在庫一掃・再び
――地球人類暦2245年12月11日 午前9時
シリウス太陽系 第4惑星ニューホライズン 周回軌道上
『時間圧縮』と言う不思議な体験をジョニーがしてから、早くも2ヶ月の時間が経過していた。相変わらずイジメに近い少尉候補生の訓練は続いているが、この所は地上の戦闘が落ち着いてきているのか、座学が中心となっている。
もちろん、常軌を逸脱した戦闘兵器であるシェルの訓練は続いているが、このところ経験しているのは戦闘の研究的なものばかりで、その内容といえば効果的な集団戦闘をシェルで行う事だった。
「地上はどうなってんだろうな」
ボソリと呟いたジョニーはハルゼーの窓から地上を見ていた。カメラが捉えた映像ではなく、直接目視出来るキューポラからの光景だ。地上に暮らしていた頃には絶対経験できなかった贅沢な眺めが窓一杯に広がっている。
――リディアに見せてやりたかったな……
不意の傷心モードに表情を沈ませたジョニー。そんな姿を怪訝な顔でヴァルターが見ていた。あの日、ジョニーとエディが地上へ降下したとき、そこで何があったのかを『全て』知っているのはふたり以外だとアレックスとマイクだけだ。
ヴァルターはリディアの存在を名前でしか知らないし、あのザリシャグラードの基地内に暮らしていたなどと言う事も露と知らないでいた……
「なに黄昏てんだよ!」
グリグリとジョニーをいじるヴァルター。
「いや、黄昏れてるって訳じゃ……ないけどさ」
「地上に彼女でも居るのか? 例の……なんだっけ?」
「あ、いや、今は…… 居ない……」
「そうぁ。そいつは良かったな」
「なんで?」
「なんかアチコチで…… 艦砲射撃してるって話だぜ」
ジョニーの隣へ並んだヴァルターは、そう呟きつつ地上を眺めている。薄暗闇の地域にパッパッと光る眩い閃光は、幾多のシリウス人が蒸発していく魂の光だ。
2245年の11月初頭。地球連邦軍はついにニューホライズンの全地域へ無差別艦砲射撃を行い始めた。地球からはるばるとやって来た連邦軍の戦列艦50隻以上がニューホライズンを周回していて、当初は工業地帯や地下資源採掘地域への戦略的な攻撃を続けていたのだが、重工業地帯を焦土と化した後でも戦闘機などの生産量は一向に減少する兆しすら見せていないのだった。
つまり、市街地や巨大ベッドタウンと言った人口密集地域の中の小人数かつ小規模の工場で細々と部品の生産が続けられ、それらが街中の集配ルートを使って鉱山など巨大地下空洞に作られた組立工場で仕上げられているのだ。
「一般市民を焼いてるのか……」
「あぁ。余り感心しないな」
「むしろウンザリだ」
ジョニーとヴァルターは怪訝な顔のまま視線をかわし、再び地上を見た。閃光が続き、その後にぼんやりと赤く光っている。それが火災である事は言うまでも無いことなのだが、その光の発生源では炎に焼かれて死んでいるシリウス人が居るはずだ……
「徹底抗戦を呼びかけてるらしいぜ」
「ヘカトンケイル?」
「いや、シリウス独立闘争委員会らしい」
「……へぇ」
心底嫌そうに相槌を打ったジョニー。
ヘカトンケイルの直属として動いている独立闘争委員会のメンバーは、その多くが地球から送り込まれた政治犯や反社会主義団体と言った連中のうち、死刑廃止により死を免れた大規模テロの実行犯や計画立案にかかわった者たちだ。
地球人類史上最悪といわれたシリアルキラーの揃うその委員会は、とにかく人を殺すのが好きで好きで仕方が無いという者の集まりだと言われている。そして彼らは地球人類の法と秩序が通用しないシリウスにおいて私刑の果てに殺される事を予定されていた者たちだった。
