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黒い炎  作者: 陸奥守
第十一章 遠き故郷へ手を伸ばす為に
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やがて両翼となるものたち

~承前




 乾いた風が吹き抜けるドネツィク郊外。

 凄まじい爆発の原因は、大量に溜め込まれたプラスチック爆薬らしい。

 巨大なクレーターを生み出したその爆発は、遥か彼方まで轟音を響かせた。


 その結果というべきなのだろうか。

 上空で降下準備をしていた夥しい数のVTOL機なども巻き添えになった。

 クレーターの周囲にはそんな機体が何機も不時着し並んでいた。


「自動操縦だってな……」


 ぼそりと呟いて再びジャンは押し黙った。

 あまりに衝撃的な光景が目の前に広がっているからだ。


 大爆発の衝撃波を受け、パイロットは即死したらしい。

 だが、機体のコンピューターは異常を出すことなく機能し続けた。

 200年近く前にあった地域紛争が僅か数年で一気に戦場を変えたからだ。


 ドローンが人を殺し、そのドローンを狩るためにドローンが飛び交った戦争。

 その結果、コンピューターはAIが搭載され長足の進歩を遂げた。

 最終的に人間の判断力は信用ならないからだ。


 そしてそのAIはまだ稼働する噴射ノズルをつかって着陸を試みたようだ。

 次の戦闘のためにドローンをなるべく無傷で回収する技術だった。


「それがこのザマの原因ってことか」


 吐き捨てるようにそう言ったテッドは、苦々しげにその光景を見ていた。

 コントロール不能で地上に激突した機体から死体が次々と運び出されている。

 空飛ぶミキサーとなった故か、壊状況の酷い遺体は目を背けたくなるレベルだ。


 だが、本当に悲惨なのは十分な制御が可能な状態で地上に着陸した機体だ。

 その中から運び出される死体はどれもが綺麗な状態なのだ。


 強烈な衝撃波を受け脳や内臓に即死レベルのダメージを受けた者達。

 彼等はまるで眠っているかのような姿で運び出されていた。

 永久に目覚めない不断の眠りについた彼らの姿は、より一層の哀しみを誘った。


「こっちは……見てる方がつれぇってな」


 テッドとジャンのふたりが並んで眺めている光景。

 それは、次々に運び出される者達をトリアージするシーンだ。


 完全に息絶えて手の施しようがない者達。これから死体になりそうな者達。

 そして、油断すれば死体になりかねない者達が色分けされていた。


 簡易ベッドに並んでいるのは『まだ見込みのありそうな者たち』の列。

 その向こうには軍用のシートが敷かれていて、その上には夥しい死体が並ぶ。


 あり得ない方向に曲がった腕や足を整え、ドッグタグを見える位置に置いた姿。

 銃を胸に抱えたまま、眼を閉じて空を見上げる眠った様な姿。

 海兵隊の人事局に出す報告書の関係だろうが、あまり良い光景ではない。


 救急救命が可能な病院までは、陸路で2時間を要する。

 ヘリでもあれば話は早いが、さすがにこの数は積みきれない。

 従って、ここでは冷徹な線引きが行われるのだった……


「んで、ロニーはどうなったかな」


 重い空気をかき混ぜるようにテッドは話題を振った。

 肩に刺さった鉄板は取り除き済みだ。


 上部胸腔内の機器がダメージを受けなかったのは幸いだった。

 身体のメインフレームに異常が出ているが、行動は可能だ。


「頭に異常はないそうだが……」


 ジャンは思い出したようにそう言うと、振り返って遠くを指差した。

 そこには遠くブリテンまで直行する501大隊の専用機が降りている。


 エディの要望に応えハミルトン司令は空軍のVTOL機を手配した。

 ロニーはそこに積まれ、サイボーグセンターでメンテナンスされるらしい。


 現場指揮官と司令官が真っ直ぐ一本の線で結ばれている強み。

 テッドはその有難味を噛みしめていた。


「スタッフィールドに行くんなら、見込みのありそうな奴をあそこから見繕って積んでいけば良いのにな」


 テッドがそう言って指を指したのは、トリアージでブラック判定の一団だ。

 重傷となるレッドゾーンでは手持ちの医療機材が総動員されている。

 だが、見込み無しで死ぬの待ち状態のブラックゾーンではモルヒネ処置のみだ。



 ――――せめて苦痛無く穏やかに……



 失血死や酸欠死は非常に苦しむモノ。

 だが、そんな者達にはモルヒネが過剰投与され、全員がボンヤリとしている。

 恐らくはモルヒネと共に安定剤も大量投与されているのだろう。

 まだ息はあるが、どこかボンヤリと周囲を見ている者ばかりだった。


「まぁ、その話もエディがしてるんじゃ無いか?」


