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黒い炎  作者: 陸奥守
第四章 憎しみの果てに行き着く所へ
52/424

ウェイドの試練


「状況は?」


 冷徹な声で状況を尋ねたエディ。

 艦内の整備責任者である大尉は黙って首を振った。


「機体の74%が損傷しています。再利用可能パーツは多く見積もって35%」


 僅かに震える声で回答した南欧系人種の男はそう答えた。

 小さく溜息をこぼしたエディは視線を整備デッキへと向けた。


 ボロボロに損傷したシェルの周りには沢山のスタッフが集まっている。

 そして、様々な部品が突き刺さった装甲を一つ一つ剥がしていた。


「少佐もご存じの通り、先に到着した輸送船団には……」

「あぁ。聞いている。我々向けのコンテナが無かったんだろ?」

「……そうなんです」


 数日前に到着していた地球からの輸送船団は、501中隊向けの消耗品や定期交換部品と言ったパーツのコンテナが欠落していた。予備部品をやりくりして何とかしている状況の501中隊にとって、そのコンテナが無いと言う事実は緩慢な滅亡を意味した。


「フライトレコーダーによれば、激突時には最大で45Gが掛かっています」

「……45Gか」


 艦内で繰り広げられている工作作業は、激しく損傷したシェルの装甲を除去し、その奥にあるコックピットを無理矢理こじ開ける大掛かりなモノだった。

 損傷を受けたのがシェルだけなら何も問題は無い。高度に規格化された地球連邦軍にとってすれば、他の機体から流用可能な部品を使えば良いだけのことだ。


「言いにくい事ですが……」


 言葉を一度飲み込んでから胸中で練り上げた大尉は、意を決し目を開いた。

 シェルがこれだけ傷ついたのだ。中のパイロットも尋常な事態では無い。

 先に聞いたとおり、機体の74%は損傷しているのだという。


 シェルが傷ついているのでは無い。

 パイロットであるサイボーグの身体自体が傷ついているのだ。


「おそらく、DAI(びまん性軸索損傷)の公算が高いです」


 DAIを告げられたエディは表情を大きくゆがめた。

 サイボーグにとって脳への損傷は死に直結する問題となる。


 脳の局所性損傷となれば、全身に運動障害を引き起こしたりする()()だ。

 だが、びまん性軸索損傷の場合は脳全体に強い剪断力を生じる関係で、脳の全てに機能障害を起こす事が多い。快復しても重い高次脳機能障害を引き起こすDAIの場合、人格そのものが変化してしまう事もあるのだ。


「すまんが……引き続き作業に当ってくれ」

「イエッサー」

「大事な部下だ。出来れば失いたくない」


 ハッチを出て作業現場に向かった大尉を見送るエディ。

 盛大に溜息をこぼし頭をボリボリと掻きむしった。

 艦内の作業デッキで解体作業中のシェルは、ウェイドの機体だった。










 ――――――地球人類暦2246年 1月27日 午前2時

       ニューホライズン 周回軌道上 空母ハルゼー艦内










「……まさか、ウェイドがこうなるとはな」


 この日、ニューホライズンの上空で激しい戦闘を行なった501中隊は、僅か10機のシェルで100機以上のシリウス戦闘機と戦った。七面鳥撃ちと言うには些か大袈裟ではあるが、それでもまともな戦闘とは言いがたい一方的なモノだった。


