成長の証
~承前
――――海兵隊とは、そう言う組織だからな
その言葉が冷たく突き刺さったティアマットは立ち尽くしていた。
言葉の意味が解らない訳じゃ無いし、海兵隊の本分も解っている。
ただ、この時初めてマットは ”それ ”を自分の事として認識した。
「中尉。自分も海兵隊であります。ですがこれでは戦闘になり得ません」
真っ直ぐにテッドへと噛み付いたマット。
その手にはピースメーカーがあり、グリップをテッドへと差し出した形だ。
「これ以外に余剰武装は無い。それともこれを使うとでも言うのか?」
テッドは手にしていたS-8自動小銃を見た。
50口径弾を使うサイボーグ向けの強力な銃だ。
当然、生身が扱うのは慮外であり、射撃どころか持ち運びにすら問題がある。
重いとかデカイとかもあるが、バランスも悪いのだ。
「いえ、さすがに50口径は無理です。せめてその――」
マットはテッドの背中を指差した。
装甲服のマウントに乗っているのは、パンツァーファウストだった。
「――無反動砲をください。行動に同伴し、必要な所へ叩き込みます」
ティアマットが気が付いた ”それ ”は、自分の内側に欠けていたモノだ。
海兵隊となるべく志願し、訓練を積み重ね独り立ちしたはず。
しかし、空中からやって来たテッド達を見たとき、ハッと気が付いた。
スーパーヒーローか弱者の味方かは解らないが、自己陶酔に陥っていたと。
「マット少尉。解って居ると思うが、危険が伴うぞ?」
頭ごなしに否定せず、まずは一旦言葉を掛けたテッド。
そのやり方は間違い無くエディ流だし、もっと言えばロイエンタール将軍流だ。
ふとそんな事実に気が付き、テッドは腹の底でニヤリと笑った。
「承知の上です。率直に言いますが、今まで勘違いしていました」
思わず『勘違いだと?』と問い返したテッド。
退路を確保したロニーが戻ってきたとき、マットは真っ直ぐな眼差しで言った。
「海兵隊になろうと志願しましたが、自分の覚悟はその先に続いてませんでした」
その先。それがどんな意味かをテッドは思案した。
僅かな時間だが思索を巡らせ、ふと気が付いた。
――――あぁ……
小さく『なるほど』と呟き、テッドは銃を背中のマウントに預けた。
「戦場って所は無慈悲な所だ。銃弾が遠慮無く飛び交い、無駄な死が無造作に転がってる。何より酷いのは、そんな環境に居ると人間って奴は全てに鈍感になって慣れちまうんだよ。死ってもんに」
そう。この絶望的ですらある一大原則を忘れている者が多すぎるのだ。
海兵隊という組織を単なる就職先のひとつ程度に勘違いしてしまっている。
大学へ行くための資金源として軍に志願する者は後を絶たない。
或いは、何らかの事業を始める為に軍資金を溜める為の手段としてもだ。
そんな軽い感覚で、キャリア形成の手段程度にしか認識していない。
だが、実際の海兵隊は銃弾が激しく飛び交う戦場に出るのだ。
人の命などそこらの石ころと変わらないレベルの重さしか無い所に……だ。
ノーマンズランド
様々な意味に取られるスラングだが、軍人や軍属などには特有の解釈がある。
生き残りなど居ない……ではなく、人間性を残した者など居ない。
他人を撃ち殺して前進する。いや、生き残る。
そこには人間性の限界を超えた何かがある。
優しさやいたわりと言った感情の全てを失った者だけがいる場所。
そういう意味だ。
「マット。2度は聞かないぞ。覚悟は十分か?」
テッドは真剣さを一気に増した渋い声音でそう問うた。
言外に『死ぬぞ?』と念を押した形だ。
「はい、勿論です」
マットの眼差しがテッドの双眸を貫いた。
驚くほど鋭いその眼差しに、テッドは覚悟した男の眩しさを感じた。
「解った解った。これ以上は言わない。ただ、これだけは先に言っておく。絶対に忘れるな。どんな時も、どんな場面でもだ」
グッと真剣さを増したテッドはマットの眼を見て言った。
「蛮勇に逸るな。調子に乗ってバカをやるな。良いな?」
背中のマウントにあった発射筒をテッドはそっと渡した。
