャットが居る。
「掛かれ!」
エディの掛け声と共に訓練生達が突っ込んでいった。
豆鉄砲な40ミリでシリウスシェルを狙うのだが、撃っても撃ってもダメージらしい物は受けていない。そして、戦闘機とは次元が違うシェルの機動力は、経験浅いパイロット達に軽いパニックをもたらすのだった。
「敵機はこれから工場コロニーを襲撃するらしい。何としてでも撃墜しろ!」
戦闘が始まってからエディは発破を掛けた。
その鬼畜っぷりにジョニーは苦笑いを浮かべるしか無かった。
撃ち漏らせばえらい事になる。だが、思うように戦闘出来ないジレンマ。
明らかに狼狽しているパイロットは射撃姿勢まで不安定になる。
シェルの姿勢が乱れすわりの悪い状態では、モーターカノンもなかなか当たらない。しかも、当たっても当たっても目に見えるダメージが無いのだから、余計に焦るし冷静さを欠いていくのだった。
『どうだ?』
『こっちの被害は無いが、撃墜はネコ12にシェル1だな』
『ほぉ…… シェルを撃墜したか。見所ある奴も居るもんだ』
エディとアレックスは本当に鬼畜の会話をしている。
『40ミリでどうやって撃墜した?』
『シェルの頭を狙ったな。頭側から胴体を撃ち抜いた』
『つまり、パイロットを狙ったって事か』
どこかニヤニヤと様子を伺っているジョニーはハッと何かに気が付いた。
『前にシリウスの戦闘機とやり合ったとき……』
いきなり話を切りだしたジョニーに対し、皆が『そう言えば~』と相槌を打つ。
『第1波が全滅するまで第2波が眺めてましたよね』
『あったな』
『あいつらもこんな風だったんだな』
ジョニーの言にエディとアレックスも気が付いたようだ。
消耗を前提にした実験的な突撃の真実。余りに非常なやり方に驚くより他ない。
だがその一方で裏を返せば、消耗しても問題ない兵士が居ると言う事だ。
そして、そんな軍隊の強さをジョニーは知った。
その裏に有るのは、シリウス側の必死な抵抗と死に物狂いの独立思考だ。
「一筋縄ではいかないと言うことだな」
どこか悠長な言葉を吐いたエディは、いきなり機体を大きく旋回させ、距離を取って状況を眺めた。訓練生達が見せる敢闘精神と自己犠牲の潔さは、驚くほどに熱く激しく、そして、美しかった。
「あの候補生は全部生かして帰すぞ!」
エディは改めて501中隊に気合いをいれた。
その意味は中隊なら誰でも分かる事だ。
色々と駆け引きや思惑もあるのは事実だ。
だがそれ以上に、シリウスと同じような見殺し作戦が面白くないのだ。
「いくぞ! 片っ端から叩き潰せ!」
無線の中に叫び声の様な返答の声が沸き起こった。
それと同時に、エディはシェルを切り揉みさせつつ、シリウスのシェルに襲い掛かっていった。
「遠慮するな。ガンガン行け!」
マイクの声が愉しそうだ……
ジョニーはそんなことを思った。
同時に、自分自身も楽しんでいることに気が付く。
決してウォーモンガーと言うことは無いつもりのジョニー。
だが、いま現実にジョニーは猟犬の本能を剥き出しにしていた。
「こいつら、ビビってやがる!」
「向こうだってビビんのさ!」
ディージョとウッディは笑い合いつつ、連携を取りながら切り込んでいった。
チェシャキャットはほとんど残っていないか、シェルはまだ69機が健在だ。
「あはっ!」
イカれた声でジャンが笑った。
つられるようにロナルドも笑っていた。
シリウスシェルの集まりは、火力を集中させるべく密集編隊を取っていた。
しかし、そんな群れなどジョニーにしてみれば、カモの群れに過ぎない。
必殺の140ミリをガンガン撃ち続けたジョニーは、全部承知で敵編隊のど真ん中を突き抜けた。そして、突き抜けた後で機体をスピンさせ、遠ざかりながらも射撃し続けたジョニー。
はたと気がつけば、ロニーも同じ様に射撃していた。もちろん、ヴァルターやウッディやディージョもだ。あれだけ居た筈のシリウスシェルが姿を消し、膨大な量のデブリが四散していく。
「あんだよ! チョレーっすね!」
「なんだ、ロニーはビビってたのか」
ロニーの言葉に冷やかしを返したジョニー。
無線の中に笑い声が流れ、ロニーは必死に否定していた。
「ちげーっす! ちげーっす! そんな事ねーっすよ!」
「なんだ 図星かよ」
「勘弁してくれよ兄貴!」
大爆笑しつつも急旋回を掛けて再び襲い掛かる体制になると、無線の中が、シンと静まる。
「残敵22! 」
アレックスの声が弾んでいる。
その、なんとも楽しそうな声に、ジョニーは笑みを浮かべた。
エディは構わず切り込んでいき、ジョニーはそれに続いて突入していった。
残り僅かなシリウスシェルへ砲弾を叩き込み続ければ、残り僅かな敵シェルは次々と鉄火を撒き散らして爆散していった。
「流れ星量産中!」
「ファンタスティック!」
ジョニーのイカレた声にジャンが相槌を打った。
その声に呼応したのか、エディも楽しげに笑っていた。
「残敵を掃討しろ!」
マイクが再突撃を指示した。
レーダーに写る敵機は、シェル2機にチェシャキャット3機た。
チョロいチョロいと一気に突入していくジョニーは、シリウスのシェルに狙いを定めた。
――あばよ……
心中でそう呟いたジョニー。
この距離なら外さない。そう確信して射撃した。
だが、ほぼ同時に、あり得ないところで爆発が起きた。
――え?
驚いて辺りを確めたとき、訓練生のシェルが大爆発していた。
爆散したシリウスシェルの破片を受け、燃料タンクに直撃したのだった。
「まじかよ!」
「やべーっす!」
「勝手に死ぬなバカ野郎!」
一斉に救助に向かうのだが、明らかに『ダメ』という空気だった……




