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黒い炎  作者: 陸奥守
第四章 憎しみの果てに行き着く所へ
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人の業 / 罪と罰


 ――地球人類暦2246年 1月11日 午前7時

   ニューホライズン 周回軌道上 空母ハルゼ―艦内






「……すげぇな」


 ハルゼ―艦内にあるキューポラから宇宙を見ていたジョニーとディージョ。

 ふたりはハルゼ―周辺に展開する大艦隊を眺め、言葉を失っていた。


 西暦2245年10月初頭。

 地球を出発したシリウス遠征艦隊は、数日前に次々とワイプインを行って恒星間超光速飛行を脱し、ニューホライズン周回軌道上に居る連邦軍艦隊に合流を続けていた。


「何隻居るんだ?」

「見える限りだが100隻は軽く越えてる」


 ディージョの問いにそう答えたジョニー。

 同じタイミングでキューポラ室のハッチが開き、ヴァルターが姿を現した。


「スゲ―ぜ。大半がコルベット(砲艦)だ。やる気だな」


 ヴァルターの言いたい事を、ふたりもよく分かっている。

 大気圏外から地上に向けて総力艦砲射撃を行う腹だ。


 現状、ニューホライズンの地上は各所で大きく焼き払われている。

 だがしかし、シリウス側の生産能力はまだまだ失われきっていない。

 シリウス防衛軍の戦力が着々と強まっているのは、501中隊の面々全てが肌感覚として感じているのだった。


「こっからどうするんだろうな?」

「ズッと出撃してるが、本当に終わりがねぇぜ」


 ディージョの疑問にヴァルターがボヤキを返す。

 昨年12月の激しい戦闘で死にかけたジョニーを含め、501中隊の面々は3日続けて出撃し、1日休みを挟むパターンを繰り返している。


 まだまだ不安定だと思っていたシェルはだいぶ安定してきている。

 そして、気が付けばジョニーを含めた面々の技量が驚く程の物になっていた。

 神経接続で直接制御出来る501中隊のサイボーグパイロット達だ。


 生身のパイロットでは到底為し得ない反射速度と思考速度。その環境下で制御されるシェルの膨大な戦闘ログは、生身のパイロット向けシェルに搭載される自立戦闘AIの開発に大きく役立てられていると聞く。


「連邦軍のお偉方はシリウスに降伏勧告出したらしいぜ」


 少し呆れたような口調で言ったディージョ。

 その言葉に『ハッ!』と笑ってジョニーとヴァルターは顔を見合わせた。


 ――生身向けシェルの開発に目処が付いた


 皆はそう考えた。

 生身のパイロットはシェルが自立して行う戦闘の監督者にすぎない。

 時にはその制御に介入するだろうが、それとて実行範囲はそんなに大きくない。


 501中隊のサイボーグパイロットが『シェルとの対話』によって戦闘を行うのだとしたら、生身のパイロットは『戦闘するシェルの監督』として搭乗する事になるのだろう。


「……今更降伏なんかしないだろうな」

「最後の一兵まで闘うさ。俺ならそうする」


 シリウスの地上で散々とやり合ったジョニーとヴァルターだ。

 あの屈強なロボから降りて来た中年のパイロットがそうであるように、シリウス人は理屈では無く思想として地球からの独立を求めている。


「で、ヘカトンケイルは徹底抗戦を呼びかけてるって寸法だが……」


 続きを言おうとしたディージョは、キューポラ室ハッチのロックが開く音を聞いて言葉を止めた。突然ここにエディでも現れたら、お小言を喰らいかねない雰囲気だったからだ。

 ただ、その心配は杞憂に終わり、開いたハッチの向こうから無重力な空間の中へウッディが姿を現した。小さく折りたたまれたメモを持って。


「ヘカトンケイルが全シリウス軍に檄を飛ばしたらしいね」


 少し影のある表情で言うウッディ。

 ジョニーもヴァルターだけで無く、ディージョまでもが心底嫌そうな顔で話の続きを待った。


「実に傑作だよ。ヘカトンケイルは全てのシリウス軍に対し、次の子等の為に抵抗せよと呼びかけているそうだ。そして、ヴァルハラはここに有ると。皆の足下にあるこの大地こそがヴァルハラであるって…… 寝言は寝て言えって感じだな」


