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黒い炎  作者: 陸奥守
第十一章 遠き故郷へ手を伸ばす為に
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テッドとドリーのこれから

~承前




 いったい何がどうなったのか。

 空中で姿勢を崩したところまでは覚えているが、そこから先は曖昧だ。


 予備のパラシュートを展開したまでは良かったが、空中姿勢は最悪だった。

 完全にコントロールを失い、パニック状態でジタバタしただけだ。



 ――――空中姿勢って難しいな……



 独りごとの様な事を呟いたが、それが何処で誰に言ったものかは解らない。

 そもそも、自分が今どんな状況なのかすら理解出来ない。



 ――――死んだのか?



 いや、死んではいない。それだけは間違いない。

 ドリーを名乗るようになったドレイクはそれを確信していた。

 ドネツィクの平原で死に掛けた経験から、妙な自信があった。



 ――――どうしたもんか……



 実際の話、身体の感覚どころか光も熱も感じない状態だ。

 サイボーグにとって最も不快と言われるオールブラックアウト状態なのだ。


 こうなったなら救助を待つしかない。

 だが、このサンパウロ攻防戦がそう簡単に終わるとは思えない。

 海兵隊による強襲降下の先鞭として斬り込んだのだから。



 ――――色々と提案書を書かなきゃな……



 ドリーの脳内では既に数十ページに及ぶレポートの原案が出来上がっていた。

 サイボーグによる強襲降下を行い、地上戦力を削っておくという無茶な作戦だ。


 しかし、重武装で降りられるサイボーグにならそれが出来るはず。

 戦車ともやり合えるような装備で降りていって、地上を掃討しつつ本体を待つ。

 海兵隊の本体は降下艇で優雅に着陸して一斉展開だ。


 やがて国連軍海兵隊のスタンダードな手法となる戦闘手順の格子。

 この苦い教訓が次の降下に、次の作戦に、そして戦略に影響を与えるだろう。

 その為にも早く現実に復帰せねばならないのだが……


『聞こえるかドリー』


 唐突に呼び掛けられ、ドリーはとにかく驚いていた。

 完全ブラックアウト状況の中、意識の中に声が聞こえたからだ。


『酷い状態だが死んでなはいない。いま状況を見せてやる』


 その声がテッド中尉のものだと気が付き、ドリーはすこし落ち着いた。


 痛みも苦しみも感じない、まったく平穏な世界。

 だが、光も熱も全ての感覚もない、無の世界。


 死んだのかも……と、そう思っていたドリー。

 しかしながら、その直後に光のある世界へと戻った。



 ――――うわ……



 率直な言葉でそう漏らしたドリー。

 視界に入っているのは戦闘装備のまま完全擱座状態な自分だ。


 両脚のユニットが胴体へとめり込み、左腕はあり得ない方向に曲がっている。

 その胴体も座屈し折れ曲がってしまい、頸椎部は可動限界を越えた状態だ。


『高度300メートルから落下するとサイボーグでもこうなる。次は上手く降りれるよう努力しろ。経験あるのみだ』


 テッドの言葉が優しいとドリーは感じた。

 そして同時に、安らぎや癒やしの感覚をも。


 サンパウロ降下を事実上ぶっつけ本番で行ったドリー。

 幾度かはシミュレーターでやっていたが、それとて幾度も失敗していた。



 ――――無理です



 そんな弱気な言葉を吐いていたドリーだが、エディは許さなかったらしい。

 何事も場数と経験主義で、厳しい環境でしか人は育たないと信奉している故だ。


『テッドよりエディへ』


 降下した中隊内の通信で会話しているのだと気が付いたのはこの時だ。

 サイボーグ暮らしがまだ浅いドリーは、切り替えがシームレスなのに驚く。


『どうしたテッド』


 怖い中佐だと思っていたエディ隊長がフランクでフレンドリーだ。

 そんな部分にすら新鮮に驚いているドリーが、ここから驚愕の連続だった。


『こんな時に言うのもなんだけど、降下訓練だけはしっかりやるべきだと思う。少なくともシミュレーターでキチンと出来るようになるまで』


 いきなり凄い事を進言しだしたテッド。

 そのスタンスに驚くドリーだが、テッドは遠慮なく続けていた。


『俺たちはそんな悠長な事を言ってられなかったから仕方がないけど、今は少し余裕があるんだし、もう少し練習する場が必要だと思う。そうしないと貴重な人材を消耗し続ける気がする』


