真実
――地球人類暦2245年12月13日 午前1時
ニューホライズン 周回軌道上 空母ハルゼ―艦内
「ふぅ……」
小さく息を吐き出したジョニーはぐったりと身体を椅子に預けたまま、言葉に出来ない焦燥感と暗澹たる絶望感の間を行ったり来たりしていた。シェルデッキの傍らにあるソレほど広くは無い部屋を片付けて501中隊のガンルームに宛がわれているのだが、その中でジョニーは自分でコントロール出来ない躁鬱状態に陥っていたのだった。
――俺は無敵だった
――俺は撃墜された
――俺は完全に戦闘を支配した
――俺は完全に手玉に取られた
――俺は……
――俺は……
――俺は……
自分でも意識しないうちに完全なる『ゾーン』へと達したジョニーは、そのリバウンドを受けるように激しく消耗していた。時間経過が遅くなる錯覚は極限まで神経が研ぎ澄まされる事を意味する。
高性能なコンピューターが一時的に作動クロックを引き上げて能力を倍増させるように、ジョニーの脳は一時的にその作動速度を大幅に引き上げたのだった。ただ、肉体に過負荷を掛けて運動すれば筋肉に炎症を引き起こすのと同じく、ジョニーの脳はシナプスの筋肉痛といえる状態に陥っているのだった。
「おぃ! ジョニー! なにボケてんだよ!」
軽い調子で肩を叩いたヴァルター。その二回目のボディタッチモーションを全て見切ったジョニーは、スッと肩を逸らした。
「ボケてねぇって! 瞑想してたんだよ」
「めうそう?」
「そうさ。戦闘を振り返ってたのさ」
「……へぇー」
少し呆れるような調子のヴァルターは、ジッとジョニーの顔を覗き込んだ。今回の戦闘で随分と消耗した501中隊の面々だが、完全に作りものであるはずのサイボーグな自分たちが気が付くほど、全員の顔が変わっていた。
「俺たち、良く生き残ったよな」
「俺たちじゃねぇよ。そりゃお前だけだって」
「え?」
僅かに首をかしげたヴァルターが呆れる。
「ジョニーはあのピエロのシェル9機とやりあったんだぜ?」
「だけど殺されかけたし、最後は……」
肩を竦めたジョニーは恥かしそうに笑った。
「御目こぼしで命拾いってもんだ」
「そりゃ違うだろ。あのダルマになった敵シェルを助けたんだから」
「向こうも助けてくれた…… ってか?」
「まぁ、そんなところだと思うぜ」
相変わらず軽い調子のヴァルターだが、不意にひどく真面目な表情になった。
「あの時、俺なら間違いなく敵シェルにトドメを入れたな」
まるで叱責するようで、しかし、逆に言えば尊敬の眼差しのようで。
ヴァルターはまるで眩い物でも見るかのようにジョニーを見た。
「何であんな事したんだ?」
「……敵を助けた事か?」
「あぁ」
小さくそう応えたヴァルターの声と同時に部屋の扉が開き、デルガディージョとウッディが入ってきた。全く別の出自の筈なのだが、最近このふたりはジョニーとヴァルターの様に打ち解けてきている。
ただ、過ごした時間の長さの問題か、それとも潜った視線の数なのか。そのどちらかでも無いとは思われるのだが、やはりジョニーたちふたりとデルガディージョたちふたりの間には、見えない線が敷かれていた。
「ジョニーに聞きたい事があったんだ」
瞬間『来た!』とジョニーは思った。
ウッディの表情はひどく真面目だった。
アジア系な顔立ちのウッディは、こんな時にはやや幼く見える。
しかし、言葉には見え隠れする刃のような鋭さがあった。
「結果論としてあのふたりのパイロットは生きて帰った」
遠まわしだがデルガディージョもジョニーを批判するように呟く。そうとう言葉を選んでいるとジョニーも気が付くし、もちろん言いたい事は解る。
手強い敵を少しでも減らせるチャンスだったのだが、あのワイングラスとフルートの2機に乗っていたパイロットは生きて帰ってしまった。
視線を潜ったパイロットは強くなるだろう。ジョニーやヴァルターや、この501中隊の若き士官候補生の様に鍛えられシゴカれ強くなる筈だ。つまり……
「次は勝てないかもしれない」
ウッディの言葉は突き刺さるようにジョニーの胸を打った。
ただ、それに付いて反論するつもりは無いし、否定する気も無い。
言いたい事は一つだった。
「今回だって勝ったとは言い難いけどな」