 どこまでもウンザリそうな表情のウッディは、ここから先の抵抗が激烈になる事を予感していた。そして、現状ではすでに和解の道が一切無いことも承知せざるを得なかった。


「……連邦軍は総力艦砲射撃を開始するつもりらしい」


 小さく溜息をついてからそう呟いたウッディは、ガックリと肩を落とした。

 ジョニーは自分自身が機械の身体(サイボーグ)になってから、つくづくと『溜息とは形而上の儀式』だと言う事を知った。その実効性に何の意味も理由も存在し得ない行為であり、それは他の誰かに対する心理的プレッシャーにすらならないのだ。


「またニューホライズンの地上が荒れるのか」


 ボソッとこぼしたジョニーはキューポラの外を見た。

 青く輝くシリウスの光を反射して、ニューホライズンの海が眩く輝く。


「なんとか平穏に収まってくれねぇかなぁ」

「……ヘカトンケイルだけじゃ収まらないんだろうね」


 ヴァルターもまた沈痛に呟き、ウッディはそうこぼすと黙りこくった。

 もうどうにもならない所まで来ている。それは皆解っている。

 賽は投げられ、行き着く所へたどり着くまで船は止まらない。


「せめて俺たちは地上の事を支援しよう」

「そうだな。一日でも早く無駄な争いが収まるように」


 ディージョの言葉にジョニーはそう答えた。

 もはやどうしようも無いのだから、出来る事を頑張る。


 だが、人類の愚かさは想像の範疇を遙かに超える事をジョニーは知るのだった。






 ――地球人類暦2246年 1月13日 午前9時

   ニューホライズン 周回軌道上







 ジョニーは何気なくコックピットの外を眺めた。

 シェルのコックピットから眺める戦列艦の群れは、見渡す限りだった。


 ふと『まるで鯨だな』と妙な感想を呟いたジョニー。

 地球の海にも鯨は居るそうだが、こんなに首は長くないという。


 太く大きなレモンの実にも見える胴体から長く大きな頭が伸びる鯨。

 それは、太洋生物の中で捕食者の頂点として君臨している。

 そんな鯨の敵と言えば、長く鋭い牙を持った鯱しか居ないのだ。


「さて、今日も無事に終わることを神に祈ろうか」


 無線の中にエディの気楽な声が漏れ、ジョニーは複雑な表情でそれを聞いた。

 戦列艦の全てが手持ちの浮遊砲塔を全部展開し、地上に砲身を向けている。

 その周囲には展開した太陽光発電パネルがならび、莫大な電力を供給していた。


「今日の攻撃目標はどこですか?」


 なんとなく訊ねたジョニーはボンヤリと地上を見ていた。

 夜の側に入った地上には点々と街灯りが見えている。


「キーリウス周辺の小規模工業団地群だ」


 パッと回答を寄越したアレックスは、各シェルの戦闘支援モニターに戦術情報を表示させた。キーリウス周辺に存在する小規模工業団地は全部で7カ所。


「これは何の工場ですか?」

「情報部が掴んでいる限りだが、多くはシリウスの全域戦闘機向けだな」

「……チェーシャーキャットですか」

「そう言う事だ」


 ジョニーはその先の言葉を飲み込んだ。

 目標は小規模工業地帯なんかではなく、そこに働く人々だと思ったのだ。

 日々の小さな幸せを拾い集めて生きる無辜の人々。地球側が手を下さなければ、或いはそこにいなかった人々だ。


「地上には警告を発したのでしょうか?」


 どこか祈るような口調のウッディは、確定情報を求めた。

 戦いを回避出来ないのなら、せめて犠牲は少ない方が良い。

 だが、それに回答したエディの言葉は、ウッディだけでなく皆が凍り付くような言葉だった。


「地上には警告をいっさい発していないそうだ」

「え?」


 思わず妙な言葉を漏らしたウッディ。

 エディは構わず続ける。


「完全に無警告で艦砲射撃を行うらしい」


 重苦しい沈黙が無線の中に漂った。

 誰かが『汚い』と呟いた。

 それが誰だかを理解する前に、エディの言葉が再開した。


「戦争にもルールがある。戦争協定は捕虜の虐待や一方的な殺害を認めていない。だが、都市部ではない地域への砲撃は禁止されていないのが実情だ」


 エディは全く悪びれる事無くそう言った。

 そして、その続きをアレックスが説明した。


「周辺労働者もシリウスの戦力だ。現代戦において最も重要なのは、生産力の維持と兵站補給力の安定だ。退避警告を出してしまっては意味がないのだよ。そしてむしろ、ヘカトンケイルを含めシリウス首脳部が人民を見捨てたという実績が重要になってくる」