 要点だけを率直に進言するスタイル。

 その僅かな行為でドリーはテッドとエディの関係が相当深い事を察した。


 同時にそれは、この大隊が相当な修羅場をくぐった証拠だとも感じた。

 遠慮なく言いたい事を言い合い、問題を共有し、解決を図って前進する。

 俗に風通しの良い組織などと言うが、この大隊はその極致だ。


『良い視点だ。十分に訓練する事は悪い事じゃない。今後の検討課題にしよう』


 エディはそんな返答で交信を終えた。

 一般無線ではなく脳波レベルを直接やり取りしているので周辺の音が無い。


 ふと、ドリーは戦闘がどうなったのか知りたくなった。

 危険な降下までした戦闘が負け戦ではやりきれないから。


『中尉。戦闘はどうなりましたか?』


 率直にそう尋ねたドリー。

 テッドは視線を周囲に移して状況をドリーに見せた。


『あっという間に終わったな。全く抵抗が無かった』


 テッドが言う通り、彼ら501大隊が降下したサンパウロは呆気なく降伏した。

 最初こそ形ばかりの抵抗はあったが、大隊が着上陸した後は一瞬だった。


『向こうも抵抗する意思はなかったんですね』


 降下前、ドリーが受けていた説明は単純だった。

 様々なグループが主導権争いをしているが、中身は烏合の衆だと。

 そして、実際に戦争をする気なんかこれっぽっちも無い事。


 要するに、子供の駄々を続けているに過ぎず本願は無いに等しい。

 言い換えるなら、負ける理由さえあれば、もはや彼等は負けたいのだと。


 シリウス側工作員に踊らされた結果だと当人たちは気が付いている。

 だが、強行に抵抗を唱える者は一握りで、多くが『死んでまでは……』なのだ。


『そうさ。結局のところ、振り上げた拳を下ろす大義名分があれば良いんだ。21世紀以降の戦争なんて大半がそれだ。むしろちゃんとした戦争の方が珍しい』


 ブリテンで受けた促成教育課程において学んだ真実。

 それは、結局のところ人間なんて自分の命が一番大事と言う事だ。


 戦争だってそうで、やるぞやるぞと罵り合ってる時は激しいもの。

 いざ太刀を合わせ槍を交わす段になると、人間は途端に尻込みする。

 誰だって死にたくはない。ましてや、他人の為になんかまっぴらごめん。


 最後の最後で命懸けの抵抗をする時は、自分の命が掛かった時だけ。

 そうじゃ無ければとっとと降伏した方が後腐れが無い。


 まれにそうじゃない国民性の国家もあるが、地球市民はだいたいがこれだ。


『まぁ、後は海兵隊の本体に任せて俺たちは引き上げる。もう少しこの状況だが我慢しろ。復帰まで12時間程度だ』


 遠慮なく一方的に話しかけられ、ドリーは少し面食らった。

 ただ、少なくとも心根の部分で悪い人ではない。それを確信もした。


『中尉』


 ドリーは咄嗟に声を掛けた。

 心の内側に溜まっていた不安感をねじり潰す様に。


『なんだ? 文句なら基地に帰ってからにしろ。こう見えても色々忙しいんだ』


 仕事は一段落したと言っておいて、サラっと忙しいとか言い出す矛盾。

 だが、そこに悪気は一切無いのだろう。さっぱりとした気風の男だ。


『自分が戦列に復帰したら舎弟にしてください』


 どう表現して良いかわからなかったドリーは、弟子ではなく舎弟と言った。

 これから拡大すると言い切っている中佐の話を信じるなら、大所帯になるはず。


 それなら自分はテッド中尉の小隊へ配属して欲しい。

 サイボーグ大隊がどう発展していくのかは未知数だが、貢献したい。

 なにより、自分を救ってくれたテッド中尉への恩返しだ。


『舎弟か。悪くねぇ。けど、そりゃエディの腹ひとつだ。あんまり期待すんなよ。ガッカリすると顔に出るから』


 ドリーの見えている視界がぐらりと揺れた。

 振り返ったのだと気が付いたドリーだが、見ているものが問題だ。


 視線の先に居たのはジョンソンで、どうやら手痛い一撃を受けたらしい。

 腰から下がそっくり無く、身体のあちこち直撃弾のようだ。



 ――――ある意味、俺よりヤバい……



 咄嗟にそんな事を思ったドリーだが、その直後にフッと視界が消えた。


『やる事もねぇだろうから寝てると良い。ドリーの機体は機材管理チームが回収しに来るだろう。まぁ、心配するな』


 テッドはそれだけ言って回線を切った。

 再び光も音も無い世界に取り残され、ドリーは急激に心細くなった。

