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黒い炎  作者: 陸奥守
第十一章 遠き故郷へ手を伸ばす為に
418/424

ジョンソンとドリー。そしてティアマット少尉

~承前




 今まで様々な場所に降下したが、これだけ緑の多い所は久しぶりだ。

 降下艇から空中へと飛び出したとき、テッドが最初に思ったのはそれだった。



 ――――あぁ……

 ――――いいなぁ……



 どこまでも続く田園風景に、テッドの心は故郷グレータウンを思い出した。

 すっかり遠くなってしまった地。あの家はまだ建っているだろうか。

 農場は今も小麦を作付けしているだろうか。父の墓は無事だろうか。


 人の心は瞬間的に多くの事を思いだし、考え、そして結論を出せるもの。

 きっとリディアが上手くやっている。なんの根拠も無いが、妙な確信があった。



 ――――リディア……



 脳内に現れた笑顔のリディア。

 この手に掴めなかった幸せな日々が心の中の弱い部分をチクチクと刺している。

 どれ程に後悔したか解らないが、後悔し抜いたって取り返しは付かないもの。


 そんな幻想を振り払うように、テッドは地上を凝視した。

 蛇行するコンゴ川の両岸には驚くほど広大な農場があった。


 その中には立派な高架道路が伸び、巨大なカントリーサイロが聳える。

 巨大圃場として整備されてきたのだろうが、その投資額はどれ程だろうか。

 焼き払うには地球政府もシリウス政府も手をこまねくレベルだろう。


 なにせ食糧は全ての生物にとって最高の戦略物資なのだから。

 そんなアフリカの空で、テッドは驚くやら呆れるやらな状態だった。



 ――――あのバカ!



