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黒い炎  作者: 陸奥守
第四章 憎しみの果てに行き着く所へ
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指桑罵槐


 ――地球人類暦2246年 1月20日 午後1時

   ニューホライズン 周回軌道上







 リョーガ大陸の上空を飛んでいる501中隊のシェル。

 各機のパイロットは、肉眼でも確認出来るほどの業火を地上に見つけていた。

 ひとつふたつと数えていって、ザッと見ただけでも20カ所以上だ。

 赤々と燃えさかっているのは、人の罪か…… 人の業か……


「なんだかスゲーな」


 ボソッと呟いたヴァルターは、それ以上を言う事が出来ずに居る。

 あの赤い炎の中には、間違い無くシリウス人が居る筈だ。


 ――俺と同じシリウス人が……


 その思いはヴァルターだけで無い。

 ジョニーをはじめ、ディージョもウッディも同じ事を思う。


 ――シリウス人が地球人の手先になってシリウス人を殺している


 その複雑な感情は、どれ程頭で考えた所で、割り切れる物では無かった。



「あの規模の都市火災だと、燃え尽きるまで消しようが無いな……」


 抑揚の無い無感情な言葉が無線に流れた。

 言葉の主はリーナー少尉で、相変わらず感状の薄い人だとジョニーは思う。


「無差別都市攻撃は近代人類戦争史の避けて通れない部分だ」


 歴史学者のような物言いで同じ説明をしたエディ。

 ジョニーはふと、アレックス大尉が行った『戦争史』という講義を思い出した。


「都市郊外の平原で騎兵が穂先を揃え、民衆を代表して殺し合った時代……か」

「ある意味でそっちの方が平和な戦争だな。なんせ市民は死なずに済む」


 インカの末裔であるディージョの呟きに、ウッディは至って平凡な答えを吐く。

 だが、エディはそれに口を挟んだ。授業中の教授が指導するように……だ。


「騎兵だって市民だ。犠牲は一人でも少ない方が良い。だろ?」


 至極当然の言葉なのだが、それでも改めて聞けば身の引き締まる思いだ。

 兵士だって人間だ。たったひとつの魂を持った存在だ。

 それがこうやって無抵抗の人間を焼き払っているのは……


「兵士では無い無辜の市民が何故死ななければいけないのでしょうか?」


 ウッディの言葉は、ややもすれば抗議染みた色を含んでいた。

 憤懣やるかたないのは誰しも一緒だが、ウッディもまた卑怯を嫌う。

 ジョニーとは違う角度ではあるが、正義と理想をしっかりと持っていた。


 ただ……


「市民が無辜だなんて誰が決めたんだ?」

「え?」


 マイク大尉の言葉が無線に流れた。


「何の罪も無い市民だと? そんな物は存在しない」

「ですが! 彼らは兵士では『戦争する政府を支持した罪だ』


 ウッディは息を呑んだ。

 そしてウッディだけじゃ無く、皆が息を呑んだ。


「民主主義の一大原則だ。愚かな政府を選んだ罪は第一義として市民にある」

「……そんな」


 ウッディに代わりヴァルターが呟いた。

 その反応を聞いたマイクは淡々と言葉を続けた。


「戦争が悪いと言う前提を頭から捨ててみろ」

「え?」「なんでですか?」「人が死ぬのですが」


 ヴァルターやジョニーやウッディが次々に言葉を返す。

 しかし、マイクは遠慮すること無く続けた。


「物事には必ず原因がある。戦争は結果なんだ。その原因はなんだ?」

「戦争を仕掛けた方が悪い…… ですか?」

「有る一面では正解だが、別の面では落第だな」


 マイクの説明がいよいよ分からなくなったジョニーは頭を抱えた。

 年齢相応とは言えない基礎教育の薄さが引き起こす思考の浅さ。

 それは、経験では補えない絶望的な差になってしまう。

 

