前線復帰
『テッド! そっちに行ったぞ!』
ディージョの声が弾んでいる。
無線の中はクリアで済んだ声になるもの。
だが、そんな声にすらも喜色が混じった。
2284年の6月半ば。
月面におけるシリウスと地球側の戦闘は佳境に至っていた。
『オーケー! こっちで引き受ける!』
火星をほぼ手中に収めたシリウス側はついに月面へと再進出した。
地球侵攻作戦の失敗から幾星霜。外太陽系を足掛かりにした再攻勢。
その勢いは留まるところを知らず、驚くほどの人的圧力を掛けている。
だが、その実態は攻勢の圧とは裏腹に薄氷を踏むが如しのものでしかない。
その最前線にいる501大隊の面々は、それを肌感覚で理解していた。
実際には人が居ないのだ。
シリウスの大攻勢は多くが自律AIのドローン兵器だ。
通信機能を持たず各々が戦闘中に学習し、帰還してから有線で共有する。
従って外部からのハッキングによる無力化が効かず押し寄せ続ける。
しかもそれらは人が搭乗してない関係で被害には無頓着だ。
基地から放たれた戦闘AIドローンは初期目標だけを狙って大量に押し寄せる。
被害の大きさや臨機応変さなど、そう言ったものを一切考慮せずに……だ。
前衛の被害を観測して攻め手を変えながらの前進。
それがどれ程やっかいなのかは説明する必要すらないだろう。
疲労も恐怖も無く、純粋な殺意と敵意だけで攻めてくる機械の軍勢。
それを受ける側は途切れることなく、混じりっけ無しの悪意に晒されるのだ。
『ほらッ! しっかりしろ! 男だろ!』
恐慌状態に陥った兵士が銃を捨てて走って来た。
その男を受け止め、ヘルメット越しに頭を叩く。
月面基地の入り口となるゲート付近の攻防は既に3日目だ。
『ち、中尉! あいつらヤベェ!』
半べそ状態でガタガタ震えている名も知らぬ若い兵士。
ヘルメットの脇にはフィールズの文字があった。
『そりゃ解ってる! いまさらガタガタ騒ぐな! 一旦基地に入って補給を受けて来い! それまでここは俺が変わってやる!』
胸部装甲をドンと叩き、軽く気合を入れたテッド。
真空中なので完全気密装甲を身に着けた兵士はその場にへたり込んだ。
『おらッ! そこは邪魔だ! さっさと奥に入れ!』
レーザーブラスターのメインスイッチをONにして構えたテッド。
上等兵のマークを付けたフィールズはテッドを見上げていた。
『お前がここで踏ん張らねぇと、まーた地球の地上でドンパチする事になんだろうが! 装備ガッチリ固めて真夜中のニューヨークに降下すんのは面倒なんだよ! しっかりしろ! 押し返すぞ!』
わざと荒い口調でそう怒鳴り付けたテッド。
その肩に張られたワッペンにはBATTALION-501の文字があった。
『中尉は501大隊ですか!』
フィールズの声がまるで泣き声だった。
地獄に仏と言うが、地獄の釜で出会ったのは敵も裸足で逃げ出す猛者中の猛者。
テッドはチラリとフィールズを見て『そうだ!』とだけ応えた。
その直後、猛烈な光をまき散らしながらブラスターを乱射した。
燃料電池のマガジン一本分を撃ち尽くすとチャンバー部が限界となる。
その関係でマガジンを代えつつチャンバー部もそっくり交換だ。
コンデンサで高電圧を生み出し、高出力でレーザーを撃つ仕組み。
これによりシリウス側ドローンのカメラを焼いて戦闘不能に陥れる。
外部情報を観測できなくなったユニットは停止するので、それを狙うのだ。
『フィールズ! お前の兵科は何だ!』
テッドの声が若い兵士を殴った。
フィールズは裏返った声で『こ、工兵です!』と応えた。
『よしよし! 運が巡って来たぞフィールズ! あのドローンを爆破しろ! すぐにシリウスドローンが増援に来るから手早くやれ! 俺がフォローしてやる!』
擱座したドローンユニットは回収専門のドローンが回収にやって来る。
機体ではなく戦闘データが欲しいからだ。
だからその前にシリウス側ドローンに爆薬を仕掛けておく。
回収ドローンごと吹っ飛ばし、戦闘データを持ち帰らせないようにするのだ。
そうするとシリウス側はそこが危険地帯と認識する。
多くのドローンはそこを避けるようになり、守備的に弱い所へ集中する。
『で! でもっ!』
さすがに尻込みするフィールズ。
