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黒い炎  作者: 陸奥守
第三章 抵抗の為に
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シェルvsシェル


 ――地球人類暦2245年12月12日 午前7時

   シリウス太陽系 第4惑星ニューホライズン 周回軌道上






 艦内時間で午前7時を少し回った頃、ハルゼーのサロンでニューホライズンの地上波放送を見ていたジョニーは、椅子から転げ落ちる程の衝撃を受けていた。昨日の戦闘で終ぞ見なかったシリウス側のシェルが、ところ狭しと暴れ回っていたのだ。それもなかなかの統制をみせてだ。

 少なくとも昨日今日に訓練し始めたものではない事などすぐに解る。シェルトレーニングを徹底して行ったジョニーなのだから、そのしごかれ度合いは手に取るように解ると言っていい。


「ウソだろ……」


 あきれた声でボヤいたジョニー。モニターに映るシリウスのシェルには、あのピエロのマークが描かれていた。そして、純白に仕立てられらシェルには黒い狼のシルエットが記されている。


「まさかウルフライダーって事じゃ無いだろうな」


 ボソリとぼやくウッディ。その顔を皆が見た。

 そしてヴァルターは訊ねる。


「どういう意味だ?」

「ワルキューレだよ。北欧神話に出てくるワルキューレは戦陣オーディンの元へ死んだ戦士の魂を導く存在なんだ。いつの日かやって来る戦いの日のために戦士を集め、そして、ヴァルハラで戦士を集めもてなし、鍛える存在だ」

「もてなし…… 鍛える…… か」

「そう。その戦乙女と呼ばれる存在はヴァルキリーの馬と呼ばれる山犬に乗ってやって来る。馬よりも早く、狐よりも俊敏で、そしてタフなんだ」


 随分と物知りだなとジョニーは思う。想像以上にインテリなウッディだが、その口調は穏やかで知性に富んでいる。常に大声を張り上げ賑やかな自分とヴァルターを思えば、同い年な筈のウッディが随分と大人に見えるのだった。


「仮に彼らが本物のヴァルキリーだとするなら、あの連中はアグレッサー(敵役部隊)なのかも知れないな」


 モニターを寺と見つめているウッディは溜息混じりに言った。だが、その姿を見ていたデルガディージョは楽しそうにニコニコと笑っている。まるでその存在を歓迎するとばかりに……だ。


「デルガディージョは随分と楽しそうだな」


 少し引きつった表情のヴァルターがぼやく。

 しかし、デルガディージョにしてみれば、そんな言葉ですらも楽しいらしい。


「当たり前じゃ無いか。戦い甲斐があるってもんだぜ」

「甲斐?」

「そうさ!」


 デルガディージョから視線を切り、床へと視線を落として首を振ったヴァルターは、一つ溜息を吐いてからもう一度デルガディージョを見た。


「……バカを言わないでくれ」


 うんざり口調なヴァルターを横目にヘラヘラと笑うデルガディージョ。

 そんな姿がジョニーには不思議で仕方が無かった。


「なんで楽しいんだ?」

「だって」


 両手を広げたデルガディージョは芝居掛かった仕草で胸を張り言った。

 外連味の無い、自信溢れる姿だった。


「俺たちは選ばれた人間の側だぜ?」

「えらばれた?」

「そうさ。俺たちは人類の中でも選ばれた存在だ」


 自分自身を指さしたデルガディージョは胸を張り自信溢れる笑みを浮かべた。

 そして、ビシッと効果音でも出そうな仕草でジョニーを指さしてから、白い歯を見せて楽しそうに笑った。


「まだ人間かどうかは怪しいモンだが、それでも、宇宙を駆ける騎士としちゃ、強い敵と巡り会えるなんて僥倖だろうさ!」


 ジョニーは思わずヴァルターの顔を見た。ヴァルターもジョニーを見た。そんな仕草のふたりを楽しそうに見たデルガディージョは、ますますひとり盛り上がってハイテンションになりつつ、持論をまくし立てた。


「なんせ俺達は戦争をしてるんだ。ウッカリミスで死んでしまう事もあるかもしれない。そんな時、どーでもいい弱い敵に殺されるなら、まさに圧倒的な強敵と戦って死にたいじゃないか。俺たちが。周りから見て『彼等がかなわないなら仕方がない』って言われるくらいのさ、そんな敵と戦って死ねるなら最高だ」


