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黒い炎  作者: 陸奥守
序章:出会い、或いは再会。そして、終わりの始まり
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決意と覚悟と旅立ち

 ――――グレータウン中心部

      パブ・ギリーの足跡 三号室





 地球の古い時代。まだまだ陸上交通が馬や徒歩であった時代。

 宿屋も無い地方都市で寝床に困った旅人に便宜をはかったのはパブだった。

 そもそもパブというのはパブリック(公共的)という意味から来ている。

 小さな街の顔役や有力者が町民に酒と娯楽を提供する傍ら、旅の商人や巡礼者から余所の街の情報を聞く為の情報収集機関でもあった。


 最近では自警団を自称するストリートギャングのせいですっかり客足の遠のいていたパブだが、この夜は本当に久しぶりに盛況だった。

 エディ達の話を聞いた後だからすっかり夜も更けた時間帯。パブへと入ったジョニーとリディアの二人は、すっかり出来上がった親父衆に捕まってあれこれ質問攻めに遭っていた。


「ジョニーは目の前で見たんだろう?」

「なにを?」

「奇跡だよ。あの御子が見せた奇跡だ」

「え? 何のこと?」

「見なかったのか? 銃が薔薇の木になりよった」

「え? ほんとに??」


 半分位は呂律が回っていない親父衆は大げさにジョッキを傾けビールを飲み干すと、ジョニーやリディアへグラスを渡してビールを注いだ。


「目の前で見ていなかったのか? あんな事が出来るのは神の御使いだけだ」

「なんか本人は手品だって言ってたけど」

「本人を知ってるのか???」


 変な所で突っ込みが入り、ジョニーは思わず口をつぐんだ。

 何となくだけどエディの事は黙っていた方が良い。

 何の根拠も無いけど、ジョニーは何となくそう思った。


「いや、ちょっと話をしただけ」

「そうか。残念だな」


 何とも愉快だと言わんばかりに盛り上がる酒場の片隅。

 ここにはまだ良い音を奏でられるピアノが置いてある。

 

 久しぶりにキーを叩きたくなったジョニーはピアノの鍵盤カバーを開けた。

 土曜日の夜九時を回った所と言うなら、弾く曲はひとつしか無い。

 リディアへ小さなハープを渡してジョニーはピアノを弾き始めた。

 ジョニーの父親が週末にいつも弾いていた、懐かしい曲だった。

 

 優しい旋律が流れ、パブの中に一瞬静けさが漂う。

 アップライトピアノは絶対的な能力差としてグランドピアノには叶わない。

 だけど、楽器の能力と音楽の楽しさは比例しない。

 パブの中に居る客達が肩を組んで歌い出した。


「ピアノマンも歌ってくれよ! 俺たちの為に!」

「そうだとも! 歌いたい夜なんだよ! 歌に酔いたいんだ」


 見ず知らずの男達から声が掛かって、ジョニーも歌い出した。

 その隣でリディアがハープを吹いている。

 どこかの誰かが帽子の中に一ドルほどシリウスドル紙幣を入れ、ピアノの前に投げた。

 そこへ目掛けて皆が一ドルずつ投げ入れている。

 気が付けば帽子の中に百ドルは貯まっているようだ。


「おいジョニー! お前はいつまでこんな所でくすぶってるんだ!」

「そうだぜジョニー。お前ならムービースターにだってなれるさ!」

「可能性の芽を自分で摘むなよ! まだ若いんだ!」


 すっかり人生下り坂に入った男達が遠慮無く言い放つ。

 だが、その言葉は嫌みでも冷たい響きでも無く、どこか暖かな心がこもっていた。

 ジョニーはひときわ大きな声で歌った。

 パブの中の客達が大声で歌い、夜は更けていった。


 そして、最後の客が帰った頃、ジョニーとリディアは部屋へと入る。

 今夜は大入りだったから、部屋代は要らないとパブオーナーのダニエルがサービスしてくれた。

 いつも生活していたボロ屋とは違う清潔な部屋と清潔なベッド。

 

 まともなお湯の出るシャワーを二人して被り、床に風呂場には薄汚れた水が流れた。

 風呂から上がったリディアは何時にも増して美人に見えた。

 勿論、ジョニーだって普段より五割増しでいい男に見える。

 どちらが先に手を出したのか解らないうちに抱きしめ、二人は愛を確かめ合った。

 幸せなひとときの残り香を感じながらジョニーの腕に抱かれているリディア。

 言葉も無く、満ち足りた時間を味わっている。


「ねぇジョニー」

「ん?」

「……行くの?」

「あぁ……」

「やっぱり」


 リディアをぎゅっと抱き寄せて、その頭へ頬を寄せたジョニー。

 されるがままに身を任せながらも、リディアはジョニーの不安を感じ取った。


「親父がよく言ってたよ。夢はでかい方が良いって」

「お義父さんは夢の人だったよね」

「あぁ。悪党の居ない世界を夢見てた」


 ジョニーとリディアの思い出すその姿は、いつもいつも立派な後ろ姿だった。

 銃を持て暴れるアウトローの前に立ち、銃を抜かずに静かに構える男だった。

 誰よりも早い電光石火の抜き撃ちで数発だけ発射した弾丸は、必ずアウトローの頭蓋を打ち抜いた。

 そのアウトローだった死体へ敬意を示して、そして町外れの墓地へ埋葬していた。

 男の中の男だった。そんな父をジョニーは誇りにしていた。


「リディア」

「……うん」

「いつかこの街へ帰ってこよう。この街に家を買って暮らそう」

「そうだね」

「ここが俺とリディアの生まれ故郷だから」

「マザータウンだもんね」

「リディアと暮らせるなら、それだけで俺は幸せだよ」

「私もジョニーと一緒なら幸せ」

「でも、その為には」


 二人の耳にエディの声が蘇る。

 支配する側をされる側に都合良く付け替える。

 そんな事が出来るのか?と怖くもあるのだが。


「言われてみれば、今まで何度も支配する奴が代わってきたよな」

「そうだね」

「今はたまたまヘカトンケイル系なだけだよ」

「今度は地球系かな?」

「その地球系でもこっち側に都合の良い奴を頭にする作戦だろうな」

「ある意味ありがたいよね」

「全くだ」


 ジョニーの腕の中でリディアが顔を上げた。

 至近距離で目が合って、そしてリディアの唇をジョニーが塞ぐ。


「私も参加したい」

「え?」

「私もなにか出来ると思う。そんな夢なら参加したい」

「おいおい、無茶言うなよ」

「女だってなにか出来るよ」


 リディアの願いの真意をジョニーは解っている。

 これは止めなきゃまずい。当たり前の話として、そう思うジョニー。


「戦うのは男の仕事だよ」

「でも」

「うん。解ってる。解ってるから」

「から?」

「だから、女は子供を生んでくれ。俺の子を」

「子供……」

「男には出来ない事だからさ」


 ちょっと恥ずかしそうに顔を背けたリディア。

 だけど、その顎を押さえて逃げられないようにして。

 そしてジョニーはもう一度唇を奪った。

 

 やられっぱなしは気に喰わぬとでも言わんばかりにリディアが逆襲する。

 寝転がったジョニーへまたがったリディアが幸せそうに笑う。


「今夜は寝かさないから」

「おいおい。とりあえず静かにやろうぜ」

「出来るだけ頑張る」


 心のどこかにリビドーを呼び寄せる波を感じたジョニー。

 その気配を感じ取ったリディアは楽しそうに笑った。

 貧しくとも幸せな夜は、騒々しく更けていった。


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