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黒い炎  作者: 陸奥守
第十一章 遠き故郷へ手を伸ばす為に
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深夜の平原にて

そろそろ再開します

~承前




 まだ春も浅い3月の中央平原地帯。

 欧州最大の穀倉地帯であるこのエリアは、広域で麦の作付けが行われている。

 ホロドモールと呼ばれた苛烈な政策から幾星霜を経て、尚も大地は豊かだった。


 ただ、そんなエリア故に深夜ともなれば寒気が頬を刺す。

 闇に紛れ展開しているサイボーグ達は有り余る電力で機体の保温を図っていた。

 すわ戦闘となった際、機体各部が凍結していては話にならないからだ。


 だが、そんな配慮が命取りになるなど、彼等にとっては完全に慮外だった、

 前進してきた501中隊の面々は完全に闇と同化しているはずだった。

 普通の人間には赤外で辺りを伺うなんて事は出来ないのだから。


 しかし、そんな彼等はいま完全に進退窮まった状態だ。

 彼等の頭上には大型のドローンが飛んでいて、地上をサーチしている。

 漆黒の闇では肉眼でモノを見るなど到底不可能。

 そんな環境で威力を発揮するのは赤外線によるサーモサーチだ。


 自分自身が熱を帯びているのは言うまでも無く解っている。

 それ故に身を隠してドローンが過ぎ去るのを待つしかない。

 すぐ目の前にドネツク軍が居る関係で肉声は御法度。


 視界をサーモモードに切り替えれば、かなりの人数が居るのが見えた……



 ――――あれじゃ一個連隊は居るんじゃ無いか?



