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黒い炎  作者: 陸奥守
第四章 憎しみの果てに行き着く所へ
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輸送船攻防戦


 精も魂も尽き果ててグッタリとしているジョニー。

 辺りには夥しい数のスクラップが漂っている。


「やったな」

「あぁ。ばっちりだぜ」


 ジョニーの言葉にそう答えたヴァルター。

 彼も同じように、シェルのコックピットでグッタリとしていた。


 ウェイドの容体は三日目にして安定しているらしい。

 ただ、ブリッジチップの不良により意思疎通が不可能な状態となっている。

 何としても新しいサイボーグ用パーツが欲しい。

 その思いだけで、501中隊の面々は獅子奮迅の働きをしていた。


「全部スクラップだな」

「ザマ―見ろってんだ」


 ハッと笑ったヴァルター。

 ジョニーも釣られて笑っていた。


 元はシリウス戦闘機だったそのスクラップは、てんでバラバラに機動要素を持ったまま様々な方向に飛び散っている。最低でも300近い数字立ったはずのシリウス戦闘機たが、全てこのエリアから放り出される方向で撃破されていた。


「まぁ上出来だな」

「任せとけって感じだぜ」


 ヘラヘラと笑いながら会話するジョニーとヴァルター。

 そんなふたりの会話にエディが介入した。


「驕る兵士は早死にするぞ?」


 どこか嗤うような言葉なのだが、そのエディとてかなりの上機嫌でエリア内部の掃除を続けている。501中隊の面々は、かなりの速度を維持したままワイプイン予定の宇宙船の為に場所を確保しつつあった。


「エディ! 所定エリア内部に障害物は見当たらない」


 途轍もなく激しい戦闘だったはずの中隊たが、マイクもアレックスも元気溌剌にに予定エリアを飛び回っていた。


 ──スゲェ……


 内心でそう呟いたジョニー。

 中隊を導く2人の大尉と、なによりエディのタフさに驚いていた。

 同じ様に飛び回り同じ様に戦ったはずの3人は、エディの影と言うべきリーナー少尉を含め、全く疲れていないように振る舞っていた。











 ――――――――2246年 1月29日 午前8時

          ニューホライズン周回軌道からおよそ一万キロ

          地球連邦軍 ワイブイン指定宙域











「ジョニー! ヴァルター! 指定座標の西側に陣取れ!」


 エディの指示に従いシェルを変針させたジョニーとヴァルターは、異なるRを描いて大きく旋回し、所定の宙域に移動した。


「ディージョ! ウッディ! 2人は東側だ」


 返答と共に大きく旋回し、ディージョとウッディも所定エリアに陣取った。

 地球からやってくるはずの宇宙船は4隻。民間から徴用したらしいその船はサイボーグ向けの消耗品など中隊に必要不可欠なモノを運んでくるらしい。


「重力振動検知!」


 リーナー少尉の声が無線に流れる。

 強力なエネルギー波を使ってダークマターに斥力を発生させ、宇宙空間を本当に真空化させる技術は、質量の無限大化を伴う超光速航行を可能にする夢の技術だ。

 相対性理論による理論超光速は質量の無限大化を引き起こすはずであったが、そもそもに力の伝播を断ち切ってしまうこの技術は動力源の限界まで超光速加速を可能にしていた。

 そして、ダークマター遮断を行った超光速航行宇宙船は強力な重力を持つ惑星などの近くで遮断を緩め、惑星の重力を使ってブレーキを掛けることになる。

 ダークマター遮断から解放され光の活動が可能になるとき、まるで異次元から現れるように姿を表すことをワイプインと呼んでた。


「ニューホライズン重力の偏向を確認! 空間重力分布拡散! ダークマターのショックウェーブ発生。ワイプインします!」


 その一連の動きは海鳥の着水と表現されることが多い。

 静まり返った水面に水鳥が着水すると、一気に波が立ち広がっていく様に、ワイプインしてくる超光速航行宇宙船は、ダークマターのショックウェーブを撒き散らし、予定のエリアへと姿を表すのだった。


「おぉ!」

「でけぇ!」

「スゲェな!」


 初めて間近で見た恒星間宇宙船は、空母ハルゼーよりもさらに巨大な船だった。

 大手物流会社のマークが描かれた船体からは莫大な熱が放射され、ジョニーは何となく温もりを感じるほどだった。


「全部そろっているか?」


 エディの声に緊張の色がまじる。

 四隻と聞いていた中隊は、宇宙船の周囲を巡りながら数を勘定した。


「エディ! ちゃんと四隻いる!」


 数を確認したディージョが叫ぶ。

 僅かにホッとする面々なのだが、同時に緊張もし始めた。


 待ち伏せのシリウス戦闘機は片付けたのだが、後続隊来ないとも限らない。

 レーダーの反応を確かめつつも辺りに注意を向ける中隊は、何となく焼け付くような殺気の如き気配を感じていた。


「なんだかいやな感じたな」

「あぁ、見られてる気がする」


 理屈ではなく直感として感じる違和感は、ありとあらゆるセンサーをも捉えきれない極々僅かな『小さい力』の影響を脳のどこかが捉える現象だ。生きるか死ぬか。殺すか殺されるかの現場に立ったとき、この非常に小さな目に見えない波を感じ取れるか取れないかで運命が決まる。