そして、いくつかの未発射の弾頭も添えて。
マットはその中から榴弾を選び、パンツァーファウストにセットした。
炸裂系の榴弾は対人殺傷力が凄まじいことになる代物だ。
「イエッサー!」
元気良くそう返答したマット。
僅かに首肯したテッドは様子を見ていた面々に言い放った。
「これから脱出する。残りたい者は残って良い。逃げても残っても安全は一切保証しない。好きな方を選べ。これは決定事項だ」
それを聞いていたロニーがニヤリと笑う。
その裏では無線で激烈な指示が飛んでいたからだ。
『解ってると思うが再確認だ。エディの指示を忘れねぇようにな。救出活動だがリクルート活動でもあるってやつだ。死人が出るのを前提に動く。死にきらねぇように注意してくれ。程よく重傷が望ましい』
ロニーはニヤニヤとした笑みのまま返答した。
「兄ぃ まんまエディですぜ」
ロニーの言葉に『うるせぇ』と一言だけ返したテッド。
やり方も進め方も全部エディ流だと思ったからだ。
だが、同時にテッドなりの優しさも感じ取っていた。
ティアマット少尉に無反動砲を貸与したのは、彼以外不要の意だった。
「じゃぁ、行こう。走るぞ」
テッドは詳細を明らかにせず、それだけ言っては右手を挙げた。
その手がパタリと倒され、トニーが先頭に立って走り始めた。
「まっ! 待って!」
悲鳴染みた声が響いたが、テッドは意に介していなかった。
振り返る事無く、農場の大きな通路を走り始めたのだ。
『エディ。パッケージの説得に失敗した。けど、多分付いてくると思う』
無線で報告を上げつつ、テッドは通路を走った。
生身の脚でも付いてこれる速度でだ。
『残りたい奴に足を引っ張られる必要はない。構わず見捨てろ。同行を希望する者は取りこぼすなよ』
珍しく温情措置だな……と思うものの『了解しました』を返すテッド。
ふと振り返れば、泣きそうな表情の男女数名が必死の表情で走っていた。
『ロニー! ドリー! あの連中の直前を走れ。落伍しそうになったら冷たくあしらえば良い。面倒の種を残さねぇようにしてくれ』
面倒の種を残すな。
その言葉を真っ直ぐに飲み込めば、見えてくるモノは一つしか無い。
『へい! そう来ると思ってやした!』
ロニーはドリーの肩をポンと叩き、足を止めて振り返る。
モタモタと走っている連中が追いつきそうな所で走るためだ。
『中尉。あの連中どうするんですか?』
ドリーは今後の方針が気になった。
なぜ気を使うのかが不思議だったからだ。
『そりゃ決まってるぜ。見込みのありそうな奴だけ仲間に引き込むんだよ』
相変わらずなロンドン訛りの英語でジャクソンが笑う。
それを聞いたドリーは『……そうか』とだけ返答した。
『俺達がいつまでも馬車馬出来る訳じゃ無いって事だよ。拡大プログラムは進行中で頭数は多い方が良い。もっと言えば、消耗品にされたくないならスケールメリット狙うしか無いってね』
トニーは平の言葉で実状を説明した。
テッドも思わずニヤリとする様な、解りやすく否定しがたい事実をだ。
『トニー ジョンと組んで先行しろ。抵抗する奴は全部排除していい』
テッドの指示に『へい!』と返答したトニーは、ジョンソンを手招きした。
ヘルメットを完全に絞めてない関係で表情が見えるトニーは笑っていた。
『おぃ新入り!』
トニーにしては珍しい上からな物言い。
新入りが加入したことで一番下でなくなったトニーの油断だろうか。
余り良い傾向じゃ無いな……と思ったテッドだが、どうやらそれは杞憂らしい。
『ヤベェと思ったらとりあえず伏せろ。無茶すっと後で面倒だからな。俺もまた新入り扱いだから偉そうは言えねぇけどさ、気楽にやろうぜ』
実際に幾度か鉄砲玉が飛び交う現場を経験した後だ。
物言いには余裕が窺えるし、ヤバイ局面も色々と体験した。
そんな場数と経験の教えを次に伝えていく役目なのだろう。
『……了解っす!』
一瞬だけ身構えたらしいジョンソンだが、すぐに元気よくそう返答した。
やはりなんだかんだ言って不安だった部分があるのだろう。
