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黒い炎  作者: 陸奥守
第十一章 遠き故郷へ手を伸ばす為に
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人間の本質 人のさが

~承前




 ドネツク市街から西方へと延びる幹線道路を歩いて凡そ1時間。

 暗闇に紛れやって来た一行はやっと目的地に到着したことを知った。


「ぜんぜん10キロじゃねーじゃん」


 呆れるように漏らしたヴァルター。

 それを見ていたミシュリーヌがクスクスと笑う。


 広大な平原のど真ん中に忽然と現れた巨大な建造物。

 それは闇の中でも一際目立っていて、衛星軌道上からも見える規模らしい。


「スゲーな」


 呆れるように漏らしたテッドはその巨大さに息を呑んだ。

 小型の宇宙船がすっぽり収まるようなサイズの建築物だ。


 戦闘車輌や空中兵器を収容しているらしい巨大な格納庫。

 息を呑むスケールの建物が月明かりの中に浮かび上がっている。


 その側面に描かれているのは、かつて存在した国連停戦監視団のマークだ。


「双方の武器をここで預かったんだろうな」


 オーリスは腕を組んでそれを眺めていた。

 確実な停戦を担保するために行われた武器の回収と収容。

 その為に色々と資金を提供した国家もあるらしい。


 戦闘活動には参加せずとも国際貢献が求められる場面では積極的に動く。

 そうでもしなければ、国際社会では居場所を失ってしまう恐怖があるのだ。


「で、あっちの街は?」


 暗闇の中をキョロキョロと見回していたウッディ。

 その眼が捉えたのは暗闇の中に紛れた古い都市のなれの果てだ。


 かつてはそれなりに栄えていたのだろうが、どうもここは激戦地だったらしい。

 見事なクレーターが幾つも残る地域故に、何があったのかは察しも付く。


 人類が営々と繰り返すくだらない営み。


 戦争


 直接的にやり合ったふたつの国家は、そこに悲しみの痕跡を残した。

 平原の中に幾つも見える十字の墓標が風を切って寂しげな音を立てていた。


「ルジヴェ? ですかね? 読み方が解らないけど」


 情報端末を広げたヨナがウッディの問いにそう応えた。

 ボンヤリと光る端末には衛星写真の広域情報が表示されていた。


 キリル文字にアルファベットのふりがな付き。

 ただ、そんな街も、現状では『街だった』レベルの遺跡状態だ。


「21世紀初頭の戦闘で破壊されたままなんでしょうね」


 ミシュリーヌの言葉には溢れるほどの虚無感があった。

 再興しない理由は察しが付く。どうせ地雷の巣状態なのだろう。


 双方が本気で殺し合ったウクライナ戦争の終戦末期に実行されたことだ。

 本気で殴り合ったふたつの陣営は、もはや破れ被れの行為ですら許容したのだ。


「手に入らないのが解った瞬間から、軍の活動は嫌がらせに変わるんだよな」


 テッドは遠くを見ながらそう零した。

 撤退するロシア軍が行ったのは、ウクライナに対する徹底した嫌がらせだ。


 街の生活インフラを全て破壊し、人の集まるところにはトラップを仕掛ける。

 子供が興味を引く様な形の地雷を大量に撒いて、手に取らせる。


 人の悪意を純粋に抜き取ったような仕組みは人種や宗教を越えて存在した。


「なんでそうまでしてここが欲しかったんすかね? ロシアって国は」


 ロニーは腕を組んで考え始めた。

 ただ、いくら思案しても、その実像が浮かび上がってこないのだ。


「その時代その時代で戦略的重要性は変わる。当時はここが必用だったんだろう」


 ロニーの問いにそう回答したステンマルクは、何処か遠い目をして続けた。


「結局、どこだって良いのさ。大国にとっては周辺小国なんて踏み潰すアリみたいなものだ。自らの影響力を維持するため、時には自国周辺にある国家へちょっかいを出して併呑するんだよ」


