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黒い炎  作者: 陸奥守
第四章 憎しみの果てに行き着く所へ
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舎弟


「スゲエ! マジかよ!!」


 ロナルドはシェル全身のバーニアを使って錐もみ状にスピンを決めた。

 不安定な姿勢からパッと抜け出すと、文字通り直角に急旋回を行なう。


「バンデットじゃコレ出来なかったんだよ! マジでスゲェ!」


 自由自在に機体を制御する様は、まるで玉乗りから爆転を決めるピエロだ。

 想像も付かない姿勢から予想外のマニューバを行うロナルド。

 その動きを見ていたジョニーは、驚くより他ない。


 ――やるじゃねぇかよ……

 ――このガキ……


 ジョニー達が嫉妬にも似た複雑な感情に身を焼くのも無理は無い。

 この日、ロナルドはシェルに搭乗し始めての戦闘出撃を行ったのだ。

 エディ直々の猛特訓を終えたロナルドは、最初の戦闘を無傷で終えた。

 それどころか、処女戦闘でいきなり27機撃墜の戦果を上げたのだった。


「あんま調子に乗るなよボウズ!!」

「痛い目に会ってからじゃ遅いんだぜ!」


 ヴァルターとディージョは、からかうようにロナルドを囃す。

 だか、当のロナルドは『うるせぇやい!』と意に介していない。


 バンデットでは出来ない様々なマニューバに感動しているロナルド。

 その姿は、まだまだあどけなさの残る若干16歳の少年だ。

 手に余りかねないオモチャで喜ぶ精神は、まだ子供なのだった。

 だが……


「さて、第二波が来るぞ! 各自機体をチェックしろ」


 エディはまだ母艦へ帰る気がないらしい。

 対地砲撃を行う戦列鑑の護衛戦闘はかなり激しく、予想以上に弾薬を消耗する。


 中隊の面々にしてみればウェイドを失い戦闘に不安があるのたが、それを補って余りあるロナルド加入は、福音と言って良い。なにより、すわ戦闘となった時にみせる戦いのセンスと、戦闘手順と言う面で見せる発想の自由さや豊かさは驚くほどだ。つまり、501中隊全体の利益としてみれば、本当に心強い新戦力だった。


「エンジン・弾薬よし! 戦闘支援システム以上なし! まだまだ行けます!」


 言語明瞭に返答したロナルドはそもそもにパイロットの適性が高い。

 かつてのジョニーがそうだったように、3日間の猛特訓を終えたロナルドは驚く程シェルとの愛称も良好だった。しかも、ジョニー以上にゾーンへと深く入り込めるらしく、敵機を追い詰めるときの集中力はエディ以上だ。だが……


「おいロナルド」

「へい」


 兄貴風を吹かせるつもりは無いが、どう取り繕っても腹の虫は収まらない。

 ジョニーにしてみれば居るだけで鬱陶しい存在と言えるのだ……


「大事な機体壊すなよ」

「へいへい。分かってますって。超オッケーっすよ!」


 ロナルドはヘラヘラと笑いながら答えた。

 その声に、ジョニーは歯軋りするほどのイライラ感を覚えていた。










 ――――――――2246年 2月 14日 午前10時

          ニューホライズン周回軌道上 







 それこそ『この腐れガキ!』と思いつつも、エディの手前我慢するしかない。

 幾多の試練を乗り越えたとは言え、実際はジョニーだってまだまだ小僧だ。


 反抗期の中で世の中との上手い付き合い方を見つけた訳では無い。

 持って行きようのない苛立ちや、忸怩たる思いをかわす処世術もない。

 真っ直ぐにぶつかって、思いの丈を全部叫んで。

 そして、相手に上手く宥めてもらう子供だ。


 ――なんとかしてくれよ……


 泣き言を言いたいほどなのだが、エディは全く意に介していなかった。

 そして、それが何を意味するのかをジョニーも理解できなかった。


「さて! おいでなすったぜ!」


 相変わらず戦闘前のマイクはテンションが高い。

 嬉しそうに声を上げて、そして戦闘スタンバイに入る。


 ――ッチ……


 軽く舌打ちしたジョニーだが、戦闘に備え気持ちを切り替えるしか無い

 ジョニーは邪念を振り払って戦闘支援システムのチェックを行った。


 複数のシェルでレーダーデーターをリンクさせ、戦域を立体として捉える『神の視点』を実現したレーダーシステムは、戦闘予想空域の全てを見事にあぶり出す仕組みだった。

 熟練したパイロットが行う『全体把握』は、見るとは無しに全体をボンヤリと感じるのがポイントだ。それをなんとなく体得したジョニーは、この地域にある全ての存在を超越知覚していた。