 ジャンはロニーを積み込んだVTOL機のそばにエディが居るのに気が付いた。

 パイロットと何事かを話しているのだが、恐らくは同じ事を相談中だ。



 ――――大隊の拡大……



 言葉には出さないが、ジャンもテッドも同じ感想を持った。

 エディが狙っているのは、宇宙軍海兵隊を事実上のサイボーグ軍団にする事だ。


 太陽系の内部で暴れまわってシリウス軍を撃退する。

 出来る限り地球人とシリウス人が殺し合わない様に、自分たちがやる。

 シリウス人が恨まれない様に。戦死者の遺族がシリウスを呪わない様に。



 ――――俺たちが恨みを買うんだよ

 ――――双方の陣営からな



 エディはあっけらかんとした様子でそう言うのだ。

 荒唐無稽な話でしかないが、シリウス人の地球軍兵士はそう願うのだ。

 次の戦争の火種にならないように……と、そう願って。


『テッド。ヴァルター。大至急ここへ来てくれ』


 唐突にエディの声がラジオに流れた。

 テッドはジャンと視線を交わした後で走って行った。

 何処かからヴァルターも来ており、そこにはリーナー中尉も居た。


「細かい話は後だ。私の責任で10名前後の救急救命枠を取り付けた。このブラックゾーンからまだ見込みがありそうな奴を探してくれ」


 エディが切り出した救急救命枠という言葉にテッドはヴァルターを見た。

 ふたりの視線がぶつかり、言葉にしなくともその意味を理解した。



 ――――こいつらは書類上死んだ人間



 そう。トリアージでブラック判定が出た以上、ここに居るのは事実上死人だ。

 まだ生きて活動可能な人間を引っ張っていくと、色々面倒が多い。

 しかし、死人となれば話は別だ。


「なにか条件はありますか?」


 ヴァルターの問いにエディは首を振った。

 恐らくは『何も無い』では無く『お前達に任せる』だと思われた。

 ここでテッドとヴァルターが呼ばれた一番の理由は激戦経験者だからだろう。


 何より、遠くシリウスに残してきた後悔への懺悔という面が大きい。

 幾多の戦闘で何人もの仲間たちを無為に殺してしまったのだ。なにより……


「解りました。次のドゥバンを出さないために……ですね」


 テッドの言葉にヴァルターがコクコクと首肯している。

 あの時、一瞬で吹っ飛んだシリウス義勇兵仲間への申し訳なさ。

 ほんの僅かな運命のイタズラで彼はものの見事に吹っ飛んだのだった。


 だからこそ……と言う訳ではないが、助けられるものなら助けてやりたい。

 テッドもヴァルターも一度は死んだ人間だ。そこで奇跡的に助かっているのだ。


 気まぐれに垂らされた蜘蛛の糸は、ある意味では苦痛の延長かもしれない。

 或いは、全ての救済から再び煮えたぎる魔女の鍋へ放り込まれる仕打ち。

 それでも『生きたい』と願う者たちを探し出し、チャンスを与える。


「願望を挟むな。冷徹にやれ」


 手短な指示を出したエディはニヤリと笑った。

 そして、再び空軍パイロット越しに何処かとやり合い始めた。



 ――――枠をもっと拡大する了解を上から取ったんだ……



 そう直感したテッドはニヤッと笑ってヴァルターを見た。


「俺はあっちを見る」


 テッドが指さしたのは、ボンヤリと空を見ている重傷者のエリアだ。

 痛みを感じなくなった者達は回らぬ頭で世界を呪っている筈だ。

 完全にバラバラになった肢体を集めて一人分にしているのも沢山居るようだ。


 どう見たって駄目なのは解っている。

 だが、そこに僅かでも奇跡が残ってるなら……と言う奴だ。


「解った。俺はこっちを探すよ」


 ヴァルターが見たのは、眠るようにしている戦死判定された者たちだ。

 強い衝撃波により内臓系へ深いダメージを受けた者達は綺麗な死体だった。


 通常、この手の死亡だと内臓へのダメージで再起不能な場合が多い。

 心臓震盪や臓器破裂の場合、生存へのタイムリミットは良いとこ15分。

 つまり、脳だけ生き残っていれば……と言う話になる。


「よし、掛かろう」

「おう」


 ヴァルターと別れブラックゾーンに足を運んだテッド。

 そこへフラリとジャンがやって来た。


「やっぱ予想通りか?」

「あぁ、10人くらいピックアップしろって」


 あまりにも手短なエディの指示を諳んじて見せたテッド。

 ジャンは苦笑いしつつ、死体が並ぶ列の間を歩き始めた。


「こりゃ……無理だろ」


 ボソリと呟いたジャンは改めて溜息を零した。

 閉じるべき瞼を失って剥き出しになった眼球が空を見上げる死体があった。


「精神的に……クルね、こりゃ」


 テッドもそんな事を漏らすが、それでも死体の列を歩いて行く。

 頭蓋が砕け脳が露出してる者や肋骨部分がごっそりと無くなっている者。

 何処かに突き刺さったのか、胴体が完全に絶ち切られている者もいた。



 ――――いったい何が起きたんだ?



