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黒い炎  作者: 陸奥守
第十一章 遠き故郷へ手を伸ばす為に
403/425

ドネツィク人民共和国

あくまで創作物であるとして、ご理解ください


 東ヨーロッパ。

 中央平原部。


 そこは、広大な平原の広がる地球でも指折りの巨大穀倉地帯だ。

 古くから人類文明の揺り籠だったその一角にその街は存在している。


 ハリコフ


 ロシア語ではそう表記し、地元ウクライナ政府はハルキウと呼称している。

 様々な歴史がこの地で綴られ、ソヴィエト連邦の成立にも深く関わった街だ。


「地球の歴史も一枚岩って訳じゃ無いんだな」


 ボソリとこぼしたヴァルターは地上をジッと見ていた。

 高度10キロの上空を飛行するティルトローター機の機窓は小さい。


 そんな窓から501中隊の面々は地上を眺めていた。

 豆粒サイズにしか見えない農耕機械達がせっせと働いているのが見えた。


「彼等は被害者であり加害者であり、なにより当事者ってことか」


 ディージョがそんな言を漏らすと、機内に微妙な細波が立った。

 この街が経験して来た歴史は、正義と悪などと言う単純な話では無い。


 人類における巨大な宿痾とも言うべき幻想。

 平等と公平を病的に追い求めた結果、狂った思想が生まれた。



   ――――共産主義



 その思想の根幹は、人を人とも思わぬ狂った支配主義だ。

 愚かだから争い、愚かだから階級が生まれると考えた者達がいた。

 だからそうならない為に、最初から優秀な者が指導すればいいとも考えた。


 そして、民主主義の対極として存在するその思想は、膨大な犠牲者を生んだ。

 結局の所、反発する者を皆殺しにしてしまわねば維持できない思想だから。

 絶対平等という机上の空論を実現する為に、生贄が大量消費されて行った。


「まぁ、ここもアレだろ。中東と同じってパターン」


 肩を窄めてヴァルターが言うと、テッドはそれに噛み付いた。


「シリウスも同じだろ。強い連中は勢力争いに明け暮れ、弱い側は支配されるだけ支配されて身ぐるみ剥がされて奴隷生活だ」


 虚無的な言葉を吐いたテッドは、面白く無いと言わんばかりの顔だ。

 だが、それもある意味では仕方が無い。弱い側は征服される運命だから。


 崩壊したソヴィエト連邦の幻想を追い求めた指導者による無謀な闘争。

 このハルキウを含めたウクライナという国家はそれに振り回されてきた。


 政治とは最良の不正解を選び続ける苛酷な道だと言われるもの。

 だが、このウクライナに示された選択肢は、どれも茨の道以下だった。


「まぁそれ故にストレスが溜まっていたんだろうね。民族衝突を起こしやすい不幸なストレスって奴」


 ウッディが言う通り、民族間ストレスは激突の温床でしかない。

 イスラエルとパレスチナ。或いはユダヤとイスラーム。

 そう言った容易に着火しやすい民族衝突の火種はここにもあったのだ。


「で、俺達はなにするんだっけ?」


 ジャンは努めて明るい声でそう言った。

 だがそれは、最大限にオブラートで包んだ地獄への配慮でしかない。


「自称ロシア派って武装した連中を掃討するんだろ?」


 ステンマルクは心底嫌そうにそう言った。

 北欧系の文化をバックボーンにする男は、苦難の道を教えられてきた。

 コサックによる制服活動の結果、嫌でも併合されたのだから。


「けど……なんでそこなんですかね?」


 ヨナは不思議そうに言うのだが、それに応えたのは意外な事にミシュリーヌだ。


「理由は何だって良いのよ。どうせ自分達が不安定にするんだから。前もって送り込んだNGO団体の中に工作員が紛れ込んでたんでしょ」


 どうやって入り込みのか?と言えば、最も簡単なのは医療支援だ。

 人間の悲しいサガとして、医療行為に携わる存在は無条件で信じてしまう。


 そして同じ様にもう一つ、確実に入り込む手段がある。


 人道支援と称し、食料や水などを配布する為にトラックを持ち込む。

 その荷台の大半が武器弾薬だとしても、検問所では疑わないし疑えない。



   ――――――奴らは人道支援まで邪魔をしたぞ!



