表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
黒い炎  作者: 陸奥守
第三章 抵抗の為に
41/424

強敵との遭遇


 ジョニーにとって全く未経験とも言うべき『それ』は、シリウス戦闘機へ向かって突入していく時に起きた。


 ――よっしゃ!


 視界に浮かぶ敵機に対し照準誘導用のマーカーを重ねた瞬間、ジョニーは命中を確信し心中で喝采を叫んだ。3倍の速度差を持って突入したシェルの攻撃をかわすなど、従来型の戦闘機には出来ない芸当の筈だった。だが……


「えっ?」


 目の前で起きた『理解の範疇を越える出来事』を、ジョニーの脳が受け入れ拒否したのだ。確実な撃墜を確信したジョニーの攻撃だが、その砲弾の全てをシリウスの戦闘機がすり抜けた。まるで幽霊に放った石礫が全てすり抜けるように……

 その異変を最初に気が付いたのはマイクだ。勝利を逸るジョニーの照準が甘かったのだと考えたマイクは、無線の中にジョニーを呼んだ。


「ジョニー!何があった!」


 弾む声がまるでからかう様にも聞こえたジョニー。

 しかし、確実に命中する筈だと確信していたのだから、腑に落ちないという方が正しいのだろう。


「攻撃をかわされました!」

「アッハッハッハ! 落ち着けジョニー!」


 凄まじい速度で戦闘機の群れをすり抜けたシェルは再び大きく弧を描いて旋回すると、エンジンを全開にしたままシリウスの戦闘機群へ突入していった。ジョニーの視界には先ほど攻撃をかわした戦闘機が消失している。

 何処にいるんだ?と探すのだが見つけられず、目標を切り替えたジョニーは白に近いグレーの機体を見つけて照準を定めた。追い越しざまに射撃を加えるべく照準を定めるのだが、シェルAIの動態予測機能付き自動照準が目標を外した可能性を考慮したのだ。


 ――まさかな……


 今までシェルの自動照準がターゲットを外した事など無い。それは訓練中に何度も経験した、機体制御の甘さにより射界からターゲットをロストする失態でも無い限りありえないことだった。


「今度は外すなよ!」


 アレックスの声が聞こえたジョニーはかえって緊張を強いられた。外せないと言うプレッシャーに震えが走る。だが、シェルの持つ圧倒的な速度は逡巡する時間的余裕すらジョニーに与えてくれなかった。


 ――これでどうだ!


 モーターカノンの照準修正を行いつつ狙いを定めたジョニー。彼我距離500を切るギリギリまで待ってから砲撃を加えたところ、今度は何の問題も無くシリウス戦闘機が爆散した。


 ――よしっ!


 心の中に確実な手応えを感じて拳を握り締めたジョニー。そのジョニーの耳に聞こえたのは盟友ヴァルターの発した『えっ!』だった。


「今度はヴァルターか!」

「緊張するなよ!」


 マイクとアレックスの言葉が聞こえ、ヴァルターは無線の中で『いや、あの、その……』と言葉を発していた。こんな事もあるんだなと一つ経験値を上げたジョニーは編隊を組んだまま再び大きくターンを決め、三度目の突入に備えた。

 残り50少々だったシリウス戦闘機は20を僅かに切るところまで追い詰められていて、この突入で全て撃墜出来るとジョニーは確信した。


「さて、俺だけが一機見逃す事にする。各機は視界に入る全てを撃墜しろ」


 エディ機がスピンを決め突入を図ると同時に、501中隊のシェルは最後の突撃を敢行した。チラリと速度計を見たジョニーの目には、秒速34キロの表示が映し出されていた。ニューホライズンの引力までも利用してシェルを加速させたエディは、広大なニューホライズンの南洋海へ突撃するかのように速度を上げた。


 ――どれにするか……


 次なる犠牲者に目星を付けたジョニー。ターゲットインジケーターを調整し攻撃の準備を整えたまでは良かったのだが、その時点でジョニーが見ていた視界にあるシリウス戦闘機達は機首を返してシェルへと襲いかかるように進路を変えているのだった。


 ――やる気か!


