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黒い炎  作者: 陸奥守
第十一章 遠き故郷へ手を伸ばす為に
402/424

善良な悪党。或いは、汚い手を打つ聖人

ロシアの中国のくだりでどう展開するか?について考え、1年近く停滞した理由が今話です。

~承前




 静まりかえった部屋の中、テッドは黙ってモニターを見ていた。

 隣にはジャンが座っていて、同じようにジッと凝視していた。


 カリブ海に浮かぶキューバ島。グアンタナモ基地の一室。

 基地指令の好意で用意された個室の中、特別な授業が行われていた。



  ――――ここだ

  ――――ここでは前進するべきだ



 ふたりが見つめるモニターの向こう。

 別の部屋の中ではエディがルーシーを呼び出していた。


 その部屋の中央には巨大なモニターが幾つも設置されている。

 画面に表示されているのは、広域戦況図と細々したユニット配置図だ。


 隣のモニターには戦線各所に居た兵士達のバトルカメラ映像。

 その隣には上空に居たドローンの広域映像が表示されている。

 撃たれて斃れるシーンまで赤裸々に記録された部外秘映像だ。


 ルーシーは黙ってそれを見つめ、エディは説明を続けた。

 ふたりだけの部屋に椅子を並べて、じっくりとしっかりと。


 それは、数日前に経験した戦闘における反省会だ。

 最初の戦闘展開プランがオーバーレイされ、遅れが視覚化されていた。



     ――――味方を失う事に抵抗感があって……



 ルーシーの言葉にエディは少しばかり首肯を見せた。

 だが、その口から出て来る言葉は全く逆だった。



 ――――どんな状況でも死ぬ時は死ぬ

 ――――モントゴメリー将軍が15:1の彼我兵力差で進軍した時だってな

 ――――故にそれは必用なコストだと割り切らなきゃ行けない



 僅かに俯いて思案するルーシー。

 基本的にはとても優しい子なのだから、その言葉は受け入れ難いのだろう。

 だが、そんなものを考慮するほどエディは手緩くない。


 一言でいえば、傲岸な支配者の如きサイコパスなのだ。

 そして同時に究極レベルでのリアリストでもあった。



 ――――ルーシー

 ――――たとえばの話だ



 エディは表示されている戦況図に注釈を加えた。

 戦線の一点が突破されて進入を受けた場合のシミュレーションだ。


 兵士達は狼狽し、立て直そうと必死に防戦を続ける。

 だが、どうやっても崩れていくのは防げないのだった。



 ――――ここの兵士

 ――――彼が死んだら敵はここを突破するね



 エディの口調はあくまで優しく穏やかだ。

 だがそれは、普段のエディを知る者が持つ印象に過ぎない。


 サイコパスも裸足で逃げ出すブリテン気質な存在のエディ。

 そんな男の普通な喋り方は、事務的で感情を感じさせないものだった。



 ――――敵がここを突破する

 ――――味方は後方から撃たれ戦線が崩れる

 ――――その結果としてこちら側の戦線は後退せざるを得ない



 広域戦況図が大きく崩れ、戦線の端面にいた兵士達が孤立し始めた。

 その孤立兵力は弾薬を消耗していき、やがてすり潰されて消えた。



 ――――これはなんだと思う?