 ニコニコとしているデルガディージョはモニターに映る『敵』へ向かって帽子を上げ挨拶を送った。


「俺の祖先はインカの戦士だったらしい。オヤジはいつも俺にそう話してくれたのさ。そしてオヤジはいつもこう続けた。『いいか息子よ。いつだって戦士の誇りを忘れるな。いつか先祖の元へと旅立つ日のために、強い敵を求め続けろ』ってさ」


 僅かに首を傾げたウッディはデルガディージョをじっと見ながら言葉をぶつけた。


「それってどういう意味だ?」

「簡単さ」


 よくぞ聞いてくれた!と言わんばかりのデルガディージョは、ウッディを指差して胸を張る。


「先祖が打ち倒された敵よりも数段強い敵と戦ったとなれば、先祖も鼻が高いだろ。自分の子孫が自分より強くなってるて事だぜ?」


 胸を張って自信たっぷりに答えたデルガディージョ。そんな姿を見たジョニーは、この男が案外熱い男だと再認識していた。そして『息子よ』のフレーズに馬上で勇壮にロープを扱っていた父の姿を思い出した。その腰には、いつもピースメーカーがあった。エディが教えてくれた『敵よりも一発多い』その銃は、父と子にとってシェリフ(保安官)の誇りそのものだった。


「俺たちが戦う相手はこいつらだ。他の雑魚は戦闘機にでも任せておけば良いとすら思う。向こうがもしシリウス最強チームなら、それと対抗する為だけに戦う存在となるべきだと思う。つまり、俺たちは地球側で選ばれた最強の存在って訳さ」


 どや?と言わんばかりの表情になったデルガディージョ。その立ち姿には自身漲る男の臭いがある。いやいや、ある意味で面倒だなと溜息をこぼしたジョニー。同じタイミングでサロンの扉が開いた。開いた扉の向こうには硬い表情のエディが立っていた。


「さて、もう説明は要らないだろうが仕事だ。いちいち説明するまでも無いとは思うが――


 説明を始めたエディは一旦言葉を切って室内をグルリと見回した。

 妙にやる気の溢れる姿だと思ったのだ。


 ――随分と意気込んでるじゃ無いか」


 ニンマリと笑ったエディに対し、皆もまた笑みを浮かべていた。


「前回の出撃じゃ向こうのシェルとやり合えなかったですからね」


 最初に口を開いたデルガディージョは笑みを浮かべてヴァルターを見た。

 その眼差しに何かを感じたらしいヴァルターは、精一杯の強がりを言う。


「そうそう。つまり、今回こそは!って奴ですよ」


 どこか棒読みに近い言葉なのだが、それでも見栄を張ったヴァルターは、サーブを打つようにウッディを見た。お前も何か言え!と振られたに等しい状況だが、ウッディは事も無げにさらりと言った。


「腕試しにちょうど良いです」


 そんな言葉を吐いたウッディは、室内をグルリと回ってジョニーを見た。今度はお前の番だと言わんばかりの視線だった。一瞬何を言うべきか迷ったのだが、ここは一つ本音で行こうと腹をくくった。


「手間になる前に片付けた方が良いですよね。向こうも段々とレベルが上がるはずですし、それに……」


 一度言葉を切って視線を室内へ一周させたジョニー。


「地球側でシェルを使えるのは我々だけでしょうから、今は先頭に立って働かないといけないんじゃないでしょうか」


 グッと胸を張ったジョニーは少しだけ笑ってデルガディージョを見た。


「どうやら、我々は選ばれた存在のようですから」


 その言葉にドッと笑いだした若き士官候補生達。だが、その言葉を聞いたマイクとアレックスは顔を見合わせ意味深に笑っていたのだった。


「……そうだな。ジョニーの言うとおりだ。我々はもっと頑張らねばならない。故にこれからシリウスのシェルを狩りに行くことにする。前回空振りだった分、今回はしっかりやろう。邪魔になるシリウスロボは前回全部掃討したようだし、向こうのシェルも余り数が無い状況だ」