 ──よし……

 ──いけるぞ……


 ニューホライズンの地上から立ち上がってくるシリウスの戦闘機は、様々な地域から集まって来るらしく全部で200少々だ。シリウス側の量産体制は万全のようで、潰しても潰してもなおやってくるモグラ叩きの状態だった。


「ジョニー! ロナルド! 編隊の先頭に立て!」

「イエッサー!」


 手本を見せるように少々大袈裟な答えをしたジョニー。

 その様子にほくそ笑むエディは、概論的な指示を出した。

 ロナルドが把握しきれないように、ワザと……


「点で動くな! 面で動け! 良いな! 行くぞ!」


 地球側戦闘機の多くが相互フォロー編隊を組んでいて、その大きなグループが戦域へミサイルによる先制飽和攻撃を開始した。夥しい量のミサイルがばら撒かれ、シェルの機動並な速度でシリウス側へと襲い掛かる。

 そんな中、シェルの各機は散開編隊を組み、ミサイルを追いかけるようにシリウス戦闘機の群へ進路を取った。各機がバラバラにマニューバを行なえば、乱戦となって仲間に撃たれかねないのだ。

 また、味方の戦闘機の戦闘支援システムが誤射圏内だと判断すれば、コンピューターは自動的にパイロットの操縦へと介入し、射撃フェーズを中断してせっかくのチャンスをフイにしかねない。


「おぃ! ロナルド!」

「なんだようるせぇなぁ!」


 軽く打ち合わせしようとしたジョニー。だが、ロナルドはぞんざいな言葉遣いで突っぱねた。カチンと来たジョニーの頭の中で、何かがブチッと切れた。

 そして同時に、ジョニーの心から『遠慮』という機能が抜け落ちた。ジョニーは一切遠慮することなく一気に機体をひねり込み、軌道を変えた。


「チョッ! オッ! オィッ! アブネーじゃネーかよ!」


 先頭を飛ぶジョニーのシェルは右手のロナルド側へ大きく膨らみ、シリウス戦闘機群の斜め前を横切るように進路を取った相互距離1000メートルを取っていたシェルだが、秒速34キロで飛ぶのだから1000メートルなど密集編隊と言って良いくらいだ。

 砲撃の為の射角を広く取れるシェルと違い、戦闘機はガンランチャーの砲弾を敵に当てるためには進路を変えねばならない。だが、ジョニーの動きに釣られて変針すれば、地域飽和攻撃を行なっている高機動AIミサイルは遠慮なくその隙を付いて突入してくる。


「ハッハッハ! 良いぞ良いぞ!」


 マイクが手を叩いて喜ぶなか、幾多の火球が次々と沸き起こり、シリウス戦闘機は虚無にパーツを撒き散らしていった。地球側ミサイルがすべて消え去ったのを確認したジョニーは再び左手方向へ急旋回を決め、ロナルドが編隊から置いて行かれる様にシリウス戦闘機の前面へ回り込んだ。

 編隊に置いて行かれそうになったロナルドは慌てて急激に旋回を決めたのだが、たった一機でシリウス戦闘機の群れの中へ突入してしまった。全方位から一斉にガンランチャーを向けられ、ロナルドの視界には対処を求める赤い警告文字が一斉に浮かび上がる。


「チョッ…… おぃ! てめぇ!」


 ロナルドは口を尖らせて抗議する。

 だが、同時進行で襲い掛かってくるシリウス戦闘機を次々と撃墜し、さらには自由自在に進路を変えてシリウス戦闘機同士を衝突させたり、或いは同士討ちさせたりしていた。


「……これ位は出来るんだろ?」


 嗾けるように言うジョニーはロナルドの抗議に全く聞く耳を持たず、再びシェルの軌道を変針させ、編隊全体が『一番安全』と思われるコースに乗せてシリウス側へと襲いかかっていった。


「ディージョ! そっちだ!」

「オーケー!」


 先頭で切り込むジョニーはシリウス戦闘機に一撃をいれ、進路を制約してからやや後方に陣取るヴァルターやウッディやディージョへパスを出す。その一団後ろの組は難なく大半を撃破し、撃ち漏らしたモノはその後方にいたエディ達が始末していった。

