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黒い炎  作者: 陸奥守
第四章 憎しみの果てに行き着く所へ
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変化の到来・後編

 ~承前








「ところでそのシリウス製シェルは……」


 不安そうな顔のジョニーは、エディの言葉が切れると同時に口を開いた。

 今更再確認せずとも、聞きたいことは皆同じだろう。

 工場の規模や生産能力も大事だが、一番肝心な事は一つしかない。


「つい先ほど、偶然にも基地の上空を我が方の戦列鑑が通過したのだが……」


 エディもそれを飲み込んでいたようで、慌てず騒がず手元のパネルを操作する。

 モニターパネルの表示が変わり、僅か十秒足らずの動画が流れた。


「……マジっすか」


 素っ頓狂な言葉がロナルドの口を突いて出た。

 試験飛行と思しき派手な塗装のシェルが、雲の隙間を横切っていった。

 基本的なデザインは地球連邦軍のシェルと殆ど変わらない。


「へぇ……」


 生返事に近い言葉を漏らしたドッドは、モニターから目を切れなかった。

 細々とした部分で仕上げに対する考え方の違いがあるらしいシリウスシェル。

 曲線の繋がりや直線の交差部分で『シリウスらしさ』をみせていた。


「エンジンなどの能力は未知数だ。ただ、大気圏内を飛行すると言うことは、それなりに推力があると思って良い。シェルはリフティングボディなのだから、エンジン推力さえ負けなければ飛行は可能なはずだ」


 鉛を飲んだように黙りこくった面々。

 その空気をかき混ぜるようにロナルドがいきなりしゃべりだす。


「性能が変わらなくてもコッチにゃ経験があんじゃねーですか?」


 負けん気溢れるロナルドは、若さ故の闘争心を剥き出しにしている。

 そんな熱い言葉は、言葉を失っていたジョニー達の『石化』を解いた。

 そして、ディージョやヴァルターは手荒な祝福でロナルドを誉めた。


「小僧にしちゃ上出来だな」

「おぅよ! ロニーの言う通りだぜ」


 たとえそれが根拠の無い確信だったとしても、剥き出しにされた熱い闘志の言葉と言う物には威力がある。そして、いつの間にか当人が影響を受けるものだ。


「まずは…… やりあってみないとわからないな」


 静かに闘志を燃やしているドッドも、ニヤリと笑いながらエディを見た。

 相変わらず下士官の長的なポジションだが、現場叩き上げで長らくやってきた男だけに居心地が良いのかも知れない。


「いずれにせよ、シリウスのシェルとやり合うのはそう遠くはないだろう。どれほど精強でも人の作ったものだ。必ず破壊できる。昔から言う様に、血を流すなら殺せる。レプリだって死ぬんだ。困難な敵だが、機を見て撃滅するぞ」


 エディはそんな言葉で会合を締めくくった。

 皆が僅かに首肯する中、マイクは腰に手を当てて全員を見た。


「さて、全員メンテナンスを受けた事だし、少しばかり試運転と行くか」


 楽しそうに言うマイクだが、ヴァルターとジョニーは顔を見合わせて『ウヘェ』と舌を出した。


「さすがマイクだ。そうだな。シェルで散歩と洒落込もうか」


 どこまでもサディストな物言いで笑うエディ。

 その後にアレックスが口を開く。


「地球連邦軍も戦闘機からシェルへ移行する事になっている。シェル向けの戦闘AI開発チームは、我々の戦闘ログがベースだそうだ。技術開発側は訓練だったとしてもデータを歓迎するらしい。つまり……」


 アレックスがエディにアイコンタクトした。

 その機微に、皆は散歩とは名ばかりの戦闘出撃を覚悟した。


「全員喧嘩支度でハンガーデッキに集合だ。質問は出撃してから聞く事にする。出発は30分後だ。よし! 解散!」


 一方的に予定を決めたエディか場を立ち去った。

 マイクやアレックスがその後に続き、リーナーがしんがりになって部屋を出る。

 残された士官候補生六人はウェイドと顔を見合わせて乾いた笑いをこぼすしかなかった。









 ──――――2246年3月25日 午後

        ニューホライズン プドゥン諸島上空付近









 それは余りに唐突な出会いだった。

 大きな編隊を組み、統制の取れたマニューバを繰り返していた中隊のシェルは、シリウスの戦闘機とは違うレーダーエコーをみつけていた。


「ゴーストか?」


 電離層を持つ惑星上の超高々度を超高速飛行しているとき、機体が放つ僅かな静電波が自己増幅してレーダーにゴーストを写すことがある。遠い遠い昔。帆船の時代に世界を旅した船乗りたちが、自分の乗り込む船の発光現象を目撃し、セントエルモの灯と呼んでいた現象の現代版だ。