 エディはアレックスに何事かを目配せした。

 その僅かな動きのあと、アレックスは皆に一枚の書類を見せた。


「奪われたシェルは全部で118機だ。そのうち、いつでも戦闘出来る状態のものが86機、残りは補修部品として積み込まれたもので、全部組み立てれば118になるという寸法だ。幸いにして組み立てマニュアルや整備マニュアルなどは奪われたことが確認されていない。つまり、向こうはまだまだ手探りで事に当たっているのだろう。生身向けに作られたシェル故にスピードリミッターが掛かった状態になっているそうだ。ただ、向こうが何らかの手段でそれを解除した場合は……」


 ニヤリと笑うアレックス。

 だが、その言葉の続きはマイクが言った。


「敵に回してしまうと面倒と言う事だな。もっとも、生身で34キロは賄いきれないと思うがな」


 一瞬の沈黙を挟んでエディがやや大げさに腕を組み話を切りだした。ちょっと暗い表情でだ。


「向こうにはレプリカントという消耗品がある。これを使って遠慮無く人体実験されると面倒だ。余り歓迎しない事態だが、現実にはシリウスのロボだってハーネス接続しているケースがあったらしい。我々は見てないが、シリウスの地上で戦闘し続けている所からそう言う報告が上がってきている。故に、有利な内に戦っておきたいと言う事さ。我々も経験を積み重ねておこう」


 そう話をまとめたエディはハンドサインを出して全員に『掛かれ』を指示した。501中隊のメンバーが一斉に動き出し、シェルでの出撃に向け準備を始める。そんなシーンを見ていたエディの表情に暗い影があるのを、ジョニーは横目で見ながら首を傾げるのだった。






 ――それからおよそ3時間後






『そろそろ見えないとおかしい筈だが、どういう事だ?』


 やや不機嫌そうな声が無線に流れた。改めて辺りを見回したジョニーは声の主を探す。いつも緊迫した空気を纏っている様に思うマイク大尉は編隊の先頭辺りを飛んでいて、時折錐もみ状にスピンしつつ辺りを入念に監視していた。

 ハルゼ―からブースターを付けて発進し早くも3時間。艦内のモニターで見た襲われている輸送船団とそろそろ遭遇するはずなのだが、一向にその存在と出会さないのだった。


『完全に撃破されたんじゃ?』


 少しだけ怪訝な声音のウェイドはリーナー機と平行して飛びつつ、周辺のチェックを欠かしていなかった。各機がそれぞれにセンサーを張り巡らせて入念なチェックをしているのだが、大船団を構成しているはずの輸送船団は影も形も無いのだ。


『全部やられたにしたって…… 破片くらいは飛んでるだろ』


 少尉候補生となって尚、中隊長付兵曹長のようにエディの近くを飛ぶドッドは、ウェイドの言葉にそう応じたっきり黙ってしまった。破片一つ無いなら考えられる事は一つしか無い。輸送船団が全て拿捕されシリウスに掌握されてしまったと追う事だ。


『全ての可能性を否定しないでおこう。『残念な事態』になっていたとしても、それを確認するために飛ぶ事は意味のある事だ』


 エディの言葉が無線に流れ、それっきりまた無線の中が静かになった。なんとなく身体中をチリチリとした静電気でも走っているかのような緊迫感がある。それが何であるかを理解する事は出来なくとも、ジョニーはそれの感触がどういうモノであるかは理解していた。言葉でどうこう説明出来ない純粋なまでの『殺気』がこの空域にあるのだった。


『なぁ…… さっきからロングレンジレーダーに嫌なエコーがあるんだけど……』


 ボソッと呟いたヴァルターは全員の視界にあるロングレンジ向けレーダーパネルに自分の意思を表示させた。ノイズの多いエリアでは余り使い物にならないはずの長距離レーダーは、こんな巨大ボイドに近い空域だと思わぬ効果をもたらしてくれるのだった。


『エコーまでの距離は軽く10万キロキロか……』


 アレックスの言葉が意味するものは一つ。予定航路を大きく離れた輸送船団である可能性だ。ここから軽く小一時間の距離だが、向こうもかなりの速度で進んでいる関係で、遭遇するにはかなりの時間を要する事が予想されている。


『まぁいい。確かめに行こう……』


 トップスピードに乗り役目を果たして火を落としていたブースターに再び点火した各シェルは、旋回Gに押しつぶされないよう細心の注意を払い、大きなカーブを切って進行方向を変えた。そして再びブースターエンジンを全開にして落ちた速度の分を補ってやれば、速度は再び秒速34キロに達していた。