ジョニーが言おうとした事をヴァルターが代弁した。その言葉をウッディがどう聞いたかはわからない。ただ一つ言える事は、その言葉を聞いたウッディの表情が僅かに曇ったという事だ。
「……事実だな」
搾り出すようにそう呟いたウッディ。
その姿を見たジョニーは今なら間違いなく言えると直感した。
――ウッディは一番の慎重派だ
――つまり、臆病だ……
それについて論ったり批判したりするつもりは無いし、茶化したり小馬鹿にする気も無い。全員が行け行けタイプだと自滅するだろう。慎重派だって必要だし、臆病者のネガティブな考察は事前に見積もれる被害を予測するのに役立つ。
「……正直言えば、俺も今は不条理で不合理だと思う。だけど」
まるで謝罪するかのような言葉がジョニーの口から出た。
ただ、それでもジョニーは胸を張っていた。
「ただ、人倫に悖る事はしていない。卑怯ではないし……」
言い繕うような風ではなく、むしろ自らの行いを誇るかの様だ。
その姿を見ていたデルガディージョは薄笑いでジョニーを見つつ言う。
「騎士道にも反しない事だと思う。立派な行為だ」
「……ありがとう」
ジョニーも少しだけ笑った。ふと、デルガディージョとの距離が今までより、ほんの僅かだけ近くなったような気がした。
「ただ、次はどうするか考えた方が良いな」
「あぁ」
釘を刺す事を忘れなかったヴァルター。ジョニーも素直に応えた。
ふと、自分に向けモーターカノンの砲身を向けた敵シェルを思い出す。
あの鈍く光る砲身がフラッシュバックしてきて、ジョニーは僅かに震えた。
「どうした?」
不思議そうにジョニーの顔を覗き込むヴァルターはジョニーのただならぬ様子に気が付いた。どれほど取り繕っても場数を踏んでも、やはりまだジョニーたちは未成年なのだ。ややもすれば、まだまだ親に甘えたい年齢だ。
厳しい死線を幾つも潜り生死の境が紙一重より遙かに薄い事を知っても、まだまだ子供だったのだ。背伸びでは追いつけないその差は、育ってみてからしか気がつけない物なのだが……
「あの時」
「あの時?」
コクリと頷いたジョニーの身体は、より一掃細かく激しく震え始めた。
握り締められていた手を開き、その両手で顔を覆ったジョニー。
機械で出来た筈の指先は、まるで風に弄られる草の様に震えた。
「あのベルのマークのシェルが俺に向かってカノンを向けたとき……」
両手を顔から離したジョニーは真っ直ぐにヴァルターを見た。
顔色の変わらないサイボーグ故に傍目には変わらない様に見えるのだが……
「何を見たんだ?」
静かな口調のウッディは助け舟を出すようにそっと訊ねた。
「……わからない。解らないんだ。ただ」
「ただ」
「一瞬、目の前が真っ白になって頭の中に親父とかお袋とか姉貴とか、あと……」
そこまで自分で言っておいて、その時点で始めてジョニーは気が付いた。
走馬灯の様に駆け抜けたシーンの中の何処にもリディアの姿がなかった。
「家族の幻影を見た…… ってか?」
少し低いトーンで声を発したデルガディージョ。
顔を向けたジョニーはデルガディージョが浮かべている柔らな笑みに癒された。
「あぁ…… みんな笑ってた」
「そうか。だけどそりゃ、家族なんかじゃねぇよ」
「違う?」
「あぁ」
デルガディージョの指がジョニーを突き刺すように指差した。
「そりゃ家族でもなんでもねぇ 化けの皮を被った死神って奴だ」
「死神……」
「そうさ。死神は一番親しい者の姿をとってその者の前に現れるのさ」
「……なんでだ?」
「死に行く者が恐れないように躊躇わないように。それは死神の優しさなんだ」
いつの間にか震えの止まったジョニーはジッとデルガディージョを見ていた。
「おれはインカの末裔だ。オリジナルの文化はとっくに失われたけどな」
腕を組んで寂しそうに笑ったデルガディージョ。
その目には隠しようの無い哀しみがあった。
「ただ、インカの文化は俺の一族が引き継いできた。俺はインカのスーパイと言う死神の代理なんだ。インカの民はこう考える。『生』と『死』とは、魂の状態が異なっている表現に過ぎない。つまり、魂の器である肉体が失われても魂は生きていると考えてるのさ」
ジョニーは静かに頷いた。
「その肉体を失った魂が家族のところへ帰るために、スーパイは親しい者の姿をとって死の直前にある者の前に現れる。その壊れそうな肉体を捨ててこっちへ来いって言いに来るのさ」