「いや、ゴーストにしちゃ進路がおかしい。それにゴーストキャンセラーから漏れるにしちゃ反応が濃すぎる」


 レーダーエコーのゴーストキャンセラーは、微弱な電波を一律カットする仕組みのことが多い。特定の電離層に弾かれた自分の電子的な影を削ればいいのだ。


「取りあえず確かめよう」


 この手の話に遭遇するパイロットの一大原則は、直感に従えと言うことだ。

 エディは機体をひねって高度を下げる方向へ進んだ。ニューホライズンの平均地表から計って高度100キロ上空だ。速度があまり乗ってない状況でこれ以上高度を落とせば、ニューホライズンの引力に負けて墜落の可能性がある。 


「エコーまであと1400!」


 アレックスの読み上げを聞いたエディは、なにも言わずに戦闘増速を開始した。

 速度計の表示が跳ね上がり、ジョニーはグッと歯を食いしばった。


「いやがった!」


 弾けるようにディージョが叫んだ。

 そこには、機体のすべてが純白に塗られたシェルがいた。

 シリウス軍を示す赤いバラのマークを入れた機体だ。

 そのシルエットは地球連邦軍のシェルと瓜二つだった。


「さて! シェル同士の戦いだ。油断するなよ!」


 エディは更に戦闘増速し、気が付けば期待はエンジンの能力いっぱいな秒速34キロで宇宙を飛んでいた。そんな状況ではあるが、周りに目標物のない場所故に速度感は全くない。


 ――さて……


 ジョニーはシェルの戦闘支援コンピューターに、対シェル戦闘のセッティングを要求し、併せてエンジンマネージメントを推力優先にロックした。

 質量のあるシェルで何度も急旋回を決めれば、遠心力に負けて速度が落ちる事になるからだ。


「ロニー! 気合い入れろよ!」

「ウッス!」


 ヴァルターに気合いを入れられたロナルドは、ジョニーのやや後ろに陣取って編隊を組んだ。そのさらに後ろ辺りへディージョとヴァルターが付き、やや離れてウッディがフォローに付いた。


「切り込みます!」

「油断するなよ」


 ジョニーの声にエディが答えた。

 一気に切り込んでったジョニーのモニターには、シリウスシェルが全部で20機ほど映っていた。シリウスシェルの後方斜め上に陣取った501中隊は、相対速度が秒速10キロ程度で近づきつつあった。


 ──気が付いてないのか?


 シリウスシェルは501中隊のシェルに気が付いていないのか、真っ直ぐに飛び続けていた。後方監視も甘いらしく、指呼の間となった相対距離300キロを切っても全く反応が無い。


「構うなジョニー! 突っ込め!」


 発破をかけるように叫んだエディ。

 ジョニーはその声に乗せられて一気に突っ込んでいった。


 ――よっしゃ! いただき!


 彼我距離100キロになった時点でジョニーはモーターカノンを構えた。

 自動照準故に攻撃目標を選ぶだけなのだが、その射撃フェーズに入る直前、シリウスシェルは唐突に射撃を開始した。


 ――……え?


 シリウスシェルが放った砲弾は赤い尾を引いて真っ直ぐに飛んでいった。

 そして、数秒後にはニューホライズンの高々度エリアに爆発が起きる。

 何が起きたのか分からず速度を落とし様子を伺ったジョニー。

 シリウスのシェルが攻撃した先には連邦軍のバンデットが居たのだった。


「マジかよ!」


 完全ステルスモードで飛んでいたバンデットは、501中隊のシェルからも姿を消していたらしい。唐突に攻撃を受け、あわててトランスポンダを叩き、レーダーに反応を示した。


「とりあえず友軍を助けろ!」

「イエッサー!」


 ジョニーは再び加速して接近していった。

 シリウスのシェルはバンデット虐めに熱を上げたらしく、やはり501中隊のシェルに気が付いて居ない。

 ただ、そのシリウスシェルの運動性は、お世事にも『良い』とは言えないように見えたジョニー。連邦軍のバンデットを次々と撃墜しては居るが、モッサリとした動きは良いカモにしか見えなかった。


 ――デチューンしてあるのか?


 そんな事を思いつつもジョニーは最初の砲弾を放った。

 40ミリモーターカノンの一撃は、シリウスシェルの背面エンジンパック付近に命中する。パッと鉄火が広がり、ジョニーは撃墜を確信した。だが、直撃を受けたはずのシリウスシェルは何事も無かったように振り返って反撃を加えてきた。


「……ウソだろ!」


 急旋回を掛けてシリウス側の一撃を躱したジョニー。

 501中隊の編隊は分散隊形となり、各機はそれぞれに狙いを定めてシリウスシェルに襲いかかっていった。


「なんだこいつ等!」

「落ちねぇ!」


 ディージョもヴァルターも攻撃を加えているが、全くと言って良い程にダメージが無い。それどころか、確実に手痛い一撃を加えている筈のこっちが反撃を喰らいかけて無様にたこ踊りを始める。