 ただ、実際に出来る事など何も無いのも事実だ。



 ――――本当に暇だな……



 心の中にひとつ溜息をこぼした後、ドリーは意識を手放した。

 考える事を止め、深い深い暗闇の底へと落ちて行った……






 ――――3日後






「お帰りドリー。災難だったな」


 スタッフォードから帰ってきたドリーをテッドは出迎えた。

 501大隊が活動拠点にしているロサンゼルスの一角だ。


 テッド達はロサンゼルスに帰還し、そこでブリーフィングを行った。

 ドリーを含めた新人全員が何かしらの被害を受けていたからだ。



 ――――正直言って、新入りをそのまま戦闘に出すのはやめるべきだ



 ブリーフィングの最中、テッドはかなり語気を強めてそう発言していた。

 被弾し擱座すれば足手まといになる。その為にももう少し訓練するべき。

 そんなスタンスでの発言だった。


 だが……



 ――――被弾し擱座するのはやむを得ない

 ――――個人の資質による部分も大きい

 ――――適性を見るにはいきなり戦闘に放り込むのが一番早い



 そんな言葉をブルが発し、少しばかり隊の空気が悪くなった。

 率直に言えば、人の命をなんだと思っているんだ?と言う部分だ。


 しかし、逆に考えた時、そこには全く違う景色が広がる。

 およそサイボーグは簡単に死なないし、死ねないのだ。

 直撃弾を受けて半身が無くなっても即死したりしない。



 ――――テッドが言いたい事は十分解る

 ――――だが、現状ではのんびり訓練しているヒマなど無い



 エディもまたかなり厳しい事を言った。

 ただ、その言葉を額面通りに受け取るのは良い事じゃ無い。


 テッドはそこから思索を深め、そこでふと気が付いた。

 現状での新人リクルートは地球人ばかりだと言う事。

 しかも彼等は元軍人で戦闘経験があるのだ。


 つまり、サイボーグ化予算を気にせず人を増やせる体勢になった。

 エディはそうして大隊の規模を拡大する腹なのだろう。


 ならばこれから自分がやる事は単純でシンプルだ。

 ニューフェイスを迎え入れたら死なないように鍛え上げる事。

 そうやって部下からの信頼を集め、次に繋げるのだ。


「中尉が居なかったらヤバかったです」


 テッドの出迎えに驚きつつ、ドリーは笑いながらそう答えた。

 すっかり修理が完了したドリーはあちこち新品パーツが奢られていた。

 各部の動作はまだ硬く、サブコンがこなれてないのだった。


 ドリーを上手く手懐けておこう。

 そんな思惑があったのを否定出来ないテッド。

 しかし、ドリーは素直に尻尾を振る犬だった。



 ――――まいったな……



 心の中に高まってくる罪の意識。

 それを前にした時、テッドはテッドで覚悟を決めるしか無かった。


「一応、俺の方からエディには上申を挙げておいた。もっと訓練するべきだって。ただ、俺たちは同時進行で大隊の拡大プログラムを進行中だ」


 スタッフォードから帰って来たドリーに対し、テッドは説明を始めた。

 この数日で決まった今後の方針について、重要な部分をだ。


 そして、そんなスタンスの裏側にはもうひとつの目論見がある。

 ドリーを自分の手駒にするべく徹底的に仕込もうという覚悟だった。


「拡大って…… まだ増えるって事ですよね?」

「そうだ」


 501大隊が駐屯本部としている建物はサイバーダイン社の一角にあるビルだ。

 表向きは調整拠点と言う事になっているが、実際には文字通りの研究所だ。


 サイボーグ技術はまだまだ発展途上にあり、QOLの面でもまだまだこれから。

 そんな代物を戦闘で上手く使おうという方が冗談のような話でもあった。


「俺たちはシリウスに居る頃からあれこれ戦闘をしてきたし、その都度に機体制御だとかも向上してる。けど、実際の話としちゃまだまだこれからなんだよ」


 建物の中を歩きながら、テッドとドリーのふたりは言葉を交わす。

 仮にも士官であるからして、表向きには憚られる内容だってある。


 テッドは周囲を警戒しながら、重要な話をドリーに伝えた。

 そんな事をしつつ、ドリーの頭を推し量っているのだ。



 ――――この男……

 ――――頭の回転が速いな……



 言葉の端々で考察を挟み言葉を返してくるドリー。

 その頭の回転の良さ。知能の高さは驚くべきレベルだった。



 ――――こりゃ拾いモンだ!