 心優しいルーシーの口からそれを言わせる悪魔。

 エディは獄卒のしごきを見せていた。



    ――――死……です



 言葉を選んだルーシーだが、エディは首を横に振った。

 ちがう。そうじゃない。もっと見ろ。

 そんな空気を漂わせながら……



 ――――死では無い

 ――――負けだよ

 ――――敗北だ



 人の生き死になど一顧だにせず、全体の戦略のみを語っているエディ。

 ルーシーだってその意味するところを解っているし教育も受けてきた。


 だが、それで割りきれるかと言われれば、それは別の問題だ。

 戦死する兵士にだって家族が居るし、人間の命が失われるのだから。



 ――――あぁ解っているとも

 ――――死は死だよ

 ――――だがな



 ひとりの兵士が落とす命を惜しむが為に、世界のバランスが変わることがある。

 或いは、祖国が他国兵士に蹂躙され財貨名誉を失って滅んでしまうことがある。


 軍隊と言う存在のもつ絶望的な側面。

 祖国存続の為のコストと割り切ってしまうドライさ。

 それら全てを丸呑みする心の強靱さをエディは教えていた。



 ――――だからね



 エディはあくまで優しさを忘れなかった。

 同時にそれは、これから浴びせる鈍器のような言葉の暴力を緩和するものだ。



 ――――時には味方を見捨ててでも戦線を守らなきゃ駄目なんだよ



 無表情でモニターを見ていたジャンは、小さく舌打ちをして唇を噛んでいた。

 なぜエディが自分達を厳しく育て上げたのかの本質がここに有るからだ。


「エディは……優しいんだな」


 テッドの漏らした本音にジャンも『そうだな』と答えた。

 自らの厳しい一手で部下が死なないように、徹底して鍛えるのだ。

 それすらせず、部下を消耗品扱いする無能上司が多い事が問題なのだが……


「あの子も辛いな……」


 ボソリとこぼしたジャンの言葉は父親のそれだった。

 テッドはふと、遠い日に見た父親の背中を思い出した。


「まぁ……ここでヘタレに育ったら、それこそ将来困るンだろうな」


 テッドの吐いた言葉にジャンは小さく溜息を添えて『そうだな』と応えた。

 良いか悪いかで言えば、これはきっと悪い事だろう。


 だが、悪い事だと解っていても、尚それをせねば成らない時がある。

 それをしなければ、もっと悪い事に成る時だってあるのだ。


 より巨大な犠牲を生む事を承知で、小さな犠牲を防ぐ事は正しいのか?