 他に表現のしようが無い姿を見て、テッドは頭が真っ白になった。

 どこの世界にパラシュートでバックブラストを受けるバカがいるんだ?と。


 クルップ式無反動砲故にパンツァーファウストは盛大なバックブラストを出す。

 発射する後方に人が居る場合、深刻なダメージを受けるほどに……だ。


 だが、その当人は一切遠慮する様子など無かった。


「おらっ! もういっちょ!」


 ジョンソンは空中でパラの姿勢制御をせず、予備弾頭を付け構えた。

 無反動砲最大の利点は、弾頭を交換すれば発射筒は再利用出来る事だ。


 パンツァーファウストのバックブラストは本来弾頭発射の反作用でしかない。

 その反作用を受けてパラシュートを急減速させるのは、理に適っている。

 ただしそれは、パラシュートの耐久性さえ問題無ければの話だが。



 ――――後で唸りつけるか……



 テッドはまず経験させる事を選んだ。

 場合によってはパラシュートが引き千切れる可能性も有る。


 その場合、隊員は地球の重力に牽かれ落下することになる。

 重力加速度は重量に比例しないが、運動エネルギーは重量に比例する。

 つまり、それなりの高度から落下した場合、一撃で大破すると言う事だ。


 ただ……



 ――――あぁ……



 そこで気が付いたのは、ジョンソンの位置だ。

 バックブラストを受けて急減速したジョンは5人の中で一番高い位置にいる。

 つまり、何らかの理由で空中へ放り出されても、誰かのパラに乗っかれる。


 ある意味では計算尽くの行為なのだろう。

 決して誉められた行動では無いが、少なくとも安全には配慮している。


『ジョンソン! 空中に放り出されるなよ!』


 エディが弾んだ声で警告している。

 きっと、テッドと同じ危険性を認識したのだろう。

 ただ、それに続く言葉は、テッドの想像を遙かに通り越したものだった。


『だが良い手だな! 全員で真似しよう。地上に近い奴はフォローするんだ!』


 思わず『は?』と声が漏れたテッド。

 その声を聞いたらしいブルやジャンが大爆笑した。


『テッドは慎重派だからな』


 ある意味でイケイケの武闘派なブルだ。

 面白そうとなった平気で真似するだろうし、推奨もするだろう。

 だが、武闘派とかでは無くラテンなノリのジャンまでもが口を挟んだ。


『時には無茶した方が良いぜブラザー! 人生が楽しくなる!』


 そーじゃねーだろ!と冷静な突っ込みを入れようとしたテッド。

 だが、その前に予想外の事態が起きていた。


「なるほど! こりゃぁ良い!」


 近くにいたトニーがジョンのマネをしてパンツァーファウストを撃った。

 そして、同じ様にバックブラストを受け、急減速している。


 それを見て取ったロニーとドリーもマネをし始めた。

 空中から地上に向かってバカスカと乱れ撃ちだ。


 各所で大爆発が発生し、その衝撃波で空中姿勢が大きく乱れた。

 しかし、それで手をこまねく様な事など一切無いのがこの大隊の特徴だ。

 収穫物の作業場と思しき場所を着陸目標に定め、全員が真っ直ぐに降りていた。


『空中からの強襲ならばこれは良い手だな』


 アリョーシャが賛意を示した。

 あんまりバカは言わねぇでくれ!とテッドは泣きそうだった。


 しかし、槍衾状態の地上へ殴り込むなら、これはこれで有効な手立て。

 実際、地上にいる武装集団は対空射撃を諦め頑丈な建物に避難している。


 空中から手榴弾を投げるよりも効果は高いかも知れない。

 実際の威力もさることながら、心理的なプレッシャーが大きいのだ。



 ――――けど……なぁ……



 いくら何でも無茶が過ぎる。割と慎重派なテッドの内心は複雑だ。

 これで下手に落下して地上で動けなくなったなら戦闘は不能となる。


 つまり、これを戦闘手順に組み込むには、予備のパラシュートが必要だ。

 予備を用意しておいて、それで盛大にやれば良い。そうすれば地上まで安全だ。


 空挺降下はそもそもに危険なミッションだが、敵陣へ強襲する。

 そんな無茶な事をやろうとしているエディなのだから、無理も要るだろう。



 ――――先が思いやられる……



 無くなって久しい筈の胃がキリキリする様な錯覚を感じたテッド。

 だが、その表情は笑っていた。


「お前ら! 地上までの距離を見誤るなよ!」


 既に地上までは100メートルを切った。

 いくら何でもパラシュートを絞って速度を落とさねばならない。


 国連査察チームを包囲する何処かの軍勢は次々と吹き飛んでいる。

 着地点の安全はまぁ、問題無いだろう。つまり、今の敵は速度だ。


 だが、そんなテッドを余所に、残りの4人はまだ随分と上空にいる。

 パラシュートでは無くバックブラストによって速度を殺しているのだ。


「……まぁ それもありか」


 呟くようにそう言ったテッドは教科書通りの着地を決めてから周囲を警戒した。

 空中からバカスカと気前良く榴弾を撃ち込んだ結果、辺りは挽肉だらけだ。


 素早くパラを始末して銃のボルトを引いた辺りでジョンが着地した。

 教科書通りの五点着地で転がり、テッドよりも早くパラを始末している。


 そう言えばこの男はブリテンの兵学校出身だった……


 重要なデータを思い出したテッドは、見るとはなしにジョンソンを見ていた。

 身を低く構え、銃を握る姿には一分の隙も無い緊張感溢れる姿。


 それはまるでエディの様な身のこなしだと感じた。

 もっとも、当のエディだってブリテンで散々としごかれた結果だ。

 両者が似るのは当たり前だし……


「ドリー! 気楽にやれよ!」


 空を見上げて気易い声を掛けるジョン。気遣いや周囲の観察力までそっくりだ。

 その直後にドリーが着地した。両脚を揃え、ドスンと力を上手く逃がした。


「よしよし! 上手いぞ!」


 テッドも思わず誉める綺麗な着地。

 そこへロニーとトニーが降りてきて、テッド班が全員揃った。


 安心したのもつかの間、左右から良い調子で銃弾が飛び交い始めた。

 先に降りたディージョの班は西側へ行ったらしく、戦闘の痕跡がある。

 事前情報では穀物メジャー各社のいずれかが持つ司令部が存在していた。


「俺達は国連チームへ行く。先のディージョ班は西側の司令部を叩きに行ったようだ。安全な逃避ルートを確保し、丸腰のアホどもを回収するのが役目だ」


 テッドはここで4人に当面の目標を伝えた。

 全員が『了解』を返し、やる気のある顔になった。



 ――――これ…… 良いな!