『万全の警戒態勢で行こう。各機連環姿勢を取れ。それぞれの責任範囲においてはどんな些細な事も見逃すんじゃない。どうも嫌な予感がするが、罠ならば噛み砕いていくまでだ。狼は彼らだけじゃ無いと言う事を思い知らせよう。俺たちも狼だ』


 なんとなく緩い雁行編隊を組んでいたシェル各機は一つの大きな輪を作るように編隊を組み替えた。各機が輪の中心に背を向けた体勢となり、燎機との距離を一定にして外部を監視している。

 10機のシェルが作る輪の大きさは直径で100メートル程だ。その編隊の中で各機のパイロットが角度36度相当の範囲に於いて100%の監視義務を負う。幾ら強靱な装甲があるにしても、強力な砲火やミサイルの直撃を受ければシェルの全壊は避けられない。


『さて…… ヘビが出るか蛇が出るか……』


 揉み手をするように言葉を弾ませたマイクの声が笑っている。ウォーモンガー(戦争狂)とは言わないが、それでも戦闘になると生き生きするのは余り褒められたものでは無い。

 ふとそんな事を思ったジョニーの注意が一瞬だけモニターから離れたとき、突然シェル全機の高速接近飛翔体警報が鳴った。


『来なさったか!』

『うっひゃっひゃ! 大編隊だ!』


 未だ五千キロ以上の彼方だが、そこにはかれこれ100機近い敵味方不明機が映っていた。間違い無く敵機だとジョニーは確信した。背筋にゾゾゾと嫌な電気が走り、視界に写る兵装セレクターのプロパティ画面から40ミリモーターカノンの射撃モードを照準優先では無く射撃機会優先へと変更する。


 ――弾幕を張って追い込んで撃墜……


 手順を思い浮かべて再確認したあと、居るんだか居ないんだか分からないし誰も見た事が無い神様とか言う不公平な存在を心に思い浮かべ、ジョニーは心を込めて祈った。


 ――どうか、少しでも多くリディアの仇を討てますように……


 もう一度目を開いたとき、そこにはシリウス所属のシェルがやって来ていた。光学ズームを最大望遠にしてその姿を確かめるジョニーは、まだ真っ白なままの機体に赤薔薇を描いただけのシリウス軍所属である事を確認する……


『各機落ち着いて聞け。これから人類史上最初のシェル同士による戦闘を行う。この戦闘で得られた経験や戦闘情報が今後に生きるだろう。無理に敵を撃破しなくても良い。ただ、とにかく機体を、経験値を空母へ持って帰る事を優先しろ。俺たちの一挙手一投足が連邦軍の前航空隊から熱い視線を集めている事を忘れるな。良いな』


 思わずゴクリと生唾を飲み込んだジョニー。随分と『人間』っぽい反応だと自嘲した。自分が機械である事に余り抵抗がないのだが、それだけにこんな生っぽい反応を示す自分自身に女々しいと言う感情を持ったのだった。


 ──さて……


 心を落ち着かせたジョニーは改めてレーダー情報に目をやった。敵機と思しきシェルは二段階に分かれた陣容で格子状となった編隊を組んでいた。

 正面から見れば平面になったシェルの大群状態で、正直言えば今すぐにUターンして帰りたい衝動に駆られていた。だが、その大編隊に向かってエディは襲い掛かっていく。一切の逡巡をみせることなく、真っ直ぐに突っ込んでいった。


『ビビるなよ! 死に神になめられるぞ!』


 エディの直後にはドッドが続いていた。陽になり影になり中隊長を支えてきた男の誇りをジョニーは見た。そして、エディの声に導かれるように、マイクとアレックスの両機がそれに続いた。


『全機! 我らが王に続け! 突撃!』


 一瞬、ジョニーの背中にゾクリと電気が走った。我らの王と言う言葉に表現の出来ない感情がわき起こったのだ。

 そして、その感情がただの思いや思案思索の末に出来上がったモヤモヤとする実体の無い、まるで雲のようなものでは無く、初めから心の中に存在していた太く逞しい一つの信念だと思った。もはや理屈では無かった。


 ――我が王!