 致命的レベルの失敗に繋がるとしても、これを言い出されるからだ。

 結果、高強度紛争地一歩前状態まで不安定になった地に武器が持ち込まれる。

 あとは簡単だ。武装闘争路線ではない民衆が集まる病院でも爆破すれば良い。


 どっちがやったのか?は関係ないのだ。

 対立する双方が『彼奴らがやった!』と大騒ぎするだけで良い。

 乾いた紙に火を付けるよりも容易く怨嗟の炎は燃え上がるのだった。











 ――――――――ヨーロッパ東部 ウクライナ ハルキウ上空

         西暦2276年 3月13日 現地時間 AM10:00











「面倒ばっかおこしやがって」


 心底呆れたと言わんばかりにディージョがそう吐きすてる。

 だが、人の感情は合理性を踏み越える事もよく知っているのだ。


 何故なら、地球から遠く遠く離れたシリウスの大地で、散々経験した事だから。

 シリウス人なら誰でも知っている、支配階層による強烈な圧力の果ての激突だ。


「でも、なんでそんなに反発しあうんですかね?」


 地球の事情をよく呑み込めないトニーはそんな風に疑問を持った。

 どんな反発にも激突にも根本理由は存在する。宗教とか人種とかだ。


 少なくとも地球ではシリウスの様に絶望的な食糧不足は考えにくい。

 現に、ウクライナ辺りの広大な平原は、地球規模での食糧生産基地だ。


 解決できそうにない問題を抱えて考えたトニー。

 そんな時、アリョーシャは話に割って入った。


「ホロドモールだ」


 ホロドモール?とおうむ返しに聞いたトニー。

 士官教育の歴史学では学ばなかった歴史のキーワードが出てきた。


「それ、何ですか?」


 率直な言葉でレオが問うた。

 知らない事なら聞く方が早いし、学びにもなるから。


 だが、アリョーシャの説明は彼等の創造を軽く踏み越えてくるものだった。


「時の支配者だったスターリンが行ったウクライナ人絶滅政策だ」


 再び同じく『はぁ?』と全員が漏らした一言。

 ロシアとウクライナの間に蟠る様々な遺恨が中東のそれに匹敵する理由だ。


「そもそも共産主義なんてシステムで社会が上手く回らないのは誰だって解る。競争が無く淘汰も無く、なにより生産性の向上も無い。楽にやって楽に生きて行こうなんてお題目だからな。だが――」


 アリョーシャは表情を曇らせて続けた。


「――ソビエトを支配した層はどうやってもそれを実現する必要に駆られたんだ。そうしないと自分達の正当性が担保されず、再び革命されかねない。その結果、重工業の飛躍的発展が求められ、その原資として農民が食べる分の収穫物まで国に差し出せと命令を行った。もちろんそんな事など出来る訳は無いがな。そして……」


 アリョーシャが首を振りながら心底呆れるように窓の外を見た。


「時の支配者は最初からウクライナ人を信用していなかった。グルジアの田舎から出てきた猜疑心と虚栄心の塊りでしかない人類史上最悪レベルの独裁者は、ウクライナ人がどれ程死のうとも全く意に介さなかった。その結果だ」



 ホロドモール



 20世紀初頭に起きたウクライナの民族絶滅を暗なる目的とする政策。

 それは、権力の亡者で猜疑心の塊だった指導者による個人的な憎悪の極地だ。


 民主集中制という体の良い独裁システムにより、農産物が徹底的に簒奪された。

 その結果、農民達がバタバタと餓死し、その死体は街中に放置された。


 だが、そんな状況でも共産党による収穫物の簒奪は続けられたのだ。

 その犠牲者は3000万とも言われ、餓死者だけで300万を数えた。


 その意図があったかどうかは学者により意見が分かれる。

 しかし、結果的にはウクライナに対するジェノサイドだった。

 何故なら、減少した人口を受ける為にロシア人が入植したから。


 図らずもウクライナのロシア化が進み、怨嗟と反骨は野に埋められた。

 その複雑な思いを焚き付け、対立を煽り、そこに紛れ込む。

 シリウスの工作員が地球社会を不安定にしてきた手法は、ここでも有効だった。


「抵抗……しなかったのですか?」


 カビ―は呆れるようにそう言った。

 シリウスでは農民の蜂起など日常の光景だった。

 それを抑えるために突撃隊がやって来て、両者が激突する事もしばしばだった。


「あぁ。したさ。ただ、それすら奴らは利用したんだ。ラスクウラーチヴァニェ。富農撲滅運動。要するに、金持ちのウクライナ人を皆殺しにしろと叫んだのさ。ヨシフスターリンを筆頭にした、赤い王侯貴族達が自分達の権力を護る為にな」