「なんかやたら頑丈っす!」


 ロナルドまでもが泣き言を喚いている。

 もちろんジョニーも『え? なんで?』と頭の周りに沢山の(はてな)マークが浮いている状態だ。


「よく見ろ! 直撃を受ければ僅かに部品をまき散らす!」

「そうさ! ちゃんと殺せるさ!」


 マイクの怒声に続いてアレックスが軽い調子で叫んだ。

 そして、一気に急降下するような角度で襲いかかり、チェーンガンとモーターカノンを叩き込みながら急接近して行った。


「オッ! ちょっとまった! アレックス! ヤバイって!」


 ジョニーが叫ぶ中、アレックスは最大推力にニューホライズンの引力まで使って加速を掛け、推定秒速50キロを越える速度でシリウスシェルに襲いかかった。

 さすがにその速度ともなると、自己鍛造弾とHEAT弾を交互に発射する40ミリが威力を発揮し、命中点は確実に装甲を削られて数発目で貫通を達成している。


「ソォォリャァ!」


 アレックスの叫び声を初めて聞いたとエディは思った。

 ただ、それは、その行為は、少々頭のねじが足りないロナルドをして『あたまイカレたんじゃねっすか?』と言わしめる物だった。

 直撃を受けて一瞬怯んだシリウスシェルに激突したアレックスのシェルは、自分の機体その物が巨大な弾頭となり、運動エネルギーの全てを相手にぶつけて慣性運動のベクトルをねじ曲げた。その結果……


「アッハッハ! ビンゴ!」


 シリウスシェルは弾き飛ばされたようにニューホライズンへと落下していく。

 速度が連邦軍シェルに劣るとは言え、それでも秒速24キロを超えているのだ。

 真っ赤な尾を引いて大気圏へと落ちていくシェルは、断熱圧縮による猛烈な高温に晒され、爆発する前にバラバラになっていった。そして眩いばかりの光を放ち、地上へと落下していった。


「よっしゃ! 俺もやるっす!」


 ロナルドはらせん状に飛びながら運動エネルギーを溜めていき、一気にシリウスシェルの背中部分へ蹴りを入れるようにして地上へたたき落とした。同じように眩い光を放って落下していくシリウスのシェル。

 コレが確実に相手を屠る方法だと知った501中隊のシェル各機は、様々なポジションから加速を付けてシリウスシェルに体当たりを行っていった。


「こりゃ早いな」

「あぁ、しかも一撃だぜ」


 エディの冷静な言にマイクが笑う。

 ただ、その戦闘がどれ程危険な行為かは言うまでも無い。

 万が一にも当たり損なえば、自分自身が燃え尽きる事になる。


「それよか、バンデットが全滅しちまう!」


 声を荒げたドッドは全員に注意を促した。

 地球製シェルと比べれば性能差は如何ともし難いが、戦闘機では補足出来ない動きの出来るシェルはやはり脅威だ。シリウスのシェルはニューホライズンへ突き落とされる恐怖を微塵も感じさせること無く、バンデットを執拗に狩り続けた。


「なんか病的だな」

「……レプリなんだろ」


 ヴァルターの言葉にディージョは冷静な言葉を返した。それ以外考えられないし、考えたくない。もしレプリでは無く普通のパイロットがやっているのだとしたら、そのパイロットには文字通り頭のねじが足らない可能性がある。

 恐怖と言う感情が鈍いレプリカントを一言で表現するなら、完全なアスペルガーの人間と言うことだ。


「残り何機だ!」

「2機っす!」


 エディの声にロナルドが応えた。

 一瞬の間を置いて再びエディが叫ぶ。


「生かして帰すな!」


 エディの金切り声が飛ぶ。

 ジョニーはディージョと共同で残り2機のウチの1機を追い込んでいった。

 逃げ場の無くなったシリウスシェルに2機で集中砲火を加える。

 ばらばらとパーツをまき散らしながらも、シリウスシェルはまだ飛んでいた。


 ――火力が弱いんだ!


 なかなか落ちていかないシリウスシェルにイライラしつつ、マガジンが空になるまで撃ち続けたジョニー。ふと横を見れば、ディージョは先に全てを撃ち尽くしたようだった。


 ――もう一回かよ!


 小さく舌打ちして突入していったジョニー。

 サンドバッグになっているシリウスシェルを蹴り倒せば、すでにコントロールを失っているらしく、そのままニューホライズンへと落下していった。


 ――こりゃ何か違う手を考えねぇとアブねぇな……


 小さく溜息をついて眩い光りを眺めたジョニー。

 このまま行けば、連邦側のバンデットは手痛い被害を被ることになる。

 航空戦力の大半をシェルへと転換する必要性が痛いほど理解出来たジョニー。


 501中隊の経験が戦闘AIのベースになるらしい。ふとそんな事を思い出したジョニーは、残り1機になったシリウスシェルに急接近しつつ、アクロバティックな動きで翻弄する作戦を取っていた。いつか必ず、コレが役に立つと信じて。

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