特権剥奪?
大気の無い宇宙空間では、音は伝わらない。
ただ、自分の搭乗する轟音と振動を発すれば、それは当然伝わってくる。
単調な音と振動は眠りを誘うが、ジョニーは小さな窓の外を見ていた。
シェルのコックピットは、ぶ厚い装甲で囲われている小さな空間だ。
そして、その小さな窓だけが、パイロットの手に出来る『リアル』だ。
煌めく宝石をぶちまけたような銀河を見ながら、ジョニーは思う。
――どれほどのリアルがここにある?と
少々の打撃ではビクともしない装甲の向こう。
生ける者の耐えられぬ真空の宇宙空間が広がっている。
サイボーグならば短時間の曝露も問題は無い。
宇宙線や極小デブリの問題はあるが、生身の様に即死の危険は余り無い。
そんな、人間の耐えられない環境にこそ、究極の『美』が広がっていた。
「……で、取り合えずだ」
先ほどからエディがずっと喋っている。
ジョニーは半分くらい、それを聞き流している。
それは、事細かな注意や、どう振舞うべきかのレクチャーだ。
「他人の目に気をつけろ。相手に好印象を残しておけ」
ジャンが配属になって6週間。
501中隊は相変わらず、3日出撃して1日休みを繰り返していた。
ただ、休みの日もシミュレーターを使って戦闘訓練を行なっている。
つまり、無休での生活が続いている。全ては、ある目標を達成するためだった。
「我々は教官という事になる。責任は重大だ」
この日、501中隊はハルゼーを遠く離れ漆黒の闇を飛んでいた。
シェルパイロットを養成するという任務が与えられ、全員で出向いている。
ニューホライズンの公転軌道上にあるL4は、流石のシェルでも長旅だ。
途中まではハルゼーの超光速飛行で進出し、随分手前から発艦したのだった。
「振る舞いに気をつけろ。言葉使いもだ」
――珍しくエディが弱気だ
――何をそんなに恐れているんだ?
ふとジョニーはそんな印象を持った。
事細かな注意をひとつひとつ上げていく。
「我々は、はるかにヴェテランを指導する事になる」
「ヴェテランですか?」
ジャンは不思議そうに聞き返した。
「連邦軍のヴェテランパイロットに機種転換の手ほどきをするんだ」
「へ? なんすかそれ」
相変わらずな調子のロニー。
だが、その声音は聞く者に笑いを誘うおどけた調子だった。
「特にロニー! お前だ! お前!」
「えっ? 俺っすか?」
「お前以外に誰が居る! とにかく言葉に気をつけろ!」
「んな事言ったって無理っすよ! ペンギンに飛べって言うようなもんっすよ!」
エディに叱りつけられ、ロナルドは僅かにむくれたような調子になった。
ただ、そのロナルドだってわかっている。いつまでもこのままじゃいられない。
「いつまでもガキじゃ無いんだ。少しは成長しろ!」
「……へい」
「へいじゃ無いだろ!」
「イエッサー!」
大きな声で答えたロナルド。
ジャンはすかさず口を挟む。
「やれば出来るじゃ無いか」
その一言で無線の中が大騒ぎになった。
皆で大笑いし、そしてロナルドを茶化す。
しばし笑った後、エディは話を戻した。
「今回のミッションは我々501中隊の真価が問われる」
急に真面目な口調に切り替わったエディ。じっくりと語りかけるような調子の内容は、ある意味で予想通りなモノだった。この2週間程度、中隊は複座のシェルで戦闘を行なってきた。重量バランスが微妙に違う関係か、急旋回などで誤差に苦しんでいた。
だが、元パイロットであるジャンなどは気付いていたのだ。別のパイロットを乗せ飛ぶ事になる事を。
――複座ってなにすんすかね?