「現実問題として死刑廃止による問題の悪化の歪みを、シリウスに押し付けたんだな。自分たちで手を下せないから」
「まぁ、そう言うことだろうな。どんな奇麗事を並べたって殺しておいた方が良い奴は居るもんだ。生かしておくと次の殺人、その次の殺人って続けるから」
「更生の目処が無い奴でも人が人を殺すのは反対ってな……」
「そいつらに殺された人間は殺され損だな」
「あぁ。殺人犯に人権はあるが被害者には人権が無いんだから」
「そんな矛盾も人権って感情論で塗りつぶすんだからな」
「便利なもんだ」
「あぁ」
地上で一際大きな光りが瞬いた。
恐らく何か巨大な施設に直撃弾があったのだろう。
「なんだろうな」
「リアクターか?」
「周辺がえらい事だな」
「放射性物質までまとめて燃え尽きるだろ」
ウンザリとした様子で溜め息吐いたヴァルターはクルリと身体の向きを変えてキューポラを離れた。無重力エリアにあるこの場所は、彼ら少尉候補生に取ってつかの間の息抜きが出来る場所だった。
『ヴァルター、ジョニー、デルガディージョ、ウッディ。今すぐウォールームへ来い』
やや緊張した声音のエディは少尉候補生のうち若いグループを唐突に呼び出した。この2ヶ月程の間に何度か経験した突発的なミッションは、だいたいがこんな始まり方だ。
「絶対禄でもない仕事だぜ」
うんざり口調でボヤいたジョニー。その背中をドンと叩いてヴァルターはキューポラを離れた。
「あんまりボヤくなよ。早く老けるぜ!」
軽やかな笑い声を残してハッチから出て行くヴァルター。その背中を見ながら『間違いないけどな』とジョニーは呟いた。
──15分後
ウォールームと言うのは作戦検討室を意味していて、各作戦行動で出撃していく兵士たちに対しブリーフィングを行うための施設だ。そしてここでは、士官を目指す候補生たちの教室として機能していた。余りにも膨大な『士官として覚えておくべき知識』を伝授するための神聖な場なのだ。
「さて、集まってもらったのは他でも無い。実は色々と困った問題が起きた」
モニターを喰いいるように見つめている士官候補生たちに対し、エディは静かな口調で話を切り出した。だが、そのモニターに映るシーンは、若き候補生たちを絶句させてしまうのに充分な威力だ。
「取り繕っても仕方が無いのではっきり言うが、地球からやってきた輸送船団がシリウスの襲撃を受けた。重機材を運搬する大型の貨物船が集中的に狙われ、船内に納められていた各種の輸送物資が略奪の憂き目に会った」
まるでミツバチに集られる花の様な状態となった輸送船は各所で必死に抵抗を試みたのだが、奮戦むなしく艦船としてのコントロール全てを奪われてしまい、やがて進路を外れ宇宙の虚空へと消えていった。
その輸送船を外部から砲撃していた護衛艦たちは、シリウス側の宇宙向けロボによる攻撃に対処するのに精一杯で、複数の輸送船が奪われてしまった後も戦闘を継続し、やがて一隻また一隻と宇宙を漂流するだけの沈黙船へと変貌を遂げてしまうのだった。動力源の全てを失った宇宙船は巨大なデブリそのものなのだから、やがて何処かの惑星重力に引っ張られで墜落するまで宇宙を漂い続ける事になる……
「で、我々に集合がかかったと言う事は、一体どんな任務なんでしょうか?」
候補生を代表してドッドが話を切り出した。言われる事は解っている。シリウスロボに対抗するためにシェルで出撃しろ。それだけだろうし、それ以外に思い浮かばないのだ。