 漆黒の宇宙にバーニアの青白い炎を吐いて突き進むエディ機の背中。その機体の推力を生み出すエンジンユニットの真ん中辺り。分厚い装甲に守られた背面部分には、太陽をシンボライズした十字マークのイラストが見えた。

 太陽を背負って突き進むエディのシェルは、シリウスシェルから見ればシリウスを背負っているように見えるだろう。青く眩しく輝くシリウスの中から、地球連邦軍の最強兵器がやって来るのは、彼らにしてみれば何とも皮肉な事だとジョニーはせせら笑った。


 ――太陽を背負った…… 太陽王だ!


 平面を作って突っ込んでくるシリウスシェルに対し、エディはまるで航空機のようにヒラリヒラリと機体を揺さぶりながら突入していく。まるで激しい雨が降るようにやって来るチェエーンガンの弾丸やモーターカノンの砲弾を、全て躱しながらだ。


『全機! 再度データリンクチェック! エディ機の指揮で多元射撃を行う!』


 アレックスの声が無線に響き、ジョニーは右腕にある40ミリモーターカノンの射撃モードを連動に切り替え、そして30ミリ側を支援射撃にセットした。ジョニーの機体の射撃権限全てが一旦エディに預けられた形になる。

 そのままエディ機のグループに追いついたジョニーはエディ機を中心に大きく輪を描いた輪陣形の編隊を組んでシリウスシェルの平面と接触した。一瞬、激しい射撃が行われ、一瞬にして30数機のシリウスシェルが爆散した。


『さすがだぜ!』


 マイクの声が弾んでいる。縦横8機の格子状編隊は中央部から崩れ始めた。だが、その穴の部分には周辺機がすぐに穴埋めに入り、後方に控えていたシェルが空いたポジションを埋めていた。


『完全な四方陣と言うことか』


 後続のシェル達にもかかわらずすれ違いざまに射撃を浴びせたエディは編隊を率いたまま宙返りするように全体の進路を変えた。そして再びすれ違うように進路を決め先頭に立って切り込んでいく。


『各機落ち着いて聞け。二度目の接触からは被弾率が跳ね上がるだろう。ヤバいと思ったときには射撃を中断し回避しろ。シリウスを甘く見ると痛い目に遭う。犠牲を問題にしない兵士たちだからな』


 エディの言葉を噛み締めて聞いたジョニーは、シェルの操縦介入に備え予想される敵進路を回避する自動操作のプリセットを行った。

 ただ、何となく釈然としない感覚が襲い掛かってきて、それが何であるかを考えようとしたのだがその前に敵シェルとすれ違うタイミングになってしまった。


 ──なんだこれ……


 結論の出ない思考の袋小路に陥ったじだが、考え結果を出す前にシリウスシェルが目の前まできた。エディの一斉操作で特定のシリウスシェルに攻撃が集中し

次々と敵シェルが爆発していく。

 元は言えば連邦のシェルなのだから、理論的には同じ攻撃を受ければ自分も危ない。気合いを入れてすれ違い、そのまま二列目をやり過ごしたとき、ジョニーの脳裏にあった違和感の正体をジョニー自身が理解した。


 ──データーを取られてるんじゃないか?


 今ここにいるシリウスシェルが、シリウスに奪われたシェルの全機と言う保証はない。ある程度は向こうもキープして研究してるはずだ。そしてその次はシェルの量産だろう。シリウスロボの生産力をみれば、相当の驚異になるのは目に見えたいる。その量産が可能になった時、次に必要になるのは……


『エディ。シリウス側はデータを取ってるんじゃないかと思うんだ』


 そう無線に言葉を流したジョニーは単機大きく弧を描いて編隊を離れた。まだあやふやなイメージでしかないものだが、ジョニーには確信めいたものがあった。具体的にどうこう説明は出来ないけれども、一つだけ明確に答えられる物があるとするならそれは――




        シェルは戦闘機ではないし騎兵や戦車でもない




 ――と言うことだ。つまり、シェルの使い方と言う部分を、シェルライダーであるジョニーたちは編み出さなければならない。太古、人類が空を飛ぶようになり、やがて蒼空が人類の戦場となったころから連綿と続くもの。

 3次元状況下における激しい戦闘の基礎や根本は、その多くが航空機の運用によって編み出されたものだ。そしてそれは言わずもがなに【重力】と【大気】の影響を受ける事になる。