ロニーは意味を理解しきらず首を傾げるばかりだった。
そんなロニーにジャンはスパッと答えた。
――俺たちが教官役になるんだろうな。
ロナルドはまだ考え込む素振りだが、ジョニーたちはその意味を理解していた。
神経接続で自在に扱えるサイボーグではなく、生身のパイロットを養成する。
それはつまり、将来的に自分たちの価値が薄くなる要因を作る事だ。
サイボーグにしか出来なかった事を生身でも出来るようにすることだ。
「まぁ、細々とした事は途中で気が付くだろう」
不意に笑いが沸き起こった。
結局のところ、エディの方針はいつもそうだ。
本人たちが気が付くまでほっておく。
ただ、要所は締める。これでいつも上手く行っている。
「ただ、余り軽はずみな事はしないようにな」
淡々とした口調でいきなり口を挟んだアレックス。
その言葉に皆が再び大笑いした。
そして、エディ機の後に続きシリウスとニューホライズンに存在するラグランジェポイントL4エリアへと吸い込まれていく。L4には、シリンダー型の巨大コロニーが幾つも漂っているのだ。シリウスを周回しつつ、連邦軍の巨大工業地帯として機能しているエリアだった。
「ここがスペースデトロイトか……」
ロニーが感嘆の言葉を漏らすのも無理は無い。
ジョニーやヴァルターら、シリウス生まれも驚きの余りに言葉を失っていた。
巨大宇宙船を幾つも見ているジョニーたちだが、コロニーのサイズは桁が違う。
常軌を逸脱したサイズと言っても良いほどだ。
「こいつら、そもそもは地球から送り込まれたシリウス開発船のなれの果てだ」
マイクはどこか楽しそうに説明した。
全長約50キロ。直径は最大で14キロ。
ニューホライズンの地上からでも、条件が合えば、輝く点として目視出来る。
シリンダー型コロニーとしても最大級のサイズだが、もともとは船であった。
「どうでも良いですけど、コレ、全部で幾つあるんですか?」
ジョニーの問いに対しアレックスが答えを言う。
「コロニーは全部で18あるが、そのうち4つは連邦軍の前線基地さ」
「前線基地?」
「地球ははるか遠く9光年の彼方だ。つまり、ここが連邦軍本部と言って良い」
驚きの余りに言葉を失うジョニー。
シリウスに展開する連邦軍は、事実上、地球の意向と独立している。
「とりあえず先を急ぐぞ。余り時間が無い」
「全員迷子になるなよ。これからちょっとしたセレモニーだ」
エディとアレックスの言葉が無線に流れ、ジョニーはエディ機に続いていく。
ガイドライトを放つコロニーのデッキにはホルスの文字が見えた。
――さて……
これから始まるイベントを、ジョニーはなんとなく期待していた。
――――――――2246年 5月 1日 午後1時
ニューホライズン公転軌道上 ラグランジェポイントL4
地球連邦共同所有地 第1コロニー『ホルス』
シリンダー型のコロニーは、外壁部に設置された巨大な『まど』からシリウスの灯りを導きこんで内部を照らしている。間接照明的な状態ではあるが、そもそもにシリウスの光量が凄まじので、コロニーの中はどこも白い光に満ちていた。
「案外明るいっすね」
「おぃロニー 言葉を気をつけろ」
「あ、す…… いません」
皆がクスクスと笑い、ロニーも苦笑を浮かべた。
明るい光りが降り注ぐコロニーの内壁には、連邦軍の巨大な訓練施設がある。
その廊下を行く501中隊の11人は、戦闘とは違う緊張に包まれていた。
「さて、行くぞ。気合入れていけ。一番真面目な顔をしろよ」
エディは最後の注意を伝達し、講堂入り口のドア前に立った。
ジョニーはごくりと喉を鳴らした。唾なんかでない筈なのに……
ガラリと音を立ててドアを開いたエディ。
「ATTENTION!」
指導教官の声に弾かれ、室内にいたパイロットが一斉に起立し敬礼する。
そのパイロット達に敬礼を返したエディは、迷う事無く壇上にたった。
「諸君、楽にしてくれ」
エディの言葉に生徒となるパイロットたちの長が鋭い言葉を発した。
「PARADE REST!」
敬礼の手を下ろしたパイロット達は、そのまま椅子に腰掛けた。そのパイロット達の前に立ったジョニーは、一斉に集まる視線に気圧された。様々な人種や年齢のパイロットたちが55人ほど集まっている。そのどれもが、ギラギラとした肉食獣の眼差しだった。
『ブザマな姿を見せるなよ。舐められるぞ』
中隊の無線にマイクの声が流れる。
サイボーグ同士であればテレパシーの様に内緒話が出来る。
ジョニーはグッと奥歯を噛んで薄笑いを浮かべた。
『ジョニー。それで良い』
アレックスにも声を掛けられ、ジョニーは内心ほくそ笑む。
シリウス星系へ展開する連邦軍の正規空母は、全部で38隻。
小型の護衛空母や強襲揚陸空母なども展開しているが、バンデットは大型正規空母にしか配備されていない。バンデットを防備し展開するCVWは、シリウスにおける戦闘の主役だ。様々な戦線でシリウスと直接対峙している。
「私は連邦軍参謀本部直轄、第501実験中隊の隊長、エディ・マーキュリー少佐だ。このような形ではあるが、諸君等との出会いを神に感謝したい。そして、諸君等の訓練に立ち会えることをこの上ない名誉とする。戦況は厳しく、状況は切迫している。困難が人を鍛えると言うが、戦線では一人でも多くの兵士を必要としている。一日も早く戦線へ戻り仲間達を助ける為に、誠意と誇りを持って訓練に当たってもらいたい。諸君等の想像を絶する世界が直ぐそこで諸君等を待っている。誰しもその高みへ行ける訳では無い。だが、ここに集う諸君等には、その能力があると信じている。頑張って貰いたい。以上だ」