 そう思わされるほどに激しい損壊の死体達。

 だが、そんな感情は死ぬの待ちエリアに入った時に失われた。


 全身の筋肉が酸欠になって痙攣している者。

 失血死寸前なのか、全身紫色になってボンヤリしている者。


 神への祈りか、それとも呪いの言葉か。

 魚のようにパクパクと口だけを動かす者。


 ある意味、完全に死にきった者達よりもこっちの方が余程酷い光景だ。


「なぁジャン。これ……」


 テッドが指差したのは、何かに下半身を押し潰された者だった。

 横隔膜辺りがギリギリ生き残ったのか、そこから下はぺしゃんこだ。



 ――――肝臓が完全に潰れている



 通常、肝臓がダメージを受ければ戦場では助からない。

 沈黙の臓器と言うくらいうたれ強いのだが、一定の線を越えると諦めてしまう。

 それ故か、戦場における戦死判定では肝臓の存在が非常に重要だった。


「なぁ、大丈夫か?」


 ジャンが声を掛けてもその兵士はボンヤリしたままだ。

 半分死んでる状態だが、可能性はゼロじゃ無い。


 ただ、そんな姿にジャンは首を振り、テッドもため息だ。


「ダメだな」

「あぁ」


 生きる気力。生きる意欲が完全に消えている。

 過去の戦場で何度も目にしてきた重傷者の末路。


 生死を分けるその境は生きる意欲だった。

 言葉では説明できない、多分に感覚的なものでしかない。

 そして、そんな場面に何度も臨んできた者にしかわからない。


「ご苦労だった」


 スクッと立ち上がったジャンが敬礼をおくる。

 その次の瞬間、その男の瞳から光が消えた。


「そっちはどうで?」

「いやこっちはもっと無理っぽい」


 ジャンとテッドが次の興味を持ったのは、全身から血を流す男だ。

 強烈な力で壁にでも叩きつけられたのだろう。穴という穴から血が出ている。


「地上に叩きつけられたかな」

「だろうな。そうでなきゃこうはならねぇだろ」


 テッドのボヤキにジャンが返す。そんなシーンをいくつか繰り返した時だ。

 ふたりはある男の前で足を止めた。そこには見覚えのある若者がいた。


「……ドナルド」


 テッドは横たわったドナルドの傍に片膝をついて顔を覗き込んだ。

 ボンヤリとした表情のドナルドは口をパクパクさせていた。


「水が欲しいのか?」


 ジャンもテッドの向かいに片膝をついて覗きこんだ。

 その手には水筒が握られていて、口元へ水を運ぼうとしていた。


 俗に末期の水と言うように、死に掛けは水を飲んだら息をひきとると言う。

 一説にはその水でホッとした瞬間、逝くのだそうだ。


 ジャンはチラリとテッドを見た。その視線を受けたテッドは首肯を返す。

 言葉ではなく視線で会話したふたりは、ドナルドの口へ僅かな水を注いだ。

 口の中でグネグネと舌が動き、水を味わっているようだった。そして……


「決まりだな」

「あぁ。運のいい野郎だぜ」


 ジャンの言葉にテッドがニヤッと笑いながら応えた。

 口へと運ばれた水を味わったドナルドは、その水を吐き出したのだ。


 テッドは立ち上がってVTOL機の所にいるスタッフを呼んだ。

 彼等は死体袋とは異なるものを持ってやって来た。


「こちらを?」


 医療救護の兵科マークをつけた上級曹長の中年兵士がそう言った。

 ジャンはちらりと早朝を見てから言った。


「死に水を取ってやったら吐き出しやがった。まだ死にたくねぇらしい」


 その言葉に『なるほど』と応えた上級曹長は大きな袋を広げた。

 ドナルドは脊椎をやられたらしく、身体を持ち上げてもグニャリしていた。