 内心でしめしめと思いつつ、エレベーターでビルを登る。

 大隊がサロンに使っている部屋はビルの最上階にあり、見晴らしが良い。


 ここに居る限りは常に様々な研究や調整が施される整備拠点だ。

 だが、同時にここはテッド達にとって生活の場であり気を抜ける場所だ。


 つまり、自宅の居間にも等しい場所。



 ――――慣れが必要だな



 テッドはドリーの内心を思いつつサロンの扉を開けた。

 中には新人達が揃っていて、最後に帰ってきたのがドリーだった。


「よぉ! ドリー! 災難だったな!」


 テッドと同じ様にドリーを出迎えたジャン。

 このふたりが大隊の良心かも知れないとドリーは思った。


「おかげさまで修理完了です。戦列に復帰します」


 敬礼しつつそんな言葉を発したドリー。

 その姿にミシュリーヌがニコリと笑っていた。


「さて、現状の我が大隊がフルハウスで揃ったので、今後について説明する」


 エディはモニターの脇に立ち、端末を叩いて表示を変えた。

 そこに出ているのは、今回のサンパウロ降下戦に於ける戦死者の表示だ。


 驚くべき事に戦死者はゼロで重傷者も居ない。

 ぶつけて怪我しただとかガラスで切ったとか、そんな軽傷ばかりだった。


「幸か不幸か、今回の戦闘では死傷者が出ていない。つまり、我々は新人を迎え入れる機会を失ったと言う事だ。穏便に終わったのは喜ぶべき事だが、今後を考えた時には色々と困った事態になる」


 そこで再び表示を変え、地球におけるシリウス勢力圏の現状が示された。

 主要5大陸からは頑強な抵抗拠点が一掃され、各地に細々した物が残るのみだ。


「我々はここから馬車馬の様に働く事になる。下手したら1日で複数回の敵前強襲降下を行い、抵抗拠点を一気に叩き潰す活動と言う事だ。そして、これで地球に於ける既得権益を確保する。我々が国連軍の中で一目置かれる存在になるためにな」


 そこで再び表示が変わり、そこに示されたのはアフリカ大陸南部だ。

 複数の細々とした拠点が示されていて、そこには様々な企業名があった。


「これらはシリウス系シンパを支援している地球企業の活動拠点だ。外太陽系にある企業の活動拠点がシリウスを支援しているのは公然の秘密だからな。企業は利益を出すのが本義であり、株主はより高く製品を買ってくれる側について利益を上げることを期待している。我々はまずこの悪い繋がりを絶つ事になる」


 室内の面々が真剣に説明を聞いている。

 その集中度合いにドリーは度肝を抜かれた。


 瞬きすらせず、一言一句聞き逃さぬよう集中している。

 サイボーグ大隊の本質に初めて触れた気がして、少し感動していた。


「まぁその前に訓練だ。テッドが盛んに訓練するべきだと言っているが、実際私だってそう思う。その過程で思わぬ出会いもあるかも知れないからな。まずはアフリカへ飛び、そこでじっくり降下訓練からやり直す。色々と言いたい事はあるだろうが今は飲み込んでくれ。そして、熱意と敬意をもって訓練に当たってくれ」


 そう言い放ったエディは、ニヤリと笑って室内を見た。

 硬い表情の新入りに比べれ、シリウスから鍛えてきたベテラン勢は余裕だ。


「いつ出発ですか?」


 手を上げてウッディがそう質問した。

 それに対しエディでは無くアリョーシャが返答した。


「2時間後にここを発つ。各自準備してくれ。最後にドーナツ食べておくのを忘れないようにな」


 付け加えられた軽口にベテラン勢がゲラゲラと笑う。

 それを見ていたドリーは、ここなら上手くやっていけるんじゃ無いかと思った。


 ただ、そんな思い込みが単なる願望でしかないことをすぐに知るのだが……

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