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黒い炎  作者: 陸奥守
第四章 憎しみの果てに行き着く所へ
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変化の到来・前編


「でけぇ!」


 開口第一声に叫んだロナルド。

 この日、ニューホライズンの周回軌道上には、この年の始めに地球を出発した輸送船団が到着していた。


「そんなにデカくねぇぞ?」

「そうだ。この前来た奴はこの3倍はあった」


 アハハと笑うディージョとヴァルター。

 ロナルドは『ほんとっすか? 担いでンでしょ?』と疑っていた。

 

 実際、小規模船舶ばかりの小さな輸送船団たったが、その中身はシリウスに展開する地球連邦軍にしてみれば、文字通りノドから手が出る程に欲しい物ばかりだ。

 各種装備の消耗品や補修パーツだけでなく、地球から遠く離れシリウスに展開する連邦軍兵士へ宛てた、各所の慰問品や家族からのビデオレターなども含まれていた。

 それらは、殺伐とした戦場で過ごす兵士達のささくれ立った心を癒やすだけで無く、全体の士気を大きく引き上げるモノでもある。


「おいロニー! あんま接近し過ぎんな!」

「あっ! すんません兄貴!」


 物珍しそうに眺めていたロナルドをジョニーが窘める。

 すっかりジョニーの舎弟になっていたロナルドは、中隊の末っ子ポジションに収まりを付けていた。


 ただそもそも、バンデットで出来ない事が沢山あったと言い切っているロナルドは、あっという間にシェルでの激しい戦闘にも驚く程適応していた。もはや中隊に不可欠な戦力になっているのは論を待たない。それだけで無く、シェルでの戦闘を楽しんでいる風ですらあった。


「さて、お出迎えは完了だ。俺達の補給品がアグネスに入ったら全員メンテナンスを受ける事になる」


 エディの説明を聞いたジョニーはわずかにホッとした。

 まる三ヶ月近くをまともなメンテ無しで戦っていたジョニーだが、その身体は各所がギシギシとノイズを出していたのだけでなく、素早い動きで引っかかる様なシーンがなんどもあった。


「……やっとパーツ交換出来るぜ」


 ホッとしたように言うヴァルターは、事実上右足が動かない状態だった。

 力の掛かる歯車などが磨耗し始めると、やがてバックラッシュが大きなり、ギア同士の()()()()()()()()が最後には許容量を超え、歯車同士が噛み込んでしまってロックしてしまうのだ。

 ゆったりと動かす分には問題ないのだが、素早く動かそうとすれば度々同じ事を経験してしまう。そしてその都度に半ば強引なやり方で腕なり足なりを動かして噛み込みを外すのだけど、それをすればまたバックラッシュが大きくなる悪循環だった。