エディの熱いトークにパイロット達の表情がガラリと変わった。
ニューホライズンの地上でかつて聞いたブートキャンプの訓示も熱かったが、この訓示は輪を掛けて熱いとジョニーは思った。
――流石だぜ……
どこか眩しげな眼差しでエディを見て居るジョニー。
この2週間を複座型で戦闘していた中隊は、ここで本当の目的と出会った。
部屋の中には、バンデットを装備する各空母のCVWから選抜された優秀なパイロットが集まっている。全てのCVWから飛びきり優秀な人員を集め、生身向けのシェルを装備した実験航空団が設立される事になったのだった。
「我々はサイボーグだ。シェルとは神経レベルで接続し同調出来る。故に自由自在な戦闘を行ってきていた。だが、諸君等はそれが出来ない。神経接続では無く戦闘機と同じスティックとペダルとレバーによる操作での戦闘となるのだ」
何処かで生身のパイロットがゴクリと喉を鳴らした。
その音にジョニーは薄笑いを浮かべた。
――緊張してるのは俺だけじゃねぇ……
たったそれだけの事だが、ジョニーは随分と気が軽くなった。
そして、もう随分とシェルで戦ってきたという自負を持った。
「操縦の手引き程度は出来るが、戦闘で生き残り、スコアを稼ぎ、無事、地球へ帰るには諸君等の上達が欠かせない。我々はこの一年近いシェル戦闘の経験全てを諸君等に包み隠さず伝える。どうか、全ての経験を持ち帰って貰いたい」
生身向けシェルの実態は、高度な戦闘AIを搭載する半自立兵器だ。
戦闘支援ネットワークなどからクラッキングを受け、AIが敵に寝返る事が無いよう、遠隔操作を受け付けない仕組みになっていた。そんな戦闘AIを監視し、監督し、そして、戦闘の方向性や戦略と言った部分をパイロットは担当する。
「瞬間的な判断はコンピューターに分があるものだ。だが、先を読み、確率論で否定される部分を勘案し、敵とギリギリの駆け引きを行なう。その最後は、最後の部分の判断や決断は人間の頭脳の範疇だ。諸君らはそのオペレーターとして現場に出向く事になる。激しい機動を行ないつつ、冷静な判断が出来るように。その訓練を積み重ねていこう。我々はその手伝いを惜しまない」
エディが言うとおり、シェルが行なう戦闘そのものは、ここまで501中隊が積み上げてきた戦闘ログから解析された、膨大な量の『次の一手』でしかない。21世紀の初頭程度からチェスやオセロなどの二人零和有限確定完全情報ゲームは、人工知能などの研究開発により莫大なアルゴリズムの経験則を積み上げてある。
つまり、戦闘の局面で一番生き残れそうな戦術。或いは、敵を撃破できる戦術を冷徹に判断できるのはコンピューターの特権だ。だが、時には『撃墜しない』とか『ワザと照準を外す』とか、そう言う駆け引きも必要になる。そこに生身のパイロットの必要性が生まれるのだった。
「この隊は実験飛行隊VFA-901と名付けられた。諸君らの一挙手・一投足に様々な箇所で携わる人々の熱い視線が集まってくる。その期待や願いを裏切らないよう、しっかりやっていこう。諸君らの努力に期待する。以上だ」
エディの言葉が終わり拍手が沸き起こった。
気が付けば全員の表情がガラリと変わっていた。
人の心を操る話術は、場数と経験でしか身に付かない。
そんな全てを持っているエディは、ジョニーにしてみれば尊敬できる上官だ。
だが……
――熱い視線が集まってくる
ふと思い出したエディの言葉のワンフレーズに、ジョニーは気が付く。
開発等ばかりではない存在とはなんだろうか?と思案をめぐらす。
社会的な知識の乏しいジョニーゆえに、その正体をなかなか思い浮かべられないのだが、指導教官となるマイクの一言がジョニーにヒントを与えた。
「シェルは非常に高価な兵器だ、バンデットも高価だが、シェルは輪を掛けて高価だ。バンデット10機よりも更に高価な兵器ゆえに、その操作には細心の注意を要する。だが、戦闘兵器である以上は戦地へ赴く。美術館に飾る代物じゃ無いんだ」
――あ、そっか
ジョニーはなんとなく点と線が繋がった。
この集団は、連邦軍上層部の熱い期待を背負った特別な集団だ。
そして、その集団が編成された真意もジョニーはなんとなく感じてしまった。
シェルは酷く高価だ。バンデット10機分でも効かないらしい。
かつて、バンデットの教育を受けた時に、教官はバンデットの値段をしきりに力説していた。この戦闘機は12億ドルを越えるのだと。つまり、シェルは120億ドルでも効かないということだ。
――だよなぁ……
パイロットの養成は、トータルで見ればひとり100万ドル程度だ。
それに対し、サイボーグの兵士を維持管理するには、年間100万ドル掛かる。
つまり、シェルに生身を乗せれば大幅にコストダウンできるという事だ。
――真価が問われるって、そう言うことか……
高価なサイボーグの兵士に高価なシェルを独占させる。
システムとしてみれば、それは余り良い事じゃない。
学の無いジョニーだって、それくらいの事は察しが付く。
「では、早速だがシェルに乗ってみよう。人数が居るので分散する事になる。5人ずつ11の班に別れてくれ。既に対Gスーツの着方は知って居るだろう。15分後にデッキへ集合しろ。いいな」
パイロットたちが一斉に『イエッサー!』と返事をした。
ジョニーは僅かに薄笑いを浮かべていた。