 学ぶ


 それを疎かにした者の辿る末路は、逃げることの出来ない罠にはまる事になる。

 搾取される側という絶望的な身分階級に固定されてしまう悲劇に帰結するのだ。


「あの市民はシリウス独立派の集まる地域だ」

「独立運動が悪いと?」


 ジョニーはそう質問する。


「独立運動は悪くない。ただ、手段が悪いと言う事だ」

「でも、夢は叶えたくなるものでは……」


 ウッディは夢という部分に重きを置いた。


「相手を殴ってでも事を望めば、相手に殴られる」

「殴る方が悪いのでは?」

「最初に殴ったのはどっちだ?」

「……それは」


 会話の堂々巡りにも思えるし、とんち問答のようでもある。

 そのつかみ所の無い論議を、エディはスパッと整理した。


「独立派は穏健派を圧し、各所で暗殺まがいが横行していた。急進派や先鋒派という存在は、自分たちの意見が通らない時には、武力闘争も辞さない。その結果、シリウス全土でこの20年の間に一万を超える穏健派住民が様々な形で殺されているのだが、それを見て見ぬフリをしたのが、いま死んでいる市民の罪だ」


 二の句を付けられぬ候補生達は息を呑んだ。

 それに構わずエディは話を続ける。


「戦争が悪なのではなく、戦争を仕掛け、仕向け、それで利益を得ようとする者が悪い。そうじゃないか? 人が死ぬ事を厭わず、自らの利益に繋げようとする者」


 なんとなく分かるような分からないようなエディの言葉は、少尉候補生たちにますます混乱を引き起こす。だが、エディは遠慮することなく話を続けるのだった。


「俺たちがやっているのは政治の不始末の後始末だ。誰かの汚いケツを奇麗に拭いてるのさ」


 あたかも政治家がバカだと言わんばかりのエディ。

 軍人とはいえ所詮サラリーマンである。しかも、政治家に使われる方の。

 その軍人が飼い主に向かって吼えているに等しい事をエディは言い切った。


「軍隊が何のために存在するのか。それをよく考えろ。単純に言えば金さ。俺達が戦う本当の理由なんてのは、主義や主張や体制の打倒なんてもんじゃ無い。侵略だの防衛だの故郷だの家族だの。そんな奇麗事でもない。何処かの誰かの金儲けだ。地球に居る金持ちやシリウスで儲ける奴らや、それだけじゃ無いぞ? 現状のままいてくれたほうが金になる奴と、現状が変わってくれた方が金になる奴。そんな奴らの代理戦争だ」


 軍隊は政治家の命令で戦う。この一大原則を見落とすと本質を見失う。

 そして、政治家と言うのは選挙によって選ばれた者だけでなく、様々な権力闘争を経てその席に着いたものもいる。双方それぞれに金儲けの仕組みがあり、なんとしても手放したくない既得権益が有る。


「いま…… 地上で燃えている都市の住人たちは……」

「ウッディが思った通りさ」

「ヘカトンケイルを止められなかった…… 罪…… ですか?」

「そう言うことだな」


 なんら迷う事無く真っ直ぐに言い切ったエディは、チラリと地上を見た。

 相変わらずの業火が燃え盛っている。文字通りの劫火が燃え盛っている。

 生きとし生ける者たち全てを灰に変え、築き上げた文明が消し炭に変わる。


「地上は凄い事になっているぞ」


 ボソリと呟いたエディは小さく溜息をついた。


「男も女も。赤子も老人も。イヌもネコも。すべて焼かれる。すべて灰になる」

「罪と罰…… ですか……」


 小さな溜息と共にインテリ風な言葉を吐いたディージョ。

 ドストエフスキーの【罪と罰】から、一節を改変して呟いた。


「新世界の指導者は旧政界の古い法を超越する事が許される…… それが……」

「そうだ。その戦争になる事を止められなかった罪。そしてその酬いの罰だ」

「でも、それは本当に罪なんですか?」

「絶対論ではない。相対論だ」


 軽い調子のエディはハハハと小さく笑った。


「ヘカトンケイルに逆らう事など不可能では?」


 口を挟んだヴァルターの口調には多分に怒りの臭いを含んでいる。

 だが、エディは一切動じる事無く言葉を返した。


「そうだろうな。不可能だろうな。ただ、結果論としてこのザマだ」


 それっきりエディは黙ってしまった。

 どうすればよかったのか。ジョニーはその答えを見つけられない。

 グレータウンの郊外で牛を飼っていた父を無様だと思った事など一度もない。

 ただ、余りに住んでいる世界の違う人間がいるのは不思議に思っていた。

 理想論ばかり喚き、現実を見ていなかった者たちだ。


「まぁ、これは各々がそれぞれに答えを出す問題だ。正解などない。それより」


 アレックスが話を切り替えた時、ジョニーはコックピットのレーダーモニターに複数の反応があるのを見つけた。索敵距離を切り替えれば、ニューホライズンの裏側あたりからやってくるのがわかる。