「そういやディージョの左腕もどうなんだ?」

「最近使って無いからな」


 ヴァルターに指摘されディージョは笑うしかなかった。

 肘関節を作動させる歯車の歯を飛ばし、完全に欠けさせてしまったディージョ。

 食事すらままならない状況だったが、それもこの日で終わりだと皆が思う。


「まだまだサイボーグの技術って未完成なんだな」


 ボソッと言ったウッディは、中隊で唯一機能的な損傷を発生させていなかった。

 無理をしない。無茶なこともしないウッディ。

 その普段の生活態度はいつの間にか中隊のサイボーグの手本になっていた。

 そして、モノを大事に使うという姿勢も。


「オッ! コンテナ出て来たぜ!」


 輸送船と平行するアグネスの舷側が大きく開いた。

 その開口部へレーザーの誘導線が伸びていき、その線に沿ってコンテナが移動していく。二つ、三つ、四つと移動していき、五つ目が運び込まれた所でアグネスは離れて行った。


『501中隊各機 こちらアグネス航空管制』

『こちら501中隊 感度良好』

『少々狭いがアグネスのハンガーデッキへ着艦せよ。メンテナンスを一斉に行う』

『了解した、面倒を掛ける』

『なお、現時刻をもって本艦はサイボーグメンテナンス母艦に種別を変更することになった。諸君等の母船となるのでその宗、了解しておいてくれ』


 話を聞いていたジョニーは、急に自分自身がシェルと一体不可分な戦闘兵器であるような錯覚を覚えた。そして、半ば消耗品のように扱われていることも。











 ――――――――2246年 3月 21日 午前10時

          ニューホライズン周回軌道上










「なんか不思議な気分だな」

「全くっすよ! 兄貴が言うとおり、人間扱いしてねーっす!」


 相変わらずな調子のロナルド。

 だが、いつの間にかジョニーは苦笑いすら浮かべなくなっていた。

 俗に、美人は一日で飽きる・ブスは三日で慣れるというが、ジョニーにしてみれば、急な舎弟も三日で慣れた様な状態だった。


「お前もメンテナンス受けろよ?」

「兄貴が先っす。使い込んでんじゃねーっすか」

「大したことねーけどな」

「そんなことねーっすよ。だいたい、いちいち舌打ちされてうぜーっすから」

「てめーはいつも一言多いな!」

「本音っすよ! 兄貴にゃ嘘は言わねーっす!」


 いつの間にか怒ることもなくなったジョニー。

 怒るどころかフッと笑ったりもするようになった。


 基本的にロナルドは裏表が無い人間だ。悪意から言うのでは無く、常に本音で正直だ。思った事を口にするのだが、悪びれている様な部分は一切無い。


 そう言うタイプを生理的に受け付けない人は恐らく永遠に受け容れないだろう。

 だが、この中隊に関して言えば、すっかり溶け込んでいるのだった。


「さて、とりあえず船団を一周するぞ。位相転移ステルスに注意しろ」


 エディの指示が飛び、中隊は輸送船団の周囲をパトロールするように一周した。

 その間、ロナルドはアグネス着艦のレクチャーを受けた。


 シェルトレーニングで散々やったはずなのだが、10機まとめてハンガーに入るなんて経験は一度も無い。すわ出撃となれば、ジョニーやヴァルターに並ぶだけのスコアを上げてくる事もしばしばのロナルドだが、一発勝負なアクロバット着艦はエクストリームな挑戦でもあった。


「んじゃ、逆噴射掛けるタイミング外すとヤベェっすね?」

「そうだな。で、早すぎると置いて行かれる」

「置いてきぼりってひどくねぇっすか?」

「お前一人のために艦全部がヤバイ事に成るよりマシだろ?」

「そうっすけど……」


 軍隊のやり方にいちいち噛み付くロナルド。

 だがそれは、ある意味で優しさや思いやりの精神の裏返しだった。


「まぁとにかく。おまえが最初に着艦しとけ。奥に詰めろよ?」

「へい。合点でさぁ! ところで、着艦の時なんすけど……」


 ロナルドは暇さえあればジョニー達にアレコレと質問を繰り返す。好奇心の塊で研究熱心なタイプだ。しかも、それを忘れないと来ている。どこか天性の狩人的部分を持っているが、そんなロナルドとの問答を繰り返すジョニーは、本人も気が付かないうちに人間的な成長を始めていたのだった。








 ―――――――― 翌 3月22日



「あー 最高に気分いいぜ!」


 思わず叫んだヴァルターは士官サロンの中で万歳していた。全身の駆動パーツを新品に交換した中隊のサイボーグは、身体が滑らかに動く快感に酔っていた。

 はじめは誰も気が付かなかったのだが、メンテナンスをいい加減に行えば、各所に様々な不具合が出る。ギアを噛み合わせて動く部分などは、作動誤差をどう御するかで大きく差が出る部分なのだった。