テッドは遠慮なく怒鳴り付けた。
『ここでやんなきゃ突破されんだろう―が!』
――――――――西暦2284年 6月10日 月面標準時間1300過ぎ
海兵隊本部 キャンプアームストロング メインゲート付近
医療艦アグネスから戻って来たテッドはいきなり実戦に投入された。
月面戦闘が佳境と言う事もあり、とにかく人手が欲しいというのもあった。
だが、一番大きな理由はテッドのリハビリだった。
――――しばらくは白兵戦もやってないな
エディはいつもの調子でそれだけしか言わず、最前線へ放り出したのだ。
与えた指令は至って単純かつシンプルなものだった。
――――現場指揮官代理の権限を与える
――――ヤバい所へ行って現場を立て直せ
それがどんな意味なのかを考える前に、テッドは基地の中を歩かされた。
銃と装甲服と予備の弾薬。戦闘支援装備一式を含めれば総重量は300㎏だ。
ただ、月面は重力が弱い関係でテッドの身体が支えるのは僅か60㎏。
その関係で運動慣性の影響が敏捷性に大きく影響を与えていた。
――――学べ……てことか
そう考えたテッドは単身で基地の中を動き回っていた。
所属していた隊がばらけてしまった者や恐慌状態になった者を救助しながら。
『フィールズ! 準備は良いか!』
遠慮なくそう怒鳴り付けたテッド。
恐慌状態だった若い兵士はありあわせの爆薬をセットして離れた。
『中尉! いけます!』
『オーケー! よくやった! 遠慮なく吹っ飛ばせ!』
間髪入れず『イエッサー!』の声が響き、爆破コールが響く。
テッドの周囲に居た者たちが一斉に退避し、テッドはただ一人立っていた。
『中尉!』
フィールズがそう叫んだのだが、テッドはハンドサインで『やれ』を指示した。
直後にとんでもない爆発が発生し、シリウス側の戦闘ドローンが吹っ飛ぶ。
カメラユニット近くにあるAIの心臓部と言うべき有線のジャックが肝だ。
『よしよしッ! 上出来だ! 次に行くぞ! ついてこい!』
テッドの声が弾んでいる。
月面各所でテッドに拾われた者達は笑顔でそれに付いていった。
『テッド中尉よりコマンドポスト。聞こえるか?』
月面基地の地下部分へ連なる入口付近。
テッドはその入口を見渡せる丘の上に陣取った。
上空にはシリウスのドローン母艦が見えていて、新たなドローンを放出中だ。
そんな母艦に対し、501大隊のシェルが一斉に襲い掛かっている。
機体ナンバーを見れば、それがロニーやオーリスなのが解った。
『――こちらコマンドポスト。中尉、どうされましたか?』
AIによる返答が流れ、テッドは内心で『クソッ!』と罵った。
人手不足はシリウス側だけじゃ無く地球も同じなのだ。
戦闘方針を決めるのは人間だが、細かな部分での肉付けはほぼAIが行う。
人が指揮する所ではどうしたって感情が邪魔をするからだ。
人の頭脳使われるのはあくまで全体像の把握と戦略の立案のみ。
各戦線を具体的にコントロールする部分ではAIが普通に使われていた。
『728番ゲート付近でシリウス側のドローンユニットを破壊したが、残骸を囮にしてシリウスの回収チームを待ち伏せするから増援を求める』
シリウス側の回収ドローンが来る筈なので、それを待ち構える。
そんな作戦でいるテッドは月面の戦線本部にそれを通達した。
報・連・相の三原則はこんな場面でも必要な事なのだ。
ただ、それと同時にもう一つの裏テーマをテッドは見抜いていた。
エディが課した『学ぶべきテーマ』のひとつがコレなのだ。
――――上官を上手く転がせ……
自分がやろうとしている事を上官に邪魔させない。
言い換えるなら、やりたい事を実行する為に上官を上手く丸め込め。
自分の目的や目標の達成を上官が自分のそれだと認識するように騙す。
決して誉められた行為では無いが、トータルで見れば地球側にはプラスになる。
後から断罪されたりしないように上手く振る舞うための方法論。
だが、それを行うのに、AIは非常に相性が悪い。
何故なら、AIには感情が無く、全ては数字でしか無いからだ。
『――現有戦力での対処が可能ではないか検討してください』
これだ。
AIは単純な数字と共に、過去の事例も判断材料にする。