 大昔から延々と繰り返されるトロッコ問題の本質なのだろう。

 理屈では解決できない感情論の部分を踏み越えていく強さ。


 もっと言えば、単なる感情論を爆発させる愚か者を無視出来る強さ。

 その本質をエディは教育してるのだった。


「で、まぁ――」


 ジャンは手にしていた部外秘のスタンプ付きなプリントを指で弾いて言った。


「――俺達も少し面倒が起きそうだな」


 そこに書かれていたのは、今後についての方針を示したものだ。

 先の中南米戦闘では見事なまでに反シリウス派の芽を摘むことに成功した。


 だが、その結果はバタフライ効果を期待したエディの思惑を大きく越えた。

 欧州各国が独自にシリウスシンパのあぶり出しを始めたのだ。


 政治的に失脚する者。或いは、経済的成功を収めていたのに破産する者。

 それだけでなく、日和見的に綺麗事を並べていた者達までもが態度を変えた。


 社会に何となく漂っていた『どうでも良い』という空気が一掃されていた。

 敵か味方かと言う問いを突き付けられ、少しでも言い淀むと立場を無くす。

 行き過ぎれば魔女狩りにも陥る酷い状況だが、現状では有効だった。


 ただ……


「反シリウスって流れは……正直面白くねぇ」


 テッドは若干口を尖らせてそんな事を言う。

 しかし、そうは言っても地球側は地球側で一致団結して貰わないと困る。

 エディの書いた画では、一枚岩になった地球側に屈服させる予定なのだから。


「まぁ、その辺りもこれで若干流れを修正出来るんじゃ無いか?」


 ジャンの捲った士官向け資料には、赤い文字で機密資料と書かれていた。

 それは、欧州の各エリアで行われているシリウス派を集約させる政治工作だ。

 次の段階では、全部承知でそれらを暴発させて、一気に叩き潰す行為だ。


「……地球人は俺達を哀れんでくれるかな?」


 少しだけ不安の虫を見せたテッド。

 書類上の年齢では既に50を超えた中年世代だが、実年齢はまだ30代だ。

 市井にあって社会経験を積み重ね、人格が出来上がってくる年齢とも言える。


 人は見かけで判断するのだから、実年齢がどうであれ求められる水準は高い。

 時に喰われる哀しさは、こう言ったギャップの顕在化でもあった。


「さぁな。そりゃ俺にも解らねぇ。けど、エディはそう仕向けるだろ?」


 にやりと笑ってジャンはそう言うが、当人だって不安だった。

 ただ、そこは年長者の余裕を見せなければならない。


「クロスカウンター作戦も第3クオーターか……」


 テッドは資料の束を整えて、そう呟いた。

 機密資料に書かれたそれは、クロスカウンター作戦の後半戦だった。


 地球上におけるシリウスのシンパを炙り出し追い詰める作戦。

 そして同時に、地球連邦に浸透した厭戦気分の一掃が目的だ。


 だが、その効果は想定をはるかに越える状態で推移していた。

 一歩間違えればシリウスの再征服でもやりかねない程に。


 モニターの向こうで顔色を悪くしているルーシー。

 その顔をチラリと見たテッドは、苦笑いでジャンを見るのだった。






   ――――――3日後



「諸君。仕事だ。喜べ。今度は実に有意義だぞ」


 ご機嫌な様子でガンルームにやって来たエディ。

 その後ろに居たアリョーシャの持つ資料の束は驚く程薄かった。


「今度はドブ浚いでもするんすか?」


 何処かウンザリ気味な様子でロニーがそんな事を言う。

 半ば嫌味に近い言葉だが、エディは気にせず続けた。


「まぁ、それに近いな。なんせ我々が一番美味しい所をいただくからな」


 全員に配られた僅か数枚のプリントには3つのQRコードが書いてあった。

 それを見た瞬間に視界の中で情報が展開され、テッドは概要を知った。


「……マジかよ」


 なかば呆れた様に漏らしたテッド。

 隣に座っていたヴァルターも『嘘だろ?』と漏らす。


 チームの面々がどこか呆気にとられる酷い作戦。

 それは、このサイボーグチームで無ければ出来ない任務だった。


「現時点における欧州は巨大なババ抜き状態だ。各国が面倒を抱え込みたくないのでシリウスシンパを国内から追い出している。例によって民間団体に偽装している連中をだ」


 エディと共に現れたアリョーシャがそう述べると、面々は重い溜息を零した。

 何故ならそれは、一カ所に集められたシリウス残党の完全消滅作戦だからだ。


 現状における地球最大の懸案事項は、膨大な量で発生した難民だ。

 そんな難民に紛れ込み、シリウス側の工作員や戦闘員の生き残りがいた。

 彼等は何食わぬ顔で難民の中に埋没し、周囲に思想的毒を撒き散らしている。


 曰く、地球の支配層は俺たちなど見捨てるだろうさ……と。

 或いは、俺たちもシリウス送りだろう。誰も哀れんでくれない……と。


 そうやって少しずつ蝕んでいく手法は、将来的に必ず爆発する。

 故に……


「……全部殺せって事ですか?」


 探るような声音でそう言うミシュリーヌ。

 ヴァルターは黙って彼女の肩に手を置いた。


「これはクロスカウンター作戦に連動するもう一つの作戦とリンクしている」


 アリョーシャがそう説明すると、全員が黙って聞く体制になった。

 一言一句聞き漏らすまいと集中している姿は、エディをして満足感を覚えた。


「……この、ツナミ作戦ですか?」


 いつもより少し低い声でヨナがそう漏らす。

 アリョーシャは首肯を返して説明を続けた。


「バタフライエフェクトの拡大を狙っている。欧州でシリウスシンパを炙り出し、彼等を浮き足だたせて世界各国の支援団体を一網打尽にしてしまう計画だ。それだけでなく、各国の立ち位置を見極める意志もある。もっと言えば――」