「関節が引っ掛からないって、こんなに気分良いんだな」


 相変わらず控え目にモノを言うウッディは、試す替えすに指を動かしていた。

 筆まめでいつもメモを取るウッディの指は大きく消耗している。


「ウッディも異常出てたのか」

「そりゃそうだよ。私だって身体を動かしていたからね」


 ニコリと笑ったウッディ。

 中隊で一番上品な振る舞いな彼は、物静かなアジア人そのものだ。


 アレコレと談笑を続ける士官候補生達。

 そんなサロンにエディたちが入ってきた。

 書類を沢山抱えて。


「全員揃っているな」


 中隊のサイボーグ10人が全部揃っているのを確認したエディ。

 一瞬だけいぶかしく思ったジョニーだが、最後にウェイドが入ってきた。

 だが、その身体はいつか見たプラスチック製ではない。

 アルミ合金とカーボンパネルに覆われた新しいデザインの身体だった。


「……ウェイドさん、かっけーっす!」

「代わってやろうか?」

「そりゃ遠慮しときます!」


 全くおめーは!

 ……と、皆が苦笑いするなか、ジョニーとヴァルターは複雑な表情だった。

 地上を走り回っていた頃から一緒に過ごしてきたウェイドが、だんだんと人間離れしていくのか辛かった。


 ただ、当のウェイド明るい表情だ。従来のウェイドは顔の上半分がカバーに覆われていたのだが、現状では首から上が生身にも見える状態だった。首も半分程度は見えていて、それこそ、全身を覆う装甲戦闘服に身を包んだ特殊部隊の隊員のようだった。


「長らくリハビリした甲斐があってな。ウェイドも従来と変わらない動きが出来るようになってきた」


 どことなくエディがホッとしているのにジョニーは気付いた。

 やはり喪いたくないと思っていたのだろうとジョニーは思う。

 そしてふと、地上戦で喪ったブルーサンダーズの12名や、地球から一緒にやってきたそもそもの面々を思い出す。


 ──もうちょっと生きていれば、或いは助かったかもしれない……


 ジョニーはふと、運命のいたずらという言葉を頭に思い浮かべた。

 そして、偶然が積み重なって出来上がる『いま』の儚さも。


「さて、仕事の話をする前にウェイドの処遇の件だが」


 エディは改まって話を切り出した。だが、それに付いて茶化す者はいない。

 大切なファミリー(仲間)だという認識に些かのブレも無い。


「ブリッジチップを使わないサイボーグの研究は継続的に進められている。俺を含む一般的なサイボーグはブリッジチップの機能不全で頓死一直線だ。それを回避する技術的な研究にウェイドは従事する事になった」


 話を振るようにウェイドを見たエディ。

 ウェイドは僅かに頷いた。


「ひとりの科学者として、また、医者として、倫理や道徳やあらゆる法律に縛られない研究が出来るのは喜びだ。強がりで言ってるんじゃない。俺の本音で言えば、自分自身でそれを試せるというのは実にありがたいってことさ」


 文字で読めば単なる強がりにしか見えないのかも知れない。

 だが、ウェイドは間違いなく喜んでいる。それをジョニーは確信した。


「脳全体のごくごく僅かなシナプスネットワークでサイボーグ化する技術は、それこそ最初期の義手や義足の頃から行なわれてきた。それを量子コンピューターなどで加速させ全身で使えるようにする。その研究に没頭する事になる。もっとも、ウェイドもひとりの連邦軍兵士であるのだから、その任務も同時進行で……だ」


 エディはニヤリと笑って一枚の書類を見せた。


「第501サイボーグ中隊の分隊では無く第502サイボーグ中隊として、新しく発足する隊の長をウェイドは拝命する事になった。これはブリッジチップとの相性が非常に悪い兵士をサイボーグ化し、とにかく延命させる為の運用研究組織を兼ねる。時には共同戦闘もあるかも知れないからな、上手くやっていこう」