 サイボーグ中隊の戦闘力がどれ程高くとも、一個連隊相手では荷が勝る。

 そもそも偶発的にこちらの音を拾われれば存在がばれてしまう。

 故に中隊の一行はラジオでの会話になっていた。


『あんなのが飛んでるとか聞いてねぇぜ……』


 忌々しげにそんな言葉を吐いたディージョは手近にあったボロ布を被っていた。

 赤外線探査で存在がばれるのは文字通り命に関わるからだ。


 避難民が捨てて行った思しき毛布には血痕が残っている。

 ここでも戦闘があったことを雄弁に物語っているのだが……


『電子戦の対抗手段が無いと全く無力ですね』


 ミシュリーヌの言葉には無力さを嘆く溜息が混じった。

 視線の先に浮いている年代物のドローンですら、対抗措置無しでは強敵だ。


 やや離れた場所に陣取る彼女には戦場の様子が手に取るように見えていた。

 浮かんでいるドローンは5機ほどで、どれも大型の代物だ。


『……あれ、2世紀前のウクライナ戦争で使われたやつっすよね?』


 ロニーがそんな言葉を漏らすのも無理は無い。

 小さなバッテリーを搭載し、剥き出しのプロペラが回る原始的な構造。


 安くて丈夫で、なにより味方の人的被害を出さない兵器。


 かつてのウクライナ戦争ではロ・ウ両軍が大量に投入した代物だ。

 恐らく1000万ユニットに達するとか言われているが正確な数字は解らない。


 なにせ軍事兵器ではなく工業製品として大量生産されたモノだ。

 そんな代物を戦線に持ち込めば、手先の器用な兵士があり合わせて改造する。

 爆発物を抱かせて神風攻撃を行い始めるのは当然の帰結だった。


『まぁ、そうだろうな。コントロール系は違うかも知れねぇが……』


 ロニーの言葉にテッドがそんな言葉を返した。

 身体の何処かを虫が這ってるような違和感がずっと続いている中でだ。



 ――――ここはまずかった……



 最初にドローンの羽音を聞いた時、テッドはまず身を隠す事を選択した。

 そして、元カウボーイの習性か迷わず近くの干し草山に飛び込んだ。。


 だが、長い事放置されていたその干し草山は内部発酵が進んだ状態だった。

 大量の地虫や羽虫が内部に潜んでいて、半ば腐った干し草をエサにしていた。

 装甲の入った戦闘服の隙間から虫が大量に侵入し始め、気が狂いそうだ。


『つか、兄貴平気ッスか?』


 やや離れた場所に居たロニーはそんな言葉を掛けた。

 テッドの居る辺りから甘い匂いが漂っているのを見れば察しが付く。


 およそ軍隊なのだからアクションを行う時は命を守る為の行動に躊躇いが無い。

 しかし、それは不快感や心理的嫌悪感を塗りつぶすモノでも無い。


『……だいぶヤベェ』


 全身の皮膚感覚からクリーピングを選別消去したテッド。

 皮膚感覚は消し去ったが、何処かの隙間から虫が内部に侵入されると面倒だ。


 早くここから脱出したいのだが、テッドの両眼には大型トラックが写っていた。

 何処か遠くの陣地へ向け強烈なプレゼントを発送する為の物だ。

 そして、恐らくドローンオペレーターもここに居るはず。


 なにかアクションを起こせば見つかる可能性が高い。

 こちらから見えているなら向こうからも見えている。

 光学迷彩なんてSF的代物が欲しくもなるが……



 ――――あそこに一撃入れてぇ



 忸怩たる思いを抱えつつ、ジッとエディの言葉を待つテッド。

 そんな焦燥感を察したのか、ウッディがいきなり切り出した。


『こんな時さ、まず電子戦から出来たら楽だと思わない?』


 自分達はサイボーグだが、装備もやり方も生身から進化していない。

 ユニット間で様々な情報をリンク出来るが、それでも……だ。


 電子戦で相手の目を欺ければ、こんなアンブッシュをする必用も無い。

 それどころか、あのドローンが見ている映像を横取りする事だって出来る。

 或いは偽の情報をAI生成して的に渡すことだって可能だ。


 電子戦スペシャリスト


 そんな言葉がテッドの記憶野に深く刻み込まれた。


『ま、そうだな…… 現状じゃ疲れねぇってだけしか恩恵がねぇ』


 ミシュリーヌと組んでいたヴァルターはウッディのボヤキを正確に理解した。

 この場面ならサイボーグである必用が全く無いのだ。


 20世紀後半の電子戦技術が爆発的に向上した頃から同じ仕組みはある。

 それが身体の外に着くか内蔵されるかの違いでしか無い。


 手にしている自動小銃こそ大口径弾の強力さだが、生身だって撃てる代物。

 それ以外の面では生身の兵士が使っている装備そのままだ。


『けどな、無線機無しでも仲間と会話できるのは便利だと思うぜ』


 どこか離れた所からジャンが口を挟んできた。

 ティブと組んでいる筈だが、テッドの視界には見えない。

 ただ、声が届くだけでもありがたいのは事実で意思の疎通は重要と言える。


 技術的には視界共有も可能だが、戦闘中に視界が規制されるのは悪夢だ。

 サイボーグでも生身でも、人間は外界情報の90%を視界から得ているから。


『戦域情報とか戦術的展開情報も加わって欲しいね』


 ジャンの言葉にオーリスが加わった。

 工学系で色々と経験豊富な男が漏らした言葉だ。

 きっとそれは実装される便利機能だとテッドは思った。


『そうだな。地形とか風や温度の情報の情報だけじゃ無く、敵側の行動予測とかもあると良いな』