意地っ張りで負けず嫌いなジョンブルと言えど、無理なモノは無理なのだ。
その意味で、前もって予防線を張っておいてくれるのはありがたいのだ。
そして、走り始めてから15分ほど経過した頃にそれは起きた。
「やべ……」
一緒に走ってるマット少尉は無線が聞けない関係で、押し黙っていた。
だが、走り出して程なくした辺りから、そんな呟きが多くなり始めた。
「どうしたマット」
隣を走るテッドが声を掛けると、マットは全身汗だくになっていた。
視界に浮かぶ情報では気温摂氏31℃で湿度は55%と表示されている。
――――あぁ……
生身が連続運動するには危険な環境だ。
熱中症の危険があり、定期的に休息を必要とする条件だろう。
「なっ なんでも無いです! 行けます!」
意地を張って強引に笑みを浮かべたマット。
それを見ていたテッドはニヤリと笑った。
「全体停止! 周辺を警戒しろ!」
テッドが最初に足を止め、脱出を図る一団が動きを止めた。
肩で息をしているマットは腰の水筒から水を一口飲み、汗をぬぐった。
「まだ行けます! まだまだ全然いけます!」
それが強がりなんだと解らない訳じゃない。
ただ、頭ごなしに否定する訳にもいかない。
「馬鹿を言うな。既に体水分の10%近くを失っている。生命維持の危険がある」
テッドは言葉を選んでそう言い聞かせた。
だが、予想外にマットは頑固だった。
「確かにそうですが、好機を逃します。続行するべきです」
――――へぇ……
静かに腹の底で唸ったテッドは、薄く笑ってマットを見た。
意気軒昂に噛み付く姿は若者らしい無鉄砲さだ。
つまり、エディはこれを上手く使う方法を覚えろと言っている。
エディは、あの人はいつもそうだ。直接言葉にはせず、そう仕向けるのだ。
――――自分で気がつけ
1から10まで全て指示されうごいてるようではダメなのだ。
問題を見抜き、解決法を模索し、そして結果を出す。
それが出来ねば指揮官は務まらないのだろう。
人を育てると言う難しさをテッドは初めて理解した。
そして同時に、その楽しさややり甲斐というモノも。
「それもそうだが、ここで休んでおかないと、肝心なときに動けねぇだろ?」
気安い言葉遣いでマットに語りかけたテッド。
そんな姿にマットは驚くものの、逆に焦りも見せた。
甘く見られてる。或いは、舐められてる。
若者特有の無駄なプライドと反抗心。
しかし、それが身体と心を支え、数多くの経験を積み重ねる助けになる。
心の内側で『ふざけんな!ばかやろう!』と反骨心を剥き出しにする一瞬。
それら全てが若者の心を鍛える事になる。
これから先、より大きく重く逃れられない困難に直面するときの為に……だ。
「……はい」
素直にそう返事をし、肩で息をしながらもマットはそう応えた。
その向こうには、非戦闘員の海兵隊が顔色を変えて蹲っている。
――――こっちは邪魔だな
率直にそう思ったテッドだが、それを口に出したら終わり。
どうしたモンかと思っていたときにそれは起きた。
『エディ! 新手だ! 西側エリアに戦闘集団がいる!』
報告を上げたのはジャンで、テッドより後に降下した筈。
何と遭遇したんだ?とテッドは無線に意識を集中した。
するとその直後に今度はヴァルターが声を上げた。
ジャンよりも切迫した声で、ややもすれば悲鳴に近い。
『南側にもご登場だ! こっちは装甲車両がいる!』
ヴァルターは画像を送ってきた。
8輪の装甲戦闘車輌が50口径を乱射しながら接近中の動画だ。
『伴走する歩兵は30くらい。どれも重武装です』
ヴァルターに続きミシュリーヌが声を上げると、テッドの表情が変わった。
動画の中に見えるそれは、シリウス系の戦闘車輌だからだ。
『押し返せるか?』
単刀直入にそうたずねたエディ。
指揮官の言う押し返せるか?は撃退出来るかの意味だ。
戦術担当のアリョーシャが状況を整理し、戦域マップを更新した。
広大な農場地帯の中央部にはコンゴ川に面した積み出し施設がある。
新たに登場した敵勢力は、その中央広場を目指しているらしい。
――――脱出する腹か!