もちろん、一定の未来予測や条件分岐の評価も含めてだ。
その上で目標達成の可否を恐ろしいレベルで冷徹に判断する。
厳しい言い方をすれば、兵士の死を数字でしか判断せず結果だけを求めるのだ。
――――俺達は消耗品って事か……
戦場という所へAIが本格進出した21世紀の後半。
様々な戦場の最前線で多くの兵士達が絶望の果てに死んでいった。
いや、死んでいったのではなくAIによって見殺しにされた。
損得勘定や恐怖と言ったモノに丸め込まれず、冷静冷徹な判断を下すシステム。
トータルで見ればプラスだと判断されれば、必要な犠牲だとされてしまう。
そしてそれは判断し決断する指揮官らが責任を負わなくても済む形でもある。
『 AI が そ う 判 断 し た の で 実 行 し ま し た 』
負けた時に責任を取って詰め腹を切らなくても良い。
それどころか、兵士が死んだとてAIに責任を被せられる仕組みだ。
AIは過去の事例や数字上計算上と言った客観的なデータから決断を下す。
それによる犠牲者の発生はAIの仕組みや設計の責任に出来る。
20世紀の後半頃から目に見えて劣化した地球人類の精神が至った結末だ。
失敗の検証や改善より責任者の責任追及に熱を上げ担当者を破滅させ続けた。
その結果、様々な現場で出来る限り責任を取りたくないと言う空気が蔓延した。
決断や決定を下す者は恨まれるし、失敗するのを期待される。
だから自分では決定しないし決断を下さない。
それで結果的に負けたとしても、決めたのは私では無いと逃げられる。
トップダウンの独裁型意志決定が蔓延り、最終的にはAIに任された
誰も責任を取らない時代の結果だった。
『不本意だが了解した。指揮官権限2の26。交信内容を公式保存し、戦闘後に事後評価と再検証を行え』
AIが戦場に進出した後で出来た指揮官の権限に関する規定。
これはエディがテッドに与えた指揮権の本質部分教育での成果だ。
AIが自己判断では無く戦線司令官に判断を仰がなかった事を記録させた。
事後評価によりAIが学ぶ場を作らせたのだ。
その場にてAIの判断が間違っていたとなれば、AIはそれを記録する。
次に同じ様なシチュエーションの時に、人間へ判断を求めるようにしたのだ。
判断し決断する人間の発言力が強くなる仕組みでもあるのだった。
『――指揮官権2項26条を了解しました。健闘を祈ります』
感情を感じさせないAIの言葉が返ってきた。
おめーに祈られるほどこっちは安くねぇ!と腹の底で毒づく。
だが、同時にこの仕組みのすごさをテッドは感じ入っていた。
ここまでエディが行って来た数々の命令違反や逸脱が赦免されてきた本質だ。
――――なるほどなぁ……
これはもう感心するしか無い仕組みだ。
AIは命令違反を至極単純なロジックで判断し、それを断罪する。
事前決められた設定に準じて量刑するのだ。
エディはそこに2-26を突き付け、人間が判断しろと突っぱねる。
その結果、参謀本部や戦線を管理する将官達がそれを直接見る事になる。
最前線でAIに見捨てられた兵士を救出したという命令からの逸脱行為。
不要だと判断された小さな拠点や大して重要でも無い基地での救出行動。
作戦の全体像や戦術戦略の仕組みを飛び越え、大胆な行動を行う奇策の実行。
どれも本来ならば更迭され断罪され不名誉除隊になるのが普通だろう。
しかし、そのどれもでエディは断罪されるどころか賞賛されてきた。
そしてあろう事か、かなりの自由と裁量権を与えられるに至った。
――――俺もそうなれって事だよな……
エディの持つ壮大な目標を実行し達成する為の大切な歯車。
それ自体に疑問や疑念を持つ事は無くなった。
今はそれにすり潰されないように上手く振る舞う事が求められる。
必要な犠牲だと割り切られ、切り捨てられ、コストとして処理されないように。
『諸君。ここを死守する。ここを突破された場合、キャンプアームストロングの中心部へ直行されかねないからな。クソ以下のAIになめられたくなかったら死ぬ気で抵抗しろ』
テッドの言葉がそこにいた全員を鼓舞した。
文字通りの寄せ集め集団でしかなく、面識も会話すらもした事が無い者ばかり、
だが、士官はそれらを率いて戦わねばならない。