 胸を張っていったエディの言葉に皆が拍手した。

 自然発生的なその音にウェイドは相好を崩した。


「そんなわけで……」


 ウェイドはニヤリと笑って中隊の面々を見回した。


「今日から隊長だ。俺を呼ぶときはウェイド隊長だからな? 忘れんなよ?」


 冗談めかした口調で言うウェイドに皆が大笑いした。

 そして、そもそも隊長であるはずのエディだが、誰もエディを隊長呼ばわりしていないし、少佐と言う階級で呼んでもいない501中隊の緩さを感じ取った。


 ――いいな……


 ふと、そんな事を思ったジョニー。

 優しい表情で仲間達を見ているエディの存在は、ジョニーにしてみれば上司や隊長と言うよりも友人のような感覚でいた。


「さて、では本題に入ろう。ウェイド隊長もこれを見てくれ」


 エディの一言に再び面々が大笑いした。もちろんウェイドも笑っていた。

 だが、壁のスクリーンへ映し出された映像を見て、皆の笑いはピタリと止んだ。


「見て解るとおり、シェルだ。この純白のシェルはシリウス製だ」


 画像をいくつか差し替えて表示を続けるエディ。

 さっきまでの緩い空気は一切無い。ピリピリと肌を刺すような張り詰めた空気が漂っていた。


「シリウス最大の工業地帯であるキーリウスは、現状では殆ど機能していない事が確認されている。だが、シリウス製の戦闘機であるチェーシャーキャットは生産が続いていて、我々は幸いにも職にあぶれる事はない。高価なサイボーグの身体を使うのだから、役目が無くなったらすぐにでもリストラされかねんからな。その点はシリウスに感謝しよう」


 冗談にしても笑えないエディの言葉だが、こういう諧謔的な物言いの中に出てくる被虐的かつ皮肉めいた自嘲を絡める話し方はジョニーの言語力を作るうえで非常に役立つモノだった。

 そして、図らずも『相手の真意を考察する』と言う大人に最も重要な能力を身に着けつつあった。


「そのチェーシャーキャットだが――


 エディが画像を入れ替えると、シェルなど連邦軍兵器のカメラが捕らえた撃墜され爆散直前のシリウス戦闘機画像が浮かび上がった。宇宙空間であるから、大気の揺らぎによる画像劣化は無い。その側面に書いてある所属ナンバーには、明らかな法則性が浮かび上がっていた。


 ――この14桁の数列だが、頭がKで始まっているもの。Dで始まっているもの。そしてこっち、Zで始まっているもの。その3種類がある。情報部の調査によれば、Kシリーズは稼働率が高く安定度が高い。しかし、少数だ。撃ち漏らして逃げ帰った戦闘機は、このKシリーズが多い」


 淡々と説明を続けるエディ。

 要約すれば、Kはキーリウス製らしいが、Dは最近確認された新たな工業都市で製造されているらしかった。Z製はどこかと言う研究が続いているが、恐らくはシリウス側の研究施設で直接生産されているものだろうという結論に達していた。

 Kのキーリウス製と比べ性能的に不安定なD製だが、この一ヶ月の間に大幅な向上を果たして居るのがわかる。つまり、工場自体の錬度が向上していると、そんな話が淡々と続き、最終的にDはデートリウスと言うらしいと締めくくられた。


「恐らくシェル生産を前提に作り上げられた新しい都市だろう。今まで発見できなかったのが不思議だが、その場所はニューホライズンの極圏に程近い場所だ。かつてニューホライズンの極圏観測を行なった基地の地下を使って居るようだ。面倒なところに作ったもんだな」


 ぼやき節を流したエディ。

 だが、ジョニーはふと、あのピエロマークのシリウスシェルを思い出した。

 ぼんやりと光る砲口の色を思い出し、背筋にゾクリと寒気を感じた。


 ――また……

 ――あれとやりあうのか?


 辺りを見る余裕も無く、ジョニーはひとり引きつった表情を浮かべるのだった。


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