「後続の輸送船団を護衛しろと参謀本部が通達してきた。便利屋扱いされているが、まぁ仕方がないだろう。現実的な問題として、シェルならシリウスロボに遅れは取らない。そうじゃないか?」
これ以上ないドヤ顔で自信たっぷりに言いきったエディは、室内にいる者たちの冷ややかな視線に肩をすくめた。
「諸君らが言いたいことはよく解る。だが、現実にはシェルじゃないと危険な状況になりつつあるのだよ」
エディは動画の種類を変えて再生した。その動画に写るシーンを見たジョニーは言葉を飲み込み、隣にいるヴァルターを見た。ヴァルターもジョニーへと視線を向け『マジかよ!』と言いたげな表情を浮かべた。
「シェル…… ですね」
「あぁ、しかもこれはシリウスに分捕られた物だ」
何とか言葉を絞り出したドッドだが、エディはさらりと涼しい顔で言った
モニターの中に映るのは、まだ塗装も完了していないシリウス側のシェルだ。普段使っているシェルには愛称も形式番号も無い『シェル』と言うニックネームだけの代物でしかないが、それはシリウスも一緒だ。
まだ白銀に輝くシルバーの素材地だけが目立つ状態で、認識支援をするためだろうか、赤いバラを意匠化したシリウス自由軍のマークだけが入っている。
「彼らにしてみれば喉から手が出るほど欲しい物だろう。なんせ、彼らの作ったお手製戦闘ロボとは次元が違う代物だ。エンジンや戦闘支援システムなどは別次元と言って良い。ただな……」
にんまりと笑ったエディはあざ笑うようにシェルを指差した。
「そもそもシェルは我々サイボーグ向けの兵器だ。それを生身でも使えるようにマニュアルコントロール型コックピットへ換装したに過ぎないものだ。従って最高速度は戦闘機と大して変わらない秒速12キロ程度にリミットされている。それだけでなく、戦闘支援システムの根幹とも言うべき戦闘支援AIはまだ実装されていない状態だ。つまり、碌に訓練されていないパイロットは生身だと手に余しかねないシェルの操縦を行いつつ、エンジンや攻撃火器のマネージメントも全部マニュアルで行わなければならないと言う事だ」
両腕を開き『わかったか?』と言いたげなエディ。つまり、誤解を承知で極限まで簡略に言うなら、
『彼らが使いこなす前に我々の手で全部破壊する』
と言うことだ。そして、それを行うのが501中隊と言う皮肉だ。
「次の輸送船団は今月の後半に荷物の陸揚げが予定されている。まだ地上で頑張っている連邦軍兵士に対するクリスマスプレゼントだ。地上は大きく押されている、地球派市民に対する撤退と言う話しも出つつある。その支援をするためには、地上軍に更なる増援が必要だ。故に我々に任務は重要と言う事だ」
室内をグルリと見回したエディは腕を組んで静かに言う。
「一時間後に出撃する。シリウスの戦闘機支援艦艇を攻撃しニューホライズンへ叩き落した後、シリウス側のシェルを叩く。酷い戦闘になるだろうが戦略的勝利と戦術的勝利の両方を必ず手に入れる。全員抜かるなよ!」
全員が『ハイッ!』と返事をしブリーフィングが終わりを告げた。
ジョニーは背筋に冷たいものが走るのを感じながら、戦闘の手順を考えていた。
――それから2時間後
ニューホライズンを周回する軌道上から大きく離れたエリアへと進出した501中隊は、宇宙の彼方に光る幾つもの閃光を目にしていた。地球から遠路はるばるとやって来た補給船団は総勢で100隻以上の大船団を形成していたのだが、そこへと襲いかかったシリウスの戦闘兵器は軽く500を越えていた。
――こんなに何処から集めてきたんだ?