 心中で『あはっ!』と笑い声を上げ、接近してくるシリウス戦闘機を睨み付けたジョニー。バンデットと比べればやや大柄とも言える機体の形状だが、その見た目に反し運動性はすこぶる良い。

 ただ、それはあくまで戦闘機同士の戦闘での話だ。運動性を含めた総合性能という尺度で見て次元の違う兵器であるシェルは、戦闘機を相手にして後れを取るようなことは考えられないし、負けるという事も考えられない。


 ――残念だったな……


 ジョニーはモーターカノンのトリガーを絞った。機体の全てを揺するかのような振動がコックピットにも伝わってくる。真っ赤な尾を引いて伸びる40ミリ砲弾の列は、シリウス戦闘機へと吸い込まれていった…… 筈だった。


「こいつだ!」


 ヴァルターの叫び声がジョニーの耳に届いたと同時、シリウスのシェルは幾重にも分裂したかのような動きを見せ、ジョニー機の放った砲弾をギリギリの所で全て躱してしまった。


「こっちもだ!」


 ほぼ紙一重で全てをかわしたシリウスの戦闘機は、ジョニーのシェルに向かって真っ直ぐに突っ込んできた。バンデットと同じく荷電粒子砲を装備しているのがジョニーにも見えた。その砲口から細かなスパークが漏れている。発射寸前だと気が付いたのだが、ジョニーは躱すと言う選択肢を思い浮かべる前に30ミリチェーンガンを構え、点では無く面を狙って射撃を行った。


 ――あたらねぇだろうな


 これも躱すだろうという予測は当然のようにあった。だが、どう躱しても向こうの機体制御の方が一枚上だ。あの荷電粒子砲を喰らえば、シェルの装甲とて蒸発は避けられない。

 ならば仕切り直しとなる面制圧の方が良い。当てる必要は無い。ただ、向こうのパイロットの射撃を躊躇させることが出来れば、それでジョニーが望む結果の全てが手に入る。


「ジョニー! 躱せ!」


 無線の中に流れたエディの声。不自然な緊張を感じたジョニーは機体を捻ってシェルの身体の向きを変えた。その直後、文字通り刹那の間にジョニー機の背中辺りを荷電粒子の塊が通過し、ジョニーはギリギリでそれを躱した。


 ――マジかよ!


 エディにはこれが見えていた。寸前で指示を出したその時間的な流れを、エディは俯瞰的に眺めて把握していたんだ。そんな驚きと狼狽をジョニーは上手く処理出来なかった。

 ただ、シリウスの戦闘機が目の前を通過したとき、その機体が白く塗られているのが解った。そしてその尾翼には、ラッパを持ったピエロのマークと狼のシルエットをシンボライズしたモノが描かれていた。


「畜生! くそったれめ!」


 突然マイクの悪態が響き、その声の主を探したジョニー。その目に飛び込んできたのは、左足を失ったマイク機の姿だった。残り20ほどだったシリウスの戦闘機は10機にまで減っていたのだが、その全ての機体が白く塗られていて、ラッパを持ったピエロのマークを持っていた。


「どうしたマイク!」

「油断しちまったぜ!」


 マイクの悪態にエディが声を掛け、マイク機の被害が殊更にクローズアップされる形となった。シリウスの戦闘機で生き残った10機は501中隊の誰もが息を呑むような激しいマニューバを見せ、再びシェルとの戦闘を待ち構えたのだった。


「向こうは相当の腕利きだ。なめてかかるな。全力で事に当たれ」


 隊員全員にそう声を掛けたエディは、シェルの両腕を左右へと広げ、散開陣形を指示した。この高速で密集陣形をとれば、回避しようにも仲間が邪魔になる危険性を感じたのだとジョニーは考えた。どんな状況でも冷静に判断し的確に指示を出す姿は、士官として必要な能力の全てを体現しているかのようだ。


「シェルとやり合えるとか、まともな相手じゃなさそうだな」

「ただ、シェルだって物理法則には逆らえないから、次の展開を読むのが上手いんじゃないか」


 ジョニーとヴァルターはそんな会話をしつつも僚機との距離をとって大きく旋回した。両腕の兵装は残弾僅かとなっているも、ここで戦わない選択肢はない。弾を使い切るのはあまり良いことじゃないが、手持ち弾薬を残しての撤収は負けたようで悔しい。