 驚くばかりのジョニーはギリギリと音を立てて奥歯を噛んだ。

 同じシリウス人があの艦砲射撃に焼かれるのを黙って見るしかない。


 激しい音を立て、大地を揺るがして着弾する砲弾の雨あられを体験したジョニーにすれば、その恐怖と憎悪は筆舌に尽くしがたい。


「人民は首脳部を恨むかな?」


 ボソリと呟いたウッディは、それ以上の言葉を飲み込んだ。

 誰が聞いたって分かりきった事だ。

 最初から恨まれているのは地球側なのだ。


 シリウス首脳部を恨むことなど考えにくい。

 エディを含めた連邦軍だって良く分かっているはず。

 むしろ、分からない訳がないとジョニーも思う。


 つまり、政治力的な部分でこれ以上のことが出来ないのだ。


「辛いよな。()()も」


 ジョニーは俺達の部分に殊更重きを置いた。

 僅かな間を挟んでマイクの声が流れた。


「軍隊の真実だ。怒りや悔しさや歯がゆさを忘れるな。そして、早く昇進しろ。軍隊は階級が全てだ」


 大尉たちも悔しいのだ。

 その事実に気が付いたジョニー。


 無線に流れるホワイトノイズを聞きながら、手を汚す誰かの悔しさや歯がゆさを忘れまいと。そう心に誓った。


「さぁ もう一つの悔しい連中がおいでなさったぞ!」


 全バンドを聞いている情報部に遠慮することなく言い放ったエディは、シェルの進路を大きく変えて戦列鑑の右側に大きく展開した。

 501中隊の各機はその後ろに続き、シリウスの迎撃陣を迎え撃つ体制になった。周辺には連邦軍のバンデットが複数展開し、シリウス側とガチでやり合う体制になった。


「さて、言うまでもないが、まずは戦闘機に掛かってもらう。俺達はゴールキーパーだ。バンデットの網からこぼれちまった不幸な奴を始末する」


 なぜ不幸なんだ?とジョニーは訝しがる。

 だが、マイクもアレックスも大笑いしていた。


「素直に死んだ方が楽だよな」

「下手に腕利きだと面倒が増えるだけだ」


 三人の言葉を全く理解出来ないジョニーは、シェルの戦力支援コンピューターに実弾装填を指示し、その後にエンジンの燃焼モードを推力優先からコントロール優先へ切り替えた。

 チョコマカと逃げ回るシリウスの戦闘機を追いかけ回し撃墜する算段だ。相手があのウルフマークの奴らでなければ、必ず勝てると自信が有った。


「始まったな」


 連邦軍側の戦闘機が襲いかかるのが見えた。

 黒いスペードマークにアラビア数字で41と書かれた航空戦闘団だ。


「やるなぁ」


 声を弾ませ眺めているマイクは、シェルをグルリとスピンさせて視野を広く取った。


「戦闘機同士なら互角と言うところか」

「数はあっちが勝るな」


 エディの言葉にアレックスがそう答えた。

 ややあって、地球側戦闘機の網から漏れてしまった不幸なシリウス側戦闘機がボチボチ現れ始め、迷う事無く地球側の戦列鑑へ突っ込んできた。

 迷う事無く真っ直ぐにやって来る彼らは、ある意味で勝利を確信しているのかも知れない。ジョニーはそんな事を思ったのだが……


「全員掛かれ!」


 エディのゴーサインを聞いた中隊のパイロット達は一斉に襲いかかった。

 戦闘機を手玉に取る圧倒的な運動性能と火力とを持つシェルなのだ。

 中隊の面々は全く難儀すること無く、シリウス側戦闘機を処分していく。


 ──あぁ こういう事か


 網から漏れたシリウス戦闘機のパイロットがなぜ不幸なのか。

 ジョニーはその真実を深く深く理解した。


 どうやっても勝てない敵に遭遇し、一方的に撃破されるのは不幸としか言いようがない。一言で言えば運が悪いとしか言いようが無いのだ。


「撃ち漏らすなよ。後でアレコレ言われたくないだろ?」


 エディのボヤキを聞きながら、ジョニーは四機目のシリウス戦闘機をニューホライズンへと墜落させた。恐るべき戦闘力だったウルフマークの連中と戦った後では、全く持って歯ごたえのない連中だと思いながら。

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