未来への投資となる新人リクルート
~承前
生暖かい風が吹くブリテン島中部。スタッフォード。
かつては焼物の街として有名だったが、今はすっかり様変わりしている。
ブリテン政府の肝煎りで設置された高度先進医療センターの存在によってだ。
サイボーグ技術に関して言えば、地球上でのトップ3に入る施設と言える。
サイバーダイン社の研究拠点だが、その空気はロスとは大きく異なっていた。
「で、何人だって?」
窓の外をちらりと見たヴァルターは、居並ぶ報道陣を見つつそう言った。
ドネツィク郊外での激闘より3週間。
この日、ヴァルターはジャンと共にスタッフォードを訪ねていた。
戦闘中に大破したテッドとロニーの修理が完了したから。
そしてもう一つは、ドネツィク郊外でヘッドハントした存在の回収だ。
と言っても、実際には一筋縄では行かないのが現状。
誰でも彼でもサイボーグ化出来る訳ではないのだから。
「今んとこ10人かな。残りはDチームだ」
新型のフィティングを続けていたテッドはそう応えて上着を着た。
ふたりは今回の修理でスタッフォード製の新型を受領していた。
イスラエル製の機体に影響されたらしく、随分と高性能だ。
「連中、結構驚いてましたけど、まぁ結果オーライっす」
滞在拠点としていた建物の奥から出てきたロニーはそう言葉を継いだ。
すでに海兵隊の制服に身を包んでいて、いつでも動き出せる体勢だ。
「へぇ……」
テッドの身体にジャンはいたく感心している。
そもそもに上手く使えていたテッドとロニー。
だがもはや、新型では生身と区別が付かなくなっていた。
旧機体と違い、新型は動きが更に滑らかなのだ。
動きにも立ち振る舞いにも機械臭さが無い。
そして、従来のイスラエル製より一回りくらいは大きくなっている。
肥った印象ではなく、しっかりとしたバルクアップ感だ。
恐らくは人種や民族の違いによる考え方なのだろう。
コーカソイド系人種がトレーニングを積み重ねれば、こんな体付きになる筈。
そんなイメージに近付いたテッドとロニーは、ややもすれば迫力が増していた。
「んで……これ前より反応良いっす」
ロニーがボソッと漏らした言葉。
スタッフォードの研究セクションで試作された新型機体は応答性が高い。
そもそも義手や義足から始まったサイボーグ研究故だろうか。
欧米企業では動作の確実性を求められるケースが多いのだ。
それに対し、イスラエルやインドなどの新興企業では最初から義体を研究する。
全身サイボーグである事を前提に、人間らしさ的な部分を重視していた。
今回スタッフォードが作った試作の新型はそちら方面へ舵を切ったのだった。
「ロニーも言ってるけど、この機体、マジで凄いわ」
手短な言葉でテッドも感心を示した。
本当に些細な事なのだろうが、シャツのボタンをスッと閉められるのだ。
手を動かし、指を動かし、細かく微調整すると言った部分が無い。
俗にサイボーグ慣れとか言われる一連の動きを一環して行えた。
「作り込みが凄いんだろうな」
興味深そうにそう言うジャンは、テッドの動きをジッと見ていた。
本当に些細な事だが、その辺りの作り込みはQOLに大きく差が出るものだ。
AIのサブコンが動かす機械の身体と上手くやって行けるかどうか。
その辺りの差異は、個人の資質に大きく左右されるのだった。
「まぁ、10人も居れば上出来だろうな」
ヴァルターの言葉には妙な生っぽさがあった。
ただ、それもやむを得ないだろう。
地球人類の平均的なサイボーグ適応率は60%台と言われている。
非常に残念な話ではあるが、個人差と言う部分を人類はまだ克服出来ていない。
そして、少なくとも現段階に於いてはその個人差の正体が明確に分かっていた。
サイボーグ化する上での適応率にはIQの高さが関係していたのだ。
公にはなっていない、いや、出来ない、厳然たる理由。
知能という数値化された能力の指数が突き付けられていた。
その向こうにあるのは、人種間や民族間にある能力的格差だった。
「こればっかは……バカじゃ救えねぇからなぁ」
ジャンの言葉にため息が混じった。
知能の高さは脳の構造に依ると言う実に不都合な真実。
シナプスのネットワークがどれくらい機能しているか?に振り回される。
それ故だろうか。
高IQな者ほどサイボーグ化したがるなんて話が一人歩きするほどだった。
「まぁ、利口な奴は兵隊にゃならないけど、馬鹿じゃ兵士は務まらないって言うからな。しっかり教育して戦力になって貰おう」
少しだけ呆れたような口調でテッドがそう言うと、皆が苦笑いした。
賽は既に投げられたのだ。後は上手く転がすしかない。
ヴァルターが小さく『行こうぜ』と呟き、4人は新人が待つ部屋に向かった。
明るい光が差し込む施設の廊下には海兵隊に所属する弁護士が待機していた。
「テッド・マーキュリー中尉ですね?」
短く『あぁ』と応えたテッド。
弁護士は少しだけ表情を緩め続けた。
「色々伝えねばならない事があります。冷静に聞いてください」
いきなりなんだよ……と、驚いたテッドだが、弁護士は遠慮無く切り出した。
まず、彼等新人は各国の戸籍や台帳から存在が削除されたこと。
そして家族には死亡通知が届き、遺族恩給が支給されること。
それだけでも十分衝撃なのだが、更に追い打ちがきた。
本名を名乗ることが禁じられ、便宜的に付けられたコールネームのみなこと。
全てはレプリの工作員対策で、変更は認められないことなどだ。
「なかなか……厳しいな」
率直にそう言ったテッドだが、解る部分もあった。
レプリの工作員を送り込むには、背乗りと呼ばれる方法が最適だ。
ましてや元海兵隊ともなれば、それだけで信用されやすい。
ブラック判定を受けた以上、軍は戦死者として扱うと言うことだった。
「全くですね。これからこの手の仕事が増えるのかと思うと、ゾッとしますよ」
本音とも嘘ともつかない言葉を吐いた弁護士は、わずかに表情を曇らせた。
そして、気を取り直したように、言葉を続けた。ある意味、こっちが本題だ。
「最後に、エイダン・マーキュリー中佐より言伝を預かっております」
エディから伝言?