「運び出します」


 曹長が担架状の袋にドナルドを入れその口を閉じると傍の機器を操作した。

 すると途端に袋の表面がビッシリと結露し始めた。極低温処理の応急措置だ。


「これ……大丈夫なのか?」


 驚きの眼差しで見ていたテッドはそう呟く。

 上級曹長は笑いを堪えながら応えた。


「一時的に生命活動を最小限にする処置です。要するに冬眠です」


 曹長の簡潔な説明にテッドは何かを言おうとして言葉を飲み込んだ。

 現場で使われている以上、それは安定した実績があるものばかりのはずだから。


「わかった。彼を頼む」


 テッドの言葉に『イエスサー』を返し、曹長は立ち去った。

 その後ろ姿を見ながらテッドは何か非常にモヤモヤした感情を抱えた。


 きっと言葉にしてはいけないものなのだと分かっている。

 ややもすれば感情を爆発させて取り乱すものだろう。


「考えんなよブラザー。あいつも仲間入り確定ってこった」


 ジャンの言葉にテッドは小さく首肯して振り返った。

 まだ幾つものブラック判定が並んでいるのだ。

 そして、ドナルドの処置を見守った事で手遅れになった者もいそうだ。


 全ては見えざる運命の掌にある。禍福は糾える縄の如しなのだ。

 手遅れになって死んだことで、もう戦わなくて済むのかも知れない。


 言葉にしたくも無い感情を抱えつつ幾人かの『もう手遅れ』を見送ったふたり。

 やはり僅かな時間的ロスは大きかったようだ。そして……


「あれは?」


 テッドが次に指差したのは、少し離れた所にいる痙攣中の死体だ。

 ただ、その様子を見に行ったふたりは驚愕した。

 痙攣ではなく悶えているのだ。


「ジョンソン…… エルフィンストン」


 ドッグタグに打たれたその名を読んだテッド。

 恨みがましい眼差しでテッドを見上げたその男は苦しそうに言った。


「頼む…… 殺してくれ……」


 口からダラダラと血を流しているその男は、苦しげにそう言った。

 傍らに落ちているモルヒネと安定剤の小さなカートリッジは夥しい数だ。


「お前、ヤク中か?」


 呆れたようにそう言ったジャンは、転がっているカートリッジを数えた。

 モルヒネが11に安定剤が8もある。常識的に考えて致死量レベルだ。


「悪いかよ…… 俺の国にゃぁ未来なんてねぇんだよ」


 No Future

 ブリテン系のキレた若者がよく口にする言葉だ。


 21世紀の初頭から着々とイスラーム系移民に乗っ取られた王政国家。

 その実は微妙なバランスにより維持されている伝統国家だ。


 困った事にそもそものブリテン人は着々と少数派になりつつある。

 古くからの名家ですらも事実上乗っ取られる事が多々あるのが現状だ。


 そんな社会に生まれた若者は、ブリテン的反抗精神を涵養する。

 自分以外は全てクソ以下。そんなマインドのパンクなアナーキストになるのだ。


「そうかそうか…… まぁ、楽にはしてやれるが」


 ニヤリと笑いながらジャンがそう言い、テッドを見た。

 そのテッドも笑いながら言葉をつづけた。


「それより…… 俺達と未来を作らないか?」


 パンクでアナーキストなマインドをテッドは身に染みてわかっていた。

 支配されるだけのシリウス人には、未来なんて無かったのだから。

 そんなマインドをジョンソンは感じ取ったらしい。



 ――――眼の色が変わった



 そう感じ取ったテッドはニヤリと笑いながら言った。


「凄く…… 楽しいぞ?」

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