 流れるような連係プレイを次々と決めつつ、広大な戦域を飛び回って敵機に数をゴリゴリと削り取るように減らしていく。少々数がいた所で、この強力な編隊戦闘を行なっている限りは、敵の漬け込む隙間が無かった。


「もう一周行くぜ?」

「よっしゃ!」

「行っとけ行っとけ!」


 ノリノリになって編隊戦闘を続けるジョニーたちは、完全にロナルドの事が頭から消えたように敵のど真ん中へと突き進んでいった。

 正四面体のポジションを取ったシェルの編隊は、付け入る隙を見せない見事な防御弾幕を展開しつつ切り込んでいくのだった。


「おっと! 新手らしいぜ!」

「関係ねぇって!」

「全部消え去ってもらおう」


 レーダーに映った新手の編隊は50機少々でしかない。

 瞬きする間にその大半を撃墜したあと、ジョニーはふとロナルドを探した。

 ロナルドはやや離れたところを真っ直ぐに飛んでいた。


「おぃ腐れガキ! なにやってやがる!」


 いきなり叱責したジョニー。

 ロナルドは答えなかった。


 ――めんどクセェやつだな


 それ以上考えるのをやめたジョニーは、残り僅かになった敵機を掃討するべく再突入していった。戦闘機と言うよりも戦車や艦艇や、もっと言えば騎兵の様に統制の取れた見事な戦闘だ。それをジッと見ていたロナルドは、何を思ったのか編隊の最後尾に陣取った。


 ――ッチ……


 内心で舌打ちしたジョニーだが、遠慮する事無く編隊を旋回させ残り僅かなシリウス戦闘機の掃討を続けた。一つ二つと撃墜して行って、15分もしないうちに戦列艦の周辺にはシリウスの戦闘機がいなくなっていた。


『こちら艦隊司令。地域展開中の航空機に通達』


 耳障りなジングルと共に無線に流れたのは、可愛い女性の声で再生される戦闘情報だった。これを聞き漏らすとえらい事になるものだ。


『3分後に砲撃を開始するので安全圏へ離脱せよ』


 ――随分忙しいな


 ふとそんな事を思ったジョニーだが、ふと、ロナルドをはめてやるかと考えた。


『繰り返す。3分後に砲撃するので、いますぐ退避せよ』


 ニヤリと笑ったジョニー。鬱陶しい野郎はひとりでも少ない方が良い。

 どこか後ろめたい悪魔の囁きがジョニーの耳元で何かを囁いていた。だが……


【ジョニー】


 エディはいきなりジョニーを呼んだ。

 中隊内無線ではなく、スケルチ変換を掛けた個人間通信だった。


【……エディ】


 いきなり声を掛けられたジョニーは一瞬で我に返った。

 全てを見通していたかのように、最高のタイミングで声を掛けたのだった


【ジョニー。誰にだって割り切れない部分はあるのは事実だが】


 エディが何を言おうとしているのか、流石のジョニーもすぐにわかった。

 だが、だからと言って受け入れられない事は有るし、納得出来ない事もある。


【……でも いや…… その……】


 上手く思考がまとまらないジョニーは、半ば無意識に大きく旋回し、発電パネルの上に影を落とさぬよう戦列艦から距離を取った。


【こんな時、お前の親父さんは、お前になんて言う?】


 エディの口から出た言葉は、無くなった筈の心臓をギュッと掴んだ。

 ジョニーは言葉を失って、カタカタと震えていた。


【……すいません】

【何に対して謝っている?】

【え? あ…… いや……】


 上手く言葉をまとめられないジョニーは益々混乱を深めた。

 気が付けば随分と戦列艦から離れていて、俯瞰的に地球連邦軍を見ていた。

 遙か遠くまで艦隊編成を行ってある戦列艦の群れは、惑星の自転を斜めに横切る方向で航行を続けている。


【間も無く砲撃が始まるだろう。シリウスはまた傷ついていく】

【……はい】

【シリウスに悪感情を持つ者は一人でも少ない方が良い。そう思わないか?】


 いきなり変化球を投げてきたエディ。

 その言葉に面食らったジョニーは言葉を続けようが無かった。


【実は、一人で編隊を離れていたロナルドは、俺が唸り付けてある】

【……本当ですか?】

【あぁ。死にたければ勝手に死ねとな】


 ふと、ジョニーはそれがエディなりの指導だと思った。

 相手を見て言葉を変え態度を変え、相手が嫌でも飲み込むように。

 言い換えれば少しでも前進するように指導する姿だ。


【軍隊はチームプレイだから、勝手にしろ。そうすればお前は一人で死ぬとな】


 ――エディは脅したんだ

 ――あのガキ……

 ――いや、ロナルドは……


 上手く思考をまとめられないジョニーだが、それでもエディが何を言ったかは見当が付く。たった一人でも充分暴れていたロナルドだが、ジョニーの編隊は文字通りの無敵モードで大暴れしていた。