瞬時に表情が固まったテッド。
それを見ていたジャンがぼそりと言った。
「表情の変化まで素早くなったな」
どれ程に作り込まれた機体でも、この辺りの反応には若干の遅れがあった。
そんな部分ですらも克服された新型機体は、周囲が羨むような出来だ。
「多分これ、G10シリーズで正式化されるだろうな」
ヴァルターもまたそんな事を言ってニコリと笑った。
機械っぽさを感じる。或いは相手に感じさせる。
そんな部分はサイボーグユーザーにとって妙な引け目なのだった。
「で、なんと?」
眼だけでジャンとヴァルターに相槌を打ったあと、テッドは言伝をたずねた。
弁護士と名乗った男は懐からICレコーダーを取り出すと、その場で再生した。
――――テッド
――――ヴァルターもだ
――――501大隊拡充に向け必要な人材をリクルートしろ
――――ぬかるなよ
言伝だけあって一方的な物言いだ。
だが、そんな事は今まで何度もあったし、今に始まった事じゃない。
「それ、持って帰る?」
テッドはICレコーダーを指差しながら言った。
弁護士は軽く首を横に振って、NOの意思表示を示した。
持って帰るなら返答を録音しようと思ったが、それは出来ないらしい。
と言う事はつまり、言伝と言う体の命令だ。
上位下達は軍隊における基本故に、達成は当然とされる。
つまり、エディが期待する結果を持って帰らねば成らなかった
「了解した」
短くそう答え、テッドは弁護士に微笑みを返した。
この辺りの対応が随分と堂に入った姿なのを当人は気付いていなかった。
軍隊暮らしも長くなれば、嫌でも身につくものだろう。
実際の話として今回もエイジングが施され、見た目には40代に近い姿だ。
「じゃぁ、お願いします」
弁護士はドアを開きながら小声でそう言った。
その言葉に首肯を返し、テッドは新人の待つ部屋に入った。
生身ではなくサイボーグがいるのだから、部屋は妙に暖かかった。
「おはよう諸君」
開口第一声のそう発したテッドは部屋の中をぐるりと見た。
白人系が5人。黒人系は2人。残りは黄色系に見えるが確証はない。
――――へぇ……
腹の底で唸って見たテッドはもう一度部屋の中を見回した。
誰一人として友好的ではない雰囲気だった。
まず、その眼だ。
サイボーグとは言え、眼差しには力がある。
そしてその眼差しには、明確な不愉快さがあった。
「俺は国連宇宙軍海兵隊所属。501大隊のテッド・マーキュリー。こちらは同僚のヴァルター。そしてジャンとロニー。階級はみな中尉だ。下っぱよりひとつ上なだけだから、あまり気を遣わなくて良い。諸君らの着任を歓迎する」
いきなりそんなことを言われ、混乱しない方がおかしいだろう。
だが、彼等はあのドネツィクの地べたの上で死にかけていたのだ。
そこから救い上げてくれたのは、間違いなくテッドとヴァルターの二人。
しかし、たった今弁護士からとんでもないことを聞かされたばかりだ。
正直に言えば心の整理も何もあったものではない。
「混乱してるのは当然だろう。実のところ、こんなケースは我々も初めてだ。遠くシリウスの地上で我々も死にかけ、そこでサイボーグ化された面々ばかりなんだ」
こんな場面では変な気を使って言葉をダラダラ並べるより、体当たりが良い。
それこそ正にエディのやり方であり、もっと言えば思想だった。
「あのドネツィクの大爆発は硝酸アンモニウムが原因との報告を受けている。諸君らが降下する筈だった建物は、そもそも巨大な農業倉庫だったということだ」
テッドが始めた説明は、事前に聞いていた爆発の原因だった。
後から色々と調べた結果、俄には信じがたい話が出て来たのだった。
「あそこには凡そ500トンの硝酸アンモニウム系農薬が保管されており、一部はドネツィク軍が爆発物として使うべく加工していたらしい。どうやらそれに引火したんだな」
そもそも硝酸アンモニウムは過去にも様々な形で大爆発を引き起こしてきた。
中東ベイルートでは港湾施設に2000トンもの量で保管され大爆発した。
街の大半を吹き飛ばし、夥しい死傷者を出した大惨事になった事件だ。