 アリョーシャの言う『赤い王侯貴族』は、シリウス人なら誰でも理解できた。

 絶望的に貧しい出の人間が一発逆転した時には、必ず同じ事をするからだ。


「ここで行われたのは、市民や農民の命を無視した徹底的な簒奪政策だ。ソビエトを支配したスターリンを始めとする共産党指導者たちは、ウクライナ農民が農産物を隠していると批判し、彼等が餓死してもなお収穫物を奪い続けた」


 アリョーシャの言葉にテッドは明確に顔色を変えた。

 シリウスの地上で行われていたのと全く同じ事がここでもあったのだ。


「あのヨシフという狂人は基本的に人民を一切信用していなかった。貧しい層を煽って煽って民衆を対立させることで階級闘争を仕立て上げ、その中で自分達の支持層を勝利させることで民衆を支配する。諸君らも経験があるだろう。自分の口に入る筈だったものまで強制収奪された経験が――」


 全くその通りの事がシリウスの地上で展開されていた。

 そしてその収穫物は、一握りの支配階層が享楽の為に浪費していた。


「――共産主義が素晴らしい思想なのは論を待たないが、現実には単に支配階層が変わるだけで民衆は相変わらず支配されるだけだった」


 アリョーシャは心底残念そうに言う。ただ、それもやむを得ないだろう。

 若さ溢れる青雲の志を持つ若者は、誰だって一度はそうなるもの。


 だが、社会に出て経験を積んだ時、その思想が全く話にならないと気付く。

 共産主義という思想は狂った綺麗事でしかないと学ぶからだ。


 心の底から信じ込み実像として見えていた理想が一般論にすり替わる。

 確かに輝いて見えたものが、ただの綺麗事に変わる瞬間というやつだ。


「で、ウクライナはロシアを恨んでいる……と?」


 探る様な物言いでそう言うヨナ。

 だが、アリョーシャは首を横に振った。


「いや、双方が双方を恨んでいると言うのが正解だ。つまり――」


 不意に窓の外を見たアリョーシャは小さくため息をこぼした。

 機械の塊りでしかないサイボーグが零す溜息は深い意味を持つものだ。


「――どうやっても諍いのタネは残る。21世紀の初頭。激しい地上戦の末に欧州軍事同盟へ加わりたかったウクライナは、双方どちらかが滅びるか吸収併合されるまで戦い続ける羽目になったのさ。工作員が入り込むには最適だろ?」