【お前がロナルドを受け容れようと受け容れまいと、中隊はロナルドをメンバーに加える。サイボーグは他にメンテナンス出来ないからな。その上で、どう振る舞うかはお前次第だ。拒絶するならそれも良い。ただ、土壇場で見殺しにされる可能性は充分考慮しておけ。それが大人のルールだ。自分の振る舞いには責任を持つと言う事だ。いいな】


 一方的に話を終えたエディ。ジョニーはアレコレ考えつつも、なんだか混乱をし始めていた。ロナルドは非常に気に食わない存在だ。それは今もだ。だが、どこかで割り切らないとダメなのも重々承知している。


 地上を走り回って戦闘していた頃に、孤立無援で死んでいく男を何人も見てきたのだから、そこに自分が行かないようにする事が何より大事な筈だった。そして、敵や味方の裏切り者や、全体の統制を乱す者に見せるエディの苛烈な制裁は、いつぞや地上で見たノコギリで自決させられた士官を思い出せば解る事だ。


 ――気に食わないが……


 まだ引きずっているジョニー。

 そこへロナルドからの直接通信が入ってきた。


【スイマセンでした。勘弁してください】


 その声を聞いた瞬間にもう一度沸騰しそうになったジョニー。

 どんなに割り切ろうとしても、やはり気に食わないものは気に食わない。

 だが、無碍にする訳にも行かない。どれ程嫌いでも、自分を助けてくれる存在になるかも知れないのが戦場だからだ。


【ロナル……『おれ、天涯孤独なんすよ』はぁ?】


 いきなり切り出したロナルドの言葉に、ジョニーは素っ頓狂な声を出した。


【親父は地球の官僚でしたが、シリウス派に粛正されました】

【え?】

【おふくろは、俺の目の前で銃殺されました。兄貴はシリウスのどこかで強制労働させられているはずです。姉貴は……】


 ジョニーの脳裏に自警団と言う言葉が浮かんだ。


【なんとか団ていう組織がいきなりやって来て、地球シンパは治安を乱す元だっていきなり……】

【で、お前はどうしたんだよ】

【命からがら逃げて、難民キャンプへ入って、そこで親父の部下だったって男に、義勇軍に参加しないかって呼ばれて……】


 世情に疎いジョニーもロナルドの事情が段々と見えてきた。

 そして、中身こそ違えど、自分の境遇と大して変わらないと思ったのだ。


【キャンプの中の子供に戦場を見せて、志願兵を募るって言われて、地球製の戦闘機にシリウス人は乗せられないからって、それだけの理由で基礎教育だけ受けて戦場に連れてこられました。最初は遊覧飛行みたいなモンだったんですが、そこにシリウスの戦闘機が現れて】

【で、生き残ったのはお前だけって話か?】

【そうっす。引率も仲間も教官も、全部やられました】


 ジョニーはふと、エディがかつて掛けてきた言葉を思い出した。


 ―― 一緒に来ないか?


 ロナルドはもうここに居る。

 だが、心はまだ『お客さん』だと思った。


【ロナルド】

【へい】

【俺も大してかわんねぇ人生だった】

【そうなんすか?】

【復讐したいか?】

【当たり前っすよ】

【んじゃ、俺のケツに付いてこい】

【は?】

【俺はシリウスを無茶苦茶にするやつらの首をすげ替える為にここに居る】

【……ジョニーさん かっけーっすね!】

【おぃ……】

【チゲ―っす! チゲ―っす! マジかっけーっす!】


 あれ?

 言葉を間違えたか?


 ジョニーは一瞬だけ混乱した。

 だが……


【今日から兄貴って呼んでいいっすか!】

【好きにしろ】

【どこまででも付いて行きます! 兄貴! たのんます!】


 何と答えて良いか分からなくなったジョニー。

 困った様にふとエディ機を見たとき、無骨なデザインのシェルが、ふと笑ったような気がした。


 ――めんどくせぇガキだ……


【邪魔すんじゃねーぞ!】

【あたりめーっす! ひゃっほーい!】


 コックピットの中に居るジョニーは、誰にも見えない所で頭を抱えるのだった。

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