「隊長。戦闘力が残っている内に撤収するべきでは?」


 不意に無線の中へ流れたウッディの声は、怯えている風なものでは無く確信を持って進言するそれだった。戦略的な撤退は決して恥ずかしいことではない。追いすがって来る敵機への対抗力を持ったまま去る事は、自分だけを守ろうとする卑怯な振る舞いではないはずだ。


「戦力を安全に持ち帰る事も重要な任務だが、今ここでは敵の正体を見定めることが重要だ」


 冷静な声のエディに少し安心したジョニー。『ですが……』と言葉を返そうとしたウッディの声が聞こえた直後、もう一人の新顔であるデルガディージョの言葉が聞こえた。


「シェルに対応出来るくらいの腕利きなら、こっちの戦闘機乗りも手に余すんじゃ無いかな。交戦して勝利する確率が一番高いのは俺たちなんだから、まぁ、責任持ってなんとかしないとさ」


 ――へぇ……


 デルガディージョの言葉を聞いたジョニーは薄く笑った。予想以上に『熱い男』だと感じたのだ。そして、確率や責任と言う言葉には、理詰めで物事を考えるインテリな側面を見た。


 ――あの男、面白いな


 ニンマリと笑ったジョニーは右腕のモーターカノンを確かめた。残弾を計算すれば次の突入が間違い無く最後になると気が付いたのだった。


「この突入を外したら次の突入に使える弾が無い。外さないようにやろうぜ」


 弾むような口調のジョニーはどこかスリルジャンキーの様だ。デルガディージョもウッディもそんな事を思った。だが、ジョニーとコンビを組むヴァルターはその声に呼応した。


「こっちもだぜ。まぁ、やるしかねぇからガッツリやろうぜ!」


 ふたりして盛り上がってる状態を見定めたのか、ウェイドが呆れたように呟く。


「おい、火の玉小僧を気取るのは良いが、大事な機体をちゃんと持って帰れよ」

「了解!」

「わかってますって!」


 彼我距離がグングンと接近する中、敵機を睨み付けるジョニーの視界にはシェルに向かって機首を返したシリウスの戦闘機が見えた。進行方向とは関係なく全方向へ弾をばら撒けるシェルと違い、シリウスの戦闘機は機首の方向へしか攻撃する手段を持たない。自立して敵を攻撃するAI誘導ミサイルも有るには有るが、そのミサイルを凌ぐ速度のシェルに命中するかどうかは、神のみぞ知る事である。


 ――やってやるぜ……


 グッと奥歯を喰いしばったジョニーは、この時初めて奥歯のかみ合わせが以前と違う事に気が付いた。生身の頃と違い顎の位置が若干奥に入っている奇妙な感じだった。ただ、悪い感触ではない。今の自分が『デザインされている存在』なのだと痛感し、それに付いて何の感慨すらも沸かなくなっていた。


 ――っよし!


 心の中のトリガーをグッと引き絞ってモーターカノンを発火させると、真っ赤な砲弾が尾を引いてシリウスの戦闘機へ吸い込まれていった。ただ、さっき見た運動能力や回避力や、何より『先を読む力』を思えば間違いなく外される。ならばどうするか。

 40ミリモーターカノンを放ったジョニーはすぐに左腕を伸ばし、予想される命中点から僅かにズレた辺りへチェーンガンを放った。先ほどの接触でシリウスの戦闘機はパイロットが砲弾を見やすいように機体の底面側へ若干の変進を行ったのだ。つまり、ジョニーはそこへチェーンガンを御見舞いした。


 ――これでどうだ!


 40ミリ砲弾と違い30ミリ銃弾は眩く光る金色の線だ。左腕に残っていた弾丸を数秒で撃ちつくしたジョニーは、事態の経過が良い方向へ転んでくれる事を祈るしかなかった。いや、それしか出来なかった。何故なら、右腕の40ミリカノンも撃ち尽くしていたのだから。


 ――さぁ!