「エディ……」


 整備デッキを見下ろす小部屋へとやって来たジョニーとヴァルター。

 ふたりは損傷したウェイド機をここまで引っ張ってきていた。

 心配そうに作業デッキを覗き込むふたりは、振り返ってエディを見た。

 そのエディは寂しそうに笑って首を振った。


()()…… ですか?」


 恐る恐る訊ねたヴァルターに、エディは困ったような笑みを浮かべた。


「……良くないな。状況はフィフティフィフティと言うところか」


 それがとてつもない理想論敵数値である事など論を待たないことだ。

 DAIで高次機能障害を発症した場合、死んだ方がマシと言う事態に陥る。

 兵士のスラングで言うクソ袋――流動食を食べてクソを垂らすだけ――になる。


 植物状態なら一層ましなのだろう。

 中途半端に意識があったりすれば、本人が一番苦しむ事になる。


「実際何が起きたんだ?」


 エディの事情聴取にジョニーとヴァルターは悲痛な表情を浮かべ話し始めた。

 全くの乱戦に陥った中隊は、相互フォローを完遂出来ていなかったのだった。


「むこうの戦闘機は三つのグループだったんてすが、その真ん中のグループが完全に素人って感じだったんです」


 ジョニーは言葉の続きを求めるようにヴァルターを見た。

 そのヴァルターは小さく溜息をこぼして切り出した。


「全く統制のとれていない編隊でした。推力ベクトルまでバラバラで、俺とジョニーでど真ん中へ飛び込んだら、編隊が大混乱に陥り仲間同士で衝突する有様で」


 ヴァルターはチラリとジョニーの顔を見ながら話し続けた。

 慎重に言葉を選んで、ありのままを正確に表現するべく努力していた。


「それでも、何度か突入するうちは良かったんですが……」


 な?と同意を求めるようにジョニーを見たヴァルター。

 ジョニーもゆっくり首肯した。


「五回目の突入時には向こうから体当たりしてくる状態でした」

「体当たり?」


 ジョニーの言葉を反芻して聞き返したエディ。

 死ぬのを前提にした攻撃など有り得ない。

 ただ、命を捨てて攻撃する戦術は、守る側には大きな心理的負担になる。

 弾幕も牽制射撃も通用しなくなると言う事だ。


 こちらの防御的攻撃に一切怯む事無く、真っ直ぐに突っ込んでくる恐怖は、ジワジワと心の弱い部分を蝕むのだろうとエディは思った。


「こっちはモーターカノンで狙い撃ちして通路を作り、その隙間を突破して敵編隊を通り抜ける作戦でした。ですが……」

「シリウス側は完全に逃げ道を塞ぐ様に立ちはだかる感じで、七回目辺りでしたけど、撃たれるの前提に完全な壁状態のままこっちに突っ込んできたんですよ」


 少し興奮し始めたふたりの言葉だが、エディは映像バンクにアクセスし、前衛であるジョニーが見ていた視界を参考資料に眺めて言葉を失った。いっさいの逃げ場無く壁を作り上げてやってくるシリウス側の戦闘機は、死を恐れないかのように真っ直ぐやってきた。


「最初にジョニーが真正面の戦闘機を叩き潰し、その周辺の戦闘機を俺とディージョとウッディで潰しました。この時点でシェルが通り抜けられる位の穴になったんですがその穴があっという間に埋まりまして……」


 表情を失い青ざめたようなヴァルター。

 恐怖心が蘇ってきて、背筋を寒くしている。

 そんなヴァルターを気遣ったのか、ジョニーは続きを語り出す。


「俺もやばいと思って急激に進路を変えました。左腕のチェーンガンで牽制しつつ右側へ旋回して逃げ方向にしたんですが、ウェイドの機は右腕のモーターカノンでロングレンジ攻撃してて反応が遅れたようです」


 乱戦の真っ最中だったエディは肝心のシーンを見ていなかった。それどころか、中隊の誰一人として衝突シーンを見ていなかったのだった。故に、今回の事故は偶発的なモノというべき物で、ウェイド機に何らかの機械的な不具合が発生したか、もしくはウェイド自体の故障という線は否定された。


「気が付いたときにはウェイドの絶叫が聞こえて」

「同じタイミングで猛烈な光が見えたんです」


 誰も見ていなかった肝心のシーンだが、ウェイドのシェルはシリウス側戦闘機とマトモに衝突し、その相対速度からシェルの胴体部分へシリウス戦闘機のエンジンを突き刺してしまったのだった。

 いかな重装甲のシェルとは言え、相対速度が毎秒50キロを越えると装甲は紙以下だ。戦闘機の重要構造物であるエンジンやメインフレームが縦方向の応力に対し相当強靱に作ってある事も災いし、見事に装甲を貫通してしまった。


「思わず振り返って様子を見たらウェイド機が速度を失って漂流してたので、再度急旋回し救援に向かいました」

「ジョニー機について俺も旋回したんですが、この時点でウェイドから自発反応が無かったんですよ」


 沈痛な言葉を吐いて黙ったヴァルターは、肩を落としていた。


「俺が無様に旋回したりしなきゃ……」

「そーじゃねーっで」


 ジョニーの言葉を否定したヴァルターは、身体が萎むようなため息をはいた。


「ジョニーが旋回したとき、俺はもう一機潰してからって欲をかいたんてす。ですが、すぐ後ろにいたウェイドのことをなにも考えてませんでした。俺の責任です」


 わずかに身体を震わせるヴァルターは、心配そうに窓の下を眺めた。

 メインフレームを貫通しているシリウス戦闘機の構造材を引き抜くと、通電していないシェルの流体金属装甲が漏れ出てきて、ハルゼーのデッキに丸く輝く水たまりを作った。高電圧を掛けると一気に強度を増し、至近距離からの自己鍛造弾頭ですらも受け止める人類史上最高の防御技術な筈だった。


 しかし、今回はその流体金属装甲が、極々原始的な武器ともいえる槍状のもので貫かれたのだ。技術班は真剣に検討を行うべく集まっているのだが、エディにしてみればシェルよりも長年ともに戦った部下の命が心配だ。