 あまりにも酷いやり方に皆が溜息を零す。

 自発呼吸を行わないサイボーグの口からこぼれる溜息は、文字通りの意味だ。


 己の強さを誇示しなければならない部分というのはどんな時に存在する。

 強大な国家の指導者が政治的な都合で政敵を葬る為にそれをする時もある。

 規模の大小を問わず、権力闘争はどんな場面でも存在するのだから。


 その結果が、このドネツィクの惨状だった。


 小国弱国とはいえ、時には毅然と大国に噛み付く気概が求められる。

 だが、それによって自国が壊滅的な打撃を受ける事もあるのだ。

 その時、その国家の指導者は究極の選択を迫られる。


 有名なトロッコ問題の本質だ。


 自国民の一部を斬り捨ててでも大多数が生き残る道を選ぶか。

 一国丸ごと徹底抗戦を行って、国家崩壊を覚悟の上の抵抗を続けるのか。


 指導者は必ずと言って良い程、土壇場で思い悩む。

 強大国家同士の取引によって自国の運命が振り回される事も時には甘受する。

 だが、戦に負けただけであって、奴隷になる訳では無い。


 その境目で、彼等は塗炭の苦しみを味わい尽くす。

 そして……


「より強大な国家の圧力で併呑しきれなかったのが、ここってことか」


 腕を組んで思案に暮れるディージョは、何処か悔しそうな表情だ。

 最強だの無敵だのと言ったものであっても、必ずそこには上がある。


 上には上がいると言う奴だ。


 そして、何もそれは国家規模だけではない。

 時には一国に対して複数国家が徒党を組んで圧力をかける。


 その結果、ロシアはここを手放さざるを得なかった。

 だが同時に、ウクライナも主権を手放し共同統治を受け入れざるを得なかった。


 何故なら……


「そうだ。具体的に言えば厖大な量のレアメタルだ」


 話に割って入ったリーナー中尉がそう説明した。

 そう。ここには世界の需要を100年賄うだけのレアメタルが存在したのだ。


 それまで中国が世界需要を一手に引き受けていたレアメタル。

 ウクライナ東部の豊富な地下資源が世界中から熱い視線を集めたのだった。


「レアメタルか…… まぁ、それが無きゃ俺達とっくに頓死ですからね」


 話を聞いていたヨナも話に参加し始めた。

 そう。彼等サイボーグの機体はレアメタルの塊と言っても良い。


 様々な特殊鉱物を必用とする部品部材の寄せ集めな機体だ。

 ましてや生体部品とのインターフェースなどにも使われている。

 それを思うと、全員が何となく鉛でも飲んだように気を重くした。


「けど、これって……今思ったンすけど――」


 不意に切り出したトニーはチラットテッドを見てから続けた。


「――中国がここの戦争に色々荷担してるのって、やっぱ自分達の権益確保って面が強いンですかね? レアメタルの独占供給ってカードが無くなるのが怖いから」


 トニーの言にリーナーはニヤリと笑った。

 その笑みが何ともぎこちなく不自然に見え、テッドは少し不思議だった。


「そう言うことだ。そして、その関係で少佐は火星と通信中だ」


 リーナー中尉は少し離れた所に居るエディを指差した。

 アリョーシャは小さなパラボラアンテナを広げ空に向けている。

 その直ぐ近く。エディは難しい顔をして思案に暮れていた。



 ――――あぁ……



 内心でそう独りごちたテッドは、その姿に少しだけニヤリとした。

 火星にいるはずの海兵隊司令官と重要なやり取りをしているのだろう。


 地球の地上に於いて角を突き合わせる両陣営だ。

 そのパワーバランスが崩れると、今後に色々と影響が出る筈だ。

 海兵隊という巨大な暴力機関を預かる長は、各方面へ常に気を使う。


 何処までやって良いのか?

 これ以上やるとやばいラインは何処か?


 その辺りでの打ち合わせと認識のすり合わせは重要だ。


「ハミルトン司令も色々と戦ってるんだろうな」


 テッドがそう呟くと、中隊の中に小さな笑いが起きた。

 司令が戦っている相手はどこなのか?