「反応からして戦闘機だな」


 マイクの言葉を聞きつつ、ジョニーたちはシェルの戦闘モードを切り替えた。

 ただ飛んでいるだけではなく、ガチでやりあう状態だ。


「そろそろ疲れてきたな」


 ボソリとこぼしたジョニーは、コックピットキャノピーの僅かな実視界から宇宙を眺めた。幾重にも重ねられたぶ厚い装甲を持つシェルのコックピットは、その中の視界の殆どを機外カメラの映像に頼っている。

 コックピットの中は全てがグレーの壁になっていて、サイボーグであるパイロットの視覚神経に直接映像が流し込まれる仕組みだ。つまり、いまのジョニーにとっては架空視界の中に実視界が小さなモニターで写って居るような状態だった。


「これだけ贅沢な眺めを得られる職業なんだけどな」


 皮肉混じりの言葉をヴァルターが吐いた。

 実視界の向こうには壮大な銀河が見えている。

 そして人類発祥の母なる星。地球太陽系のサンも。


「今日で3日目か」

「そろそろお休み戴きたく存じますってな」


 ディージョのボヤキにウッディが上品な物言いを添えた。


「文句を言う暇があったらもっと上達しろ。俺たちの戦闘データは何より貴重なんだからな」


 厳しい口調で叱るマイクの声に、ジョニーはニヤリと笑うしかなかった。

 疲れてはいるが充実している。毎日の様に出撃し、スコアを積み重ねる。

 そして気が付けば、自分の身体の様にシェルを使いこなしている。


「……随分多いな」


 モニターを見ていたヴァルターが僅かにこぼした。

 その言葉を聞いたジョニーはレーダーモニターの縮尺を変えて観察する。

 エコーの数は軽く200を超えていた。


「シリウス側も量産体制を確立したってことだろうさ」


 ウッディはまるで経済学者のように分析した。

 200程度かと思った戦闘機の数は益々膨れ上がっていく。


「……ほんとかよ」


 思わず弱音をこぼしたジョニー。

 だが、その直後にドッドの声が響いた。


「グズグズ文句言うな! 一気に掛かるぞ!」


 その緊迫感ある声にジョニーとヴァルターは思わず『プッ!』と吹き出す。

 ドッドはまだ頭の中のどこかが下士官の長なのだと思ったのだ。


「ドッドの言うとおりだ。一気に掛かる。ここには戦闘機がいないからな」


 エディの声が楽しそうだ。

 つまりそれはやる気になっていると言う事。

 現在の座標から連邦軍の戦列艦までは指呼の間といえる。

 つまり、撃ち漏らすと後が面倒だ……


「実に不本意だが明日は休みにする。のんびり休みたいならしっかり働こう」


 エディのシェルが戦闘増速していく。

 その直下にいたジョニーは遅れまじとエンジンに点火した。

 視野に浮かぶ機動限界線(フラワーライン)が大きく引き伸ばされ、ジョニーは全身に強いGを感じた。肉体を失ってはいるが、身体の各所に取り付けられているモーションセンサーが擬似的に送ってくる情報だ。


 ――相変わらずスゲェ……


 グッと奥歯を間でエディに付いていくジョニー。

 視界に捉えたシリウスの戦闘機は、前衛と後衛に別れていた。


「後部グループの事は考えるな。前部グループから殲滅しろ!」


 見通しが良く遮蔽物のない空間だ。

 一気に加速したジョニーはモーターカノンの発火電源を投入した。

 全てが無意識下で行なわれているが、ひとつひとつの手順に迷いは無い。


「後ろの連中。機体に問題がありそうだな」

「粗製濫造って所か? 短期間で大量生産するなら無茶も出るだろう」


 少しヨタつく動きを見せたシリウスの戦闘機。だが、情けは無用だ。

 アレックスとマイクは遠慮する事無く最初の砲撃を開始した。

 前衛の連中は動きが良く、見事な回避を見せていた。

 だが、後衛に付いた連中は碌に回避する事無く、次々に撃墜されている。


「全機聞け」


 こんな時になんだ?と耳を傾けたジョニー。

 静まり返った無線の中にエディの声が流れた。


「1時間以内に全滅出来たらハルゼーのレストランで俺がたらふく奢ってやる」


 その言葉にグッと右手を握り締め、ジョニーは敵編隊の中へ突入していった。

 右手にディージョ、左手にヴァルター、後方にはウッディのサポートをつけて。



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