「誰の責任かと言えば、この事態を予想できなかった俺の責任だ」


 エディは安心させるように二人の肩をポンと叩いた。

 その感触に顔を上げたヴァルターは、今にも泣きそうな表情だった。


 エディは優しく笑みを湛え、ジッとヴァルターを見た。

 厳しく激しい性格なエディだが、誰よりも部下思いの男だとジョニーは思った。


「ジョニーもヴァルターもそこは罪の意識を持たなくて良い。ただ、無事であることは祈ってくれ。正直言えば、生きているのは奇跡に近い」


 士官である以上、部下を失うことは避けては通れない。

 それは軍隊の宿命とも言えるものであり、認めたくない運命でも有る。

 また、必要の結果を得るために費やすコストの一部とも言える事だ。


「最後は運だ。そうだろう?」


 同意を求めたエディ。

 ジョニーとヴァルターは一瞬顔を見合わせ、ふたり同時に首肯した。


「死ぬも生きるも運だ。死神に見込まれたウェイドの持つ運の強さを祈ろう」


 命のやり取りな戦場に立つ者は、誰だってゲンを担ぐし運の強さを神に祈る。

 生きるか死ぬかの瀬戸際で踊るウェイドの運命をジョニー達はいのるしかない。

 誰にも見えない境界線(レッドライン)は、通り過ぎた時に初めて気が付く。

 

『エディ』


 唐突に中隊の無線へアレックスの声が流れた。


『ウェイドだが、脳はまた死んでないそうだ』

『そうか! よかった!』

『ただ、生きているとも言い難い状況のようだ』


 一瞬の沈黙。

 そして、身を切るような緊張。

 いたたまれなくなったアレックスが先に口を開いた。


『自立反応なしで脳波は眠っているのに近いとのことだ』

『……回復の見込みは?』


 エディの問いに一瞬口ごもったアレックス。

 その僅かな機微にジョニーはウェイドの運命を悟った。


『医療支援鑑へ移して集中治療する方針との事だ』

『再製医療の神業に期待しよう』

『それしかないな』


 一般的には脳の細胞は損傷を受けても再生しないと言われている。

 神経細胞の巨大な集合体てある脳は、一つの臓器として見た場合には全く特殊な性質を持っていた。肝臓などの臓器が強い再生力を持つのに比べ、脳は機能的損傷を受けた場合でもほかの神経がフォローするだけで、細胞という断面でみれは一切再生しない。

 まだ、高度な再生医療技術を持ってしても、脳の交換に成功したケースは一度もないのだ。


『ブリッシチップが完全に引きちぎれているらしい。事実上サイボーグの死だな』

『……そうか』

『取り敢えずアグネスへ移ることになる。俺が送っていくから、そっちを頼む』


 アレックスの言葉を聞いていたジョニーとヴァルターはもう一度窓の下を見た。

 シェルから引っ張り出されたウェイドの身体は胸から下が完全につぶれていた。

 背骨部分のメインフレームは完全に切り放されていて、全く無表情なウェイド顔がちらりと見えた。


「祈るしかないな」


 ヴァルターの横で様子を眺めていたエディは、誰に言うともなく言葉を吐いて黙ってしまった。押しつぶされるような罪の意識に震えながら、ジョニーもヴァルターもウェイドの回復を祈るのだった。


『エディ』


 アレックスに代わりマイクの声が無線に流れた。


『どうした?』

『先に到着した輸送船団だが』

『あぁ』

『落後船があさって頃にワイプインの予定だそうだ』

『……なんだと?』


 マイクの報告に表情を変えたエディ。

 ジョニーとヴァルターは押し黙って事態の推移を見守った。


『地球出発の時点で遅れが出ていたそうだ』

『で、中身はなんだ?』

『サイボーグ向けの各種消耗品だそうだ』

『……そうか』


 僅かに表情を緩めたエディ。

 マイクは言葉を続ける。


『ウェイドはあり合わせのパーツで何とかする方針らしいが』

『何とかなるのか?』

『いや、状況は良くないそうだ』

『……だろうな』


 ひとつ溜息をこぼしたエディは、僅かに考える素振りを見せた後でニヤリと笑い顔をみせ、ジョニーとヴァルターを順繰りに見た。


「ウェイドの為に一働きしなきゃならんな」

「……望む所です!」

「よし」


 ウンウンと満足そうに頷くエディ。

 無線の中には再びエディの声が流れた。


『その輸送船の護衛はあるのか?』

『いや、完全に丸腰らしい』

『……随分いい加減だな』

『地球周回軌道上で機関故障を起こし、速度が乗らなかったそうだ』

『まぁ、さしあたっては……』

『そうだな、先ずはここに来て貰わねば』


 えへへと笑ったマイク。

 エディも笑っている。


「ウェイドの為に。輸送船は何としてもここまで来て貰うぞ」

「輸送船の中身を護れ。そう言う命令ですよね」

「そうだ」


 ストレッチャーに乗せられ移動の準備を始めたウェイド。

 その姿を見ながら、ジョニーはグッと右手を握りしめた。

 今度は間違いを犯さないと、そう心に固く誓って。


「お前達、気合い入れろよ?」


 エディは静かに笑うのだった。

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