 ジョニーに残された作業は唯一つ。シリウス戦闘機が撃破されるか回避されるかを見届け、そしてその後に訪れるであろう自らの処置について、最大限有利なポジションを探すことだ。

 この時、ジョニーの脳裏には次のステップが手順毎に組み上げられていた。シリウス戦闘機は恐らくこの攻撃の全てをかわす。そしてジョニーのシェルに向かって荷電粒子砲を打ち込むべく進路を変える。その向きを確かめつつ、ジョニーは荷電粒子砲が発砲される直前まで進路を変えずに直進し、ぎりぎりまで接近しつつ右腕での殴打を試みる。

 そのモーションを戦闘機のパイロットが脅威と感じれば進路を変えるだろうし、その前に撃破できると確信すれば真っ直ぐに突っ込んでくる筈だ。つまり、進路を変えなかった時点で自分は死ぬ。ただ、死ぬだろうが相討ちでシリウス戦闘機も撃墜できる筈。


 ――リディア……


 これは必要なコストだ。ジョニーはそう結論付けた。そして、それ以上考えるのを止めてシリウス戦闘機の動きに集中した。時間にすれば1秒か2秒程度の僅かな物でしかなかったのだが、極限まで集中していたジョニーの精神は、その2秒を2時間にも感じるほどだ。


「…………………………ッ!」


 言葉になら無い叫び声をあげ、それと同時にジョニーはシェルの進路を僅かに変進させた。つい先ほどの接触では下面側に逃げたシリウス戦闘機が、機首を若干起こして上面側へ逃げたのだ。コンマ数秒以下の極々僅かな時間差でジョニーの攻撃の全てをかわしたシリウスの戦闘機は1秒に満たない時間であったがジョニー機を視界から切った。


 ――舐めやがって!


 瞬間的にジョニーの意識が沸騰する。それと同時にジョニーのシェルがかつてのバンデットと同じように直角のターンを決めた。シリウス戦闘機の視界から完全に消えたジョニーのシェルは、その死角にあたる部分で再び直角ターンを複数回行ってシリウス戦闘機の腹部目掛け真っ直ぐに突っ込んでいった。

 向き合って相互に接近しながらの会敵であれば、シリウスの戦闘機も見かけ上はシェルと互角な戦闘が出来る。相対速度により速度差を平均化出来るのだから、双方が秒速20キロ程度で接近しあうような状況と言うことだ。

 しかし、シリウス戦闘機の下面側でマニューバを行う状況になった場合、シリウス戦闘機が持つ運動性能をシェルは完全に喰い潰して圧倒する事が出来るようになる。そして当然の様に、シェルは圧倒的有利なポジションから好きなように攻撃できるようになる筈だった。


「……………………ッチ!」


 思わず舌打ちしたジョニー。肝心な時に砲弾も銃弾も看板だ。こうなると最早出来る事は一つしかない。ジョニーはシェルの右拳をグッと握り締め、わき目を振らず真っ直ぐに戦闘機へと突っ込んでいった。


「オォォォォォォォォォォォッ!」


 ジョニーは雄たけびを上げて殴りかかった。自分でも何故そうしたのか、理由を思いつかないくらいだ。ただただ、純粋なまでに吼えたかった。心の奥底からわき上がってくる、純粋な闘志の発露そのものだ。


「ジョニー! 9時方向!」


 突然脳内に響いたヴァルターの声は、発火寸前まで熱くなっていたジョニーの心をスッと現実に引き戻した。考える前に意識が向かった先はレーダーパネルに見える9時方向の輝点だ。

 目で追う前に意識がそっちへと向けられ、シェルのメインカメラが見ている9時方向の視界がジョニーの脳へと届く。そこに居たのは紛れもないシリウスの戦闘機だった。


「マジかよ!」


 殴りかかろうとしたシリウス戦闘機を囮として急接近してきた別の戦闘機は、ジョニーの取り得る全ての回避ルートを被射撃圏内に納めたまま接近してくる。その進路は浅い角度で交差している関係で、どう逃げても手痛い一撃を受けることは避けられそうに無い。

 思わず奥歯をグッと噛んで『最期の時』を待ったジョニー。だがその刹那、ジョニーが殴りかかったシリウスの戦闘機は大きく離脱して行き、そして、ジョニーを捉えていた別の戦闘機も大きく軌道要素を変えて離脱方向へと舵を切っていた。


 ――チキショウ! はめられた!