 ジャンが言うそれは、GPSと組み合わされた仕組みが既にあるものだ。

 過去の膨大なデータとAIによる行動予測を加えた戦術対応選択肢の提示。


 ただし、それを視界にオーバーラップさせると視覚酔いが発生する。

 なにより、見ている兵士の側がタイムライン的な混乱を招くケースが多い。

 つまり『今』と『未来』を混同してしまう現象が多発するのだった。


『道具は使い方だ。いつの時代も優れた兵士は優れた兵器に勝ると言うからな』


 ブルがそんな言葉で口を挟むと細波のような笑いが起きた。

 優れた兵士が優れた兵器を使う場面を何度も見ているからだ。


『とりあえず俺は地上戦用のシェルが欲しいな』


 ボソッと漏らしたテッド。

 その言葉にヴァルターが応えた。


『あのドローンに意識だけ乗せられると面白そうだよな』


 強力な兵器は使い潰される物。

 便利に使われ消耗するのが目に見えている。


 人的被害が無く、遠慮無く消耗させられる兵器は実にありがたい。

 なにより、サイボーグは金が掛かるのだ。それを思えば……


『地上戦で地ベタ走り回るより楽だぜ。メンテとか』


 テッドの言葉にもう一度小さな笑いの波が起きた。

 宇宙では無双状態で戦えるテッドの気持ちは解らんでも無い。


『いずれにしろ、サイボーグの戦術研究もこれからだ。今はまだ義手義足から義体に進化した程度だからな。人間を越える戦闘力を持てるようになるまで積み上げるしか無い』


 エディは明るい声でそう言うが、その実はもう未来が見えてるのだろう。

 最終的に目標とするところが何処かは解らずとも、目的は解っている。

 全てはシリウスの為に動いているのだ。



 ――――最初のシリウス人……



 内心奥深くでそう呟いたテッドは、ジッと前方を見据えた。

 ミシュリーヌが見ている視覚情報に合わせ、中隊は分散配置されている。

 送られてくる情報を元に携帯式のロケットランチャーを構えているのだ。


 威力は充分なものの、その構造は典型的な無反動砲だ。

 その為、バックブラストの行方には気を配る必用がある。

 後方を確認したヨナの視界にディージョが写った。


『中佐。スタンバイOK』


 ヨナの言葉に各ポイントからの報告が返ってきた。

 だが、まずはあのドローンだ。


 サイボーグである彼等は燃料電池のバッテリーからも大きく熱を発している。

 様々な形で熱を回収し可動部の保温などに使っているが、それでも熱は漏れる。

 熱力学第二法則により、より温度の高い所から低い所へ熱は伝わるのだ。


 つまり、ドローンが偵察ユニットの場合、熱源探査で見つかる可能性が高い。

 もっともっと熱を逃がさない構造にせねば成らないが……


『アッ!』


 唐突に誰かが叫んだ。

 それと同時、何かが爆発し眩い火花が飛び散った。

 声の主は解らなかったが、テッドは条件反射的に干し草山から飛び出した。


『損傷を報告しろ!』


 エディの声に反応したのはカビーだった。

 普段は物静かな存在だが、こんな時には何故か損な役回りが大きい。


 そして……


『ドローンに見つかりました! 攻撃を受けてます! グレネードにより左腕全体を喪失! 油圧系統に損傷が出て行動不能です!』


 ……やっちまった

 掛け値無くテッドはそう思った。


 ドローンから手榴弾を落とすのは定番だが、向こうも良く攻撃したと感心した。

 こちらが何処に居るのかを分からぬままに攻撃した訳じゃ無いだろう。


 そう。こちらの全体像が見えているとは限らないはずだ。

 正体不明で規模すら不明の敵戦力に攻撃するなんて迂闊にも程がある。

 だが同時に、一つの疑問がテッドの脳裏を過ぎった。



 ――――いや……

 ――――見えていたとしたら……



 向こうは何かしらの危険性を考慮して()()を入れたのかも知れない。

 もしかしたら野生動物かも知れないと考えている可能性だってある。


 ……だとするなら、迂闊に動く方が危ない。


 テッドはそんな結論に達した。だが、もう飛び出した以上は仕方が無い。

 野生動物のフリをして逃げるのも不可能だ。熱源探査すれば丸見えだから。


 赤外で見ている視界には熱を帯びた物の形がはっきりと映ってしまう。

 人なら人の形。獣なら獣の形。それはもう誤魔化せない。

 つまり、全ては手遅れだ。


『カビー! 今そこに行く! 迂闊に動くなよ!』


 ヨナの後方に居たディージョが走り出した。

 赤外線を視界にオーバーレイさせているからテッドにもその姿が見えた。



 ――――あれじゃヤベェだろ!



 腹の底でそう怒鳴った時、何処かからまたドローンの羽音が聞こえた。

 視界を空に向けるとモーター部の熱源を赤外が捉えていた。

 ヘクサコプター状態の相当な大きさだ。


 銃で撃てば当たるのは間違い無いが、撃てばこちらが武装集団だとばれる。

 その場合は一個連隊全てを敵に回す事になるのだが……


『エディ! 撃墜して良いか!』


 テッドは全ての可能性を考慮した上でそんな結論に達した。

 ここでカビーに攻撃が畳み掛けられたなら、確実に死亡する事になる。


『いや、待て。ディージョ! どんな手段を使ってでもカビーを回収しろ!』


 エディの判断は下った。ここに人が居るのはもう誤魔化さない。

 だが、武装集団である事は必死で隠せ。そんな決断だ。



 ――――なぜ?