 シリウスや火星で何度か部下を宛がわれた事があった。

 だが、この感覚はなかったし、満足感も無い。

 自分のチーム。自分の手下。自分が庇護するべき部下たち。


 ふと、もう少し頭数があれば……とも思った。

 5人じゃ無くて10人。いや、もう少し多くても良い。

 危険な現場へ降下するヘルジャンパーの強襲集団だ。


 ふと、この大隊を目的別にチーム分けすると言うプランを思い付いた。

 大規模な空挺作戦の尖兵として殴り込むチームや、事前偵察専門チームだ。



 ――――あとで提案するか……



 そんな事をツラツラと考えていた時、ロニーが声を掛けてきた。


「テッド兄貴! 後続のウッディ班に場所を開けやしょう!」


 ロニーも楽しそうに動いている。

 戦闘を楽しいなどと感じるのはおかしいが、それでもこれは楽しいのだ。

 テッドは終ぞ経験しなかった、ハイスクールライフとかいう青春のようだ。


 ただ、油断すればすぐにしっぺ返しが来る。侮れば手厳しい一撃を喰らう。

 なにより、自分の命が危ないし、任務も達成されないだろう。

 その場合にはエディが困る事になる。それだけは避けねばならない……


「よし。ロニーとトニーが先頭だ。東へ走れ。この農場の東部にあるカントリーエレベーター辺りに事務所があるはずだ。抵抗勢力はすべて排除しろ! 非正規戦闘集団はゲリラ扱いだ。戦時規定は適応されないから心配するな! 行くぞ!」


 気の入った熱い言葉を振りまくと、全員顔付きがグッと変わった。

 俗に『スイッチが入った』と表現される奴だ。


 ロニーとトニーのふたりは銃を構えて一気に前進を始めた。

 各所に軽装甲の戦闘車両がいるが、12.7ミリならば容赦なく貫通する。

 小規模な爆発が続く中、テッドは地上マップを呼び出して周囲を観察した。



 ――――案外広いな……



 ダウンロードしておいた衛星画像を見れば、この辺りの農場は驚くほど広い。

 それでも速度を落とさずに走って行くと、小さな建物が姿を現した。

 UNの旗が掲げられたそれは、国連の事務所と思しき施設だ。


 そして……


「救援ですか!」


 建物の中から准尉の階級章を付けた若者が姿を現した。

 何処かで見たような姿をしているが、テッドは思い出せなかった。


「救援? なんだって?」


 それを言ってきた相手は海兵隊の士官向け衣装だ。

 儀礼用ではなく略装と言って良い姿だが、それなりに威厳もある。


 だが、問題はそこでは無い。

 国連の査察チームに同行した海兵隊が丸腰で救援を求めている。

 地球最強の喧嘩集団がこれでは困るのだ。


「いえ、救援要請を出していたのです。中尉殿」


 相手は准尉だ。それも恐らく、文官として採用された事務方だろう。

 そうじゃ無きゃこんなひ弱な姿の海兵隊士官など居る筈も無い。

 19世紀の時代から、海兵隊はひ弱な優男が務まるような現場じゃ無いのだ。


「そうか。なるほど。海兵隊ともあろう者が情けない限りだな」


 国連宇宙軍海兵隊はかつてのアメリカ軍海兵隊をルーツとしている。

 その関係で現状の海兵隊もその精神を受け継いでいると言って良い。


 海兵隊の隊員は国民の規範たれ。


 俗にオールドマリーンなどと呼ばれる地上軍海兵隊と同じく、厳しい組織だ。

 そして何より、精強で強靱で百戦無敗の頑強さを求められる。


 孤立無援の現場へ最初に突入し、後続の正規軍に橋頭堡を渡してやる為だ。

 そんな海兵隊が救援を求めるとは……


「ですが中尉殿。我々は調査専門で……」


 消え入りそうな声でそう漏らした准尉。

 その胸にはウィルソンの文字があった。


「調査専門であっても海兵隊だろ? 戦えない者は海兵隊とは呼ばない」


 嫌味たっぷりな物言いのテッド。

 それを聞いているジョンとドリーが必死で笑いを堪えていた。


「中尉殿……」


 少し顔色が変わったウィルソン准尉だが、テッドは全く意に介していない。

 少しばかり撃って残弾の少なくなったマガジンを交換し、ボルトを退いた。


「論議している時間は無い。ここには何人居る? 作戦本部から全員回収せよと指示を受けている。現時点で我々の中隊がこの農場の各所に展開中だ。安全な場所を用意して降下艇を着陸させる。出来る限り農場に被害を出すなとの指示だが――