「ジョニー。どっちだと思う?」

「多分だけど……」


 ヴァルターとジョニーはほぼ同時に宇宙船へ背中を向けた。

 そして、右腕のモーターカノンを構えて当てずっぽうに射撃した。


 理屈じゃないのだ。

 ただただ、そこに違和感の発生源がある。

 いかなるセンサーも捉えられない何かがある。

 そしてそれは、間違い無く悪意を放っている。


「……ッ!」


 舌打ちでもない息の詰まりをジョニーが漏らす。

 モーターカノンの砲弾は爆発する事無く虚無に消えた。


「なんだ?」

「わからねえ!」


 ヴァルターはエンジンに火を入れ機体を急発進させた。

 ほぼ同じタイミングでジョニーは機体を横へ滑らせ元いた空間を開けた。


「エッ?」


 誰がそれを言ったのか、ジョニーは把握し損ねた。

 ただ、なにが起きたのかは分かった。

 虚無に消えたはずの砲弾が撃ち返されてきた。

 そして、ほんの数秒前までジョニー達がいた座標の所で砲弾は爆発した。


「なんだよそれ!」


 ディージョが叫び、皆の視線が一斉に集まった。

 そこには待ち伏せしていたシリウス戦闘機の数を大幅に上回る、新たな集団のシリウス戦闘機が存在していた。


「こいつらもワイプインして来た!」


 アレックスの声がジョニーの脳に響いたのと同じタイミングで、宇宙船の側面が大爆発を起こし、船体から巨大な破片が剥がれ飛んだ。それが巨大なミサイルの着弾であることを認識したジョニーは、考える前にミサイルの迎撃を始めた。


「どう言うことだよこれ!」


 泣き言じみた事を叫ぶウッディ。

 その言葉を塗りつぶすようにマイクが叫んだ。


「ガタガタ言う前に全部叩き潰せ!」


 実際考えている暇はない。

 その巨大なミサイルは弾道並のサイズだ。

 地上発射かどうかは分からないが、少なくとも速度は充分に出ている。

 そして、続々と飛来しつつあり、その数は10や20では効かない数だった。


「位相転移ステルスか!」


 全く捉えられないミサイルの正体を見抜いたアレックス。

 たが、逆に言えば対処のしようがないと言うことだった。


「船から余り離れるな! 転移して来たミサイルの迎撃に努力しろ!」


 それがどれほど難しいかくらい、エディだってわかっている。

 そして、現実には他に対処の方法がなく、姿を見せた時には手遅れと言う事も。


 どれほど頑張っても位相空間のミサイルに弾は届かない。

 ダークマターの圧縮波によって空間自体をねじ曲げてしまう荒業は、物理法則の無慈悲な現実を見せつけるのだった。


「エディ! 戦闘機!」


 ジョニーの声が金切り声に代わった。

 その目に映ったのは、ミサイルの迎撃に手一杯な中隊の隙をついて宇宙船を攻撃するシリウス戦闘機だった。


「アハハ! やるな!」


 エディは笑い出した。

 こんな時に!と一瞬腹を立てたジョニーは、現実には笑うしか無い事を悟る。

 雲霞の如く掛かってくるシリウス戦闘機の大軍は、モーターカノンを乱射しつつ宇宙船に接近し、そのまま体当たりを敢行した。

 シェル程ではないが、それでも十分高速な戦闘機だ。宇宙船の側面には、次々にシリウス戦闘機が突き刺さり、そこで盛大に自爆しているのだった。


「冗談じゃねぇ!」


 ディージョは無線の中にそんな叫びを流した。

 宇宙船の至近位置に陣取り、ミサイルにモーターカノンを叩き込みつつ、戦闘機にはチェーンガンを浴びせている。ただ、余りに敵の方が多いものだから、シェルの弾薬残量があっという間に乏しくなった。


「最初に待ち伏せしていた連中は、こっちの弾薬消耗担当だったんだな」


 戦闘中にもかかわらず、ウッディの分析は冷静だった。

 シリウスはある意味で冷徹なまでの作戦を敢行する。


 ――人の命を何と思っているんだ!