ジョニーの持った疑問はもっともだ。得体の知れない謎だらけの軍隊とも言えるシリウス軍だが、その神出鬼没ぶりや補給もままならないと思わせる地上軍の装備的貧しさの一方で、地球連邦軍が手こずったり或いは攻め倦ねるほどに精強な装備を持って連邦軍に襲いかかったりしている。
殊にこの場に居るシリウスロボは今も面倒な存在だ。シェルほどでは無いにしろ頑丈な装甲の鎧を纏った屈強な機体は、少々の打撃力では破壊出来ない。遠距離からの通常型弾頭を使った攻撃にはほぼ無敵で、至近距離へ迫った後に叩き込む大口径高初速型のハイドラでも無ければ装甲を撃ち抜けない。
ある程度の距離から一撃で破壊するには荷電粒子砲を使わざるを得ず、その兵器はまだまだ大型で壊れやすく、シェルの激しい機動に堪えられるとはお世事にも言えないデリケートさだった。つまり……
『一気に接近して速度差を生かし40ミリを叩き込め。こっちの速度が乗っかるから通常の何倍も威力が出る。向こうの攻撃は気にすることは無いだろう。アッチの装甲は強力だが、こちら側の装甲は輪を掛けて強力だ。地上で散々手こずった相手だからな。遠慮無くペイバックと行こう』
エディが随分とご機嫌だ。ふとジョニーはそう思った。ただ、そんな事より目の前の『仕事』に集中しないと危ない。シリウスロボの機動力は大したことが無いのだが、シェルの有り余る機動力で不用意に接近しすぎると予想外にトリッキーな動きをして衝突の危険がある。自分の放つ砲弾で撃破する分には良いが、自分自身が砲弾になるのはいただけない。
――さて、ぶちのめしてやるか!
連邦軍輸送船団の中へと501中隊のシェルが突入する中、ジョニーはモーターカノンの弾種を焼夷徹甲弾へと切り替え射撃支援システムを立ち上げた。一分の隙も無い見事な編隊を組んで斬り込んでいくシェルの編隊に気が付いたのか、シリウスの戦闘機は慌てふためいた様に退避を始め、シリウスロボは輸送船の外殻へ加えていた攻撃の手を休めシェルへと射撃を開始した。
『大歓迎してくれてるぜ!』
アハハと笑ったアレックスは機体をスクリュー状に回転させ視界を広く取ると同時に40ミリ砲弾をバラ撒き始めた。次々に直撃弾を受けて動かなくなるシリウスロボ達は、薄皮一枚な宇宙服で半ばオープン構造の操縦席に座っているレプリカントのパイロットごと巨大デブリとなって宇宙を漂い始めた。
『推進力を全て失って宇宙を漂流するとか、考えただけでゾッとするぜ』
ボソリと呟いたデルガディージョの言葉は皆の心に暗い影を落とす。
そんな嫌な空気をかき混ぜたのは、やはりエディだった。
『その為にコックピットに150キロも爆薬が入っているんだ。完全に木っ端微塵になって即死出来る。心配要らないさ』
無線の中に幾つもの乾いた笑いが流れ、釣られるようにジョニーも笑った。
ただ、そんな事をしている間にも敵との距離がドンドン近くなっていて、ジョニーは視界に浮かぶシリウスロボの数を勘定しながら攻撃順序を入力していった。
『ジョニー! 勝負だ!』
『はぁ?』
視界の隅にふと現れたヴァルターの顔が笑っていた。
勝負って何だと考えたのだが、どう考えても手柄争いとしか思い浮かばない。
『おぃヴァルター…… 遊んでる余裕なんて』
『遊んでねぇって。仕事だ仕事!』
大きな編隊を組んで飛ぶ少尉候補生のシェルはヴァルターが戦闘に立った。再びアハハと笑ったヴァルターは、ジョニーやウッディやデルガディージョを編隊の後方へ従え、一気に突入して次々とロボを破壊していく。
『一気に12だぜ! ウヒョー!』
速度差と機動力の違いが生み出す強烈な一撃により、シリウスのロボは紙のように撃破されていった。輸送船団のど真ん中を通り過ぎた編隊はやや離れた場所でグルリと旋回し、再び斬り込んでいく。