組んでいた腕を解き広げたデルガディージョは、部屋の中にいた3人を順番にジッと見やり、そして哀しみに満ちた目で笑った。
「俺にはもう帰るところも家族もいない。だけど俺の家族はここにいる。見えない家族と共に、この中にいる機械仲間が俺の家族さ」
デルガディージョの言いたい事を理解したジョニーはニヤリと笑い、右の拳を静かに突き出した。その拳の先端にデルガディージョがグータッチを行った。
「デルガディージョも色々とあったんだな」
「当たり前さ。面倒抱え込んだのはジョニーだけじゃ無いんだぜ」
気の置けない会話を交わしたふたり。それに続きヴァルターやウッディもグータッチをする。その姿を見ていたジョニーはふと漏らした。
「なぁ、これからデックで良いか?」
「面倒か?」
「あぁ」
「じゃぁ……」
嬉しそうに笑ったデルガディージョは胸を張って親指を自分に向け言った。
「ディージョと呼んでくれ」
「ディージョ?」
「そうだ」
自信溢れる顔のディージョが笑う。
「頼むぜディージョ」
「オーケー。だけど、無茶すんじゃねーぜジョニー」
「……わかった」
その姿を眩しく感じたジョニーは立ち上がってハグしようとした。だが、椅子から立ち上がって一歩前に踏み出そうとしたその瞬間、ジョニーは頭蓋骨の中心辺りへいきなりナイフでも突き刺されたような痛みを感じた。
そして、そのまま床に膝を着き、ディージョへもたれかかる様にして前へと倒れ込んだ。糸の切れた人形の様に全ての関節から力が抜けた状態だ。
「ジョニー!」
「ジョニー! どうした!」
「しっかりするんだジョニー!」
ウッディは部屋にあったインターホンを使って501中隊専属の医療チームを呼んだ。すぐに整備担当班がストレッチャーを持ってやってきて、重量100キロを軽く越えるジョニーを運び出し、サイボーグ向けのメディカルルームへと運び込んだ。
「何があったんですか?」
「立ち上がろうとしていきなり前に倒れた」
すぐ近くで状況説明を続けるウッディの声を、ジョニーはどこか果てしなく遠いところの、まるで宇宙の果ての様に遠いところの出来事の様に感じていた。
――2時間後
「無茶をしすぎた結果だ」
のっけから不機嫌なウェイドの言葉をジョニーは苦笑いで聞いた。
「脳殻内圧力は正常値だ。ペーハーも問題ないし各パラメータに異常は無い」
モニターを弄りながら静かに説明するウェイド。その隣にはサイボーグ整備に関係する整備中隊各課の担当者が集まっていた。その陣頭指揮を取っているのは、そもそもに特務医療曹長の資格を持っていたウェイドだ。
超高度なテクノロジーの塊と言うべきサイボーグの整備を専門に行ってきたウェイドも、気が付けば自分自身がサイボーグになっていた……
「ただな……」
厳しい表情でジョニーを睨み付けたウェイドは厳しい表情のまま言った。
「ログを見たら…… なんだコレは。最大で20Gオーバーが8回もあるじゃ無いか。Gセンサーが20以上を計れないから数値不明になっているが、各部のゆがみ具合を見れば最大荷重から逆算できる。どう見たって20じゃすまない」
問い詰めるような口調のウェイドに「無茶しましたから」と応えたジョニーは力なく笑った。
「笑い事じゃ無いんだぞ。サイボーグの身体は完全な機械なんだから50G掛けようが100G掛けようが故障で済むし修理すれば良い。だけどな、この頭の中に入っているお前の脳は、おまえ自身は、最大でも15Gか16Gで普通なら失神するんだ。生体細胞はそんなに無茶できないんだ。そのうち脳みそからお前の魂がこぼれちまうぞ」
ウェイドは『死』と言う言葉を避けてジョニーを叱責していた。サイボーグにとって死と言う概念がある意味で危険なものである事を知っているからだ。
「お前が無茶したシェルは整備班が研究材料にって喜んで引き取っていった。整備班や技術班は貴重なサンプルが取れたとよろこんでいるのさ。だけどな、お前の身体じゃなくて脳みそは誰も引き取らないし、魂がこぼれちまった器なんか生ゴミ扱いされるのが関の山だ。まだそうなりたくないだろ?」
身体の自由が無いジョニーは医療ベッドとは名ばかりのサイボーグ向け整備テーブルの上で寝転がっていた。脳殻部のカバーを開け脳殻内液のライン部に直接パイプを繋ぎ薬剤を流し込んでいた。