 相手の都合を考えず一方的にものを言うのは軍隊の特徴だろう。

 階級という絶対的な階層化によって事態解決の指示命令に明確な上下がある。


 上位下達が軍隊の基本である以上、ウィルソンに発言する権利は無い。

 聞かれたことに応え、状況判断を仰ぐ以外に出来る事は無いのだ。


「――戦闘は継続中だからどうにもならんな。まぁ、俺も農場の大変さはよく解っているので出来る限り穏便に納めたい。まずは状況把握だ」


 テッドの言葉に奥歯を噛んだ准尉。

 士官学校出では無いのかも知れないとテッドは思った。


 ただ、だからといってそれを配慮してくれるほど軍隊は甘い組織では無い。

 ROTCで海兵隊に来たドリーのように、慣れるしか無いのだ。


「現時点で査察チームは18名です。全て非戦闘員で『君の肩書きはなんだ?』


 ウィルソンの話を遮ってテッドはたずねた。

 海兵隊士官である以上、それなりに戦闘員の筈だ。


「私は通訳として来てまして……」


 思わず『通訳?』と聞き返したテッド。

 その直後、遠くで何かが爆発する音が聞こえた。


 瞬間的に腰を落として破片を避ける体勢になったテッド。

 同じ様にロニーやトニーがその姿勢になり、現場経験の乏しい者達が驚く。


 実弾と砲弾の破片と悪意と殺意が飛び交う環境で生きてきた者の条件反射。

 それを見ていたジョンとドリーはすぐに真似するようにしゃがんで伏せた。


「君の話は分かった。まずは中央部の広場へと行く。銃弾が飛び交うので注意するんだ。建物の中にいるスタッフを全員外へと出して君が誘導しろ。我々はそれを支援する。良いな?」


 テッドの言葉にウィルソンが『え?』と素っ頓狂な声を出した。

 そして同時に建物の中から、民間人と思しき者達の抗議が聞こえた。


『グズグズしてるヒマはねーんだよ! サッサと行くぞ!」


 テッドの手を煩わせるまでも無い。

 そう判断したのか、最初に怒鳴りつけたのはジョンソンだった。


 発音とアクセントの位置ですぐに解るキングイングリッシュ。

 それを聞いていたウィルソンの顔色がすぐに変わった。


「調査班は民間人なんだよ! 非戦闘員は戦闘地域に出られない!」


 それが泣き言と言わずして何と言うんだ?

 ドリーの顔にそんな表情が浮かんだ。


 ただ、逃げ口上を並べ始めた人間の言など支離滅裂になるもの。

 最終的には自分が生き延びる為にどんな汚いことでもするのだ。


 もっとも、それはあくまで『人が相手』の場合だが……


「そうか。そうだな。やむを得ない。なら残りたい者は残って良い。置いて行く。中に海兵隊は居ないのか?」


 一方的な物言いで話を遮ったテッド。

 その時、建物の中からひとりの少尉が姿を現した。


「君は……何処かで見たな」


 こちらもやはり何処かで見たな……とテッドは思った。

 人相のデータベース化と自動照合機能が必要だとも感じた。


 ただ、その話は後で考えれば良い。


「ティアマット。ジョン・ティアマット少尉であります。中尉殿」


 スッと緊張感溢れる敬礼を返した少尉。

 テッドはやはり何処かで出会っていると感じていた。


「宜しいティアマット少尉。銃はあるか?」


 そう問うたとき、ティアマットは首を横に振った。

 本当に丸腰で降りているのか!と驚いたテッドだが、ティアマットは言った。


「調査と言う事で地上への刺激を行うなとの指示でした」


 思わず『そうか』とだけ返答したテッド。

 本部は何を考えているんだ?とウンザリだが、まずは脱出だ。


「とりあえず君も聞いたと思うが、中央部の広場を目指す。ここに残りたければ残って良い。但し命の保証は出来ない」


 テッドは振り返ってロニーとトニーに『退路を作れ』と指示を出した。

 すぐさま動き出したふたりに釣られ、ジョンソンとドリーも動き出した。


「少尉。君にこれを預けておく。丸腰よりは良いだろう?」


 テッドは腰のホルスターに指してあった拳銃を抜いてティアマットに渡した。

 保安官だった父親の形見であるピースメーカーだ。


「海兵隊である以上は戦闘に参加しろ。退路を作るので激しい戦いになる」


 クイックローダーを3セット手渡し、テッドはニヤリと笑った。


「海兵隊とは、そう言う組織だからな」

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