軍をコントロールする幹部として振る舞わねばならないのだ。
『中尉! 敵はどんくらいですか!』
名も知らぬ若い男がそうたずねてきた。
ヘルメットの脇に書かれているはずのネームシールが消えていた。
『それは俺も知らん! 面倒は考え無くて良い! 敵を見たら撃て!』
真空環境向けの銃火器はだいたいがエネルギーブラスターだ。
実弾では際限なく飛んでいってデブリになりかねないから。
ただし、エネルギーブラスターにも弱点はある。
荷電粒子の塊は真空中でどんどん分解してしまう。
粉雪を固めて作った雪玉のようなものだ。
『有効射程は300ヤード未満だと思え! 十分引きつけてから撃つんだ!』
メートル換算で約270メートル程の有効射程。
それ以上では対象物に当たった瞬間、雪玉状の荷電粒子塊が砕け散ってしまう。
対象物を構成する分子間引力を破壊するには出力が足らなくなるのだ。
――――それにしたって……
テッドは腹の底でそう呟いた。
姿を表したシリウス側の戦闘ドローンが余りにも異形だから。
二足歩行のそれは武装した腕を六本も持っている。
全ての手が握り締めているのは単なる拳銃型の兵器だ。
そこから散発的に射撃を行い、遮二無二な前進を行う仕組み。
――――シリウスも人を使えないんだな
人的資源の消耗を避けたいのだろう。それはもう見れば解る状態だった。
しかし、それは地球だって同じ事なのだから始末に悪い。
ならば……
『ロニー! 聞こえるか!』
オープンバンドでいきなりシェルチームを呼んだテッド。
月の上空ではシェルが奮戦中だ。
『あ、兄ぃっすか?』
ロニーの抜けた声が聞こえ、テッドは一瞬だけ射撃を手控えた。
『そうだ! 今戦闘中の相手をここへ墜落させろ!』
とんでもない無茶振りをしたテッド。
無線の中に『そりゃ無理ッスよ!』とロニーの泣き言が漏れた。
『無理かどうかはやってみるまでわかんねーだろ! ここへ上手く誘導して落とすんだよ! そうしねーと基地に踏み込まれんぞ!』
テッドの声が真剣だ。
ロニーはそれを感じ取り『やってみるッス!』と返答した。
『今ここに上空から撃墜されたシェルの残骸が降ってくる! 勝手に死ぬんじゃねーぞ! 頭の上に注意しろ! あのポンコツ兵器共を近づけるな!』
燃料電池のマガジンを代えたテッドは更に射撃を続行した。
200ヤードを切ったあたりでは面白いように敵を釘付けに出来た。
ただ、それはつまりシリウス側の攻撃に晒される事を意味する。
テッドの装甲服にレーザービュレットの直撃が幾つもあった。
それらはすべて装甲服の表面で熱に変換される仕組みだから問題無い。
ヘルメットに喰らわない限りは大事にならないのでテッドは撃ち続けた。
部下を引っ張って行くには、結局これしか思い付かないから。
『兄ぃ! そっちに行きやすぜ!』
ロニーの声が響くと同時、月面にシリウスのドローンシェルが落ちた。
大量の土砂を巻き上げ激しい爆発を起こした。
『こりゃスゲェ! ハッハッハ! 良いぞ!』
変な声を出して大笑いしたテッド。
墜落したシェルに踏み潰され、大量のドローン兵器がスクラップだ。
『テッド! もう少し要るか?』
オーリスの声が聞こえ、テッドはニヤリと笑った。
月面の地上には強力な兵器が少ない関係で、この威力がありがたいのだ。
『遠慮無くジャンジャンやってくれ! 助かるぜ!』
テッドの返答に『当たるなよ!』とステンマルクが返答している。
その直後辺りから立て続けにシリウスシェルが数機墜落した。
再び膨大な土砂と残骸を撒き散らし、シリウスの戦闘ドローンが前進をやめた。
そんな機能があったのか!とテッドも新鮮に驚いた光景だ。
『良い流れだ!』
弾んだ声でそう言うテッド。
上機嫌で戦線を眺めていた時、遠くに何かが光った。
――――ん?
レーザー兵器や火薬発火の砲では無い光。
その正体を確かめるべく、テッドは視界を最大まで拡大した。
大気の揺らぎがない分だけ視界はとにかくクリアで鮮明なのだ。
そして……
『マジかよ! ロニー! その辺で止めてくれ! 負傷者を救護する!』
テッドが慌てて叫んだ。
その視覚センサーに移っていたのは、遙か彼方で擱座しているドリーだった。