 アリョーシャの言葉に全員がまるで鉛を飲んだようになった。

 反目し憎み合う仲ともなれば、間違い無くそれは『剥き出しの火薬』だ。


 複雑な感情が激突する現場では、どう考えても理不尽な判断がまかり通る。

 報復攻撃の方が遙かに酷い犠牲を出すと解っていて、なおも攻撃を行う。

 膨大な量の血が流され、双方が限界を感じるまで終わらない無限の闘争だ。


「随分死んだらしいですね」


 ウッディは何処か他人事の様な物言いをした。

 ただそれは、どうにもならない問題を前にした時に感じる無力感そのものだ。


「目の前に仇敵が居るのなら、そこで暴発してしまうのも人間らしいと言えるだろうな。なにせ親の仇で先祖の仇でもあるのだから、嫌でも復讐を考える」


 そう。単純に考えれば、それは不合理の極みだ。

 未来の為に今を乗り越える事が最善手なのは言うまでもない。

 だが、未来の全てを犠牲にしてでも今かかえる感情を発散しないと収まらない。



 復讐の為なら死んでもいい



 全く合理的ではないが、それでも人間はそう考えてしまう。

 イスラエルとパレスチナ。ロシアとウクライナ。

 恐らくこの二つは地球人類が滅びるまで永遠に解決されないだろう。


 そこを焚き付けるシリウス工作員は、ある意味では優秀なのだ。

 二虎競食の計とは言うが、ここを不安定にすることで地球側を揺さぶる。

 しかもシリウス側には被害が無いと来てるから質が悪い。


「で、その為にヨーロッパ中から集まってるって訳ですか?」


 オーリスがそう言うと、アリョーシャは首を振った。


「いや、正確には世界中からだ。様々な理由を付けて()()()()が集まっているが、その中身を見れば胡散臭いなんてもんじゃないってのが正直な感想だろう」


 NGO。或いはNPOと言った民間組織の胡散臭さは論を待たないもの。

 マフィアやヤクザがフロント企業を持つのと全く同じ事なのだ。


 そして、どうやって入り込むのか?と言えば、最も簡単なのは医療支援だ。

 人間の悲しいさがとして、医療行為に携わる存在は無条件で信じてしまう。


 そして同じ様にもう一つ、確実に入り込む手段がある。

 人道支援と称し、食料や水などを配布する為にトラックを持ち込む。

 その荷台の大半が武器弾薬だとしても、検問所では疑わないし疑えない。



   ――――――奴らは人道支援まで邪魔をしたぞ!



 致命的レベルの失敗に繋がるとしても、これを言い出されるからだ。

 結果、高強度紛争地一歩前状態まで不安定になった地に武器が持ち込まれる。

 あとは簡単だ。武装闘争路線ではない民衆が集まる病院でも爆破すれば良い。


 どっちがやったのか?は関係ないのだ。

 対立する双方が『彼奴らがやった!』と大騒ぎするだけで良い。

 乾いた紙に火を付けるよりも容易く怨嗟の炎は燃え上がる。


「……結局、シリウスから見れば単純な話なんだよな」

「あぁ。自分達が少々強くなっても対抗出来ないなら、相手を弱くするしかねぇときた。本当頭が良いよな。あいつら」


 ヴァルターのボヤキにテッドはそう返答した。

 一枚岩になっているとはいえ、シリウスの実力は地球に劣る。


 それならば地球側に問題を起こして弱体化を図ればいい。

 21世紀初頭のウクライナ戦争は結果的に世界的な闘争を巻き起こした。

 一方的に殴りに行ったロシアがどうにもならない状態まで追い込まれたから。


 ウクライナ支援の為に西側社会が結束した結果、ロシアは国家崩壊しかけた。

 無謀な闘争に嫌気がさした兵士達の武装蜂起が連続して起きたのだ。

 その結果、ロシアはその時点で西側陣営に抵抗している各国と協調した。


 イスラエルとパレスチナの闘争を煽り、パレスチナ人の病院まで爆破した。

 北朝鮮と韓国の対立を煽り、ソウルに向かってロケット砲攻撃を仕掛けた。

 最後は中国が台湾に対し武力統一を掲げた侵攻を開始した。


 全ては西側諸国を対応限界に追い込むためだ。


「エディはそいつも解決しちまおうって腹積りっすか?」


 ロニーは相変わらずな調子でそう言う。

 結果的に第三次大戦となった民族衝突の結果は今も影を落としていた。


 中国は台湾侵攻に失敗し、メンツを潰され対立路線が不可避となった。

 イスラエルはパレスチナを含むイスラム社会との徹底抗戦路線を国是とした。

 ウクライナはロシアとの泥仕合いを散々続け、最終的にNATOへ加盟した。


 終わってみればロシアは政変が発生し西側協調政権が誕生した。

 その結果、西側各国は微妙なバランスながらも安定した。

 中国を始めとする反米路線を国是とした国家群との対立を支えとして。


「いや、解決しようなどとは思ってない。ただ、穏やかな形にはしたいとは願っているだろうな。なんせそれこそがシリウス人民にとって本当の利益だ」


 アリョーシャの言葉には明確な棘があった。

 シリウス人民の利益と言いつつ、恐らくは出自のあれやこれやがあるのだろう。

 これから降下しようとしている先に、その答えがある筈。


 何の根拠も無いが、テッドはそんな風に理解していた。

 先に南米で大暴れした際の重装備と同じレベルで武装していたから。


「なんだっけ…… ネドクィツ人民共和国?」


 確かめるようにトニーが言うと、ミシュリーヌがクスクスと笑った。


「いや、ドネツィク人民共和国だ」


 コックピット近くの通信室から出てきたエディは、トニーを指さして言った。


「火星の司令から許可が出た。ここから一気に降下して、ドネツィク人民共和国の首都ドネツクへ降りる。各NGOやNPOが大量に武器弾薬を持ち込んでいるが、同時に様々なルートでシリウス武装兵が集まりつつある。人口300万人に満たない小国だが、恐らくはウクライナとロシア双方へなだれ込むつもりだろう」