今度はウッディが先頭にたち一気に突入して行くのだが、同じように射撃を加え続けた結果、ウッディの周りには大きな火球が幾つも産まれた。
『悪いね。俺は14だ』
落ち着いた口調で静かに言うウッディ。何とも寡黙な男だと驚くのだが、それでも腕は確かだと再認識する。余り目立たないが、それでもやる時にはやる男だ。いやはやスゲ―なと舌を巻いている中、今度はデルガディージョが先頭に立つ形になって旋回し、もう一度斬り込んでいく。
不意に目をやった速度計は秒速34キロのトップスピードを維持していて、実に上手く旋回しているとジョニーは驚いていた。
『数が減ってきてるぜ!』
ぼやくように言ったデルガディージョはそれなりに射撃を加えたものの、撃破数は11で止まってしまった。『ついてねぇなぁ』とボヤキ節を呟くなか、もう一度大きく旋回して突入体制になったシェルの4機編隊は、ジョニーを先頭に立てて突っ込んでいった。
――さて……
グッと奥歯を噛んで敵を探したジョニー。しかし、4航過目ともなるとシリウスロボも船の影へと逃げ直撃弾を避けている。何とも不利な状況だと思いつつもジョニーは進行方向グッと睨み付けた。耳の中から音が消えた。
――これだ この感覚だ……
一気に集中力を上げてシリウスロボの動きに目を光らせたジョニー。その時、ジョニーの視界にレーダーの立体情報が重なった様な錯覚を受けた。
――よし!
随分と手前から射撃を開始したジョニー。砲弾は船舶の影にいるシリウスロボにも降り注いだ。その効射力に煽られたのか、幾多のシリウスロボが突っつかれるようにして影から飛び出して来る。そんな飛び出してきたシリウスロボを片っ端から打ち抜くジョニー。一気に航過した後でショットカウンターを数えたら、撃破数は22に達していた。
『すげぇ!』『やるな!』『素晴らしいね!』
ヴァルターやデルガディージョだけでなくウッディまで感嘆の言葉を漏らすジョニーの一撃。それを見ていたエディが次の指示を出した。
『ジョニー! もう一度先頭に立って突入しろ。お前の役目はウサギを巣穴から追い出す役だ。残り3人で飛び出たウサギを始末してやれ。外すんじゃ無いぞ』
いやはや、無茶な事をやらせるなと驚くジョニーだが、編隊は再び旋回し輸送船団の中へと斬り込んでいく。4回の航過で50機以上を血祭りに上げているし、エディ達の側の編隊でも戦果を上げていた。あれだけ数のいたシリウスロボはウンと数を減らしていて、戦闘機に至っては大半が逃げ出してしまう残っている方が少数だった。
『ジョニー! こっちでガッツリぶっ潰すから遠慮無くやってくれ!』
『頼むぜジョニー!』
『心配無用です』
仲間達の声を聞いて俄然やる気が湧いてきたジョニーは、一つ息を吐いてから再び集中力のギアを一段上げた。レーダーに映る世界だけで無く、データリンクしている仲間達の情報も全部集めたジョニーの目は戦域全てを監視下に置いていた。
――アッチに2機 こっちに3機 ……シリウスのシェルは何処へ行った?
そんな疑問がふと疑問がわき起こったのだが、それについては後から考えようとジョニーは割り切った。きっとまた古い戦力の在庫一掃でもやったのだろう。今頃シェルをリバースエンジニアリングでバラバラにして調べているのかも知れない。面倒なことに精を出す連中だと悪態をついて、それからまた意識をこの戦域全てに向けた。
『じゃぁ突入しよう!』
ジョニーの言葉に皆が相槌を打ち、4機のシェルはエンジンを全開にして一気に輸送船団の中へと躍り込んでいく。戦域支援情報によれば残りのシリウスロボは35機か多くて37機。あとは戦闘機が少々と小型艦艇だ。何処を探してもシリウスに分捕られたシェルはいない。
――さて…… 何処に隠れてる?