 ジョニーは悟った。自分をあの戦闘機から引き剥がすために、浅い角度でワザと進入した完全なブラフだと言う事を。そして、こっちが一杯一杯の所で肉弾戦を挑んだように、実は向こうも限界一杯の戦いを挑んでいた事を。


「潮時だジョニー!」


 一瞬だけ後を追おうとしたジョニーだが、エディは言葉だけでジョニーを引き留めた。


「しかし!」


 なかば激昂し声を荒げるジョニー。

 そんな中でもエディは冷静だった。


「……仕掛け時を見誤ると勝利を逃す。引き時を見逃すと命を落とす。戦場で生き延びる秘訣って言うのは、案外そんなモンだ」


 あくまで冷静な口調のエディだが、その声を聞いていたジョニーはむしろそんな声にエディの悔しさを感じた。エディだって深追いしてたたみ掛けたいし、有利なポジションにいるウチに一機でも多く潰しておきたい筈だ。

 事実、エディのシェルはその広範囲な射撃圏内へ、ジョニーに襲いかかってきたシリウス戦闘機をすっぽりと納めたポジションだったのだから。


「……もうしわけありません」

「良いって。ジョニーが生きて帰れることが重要だ」


 エディの優しい言葉が無線に流れる。ただ、このシリウスのパイロットは相当な手練れだ。連邦軍のパイロットだって苦労するだろう。撃破出来るチャンスがあるのなら、遠慮無く撃破しておいて次に備える事も重要だ。ただ、現状でエディは連邦側の貴重な戦力を安全に持って帰る事を選択したのだ。


 ――損得勘定…… いや…… 次の一手の為かな……


 アレコレと思考を巡らせる中、501中隊のシェルはエディ機の周りへと集まり始めた。密集するほどでは無いが、散開陣形と言うには少々詰まっている。そんな状態だ。


「あのマークを覚えておこう」


 呟くようにそう言ったエディだが、その言葉にジョニーはエディが嬉しそうだと感じてしまった。理屈では無く直感のようなモノだが、それでも間違い無くエディは喜んでいると感じたのだ。


「エディの新しい恋人だな」

「茶化すなよマイク」

「だって事実だろ?」


 エディとマイクの軽妙な掛け合いに失笑が漏れるなか、ジョニーは遠ざかり行くシリウスの戦闘機を見ていた。垂直尾翼に描かれたラッパをくわえるピエロのマーク。そして、そのすぐ下には音符マークを飾り付けた大きな鈴。ジョニーの攻撃を二度もかわした敵は光り輝く王冠のマーク。そして、助けに入った戦闘機には尾を引いて飛ぶ流星のマークがあった。


「あのピエロマークの下にあるイラストは個人識別でしょうか?」

「そうだな。もしかしたらエースチームかも知れないな」

「エース?」


 ジョニーの問いにそう答えたアレックス。


「シリウスだって長引く戦争は辛いだろう。その為には国民を鼓舞する道具が必要だ。そしてそれは大概が英雄の役目なのさ」


 英雄という言葉に問題のディテールを見失ったジョニーは沈黙するしか無かった。戦争の英雄と言えば活躍した兵士と言う事なんだろう。だが……


「かつてスターリングラードと呼ばれたロシアのボルゴグラード市街戦では、ウラルからやって来た羊飼いのスナイパーがナチの将校をバカバカ射殺して、ナチに抵抗する市民たちや絶望的な戦闘をしていた兵士たちから英雄に祭り上げられた。それと同じで、連邦側の高性能戦闘機に対抗出来る腕利きが集まってエースチームを作り、互角以上の戦いを見せて『君たちでも勝てる!』って兵士を鼓舞するのさ」


「でもそれって、素人兵士じゃどうにもなりませんよね?」


「そうさ。そんなの誰でも解ってる。ただ、不可能では無いと見せることで最初から捨て鉢になりそうな兵士にやる気を出させるって事だ。下手に1年2年と訓練するより安上がりだろ?」


 アレックスの口から出た言葉に思わず震えたジョニー。言葉を失って沈黙するなか、仲間達は自分の見たマークを教え合った。


「俺がやり合ったのにはワイングラスのマークがあった。中身が入ってた」

「ピアノマークとかフルートマークとか居たぞ。ヴァイオリンも見た」

「音を奏でる鈴マークがボスかも知れないな」

「ジョニーが見たのは王冠マークに流星マークだろ?」

「2本の剣が交差してるマークがあったけど、アレは騎士の家系かもな」

「なら俺が見たのは多分女だ。ルージュとハイヒールだからな」

「そうだと良いな!」


 皆がワイワイと会話しながらハルゼ―への帰路に就いた。ふと頭上を見上げたジョニー。その視界には大きくニューホライズンの地上が見えていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