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黒い炎  作者: 陸奥守
第四章 憎しみの果てに行き着く所へ
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志願者


 この日。

 いつもより一機多い501中隊は、ニューホライズン南半球上空にいた。

 半ば実験機材として現場に送り込まれたシェルは、書類上『タイプ01』と命名されているのだが、現場で一口にシェルと呼称するこの機材は非公式ながら『ドラケン』の愛称が付けられた。

 まだまだ実験的な機材故に着々とブラッシュアップが図られているが、その中身と言えば生身向けにデチューンされているという方が正しかった……


「さて、そんなわけで、まずは御手並み拝見と行こうか」

「えぇ、自分もワクワクしますね」


 編隊の先頭を飛ぶエディの右脇。

 左肩を黄色く塗られた一機のシェルが平行して飛んでいる。


「ジャン。遠慮する事はないから好きにやってみてくれ。こちらでフォローする」

「よろしくお願いします。入隊試験なんて初めてですからね」

「試験じゃ無いぞ? 適性検査だ」

「同じですよ! なくなったはずの心臓がドキドキします!」


 声を弾ませたジャンと呼ばれた男――ジャン・ヴァンダム――は、南欧系特有のラテン語訛りが少し残るラテン系で陽気な男だった。

 1週間ほど前の4月1日付けで501中隊へとやって来たジャンは、元は一般企業の宇宙船に乗り組んでいた船乗りだった。シリウスと地球を何度か往復しているうちにシェルの活躍を見て、『アレに乗りたい!』と志願したのだった。


 ただ、最初から軍用に作られたモノではないサイボーグの身体は、軍用サイボーグ前提でシステムを作ってあるシェルとの相性が未知数だ。整備開発側が余り勧められたもんじゃ無いと良い顔をしなかったのだが、それでも戦力は多いほうが良いとエディが押し切る形で、501中隊の中隊長による一時預かり措置となった。


 ――元民間船の船外作業機オペレーターが志願してきた


 いきなりエディがそう話を切り出したとき、中隊の面々は言葉が無かった。

 民間企業の輸送船で荷役を行なう大型作業機は、シリウスの地上に有る大型建設機械と基本的な構造が変わらない代物だ。

 ただし、重力の無いところで質量の有るコンテナを捌くため、強い推力のエンジンを自在に扱うセンスが要求される。また、宇宙空間と言う厳しい環境で作業を行なうには、言葉では説明しきれないアレヤコレヤの『御作法』を身に着けねばならない。


「ヴァンダムさんだっけ? 俺が横に付きますんで、遠慮なくやってください」

「えっと…… ジョニーさんだ。よろしく。ジャンと呼んでくれ」

「俺はジョニーで良いですよ。ヴァンダムさん年上だし」

「いやいや、こういう現場は年齢じゃ無い。経験優先だからさ」


 物腰の柔らかいタイプで人当たりも良い男だ。


「さて、見えてきたな」


 少しだけ上ずるような声を出したエディ。

 だが、そんな上機嫌にも近い感情は中隊全員が持っていた。











 ──――――――2246年 4月 7日 午前9時

           ニューホライズン ラコック火山群上空付近











 この日、南半球へやって来た501中隊のシェルは、新たに開発されたらしい携帯式の新兵器を持っていた。地上を行くMBTなどが主砲として装備する140ミリライフル砲をシェル用に仕立て上げた物だ。


「マガジンは12発だよな」


 嬉しそうに言うディージョ。

 その言葉にドッドが釘を刺す。


「気前良く撃ちきるんじゃ無いぞ!」


 誰が聞いたって『1号車の照準手』だったドッド副長の声だ。

 ジョニーもヴァルターも思わず笑い出した。


「イエッサー! 副長殿!」


 からかうように言うヴァルターだが、ドッドも無線の向こうでゲラゲラと笑っていた。これから戦闘だというのにもかかわらず、一切緊張していない中隊の緩さをジャンは感じ取った。


 ――これなら()れるぞ!