 だが、いまジョニーが秒速34キロで飛んでいるこの世界には、明確な重力による影響は考えにくい。惑星間引力や潮汐力が常に影響しているのは事実だが、推進力を失った瞬間に墜落する事は無い。全ては【慣性の法則】に支配されている世界だとも言えるのだった。つまり……


『ジョニー! 編隊を離れると狙い撃ちにされるぞ!』

『そうじゃ無いんだ! 上手く言えないけど……』

『なにをだ?』


 怪訝そうなエディに呼び止められるも、ジョニーはエンジン推力を急激に絞り慣性だけで直線に飛びつつ、スラスターを使って機体の向きを変えて、そしてエンジンを突然全開にした。

 一般的な航空機ではありえない急旋回を行ったジョニー機だが、そこへ目掛けて二列目に陣取っていたシリウスシェルが襲い掛かってくる。『航空機の様に』編隊を組んでだ。


『要するにこういう事なんだ』


 ジョニーはトップスピードになってから再びエンジンを絞り、慣性だけで進んでいる状態で機体を真後ろに向けた、ジョニーの後方に付こうとしたシリウスシェルに向かってチェーンガンをお見舞いすると、後方から秒速12キロで迫ってくるシリウスシェルの装甲をいとも容易く貫通して大爆発を起こさせる。

 機体の各所に設置された液体酸素と液体水素の燃料タンクそれ自体が常軌を逸脱した爆薬の役目を果たしていて、装甲さえ貫通させる事が出来れば、あとは勝手に爆発するという事だ。


『そして……』


 僚機の爆発で進路を変えようとしたシリウスシェルが動きそうな予測点へ向かって40ミリを御見舞いすると、それを喰らったシリウスシェルが次々と勝手に大爆発している。

 どこかよた付いて飛行しているシリウスのシェルだが、ジョニーの戦闘手順に恐れをなしたのか、再び弧を描いて離脱方向へと舵を切った。


『基本的には追い込むのが手順だけど……』


 そう呟いたジョニーは逃げに入った4機のシリウスシェルを追跡し始めた。そして、機体自体が持つ秒速34キロの慣性運動に40ミリモーターカノンの電磁カタパルト射出速度をあわせた恐るべき速度の砲弾をシリウスのシェルに向かって撃ちはなった。


『外してるぞ!』


 命中しない方向にワザと撃ったジョニー。マイクはそれを咎める。

 だが、ジョニーは怯まなかった。


『ちがう! コレで良いんだ!』


 いくつかのコースに向かって砲弾を放ち、シリウスシェルの逃げ道を塞いでから急接近したジョニーのシェルは、至近距離から30ミリをバリバリと打ち込んでシリウスシェルの装甲を木っ端微塵に破壊した。

 燃料に引火し大爆発したシリウスシェルをかわし、その影部分から逃げに入っているシリウスシェルを次々と攻撃したジョニー。敵機が持つ機動限界を少しずつ弾幕で削って行って、やがて『他に逃げ手が無い状態』まで追い込んでからとどめの一撃を入れる。


『……エグい戦い方だな』

『だけど、シェルならコレが出来ると思う』


 エディとジョニーの会話以外、無線の中に言葉が無かった。だが、その直後、デルガディージョとヴァルターは編隊を大きく離れた。ジョニーがして見せたように自らが囮となり、そして敵の逃げ場所を潰して行って撃墜する。


『あぁ、なるほど!』

『コレは良いな!』


 あっという間にジョニーの言いたい事の本質を理解したヴァルターとデルガディージョ。その動きを見ていたウッディも同じようにしてみせた。


『これさ、相互連携でこの手が使えたら良くねぇ?』


 本質を理解したデルガディージョがそう提案する。それに応えたのはジョニーでもヴァルターでもウッディでもなく、全てを見ていたエディだった。


『この戦闘でマスターしよう。敵機を生かして返すなよ。情報を持ち帰られると面倒だ』


 明るい声でそう宣言したエディ。広大な戦闘空間と言うべきエリアのど真ん中に入ったエディは、敵に狙われるのを全部承知でエンジンを絞り、それだけでなく逆噴射を掛けて速度を落として囮の役を買って出たのだった。


『俺を殺すなよ! ジョニー!』

『サー! イエッサー!』


 ジョニーの隠された才能が、静かに花開きつつあった。

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