再び周りの音が聞こえなくなり始めたジョニーは、全ての意識を集中させて戦域へと斬り込んでいった。案の定と言うべきか、各所で隠れたつもりになっている敵機を沢山見つけたのだが、その必死さがどこか抜けていて思わず笑うのだった。
――悪いが…… 死んでくれ……
慣性の法則で流れていく砲弾の弾道を計算しながら、ジョニーは次々とシリウスロボをあぶり出していった。一つ二つと勘定していって、全部で20程度は確実に視界に捉えている。その全てに数発ずつ砲弾をプレゼントしてやると、アチコチからシリウスのロボが飛び出してきた。
『こっちは任せろ!』
『じゃぁ、俺はこっちをやる』
『俺は撃ち漏らしを片づけるわ』
ジョニーの後方を縦に飛ぶヴァルターやデルガディージョが次々とロボを撃ち抜き、その僅かに撃ち漏らされたロボをウッディが処分していた。見事な流れ作業が続き、あっという間に戦域が綺麗さっぱりと片付き始めた。
『デルガディージョ! ウッディ! 船団右舷へ回り込め! ジョニーとヴァルターは船団の左舷だ! これから船団上部より圧力を掛ける! 横へはみ出た連中を片付けろ!』
マイクの指示に全員がイエッサーを叫び、編隊が解消して船団の左右へと散っていく。それを確認したマイクとアレックスの2機が船団の上部から精密射撃を加えつつ突入してきた。その動きを見ていたジョニーは数秒後に起きるはずのシーンが脳内で鮮明に再生された。マイク大尉の砲撃を浴びたシリウスロボが煙を噴きながら飛び出して来る……
『ヴァルター! 3時方向!』
『スゲェ! よく気が付いたな!』
ヴァルターがそっちへ顔を向けた瞬間、最大級の輸送船に張り付いて部品の一部になりきっていたシリウスロボが剥がれ堕ち、煙を噴き出して漂流し始めたロボが姿を現した。
『くたばれ!』
ロボのど真ん中を40ミリ砲弾が貫通し、直後にロボは破片をバラ撒きながら散っていった。その真ん中あたりには白い液体が固まって漂っている。レプリの血だと気が付いたジョニーだが、もはやどうしようもない……
『これで全部かな?』
『あぁ、他にこの空域でIFF反応の無い機体は無い』
エリアを再びグルリと回ったエディは最後の確認をしていた。言うまでも無くシェルを待ち受けるためだ。絶対に来る。あいつらが必ず来る。そんな確信をジョニーも持っていた。息を呑んでジッと指示を待っているのだが、エディは一向に戦闘態勢の指示を出さないでいた。
『全員ご苦労だった。これからハルゼ―へ帰投する』
『え? シェルは?』
間髪入れずに聞き返したのはドッドだ。この戦闘中、ずっとエディのフォローについていたドッドは、すぐ近くで何度もエディの神業を見ていた。
『いや、シェルは来そうに無い。シリウス攻略本部の情報にも出撃情報が無い。従って今回はまぁ……』
何ともウンザリという空気の溜息を吐いたエディは、辺りをグルリと見回して501中隊のシェルに被害が無い事を確認した。
『いつものシリウスのアレだな。在庫一掃セールだろう』
楽しそうにそう言ったエディだが、実際戦闘に参加する側にしてみればたまったもんじゃない。そもそも死を怖れないレプリカントだが、この場合は1機でも多く道連れにするのが目的の戦闘だ。
『なんとも迷惑なセールだな』
『全くだ』
マイクが愚痴をこぼしアレックスが相槌を打った。それに続き、それぞれがそれぞれにボヤキ節を漏らした後でリーナーが締めくくった。
『次の出撃はいつでしょうか?』
『さぁな。それはシリウス側に聞かないと…… だれか、シリウス参謀本部の電話番号知らないか?』
エディの余り笑えないジョークに乾いた笑いを返したジョニー。
今日行った戦闘でシリウスは余っていたロボの在庫一掃を終えたはず。つまり、次の戦闘からは本気で酷い事になりそうだ。ふとそんな事を思いつつ、エディの後に続いてハルゼ―への帰途に就いたのだった。