 シリウス製の重装甲なシェルを一撃で破壊するべく考案された新兵器。

 その実戦テストを兼ねた出撃に、ジャンも同行しているのだった。


「敵機はシェル45 チェシャキャット30」


 アレックスの読み上げにジョニーはグッと右手を握った。

 

「ジャンさん」

「ジャンで良いって」

「わかりました。とりあえず……」


 苦笑いしたジョニーは戦闘増速を掛けた。

 それに遅れじとジャンも加速する。


「戦闘機をたのんます!」

「オーケー!」


 ジャンとジョニーが一気に突入した。

 大きな三角編隊を組んでいるシェルは試運転だろうか。

 仕上がりに少々ばらつきはあるが、どれも軽快そうに飛んでいる。


 ――くたばれ!


 ジョニーは早速140ミリライフル砲を御見舞いした。

 前回の遭遇では碌にダメージを与えられなかった胴体中央部分だが、そのぶ厚い装甲が存在すると思われる所を新型砲は一撃で貫通した。間違いなくエンジンがあるはずの部分だ。


「ヒェー!」

「すげぇ!」

「さすが兄貴っす!」


 ディージョとヴァルターと、それにロニーも歓声を上げた。

 あの、かすり傷を付けるのが精一杯だったシリウスのシェルは、エンジンを一撃で撃ちぬかれ大爆発を起こした。大気圏外を飛ぶシェルは、慣性運動モードに入るとエンジンをギリギリまで絞りきって燃料を節約する。

 種火しか残っていない状況ではあるが、それでも140ミリの強力な一撃はエンジンを爆散させシェルに破滅をもたらすのだった。


「ヨシッ! ガンガンいけ!」


 なんとも不思議な指示がエディから下された。

 その声に弾かれ、ジョニーもヴァルターも襲い掛かっていく。

 もちろん、ウッディやドッドやロニーもだ。


 そんな中、ジョニーは一人でジャンに付いてまわった。

 最初は分からなかったのだが、この男は驚くほどの腕利きだった。


 無重力環境化でエンジンが唸りを上げる真っ最中だというのに、その運動ベクトルを実に上手に使って旋回を決め、モーターカノンとチェーンガンを駆使して戦闘機を次々に撃墜して行った。


「やりますね!」

「自分でも出来すぎだと思うよ!」


 ハハハと軽快に笑うジャンは、大きな螺旋状の機動を行なってシリウス戦闘機の逃げ道を塞いでいく。決して戦闘機の機動性が劣るわけではない。シェルが高性能すぎる上に、パイロットの腕が良いのだ。


「最初から船外作業機のオペレーターだったんですか?」

「いや、実はもともと宇宙船舶メーカーのテストパイロットでね」

「どうりで……」

「しかも、その前は地上軍のパイロットだった」


 次々と戦闘機を撃墜していくジャンは、いつの間にかチェーンガンの弾を撃ちつくしていた。ただ、その間に撃墜した戦闘機は22に上り、残っている戦闘機は8機だった。


「もう一息だな」

「全部行っちゃってください」

「じゃぁ、遠慮なくやらせてもらうよ。すまないね」

「何でですか?」


 不思議な物言いのジャンにジョニーは疑問を持った。

 だが、ジャンは楽しそうに返答した。


「出来高払いだったとしたら、ジョニーの食い扶持を奪い取る事になるからね!」

「そんな事はないですよ!」


 ふたりしてアハハハと声を上げて笑い、その流れの中で残り4機を撃墜した。

 幸か不幸か生き残った4機は必死に回避運動を取り、機首を下げてニューホライズンへ突入する体制になった。ただ、この日のシェルはジャンを除く全機が140ミリ砲を装備している。