「……こんな状態になってて、俺は果たして生きてるって言えるんでしょうか?」
「どういう意味だ?」
「俺、実はもう死んでて、ジョニーの記憶を引き継いでいるだけのAIじゃ……」
「馬鹿を言うな!」
いきなり声を荒げたウェイド。
その声の鋭さに、周りに並んでいた各課の担当者が身体をビクッと震わせた。
「だけど……」
「いいかジョニー」
ウェイドがジョニーの目を覗き込んでいた。
「サイボーグの身体は125ボルトの電気で動く機械仕掛けの作り物だ。だけどそんなのがなんだって言うんだ。普通の人間だってアミノ酸とブドウ糖を代謝して動く生体機械みたいなもんさ。人間を人間たらしめている物はなんだ?考えてみろ」
不思議そうな表情を浮かべたジョニーは僅かに首を振り、自分の理解の範疇を越えたのだと意思を示した。
「自分自身の存在を疑うのなんてサイボーグの麻疹みたいなもんだ」
「はしか?」
「そうだ。誰だって一度は通る道だ」
ドサリと乱暴に椅子へ座りなおしたウェイドは不機嫌そうにひざを揺すった。
サイボーグも貧乏揺すりするんだと、変なところでジョニーは感心した。
「みな一度は死に掛けたり、或いは死んだと思う体験をしてこうなるからな」
「……俺もそうです。艦砲射撃で蒸発した筈です」
「だけど生まれ変わったわけじゃ無いし、生き返ったわけでもない」
「死んだはずなのに?」
「……死んだんじゃねぇ」
おいおいとでも言い出しそうな呆れた表情のウェイド。
「死ななかったからこうなってるんだろ?」
「なんでですか?」
「そんなの神様にでも聞かなきゃわからねぇさ」
両手を広げて呆れているとジェスチャーを浮かべたウェイド。
その姿に「すいません」と力なくジョニーは言った。
「とりあえず頭痛を何とかしよう」
「原因はなんですか?」
「強い横Gによりブリッジチップの接続点が圧迫され炎症を起こしている」
ウェイドはいくつかのアンプルを開け、ジョニーの脳殻に接続されたパイプが出ている機械の中へとセットした。透明の液体が脳殻内へと流れ込んでいくのがジョニーにも見えた。
その直後、アレだけ痛かった頭の奥から激痛がスーッと消えていった。そして、段々と世界がクリアになって澄んで行って、自分の感覚器官にノイズが混じっていた事を知った。
「痛みはもう良いだろ?」
「はい」
「いろんな部分にノイズが混じっていなかったか?」
「混じってました。音とか視界とか」
「だろうな」
気が付けばウェイドの表情から厳しい色が抜けていた。
今はまるで教会にある貼り付けられたキリストの様に静かで柔和な表情だ。
「そのノイズが増えていくとどうなると思う?」
「わかりません」
「世界を把握できなくなるんだ」
黙ってウェイドを見つめていたジョニー。
ウェイドは構わず話を続けた。
「ブリッジチップが機能不全になるとサイボーグは頓死一直線だ」
「最初にそう教育されました」
「過去何度もそうやって死んでいくサイボーグを見てきたんだが……」
ウェイドは自分の指を『トン』と音でも立つかのように自分の頭へ立てた。
「死亡後の動作ログを追跡したら、みな同じ体験をするんだ」
「同じ体験?」
「そうだ」
「それって……」
「臨死体験って知ってるか?」
「生きてる奴が死に掛けた時に感じるやつですよね?」
「そうだ」
椅子から身を乗り出したウェイドはジョニーの顔を覗き込む。
まるでエロ話でもしているかのように目を輝かせながら……
「最初に音が遠くなっていくらしい」
「音?」
「そうだ。聴覚器官が機能を失っていくんだな。そして、同時に……」
「同時に?」
「同時に世界が色を失う。世界がモノクロになるんだ」
ウェイドは身振り手振りを交えて臨死体験を楽しそうに語り始めた。
少なくとも本人が臨死体験したはずは無いとジョニーは思うのだが。
「モノクロになった世界に今度は激しい砂嵐のようなノイズが走る」
「ノイズって」
「チカチカと光る状態だ。入力信号のないモニターが見せるアレさ」
「……………………」
「そのノイズが納まると世界の全てが平穏になる薄らぼんやりと明るくて……」
「静かな世界ですね。音がないんだから」
「その通りだ」