 それはもう考えるまでも無いだろう。


「色々と利権の衝突もあるんだろうね」


 ウッディもそうこぼす様に、各方面へ気を使う必要がある。

 一枚岩になってない地球の微妙なバランスは崩すわけにはいかないのだ。


「海兵隊と言うか国連軍が鬱陶しい向きもいるんでしょうね」


 ウッディの言葉に柔らかな返答を返したミシュリーヌはニマッと笑った。

 各方面で波風を立てずに事を為すのは最も重要な条件だ。


 しかし、場合によっては盛大に波風を立てた方が良い場合もある。

 相手に煮え湯を飲ませるだけでなく、事と次第では圧力を掛ける為にもだ。



 ――――我々の邪魔をするな



 双方が双方に抱く悪感情。

 事にそれが利権まみれで金まみれだと具合が悪い。

 地球の命運よりも自分の権力や収益を優先する者は多いのだ。


「おっ! 動くぞ!」


 ヴァルターが嬉しそうにそう言うと、エディはスクっと立ち上がった。

 墨をこぼしたような暗闇の中だが、僅かな月明かりを浴びて神秘的な姿だ。


 どう表現して良いのか解らない感情がテッドの内側を埋めていった。

 感動的という表現は余りにも陳腐なものでしかなかった。


 崇敬


 いや、或いは崇拝が正しい表現だとテッドは考えた。

 天にあって人を守り導く崇高な存在に近いのかも知れない。


「今回も面白くしてほしいもんだ」


 ぼそっと漏らしたテッド。

 その言葉に被るように中隊のラジオが聞こえた。


『全員聞こえるな』


 エディはおもむろにそう切り出した。


『ドネツィクの暫定政府に対し国連機関は戦闘行為を行っている集団が暫定政府の関係者かどうかを確認した。彼等は公式に一切関係ないと返答してきた。従って国際法令上は単なる国際テロ集団という事が確定した』


 そんな行為に何の意味があるんだ?

 まるでそう言わんばかりに不服そうな顔をしているトニー。

 その横顔を見てテッドが笑うと、エディの言葉が続いた。


『従って我々は後続の海兵隊本体到着を待ち、彼等の空挺降下を支援する。海兵隊本体は明朝7時にここへ強襲降下する事になっている。司令が既に手配済みで、1個連隊程が移動中だ。CNNなどが中継しているので、ドネツィク側も承知している事だろう』


 マジかよ……

 誰かが小声でそう呟いた。


 ドネツィクでNPOのフリをした連中は盛大に歓迎するだろう。

 単なるテロ集団と言う事で自治政府から斬り捨てられた連中だ。

 もはや何の希望もないのかも知れない。


 だからこそ彼等は抵抗するのだ。手段と目的が入れ替わった状態だ。

 ここにある厖大な量の武器を使って、彼等は信念を貫く。

 その影にチラチラと見える扇動者を巻き込んで。



 ――――あ、そうか……



 テッドはここでハミルトン司令とエディが画いた絵を理解した。

 ここでジッと朝を待って、ドネツィクの抵抗組織を観察するのだ。

 そして、組織だって抵抗している事を世界に知らしめる。


 その結果、世界はここへ一斉に武力侵攻する大義名分を得る。

 ここでシリウス側が一枚噛んでいれば、その証拠を掴めるのだ。


「……うめぇやり方だな」


 何処か悔しそうな声音でジャンが言葉を漏らす。

 ある意味卑怯なやり方なのだろう。


 何より、シリウスへの敵愾心を煽りかねない一手だ。

 事と次第によっては恨み骨髄に至る様な事だ。



 ――――シリウスが絡んでいる事は闇に葬れば良いのに……



 紛れも無い本音で言うならば、きっとこうなるのだろう。

 どうやった所で地球とシリウスは争う運命だ。

 それならせめて、シリウスが上手く負ける様にするべきなのに。


 この中隊がシリウス人で構成されているのは言うまでもない。

 それ故に、何処か釈然としない感情が沸き起こっているのだ。


「まぁ、ある意味じゃ必要な事なのかもな」


 ジャンの内心を理解したのか、ステンマルクはそんな返答をした。

 何がどう……と仕組みを理解するまでは至らずとも伝わる事もある。


 シリウスを平定してやる!とかいった過激な論調が出てくるのも想定内。

 地球が本気でそうしようと決意を固める必要だってあるのだろう。


 要するに、意見の集約と一本化を行っておくのだ。


『エディ。俺たちは?』


 何となく重い間が開いた事で、テッドはそう質問した。

 何かをしておくには微妙な頃合いだからだ。


『特に何もしなくていい。要するに時間潰しだ。明日の朝まで闇に紛れて待機するので、各々身を隠しておけ。街には入るなよ。地雷だらけだ。高性能な磁気反応系が山ほどあると報告を受けている』