「射的大会といこうか!」


 マイクが最初に狙いを定め140ミリを放った。

 砲弾は断熱圧縮に負けずにシリウスの戦闘機を貫き、爆散させた。


「イヤァァァァア!」


 マイクの雄たけびが流れ、その直後にアレックスが砲撃した。

 眩い光を放って伸びる砲弾の弾道線が戦闘機の尾部に吸い込まれ、同じように爆散していった。そして、これまた同じように歓声が上がった。


「さて……」


 いつも寡黙なリーナーがボソリと呟き、その直後に狙いを定めて一発撃った。

 眩い線が伸びて行ってシリウス戦闘機を貫いた。ただ、爆散する前に機体の全てが真っ赤な火の玉になり、そのままニューホライズンの地上へ墜落していった。


「残り一機は逃がしてやろう。結果を報告する者も必要だ」


 エディの言葉に皆が大爆笑した。

 幸か不幸が生き残ったパイロットは、針のむしろで報告せねばならない。

 それはシリウスにとって『裏切り者』の査問にも近い状況となるだろう。


「死んだほうが良かったって思うぜ、きっと」

「だろうな」


 ヴァルターの軽口にジョニーがそう答えた。

 ディージョやロニーがアレコレ言う中、ジャンはずっと黙っていた。


「ジャンは物静かだな」

「そうですか?」


 エディの言葉にジャンは恥かしそうに答えた。


「新入りは、口を開かず目を開け。そう言うじゃ無いですか」

「確かにそれは何処でもいう話だが……」


 ジャンの言葉にジョニーは苦笑する。

 そして、その理由をマイクが説明した。


「おぃ! 小僧ども 良く聞いとけよ!」


 いきなり話を振られたジョニーたちが『え?』だの『なんすか?』だのと言うなか、マイクは皆に中身を説明していた。


「ヴェテランは黙って周りを観察してやり方を考えるのさ」


 アチコチから『へー』と抜けた声が流れてきて、マイクは『信用してねぇな?』と笑っていた。ただ、その会話はともかく、中隊全員がジャンの実力を認めざるを得なかった。

 決して甘い男じゃ無いし、実力的には現状の中隊でもトップクラスにあるのが分かったのだ。確実に戦力になるだろうし、心強い存在になるだろう。


「さて、ハルゼーに帰るとするか」


 エディは最初に大きく旋回した。

 それに釣られるように、全員が見事な旋回を決めた。

 一瞬だけ遅れたジャンは、エンジンを吹かして編隊へ追いついた。


「全員警戒を厳にしろ」

「送りオオカミは歓迎しかねるからな」


 マイクとアレックスが警戒レベルを一つ引き上げ、ジョニーはレーダーパネルを操作して全方位の警戒の続けていた。


 ――何を警戒しているんだ?


 少しだけ不思議に思ったジョニーだが、それ以上の詮索はしなかった。

 しても無駄だし、理由だって教えてはくれないのがわかって居るから。


 ――ヴェテランは黙って周りを観察してやり方を考える


 マイクの言葉が不意に耳に蘇ったジョニー

 辺りを観察しながら、言葉の意味をなんとなく理解するのだった。









 ――――――――数日後





「ジャン。公式に辞令が届いたぞ」


 ハルゼーの士官サロンをねぐらにする501中隊だが、控え室で寛いでいた面々のところにエディが書類を持って現れた。

 先の出撃のあと、エディは連邦軍の参謀本部へ自らの名前で、ジャンの加入に関する申請書を出していたのだった。


「私は合格ですか?」

「あぁ、そうだな」


 書類を見せたエディ。

 そこにはエディ・マーキュリーのサインと共に、直属の上司であるエリオット・ロイエンタール将軍のサインも入っていた。


 ――ジャン・バンダム

 ――士官候補生として501特務教育隊へ配属を命ずる


 その書類を嬉しそうに眺めたジャン。

 エディは黙ってペンを渡し『サインしろ』と言う姿だった。

 

「去年の初め。ニューホライズンの周回軌道上で、一隻の船がコントロールを失い墜落しました。乗組員1200名少々でしたが、生き残ったのは僅かに11人。その中で今も生きて居るのは……」


 ジャンの指が自分自身を指した。


「俺一人です」


 息を呑んで話を聞いている面々。

 ジャンは独白を続けた。


 船外作業服もなしに宇宙へ放り出された仲間は、そのままニューホライズンへ落下していきました。幾人もの乗組員が、赤い尾を引いて落下していきました。


 無表情になったジャンは、小さな溜息をついた。


「仇を討てる。それだけで満足だ」


 スクリと立ち上がったジャンは室内で501中隊の面々を見回した。


「俺はジャン、ジャン・バンダム。だけど、ジャンと呼んでくれればいい」


 ジョニーだけでなく、中隊全員に握手を求めたジャンは、思い詰めた様な表情になっていた。そして、決然とした顔だ。


「ここから、ここからだ。よろしく」


 ジャンは背筋を伸ばし敬礼した。

 その姿は堂に入ったヴェテランの姿だった。


 この日。

 501中隊にまたひとり、心強い味方が増えたのだった。




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