それ以来、戦争前には各所で農薬の保管場所を確認する様になっていた。
シリウス側テロリストによる自爆攻撃での爆発事件が後を絶たないのだった。
「迷惑な話だし運が悪いと言うには酷すぎる。だが、こればかりは諦めてくれ」
諦めろと言われて、はいそうですかと諦められる訳が無い。
そもそも引火したらヤバイのが解ってる農薬を大量保管するほうが悪い。
誰でも解るような話だが、逆に言えば目的を持ってやったとしか思えない。
そう。ここで勘の良い者達がスッと表情を変えた。
あのドネツィクの政府が何らかの証拠隠滅を図ったんじゃ無いか?と言う事だ。
「恐らく察しが付いた奴も居るだろうが、はっきり言うとだ。ドネツィクだけじゃなくシリウス側のテロリストが色々と暗躍していたらしい。あの量の硝酸アンモニウムを何処かに運び出し、爆発させる算段だったんだろうな」
――――……おいおい。
呆れ果てたような顔になった新人達は、言葉が無かった。
そして同時に、そんな所へこれから送り込まれる己の運命を呪った。
――――素直に死んでおけば良かった……
そんな気にすらなるのだ。
「ただまぁ、後悔だけはしないでくれ。あの時、ドネツィクの地上で聞いたかも知れないが、俺達はサイボーグになったことを後悔していない。ここに、地球に来るまでにも色々あったし、来てからだって色々あった。そして、概ね楽しかった」
……何を言ってるんだ?(2回目)
そんな調子で呆れているメンツを前に、テッドはニヤッと笑って続けた。
誰が聞いたって『頭がおかしいんじゃ無いか?』と思う様な言葉を……だ。
「およそ軍隊って奴は理不尽で不公平で、おまけに苦労すると相場が決まってる。けど、俺達501大隊は建前上でもサイボーグ兵士の運用を研究する実験大隊なんだよ。その関係でメンテは頻繁だし、海兵隊内部で色々と融通も効く。つまり」
両手を広げてテッドは笑った。
後のその姿を回想し、多くの者が口を揃えてこう言った。
――――中尉はやべぇ……
……と。後に直接の部下となるドナルドも……だ。
「色々言いたい事はあるだろうが、今は飲み込んでくれ。そして、不平不満を踏み潰し、我々501大隊への参加申請書にサインを入れて欲しい。俺達はCチームを自称している。クレイジーサイボーグズ。愉快なサイボーグさ」
まだ大規模なチーム分けをするほどに参加人数がある訳じゃ無い。
だからこそ新人のリクルートが重要だった。
そしてそれは、間違い無く今後に続く布石となるものだ。
エディの夢は続いていく。最終的にどうなるのかはまだ解らない。
だが、少なくともテッドはその夢の終わりを見たいと願っている。
自分をここまで引っ張ってくれた恩義だけじゃ無い感情でだ。
「一部に前もって面識のある奴も居るけど、まぁ、だいたいが初めて話をするようなメンツばかりだ。堅苦しいことは抜きして雑談でもしよう。なんでも聞いてくれて良いし、何でも答える。ほんとは言っちゃいけない事もあるが……」
ニヤッと笑ったテッドは周りを見た。
ヴァルターだけじゃ無く、ロニーやジャンまでもが腕を組んでニヤついている。
どう見たってエディのやり方だし、むしろエディその物だ。
大したもんだ……と、笑いを堪えていた。
「――そんなの関係ないさ。俺が責任とるから大丈夫だ。こう見えても、大隊長だけじゃなく、海兵隊の総合司令と上手くやれるツテがあるからな」
ズバッと言い切り、手近な椅子に腰を下ろしたテッド。
同じ様にヴァルター達も腰を下ろして歓談タイムとなった。
Dチーム行きとなったメンツには申し訳無いが、それも仕方が無い。
禍福は糾える縄の如しで、もしかしたら彼等の方が好待遇かも知れない。
そんな話をしながら、テッドは見るとはなしにジョンソンを見ていた。
頭の回転が速く、話の先を見通せるタイプの男だ。
なにより、皮肉と棘のある言い回しをするが、同時に気も使う男だった。
――――こんな奴が部下に居たら良いだろうな……
そんな事を思ったテッドは、不意に窓の外を見た。
シリウスとは違う陽光が、燦々と室内に降り注いでいるのだった。