 そんな疑問がテッドの脳内を駆けずり回っている。

 手持ち戦力で対抗しながら回収ポイントまで逃げる方が……


「あ……」


 小さくそんな声を漏らしたテッドはエディの腹を理解した。

 カビーは見捨てられるのだ。いや、見捨てると言うのは表現が悪い。

 正確に言えば、被害をカビーただひとりに抑えるのだ。


 こちらのチーム全体が危険に晒されないようにする為に。

 もっと言えばそれは、エディ自身が死なない様にするための一手。


 だが、テッドはそれを汚いとは思わなかった。

 狡いとか汚いとか、そう言う感情は一ミリも起きなかった。


 エディは世界のために必用なのだ。シリウス解放に向けた遠大な計画の為に。

 その為にエディは辛い事も苦しい事も全部飲み込んでいる。

 周囲全てを見殺しにする事になろうとも、エディはそれに耐えるだろう。


『ディージョ! 支援する! こっちに引っ張ってくれ!』


 テッドは銃を捨てて走り出した。

 すぐ近くに居たロニーがその銃を回収して物陰に納めた。

 放射熱の輻射で銃のシルエットが見えているかも知れないからだ。


 ただ、そんな気の使い方が出来る様になったのをテッドは感じる暇も無かった。

 ドローンの羽音が接近してきてるのが解った。近くで聞けば凄い音だと驚く。


 もうどうにもならない!と思いつつも、数歩進んだテッド。

 小さなギャップを飛び越えてカビーの姿が見えた瞬間だった。


『カビー!』


 あと10メートル程の距離だった。カビーの脇にはディージョがいた。

 右半身のみが原型を留めているカビーを抱えている状態だった。

 そんなカビーの左脇腹が大きくえぐれているのが見えた。


 リアクター喪失。主電源喪失。油圧ポンプ喪失。

 おそらくはサブコンも非常電源も機能停止してるだろう。

 下半身と繋がっているのが数本のケーブルのみという状態だ。


 そして、そんなカビーの足元辺りにもう一度グレネードが落ちて来た。

 ペタッとそれが張り付き、カビーが大破した理由を即座に理解した。

 スティッチグレネード。いわゆる張り付き爆弾だ。


『中尉! 逃げて!』


 僅かに動いた右腕でカビーはディージョから離脱し、地面に伏せた。

 まだレプリの身体を使っていれば、或いは即死だった筈だ。


 だが、サイボーグは簡単には死ねない身体になる。

 それが故に、カビーは自らを楯にすることを選んだ。


『ディージョ!』


 咄嗟にディージョの肩を掴んだテッドは、全力で彼を引っ張った。

 まるでカタパルトのように吹っ飛んだディージョが着地した時、爆発が起きた。

 フルフェイスなヘルメット越しにそれを見たテッドの視界を何かが横切った。



 ――――あ……



 意識に生まれた一瞬の空白。

 脳内でそのシーンを再現した時、そこにあったのはカビーの頭だった。

 そしてその直後、サイボーグの臓腑たる様々なパーツが頭上に降ってきた。


 何がどうと理屈をこねる前に、とにかく『終わった』と思った。

 これではもう無理だ……と、そう直感したのだ。


『カビー!』


 無線の中に響いた声。

 カビーアの指導役だったウッディが叫んでいた。


『クソッ! なんて事だ! ちきしょう!』


 うちに秘める思いが熱いのは解っていた。

 だが、ここまで激昂する姿はあまりにも意外だった。


 普段の穏やかな様子や丁寧な言葉使いと言ったモノの奥にあるなにか。

 その全てをウッディが珍しく見せている。それだけ激昂してるのだろう。


『ウッディ! 持ち場を離れるな!』


 すかさずエディが釘を刺したが、もはや手遅れだとテッドは思った。

 自分自身が最初の持ち場を離れているのもあるが、それ以上に……


『エディ! 撃つ!』


 ウッディは一方的にそう通告して射撃を開始した。

 その銃口の先に浮いていたのは大型のドローンだ。


 もはやドローンと言うより無人ヘリサイズのそれは頭上に差し掛かっている。

 そこに向かって.50ををぶっ放せば、バタバタと墜落し始めた。


『いやいや、もうそれしかねぇな!』


 少し離れた場所からジャンも撃ち始めた。

 上空に居たらしいドローンの全てが一瞬で片付けられた。


『エリア上にコントロールのラジオはありません。全部消えました』


 電波を見ているミシュリーヌの言葉がラジオに流れた。

 ドローンを操作する電波が無い以上、これで打ち止めだろう。


 だが、本当のピンチはここから来る。

 彼方に見えるトラックの辺りから大勢が動き始めたのが見えた。


『さぁ、忙しくなるぞ』


 それを見て取ったのか、エディの声は何処か弾んでいるのだった……

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