 隊長しか知らない情報が出た。

 ただ、あの街に地雷が大量にあるのは察しが付くことでもある。


 しかし、エディはそれを一言も言わなかったし説明も無かった。

 前持って説明してくれと常日頃から思っているのは秘密だ。



 ――――自分で気が付き 自分で対策しろ



 エディは必ずそう言うはず。

 その核心と言えば、つまりはシンプルなモノだ。


 実力。或いは、フルパワーモード。

 失敗した時に言い訳となるモノをひとつひとつ削っていける強さ。

 場数と経験を最大効率で身に付けている途中なのだ。


『了解しました』


 笑いをかみ殺す様にそう返答したテッド。

 その隣ではディージョがクスクスと笑っていた。


「さて、じゃぁまず腹ごしらえしとこうぜ」

「そうだね。そろそろ電源が心許ない」


 ヴァルターがそう切り出すとウッディがそう返答する。

 間髪入れずにヨナとトニーが近くにあった廃材らしき板を拾って来た。


「サイボーグ向けのレーションとかあったら便利だろうな」


 あくまで技術屋的な視点からステンマルクがそう漏らす。

 現状では生身の兵士と同じものを食べる関係でカロリー変換に無駄が多い。


 有機転換リアクターは夢のような電源だ。

 しかし、構造的にはまだまだ改良の余地がある。


 簡単で完全燃焼しきってカスが残らない仕組み。

 現状では定期メンテナンスの都度に僅かな量の灰を抜き取っていた。


「味はどうでも良いからもう少し高カロリーが良いな」


 そうぼやくオーリスは生身向けのレーションを冷たいまま囓って飲み込む。

 現状では生身向けと全く同じモノを飲み食いしている状態だ。

 そもそもサイボーグ技術の根幹部分が生身の代替なのだから当然だろう。


 しかし、目的を持ってサイボーグ化した面々にしてみれば意見は変わる。

 機械化した日々のQOLを向上させるためには色々と改善して欲しい。


 排泄という無駄な時間が無くなったのだ。

 エネルギー補給でしかない食事時間も改善したい。

 具体的に言えば、そんなの自動でやってくれとすら思う。


 多くの兵士にとって最高の娯楽とは睡眠なのだから。


「ところでひとつ疑問なんだけど」


 冷え切ったチキンを流し込んだミシュリーヌは唐突に切り出した。

 普段あまりそんな事を言いださない彼女の言葉にヴァルターが表情を変えた。


「ドネツィクに限らずだけど、地球ってなんでそんなに主導権争いで揉めるんだろうって思わない? レアメタルの話は教育されたけど、分け合うって選択肢は無いのかな」


 絶望的に貧しいシリウスの社会を経験した彼女だ。

 分け合う事で諍いを回避するという知恵は身に染みている。

 それだけに、他人より一粒でも多く奪うという思考回路が理解出来ないのだ。


「そりゃ無理ってもんだぜ。人間の(さが)って奴だ」


 ミシュリーヌの言葉にそう反応したのはジャンだ。

 軽い調子ながらも鋭い考察が帰って来た。


WHY(なんで)?」


 続きを求めたミシュリーヌ。

 ジャンは一つ息をこぼしてから続けた。


「そもそもシリウス人は地球から溢れて追い出されたんだぜ。地球に居る人間が多すぎて一人当たりの取り分が少なくなるからな。他人が飢えようと死のうと関係ねぇって奴だ。みんな自分の都合で生きてるんだよ。双方が双方に都合を押し付けあって、で、ギリギリで妥協してるのが平和って奴だ。自分が得する為なら何だってする。それが人間の本質だ。その証拠に」


 ジャンが指さした先。巨大な格納庫に沢山の人が吸い込まれていくのが見える。

 全てドネツィクの抵抗組織だろう。老いも若きも硬い表情だ。


「他人の都合に振り回されてこのざまだ。素直にハイそうですかって訳にはいかないんだよ。納得するには納得するだけの理由が要る。その為にあいつらは抵抗すんのさ。理屈じゃねぇ。感情の激突なんだよ。それこそが人類の(さが)だ」


 ジャンの言葉が重くのしかかる中、テッドは残っていたパンを飲み込んだ。

 思えばシリウスから遠く離れ、異なる星の見知らぬ国でパンを食べていた。


「……ほんとそうだな。ジャンの言う通りだ。人って結局自分優先なんだよ」


 テッドの言葉が終る頃、格納庫から一斉に光が漏れた。

 ジェネレーターが唸り始め、巨大なブロアーが響きだした。


 眠りについていた施設が目を覚まし、戦闘態勢に移り変わる。

 中隊全員が醒めた目でそれを見ていた。


 人の(さが)を痛感しながら。

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