 ジョニーは内心で憤懣やるかたない。

 だが、怒った所で何も変わらない。

 現実は、どれ程嫌でも受け容れるしか無い。


「エディ! エディ! こっちの船が!」


 無線の中にドッドの悲痛な叫びが流れた。

 巨大な船体の各所から船内空気を噴出させ、宇宙船が崩壊していった。

 バラバラと船体のパーツをまき散らし、巨大な塊のいくつかはニューホライズンへ落下を始める。


「……あのパーツを押して地上へ落とせ!」


 エディはそう決断した。艦船攻撃はこのリスクを伴う。

 もはや船舶の損害を免れぬなら、有効に使うしか無い。

 シリウスにも痛みのある行為なのだと知らしめる。

 その決断は、血を吐くようなものだった。


「チキショウ!」


 ジョニーの口から荒っぽい言葉が漏れる。

 そして同時に、宇宙船のエンジン部分を押し始めたジョニーは、恐らく一番頑丈な構造部分である塊をニューホライズンの地上へ落ちる軌道に乗せた。


「行っとけぇ!」


 ぼやぼやしている暇は無い。

 素早く旋回を決めたジョニーは、襲いかかりつつあるシリウス戦闘機を追い越しザマに叩き潰す作戦に出た。幸いにして鈍器代わりの物は辺りに幾らでもある。

 ちょうど良いサイズの塊を掴んでは、シェルを一気に加速させて戦闘機のコックピット目掛けぶつけて歩いた。どれ程高性能な戦闘機でも、パイロットが死んでしまえば、ただの塊に過ぎないのだから。


「なんてこった! こっちもだ!」


 マイクの叫びと同時にしんがりにいた宇宙船が中央部分から大爆発した。

 ぽっきりと折れた船体は、全く違う軌道要素を持って宇宙を漂っている。


「脱出しているか!」

「あぁ! 続々と脱出している!」

「乗員を保護しろ!」

「イエッサー!」


 貴重な戦力を裂いて乗組員の保護もしなければいけないのだから忙しい。

 増援が無いのか!とジョニーは沸騰する。ただ、軍隊はある物で対応が原則だ。

 泣き言を言う暇があったら戦え。それは人類開闢以来の一大原則だった。


「……なんてこった」


 ボソリと漏らしたエディの嘆き。

 その向こうでは三隻目の輸送船にミサイルが突き刺さっていた。

 まだ噴射を続けるエンジンが一瞬咳き込み、その直後にまばゆい光を放って炸裂した。

 コックピットのなかでそれを見ていたジョニーは、視神経に入ってくる入力信号の強さに顔をしかめた。


「くそっ!」

「マジかよ!」


 歯軋りするほど悔しい一瞬だが、起きてしまったことは仕方がないけど。

 時には上手く諦めて、次に掛からねばならないのだ。


「せめて一隻は持ち帰るぞ!」


 エディは改めて気合いをいれた。

 それしかできないのだから、嘆いたり喚いたりする前に出来ることをする。

 軍人は究極のリアリストでなければならない。


 残り一隻となった輸送船の周囲を飛び回りミサイルや戦闘機を潰していく中隊各機は、祈る様な気持ちでレーダーモニターを見ていた。そろそろ勘弁してほしいと願うのは仕方がない。もう弾薬が無いのだから。


「エディ! 増援だ!」


 半ば諦めかけていたジョニーは、レーダーモニターの輝点を見つけて叫んだ。

 味方を示す黄色い輝きは、眩いほどに感じられた。


「やっときたか!」


 報告を受けたエディは喜びの声を上げた。もうダメだと諦めかけだったのだ。

 ややあってシェルのコックピットから見える範囲に大量のバンデットを見つけたときには、嘘偽り無くホッとするほどだった。


「さぁ押し返すぞ!」


 残り一隻となった輸送船を取り囲み、シリウス戦闘機から護る盾の役となった中隊のシェル。 連邦軍のバンデットは次々とシリウス戦闘機を撃墜し、ややあってシリウス側も後退を始めた。送り狼な連邦軍戦闘機が追撃を掛け、シリウス側の生き残りがジワジワと減らされていく。


「ヘビィなシーンだぜ」


 事実上なぶり殺しにされるシリウスの生き残りは、開き直ったのか最後の輸送船に突っ込んでいく。


「そろそろお仕舞いだな」


 マイクの声が無線に流れた。

 ジョニーはコックピットのレーダーモニターを調整し、ニューホライズンの半球上に敵機のエコーが無いことを確認した。


「やれやれ……」


 小さく息をこぼしたエディ。

 輸送船は徐々に速度を落とし始め、中隊は輸送船を集合地点へと送り届けることに成功した。ぼろぼろになっている輸送船だが、まだ多少はパーツがある筈だ。


「あとは祈るだけだ」


 アレックスの言葉が虚しく無線にながれた。

 皆、口には出さないまでも、何となく気がついている。


 ──ウェイド……


 やるだけの事はやった。後は神の御手の上だ。

 押し黙ったまま帰投コースへ入ったジョニー。

 その脳裏には、地上で走り回っていた頃のウェイドが現れていた。

 楽しかったシーンばかりを思い出していた。


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