 アリョーシャがトントンと指差したQRコードには別の資料が浮き上がった。

 それは、微妙なバランスで成り立っている地球側の結束を示していた。


「――例の()()()()が我々の行っているシリウス掃討作戦をどう評価しているかって部分で、重要な試金石になる」


 そこに浮かび上がったのは、地球連邦を構成する各国とは一線を画する存在。

 国連と言う形骸化した組織を維持している国家の存在だった。


 そう。地球連邦は合衆国型の組織で、基本的には自由参加の組織だ。

 つまり逆説的に言えば、参加しない自由もある。

 そしてこの場合、シリウス利権の都合で参加していない国家もあった。


「チャイナ……」


 少しばかり嫌そうな顔でウッディがそう言う。

 彼にとってはルーツとなる国家だが、内心では心底唾棄していた。


「巨大な龍。或いは獰猛な虎と評されるが、実際は我が儘な子供と言うのが国際的な評価だ。己の望む様に振る舞えないと機嫌を悪くするのだからな」


 そこに存在するのは、一枚岩になりきれない地球側のジレンマだ。

 地球連邦などと言ったところで、その実態は欧米各国を中心とする連合軍。


 欧米と反目する国家は、シリウスの独立認証を反米闘争の武器にしてきた。

 極論すれば、反米闘争出来るならシリウスすら道具にしてやるというスタンス。


 そんな存在が面白く無いのは、もはや言うまでも無いことだった。


「様々な形で欧州各国のNGOに入り込んでいる工作員をあぶり出し、失脚させる政治工作を兼ねている。経済的に成長したところで、その実態は巨大な独裁国家でしかない。故に、先の地上墜落で色々と失った物を回復したいんだろう」


 アリョーシャの言葉に全員が微妙な表情となった。

 彼の国が最も気を揉むポイントは、突き詰めればひとつしか無い。


 巨大な利権集団でしか無い現政治システムを維持出来るかどうか。

 それ以外に興味は無く、それ以外で気を揉む事は無い。

 故に、彼等の本音はシリウスなどどうでも良いのだ。


 だが……


「政治教育の一環で教えられてきただろうが、様々な情報を鑑みれば、チャイナをどう御するかが今後重要な局面で大きな影を落とすだろう――」


 エディもそう言わざるを得ない巨大国家の影。

 21世紀初頭に発生したユーラシア大陸に於ける紛争の結果が影を落とす。


 思いつきか用意周到かは解らないが、政治目的の戦争は始まってしまった。

 崩壊したソヴィエト連邦の幻想に縋り付く老人の過去回想ではない。

 誰もが畏れ敬う存在だった時代の栄光を取り戻したいと言う人間の欲望だ。


「――何れにせよ、我々が行う事は一つだ。拠点を急襲し、その実態を暴く。あわせて、シリウスやチャイナに利権を持つ者を失脚させる。うまく踊らねば、こっちが足元をすくわれる。気を抜かないでやってくれ」


 エディはそんな言葉でブリーフィングを終えた。

 だが、テッドは何か釈然としない部分を抱えている。


 黙って資料を読めば、そこには幾重にも重なって張られている罠がある。

 政治的大物は失脚させるか、表に引っ張り出しシリウス派だと懺悔させる。

 難民は難民で、中国側に流し込んで向こうサイドを内側から腐らせるのだ。


 そもそも彼の国では国家体制の維持こそが至上命題なのだ。

 だが、地球連邦政府とは強気で当たらねばならない。

 先の戦闘で悪化したシリウスの支配側とも関係改善をせねばならない。


 故に彼等は難民を受け入れざるを得ない。

 その中に大量の工作員や戦闘員が居るのを彼等も承知しているから。


「少し……やり方が汚ねぇな」


 若干不機嫌そうな声音でテッドはそう漏らした。

 それが最大限の表現的譲歩だと誰もが気が付いている。

 気が付いていてなお、それをせねばならない歯痒さも承知している。


「この場合は……仕方ないとか言ってられないね――」


 いつも穏やかな表現のウッディだが、やはり同じ様な物言いだ。

 やらねばやられる。だが、それはやりたくない、汚い手だ。


「――けど、こんなドロドロしたやり方の中で結果を出し続けるエディって、やっぱただもんじゃ無いよ。エディの目はさ、きっと、もっともっと遠い未来を見ていると思うんだ」


 ウッディは努めて前向きな言葉を吐いた。

 それが歯の浮く様な偽善だったとしても、必要なことだった。


 例え今日は雨だったとしても、明日はきっと晴れるだろう。

 そんなマインドなのだろう。


「……そうかもな。シリウス人ならそれが普通だし」


 ヴァルターはテッドを見ながらそう言った。

 あのタイシャンの郊外で牛を追って生きた日々をテッドも思い出した。


「その通りだな」


 落ち込んだり不貞腐れている暇はない。

 目標の為に最短手で動ける一手を打ち続けるだけ。


「ほんじゃ、またとんでもねぇ飛び切りの地獄へ出掛けようぜ」


 ディージョがそう言って笑うと、全員が微妙な調子で笑った。

 そろそろヤバい現場に送り込まれる妙な予感を抱えながら。

最終的には『作り話』という事で割り切りました。

現実世界と違うとしても、その辺りは物語だと割り切ってくださいませ>各位様

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