グッとサムアップしたウェイドは『その通りだ』を態度でも示した。
「その状態がしばらく続き、やがて足元に小さな花が咲き始める」
「ヘブンフラワーですね」
「そう。その花が段々と増えて行って、やがて世界が花で埋め尽くされる」
「その中を歩いていく……」
「そう」
大きく頷いたウェイドは室内にいた者たちを一瞥してからジョニーに語った。
「それは人種や民族や宗教を飛び越え、全ての地球発祥型人類が共通して見る臨死体験なんだよ。クリスチャンもムスリムもブッディストも、みな同じ体験をする」
驚きの表情を浮かべたジョニー。
ウェイドはニヤリと笑った。
「人間って生き物を作った存在が人間の脳に組み込んだ、『最期の時』を迎える人間を安心させるプログラムなんだろうと俺は思う。お前はそれを見たか?」
驚きの表情を浮かべていたジョニーは小さく「え?」と漏らした。
「だから。艦砲射撃で蒸発したらしいお前は」
「……してません。見てません」
「じゃぁ死んでないんだろ」
「見る前に蒸発したんじゃ……」
「じゃぁ、魂ってなんだ?」
しばらく黙って考え込んだジョニーは、再び小さく「わかりません」と答えた。
「生きてるだの死んでるだのってのは魂が有るか無いかって事だろ?」
「そうですね」
「じゃ、もし身体が蒸発して死んだなら……」
「あ、そうか」
「魂は蒸発する瞬間に同じものを見るはずじゃ無いか」
「そうですね」
何とも禅問答のようなやり取りを聞いたジョニー。
だけど、ふとその時点で落とし穴に気が付いた。
「でも、今の俺がジョニーの記憶を引き継いでいるAIだとしたら……」
「ジョニーと言う存在の本体は魂か? それとも記憶か?」
「……………………」
「お前の身体に他の魂が入っていたとしよう。その時……」
この時点でジョニーはウェイドの言葉を理解した。ジョニーと言う記憶を持たない姿だけのジョニーは、周りがジョニーと言うだけで中身はジョニーじゃ無い別の人格だ。
ジョニーと言う意思を持った違う姿だったとしても、周りは解らないかも知れないが自分だけはジョニーだと思っている。そのパラドクスだ。
「言いたい事がわかりました」
「だろ?」
「お前はお前が自分自身をジョニーだと認識している限り」
ウェイドは空っぽになった薬剤のアンプルを機器から取り出して、別のアンプルを差し込んだ。今度はやや白濁した液体が静かにが流れ込んでいくのが見えた。
「お前が。お前だけが。ジョニーなんだよ。ジョニーと言う存在なんだよ」
「……コレってなんのカウンセリングですか?」
「ブリッジチップ不全症候群による頓死の恐怖を乗り越えるものさ」
「つまり、死を恐れなくなる?」
「そうだ」
「じゃぁ、俺には不要です」
僅かに首をかしげたウェイド。
ジョニーは自信ありげにニヤリと笑った。
「俺は死が怖くない」
「嘘付け」
「ホンとですって。死ぬのが楽しみなんですよ」
「……無理すんな」
ニヤリと笑ったジョニーの顔に、何とも表現しきれぬ凶相が浮かんだ。
全てを憎むような眼差しだが、どこか無邪気な子供の様でもあった。
「先に死んでしまった女に会いに行けるのが楽しみなんだ」
「えっと…… リディアか」
「そうです」
「良い娘だったな」
コクリと頷いたジョニーは自分の胸の前で、まるでリディアを抱き締めるように腕を組んだ。目に見えない愛しい存在を『離したくない』と抱き締めるように。
「リディアをまた抱き締める日の為に」
「死ぬ日のために生きる……か」
「そうです」
自信ありげな姿になったジョニー。
それを見ていたウェイドは振り返って整備各課の担当者を解散させた。
6人か7人ほどの男たちが部屋から出て行ったあと、ジョニーとウェイドだけが残された室内ではウェイドがドアに鍵を掛け、再びジョニーの傍らに腰を下ろす。
「死ぬ日の為に生きるのは良いが、死に切れないと辛いぞ」
「死に切れない?」
「あぁ。今回は俺も生きた心地がしなかった。だから」
何か言い難そうな事を言おうとしているウェイドは、ジッとジョニーを見た。
かなり難しい問題なんだと気が付いて、訳もなくジョニーは頷く。
「今から離す事は最高機密事項だ。ただ、俺がいきなり死んだときの為に……」
「わかりました」
緊張した面持ちのウェイドは、静かに切り出した……