なんの根拠も無いが、テッドはそう確信した。
中央広場と呼んでいるのは荷物の積み出しを行う空港の事だ。
宇宙へと送り出す荷物を積むエリアにはリニアカタパルトがある。
それでコンテナを加速し、大気圏外へ向かうロケットを小型化していた。
脱出するならお誂え向きの場所だった。
『現状では荷が勝ちすぎている。増援して欲しい』
どうやら合流したらしいディージョがそう声を上げた。
戦域マップには南部地域に展開するヴァルターやミシュリーヌが見えている。
その西側にはジャンやウッディが展開していて、テッド達は中央部にほど近い。
――――サザンクロス戦っぽいな……
碌な戦闘兵器も無い状態で歩兵を伴った装甲車両と敵対している。
正直言えばどう頑張っても不可能な勝負と言える。
だが……
『サザンクロス戦っぽくなってきたぜ! ヴァルター! そっちを支援する!」
テッドは薄く笑ってそう言うと、マットを見ながら声を出した。
「マット。戦場が向こうから迫って来てる。気合入れろよ?」
小さく『へ?』と間の抜けた声を出したマット。
そんなマットの背中をポンと叩き、テッドは振り返って言った。
「恐らくシリウス側の息が掛かった連中だ。民間軍事会社なんて言ったところでスポンサーが要るからな。彼等は中央広場を目指している。そこを奪取されると逃げる手段が無くなる。従って俺たちはそこを奪われないよう敵勢力を押し返す」
立て板に水の勢いでそう説明したテッド。
それを聞いていた非戦闘員の海兵隊員は今にも泣きそうな表情だ。
「論議している暇は無いし、回避も出来ない。あの宇宙港を奪取されて破壊されたら俺たちは揃って日干しになって死ぬしかない。だから覚悟を決めろ。グダグダ言ってる暇なんかねぇ 良いな?」
テッドの言葉にジョンソンが『面白くなってきやがった!』と悦ぶ。
それを見ながらロニーもまたニヤリと笑っていた。
「とにかく南へ行く。味方が迂回運動しつつ敵勢力の側面を叩いている。その連中が顔の向きを変えた瞬間に横槍を叩きこんで全滅させる。慈悲も許容も必要ねぇ解りやすい戦闘だ。嫌ならここに残って良い。ただし、二度と救援はこねぇ」
テッドはマガジンを差し替えてから残弾を整理した。
満タンなのは残り4本しかないので少々心許ない。
ただ、それを補って余りある火力をマットが持っている。
――――よし……
――――試すか……
テッドの脳裏に手段が組み上げられた。
一気に迫って火力を集中し、力任せに前進する作戦だ。
機動力が重要になるが、サイボーグはそれ程問題無い。
生身が足手纏いになるだけの話だ。
「よし。行くぞ。神のご加護を」
テッドは手短にそう言うと、再び振り返った。
そして、はロニーとトニーに前進しろとハンドサインを出した。
「ドリーはロニーについていけ。ジョンはトニーだ。マットは俺の近くを離れるなよ。10メートルほどの距離を取って左右に展開しろ。何も見落とすな。味方を撃たねぇように注意しろ。良いな」
ロニーはそれを笑いながら聞いていた。
501中隊の中にもう一人のエディが誕生した瞬間だった。