 エディの説明に全員が呆れた顔になった。

 ウクライナと親ロシア派国家の対立は今も根深い。


 壮絶な泥仕合の顛末として、ウクライナは領土を諦めたのだ。

 NATOへの加盟とEUへの参加による欧州との一体化を優先した。

 ロシアに西側諸国との協調路線政権が誕生した事による現実的判断だ。


 ただ、結果的にロシアの民族主義者や強硬派が集結してしまっている。

 かつてシリウスの地上で見た図式がここにも再現されているのだ。


「梯子を外された恨みって奴ですね」


 ウッディはそう分析した。

 曲がりなりにも最前線で戦った者達がいきなり梯子を外されたのだ。


 ウクライナからは敵対され、ロシア側からは冷たい対応が続いている。

 そんなドネツィクはイスラエルのガザと同じく、絶望的貧困状況だった。


「その通りだ。彼等は双方から見捨てられたと思っているし、投降するにも一切大義が無く、敗残兵の名誉ですらも無い犯罪人として扱われる事が避けられない」


 そう。ロ・ウ両国の停戦協議では、独立宣言した地域の扱いが問題になった。

 曲がりなりにも住民投票が行われたのだから、それは民主主義と言える。

 故に落としどころとしては、選挙の無効と選挙違反者の逮捕で妥協を見た。


 ただ、それを主導したロシア兵からすれば、もはやそれは国家による裏切りだ。

 最終的に『どちらにも属さない未承認国家』として存続する事になった。

 シリウスが目を付けるには最適の環境なのだった。


「じゃぁ…… そこへ行って皆殺しってパターンですか?」


 マジかよ……と言わんばかりのヨナは確認する様にそう言った。

 しかし、エディは首を振って否定しつつ、概略を説明した。


「いやいや、違う違う。我々が出て行って圧倒的な攻撃力で彼らを撃退し、勝てないから投降するって選択肢を与えてやるんだ。合わせてあそこの辺りに紛れ込んだNGOやNPOの正体を炙り出して、衆目に晒してやるわけだ」


 なんだ……今までと一緒か……


 そんな空気が一瞬だけ機内に漂った。

 ただ、その直後にテッドとヴァルターは顔を見合わせた。


 あのエディが。他でもない、鬼も裸足で逃げ出すエディが。

 悪鬼羅刹ですらそこまでしないと思うほどのエディが。


 それで済ますわけがない。


「エディ。一つ質問が」


 ヴァルターは手を挙げて切り出した。

 エディは笑みを浮かべてヴァルターを見る事で質問を許可した。


「今、現場は()()()()()()んですか?」


 一言で言えば最悪の予感がした。

 それ以外に表現する言葉が無かった。


「あぁ。ドネツクだが――」


 エディはアリョーシャに指示を出した。

 すると、機内のモニターが点灯し、共通作戦図が浮かび上がった。


「――現状ではロシア軍とウクライナ軍の双方が砲撃戦を行っている。目標はドネツィク軍陣地だ。ここから双方へロケット弾が放たれ、ロシア・ウクライナ両軍に死傷者が出ている。その報復が行われている状態だ」



  ――――――はぁ?



 機内に冷えた空気が流れ、全員が絶句した。

 そんな空気を気にすることなく、エディは笑いながら言った。


「ドネツィクで再び住民投票が行われる予定になっていたが、それにドネツィク軍が反対を表明した。住民は選挙を予定通り行うとしていたので、それを邪魔したんだろうな――」


 ハハハと乾いた笑いをこぼしたエディは、ニンマリと笑って中隊を見た。

 その笑みがこぼれる時は大概碌でもない作戦が実行される時だ。

 テッドは覚悟を決めてエディの話を待った。そして……


「――つまり我々はドネツィクの住民を救出し、軍関係者に降伏する大義名分を与え、合わせて世界中から流れ込んでいるシリウス軍敗残兵の最終的解決を行う重要なポジションを独占する事になる訳だ。軍務にある者として、これ以上の愉悦は無いだろ?」


 その笑みは狂気でしかない。

 改めて突き付けられた現実に、全員が凍り付くのだった……

くだらないメンツ戦争で振り回される両国の若者が散華する事無く、暖かな我が家に帰れますように。

銃砲撃に晒されるすべての人々が安心して眠れる夜を取り戻しますように。


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