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黒い炎  作者: 陸奥守
第三章 抵抗の為に
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少尉候補生として


 ――シリウス太陽系 第4惑星ニューホライズン 周回軌道上

    シリウス標準時間 8月31日 午前





 総勢で16隻建造された地球連邦軍のニミッツ級宇宙空母は、空母を中心とする機動部隊を率い戦闘を行った地球人類史に残る提督の名を冠する舟だ。その2番艦は猛牛(ブル)とあだ名されたウィリアム・ハルゼー提督の誕生日に就航し『ハルゼー』と名付けられていた。

 全長800メートル近い巨艦だが、様々な航空機の運用を行う上ではこれでも手狭な状況で、総勢5000人を越える乗組員は過密な艦内状況に晒され、常にストレスを抱えているのだった。

 そんなブルの艦内通路。エディ少佐はニヤニヤと笑いながらジョニーを引き連れて歩いて行く。すれ違う者達が士官の為に道を空けるなか、それを当然だと言う態度で通り過ぎるエディの背中をジョニーは見ていた。


「ジョニー」

「はい?」

「驚くなよ」

「……驚く?」


 大げさな仕草で振り返ったエディは再びニヤリと笑う。

 この3日間をアグネサで過ごしたジョニーは連日連夜にわたってシェルの特訓を受けていた。エディは全く手加減する事無くジョニーをいたぶり続け、機体ナンバー02に搭乗しているマイクと03のアレックス両大尉も連携しての猛攻撃をかわし続ける英才教育だ。

 その甲斐あってか3日目には自由自在にシェルを扱えるようになり、エディは無理にしてもマイク大尉やアレックス大尉には直撃弾を浴びせられるまでに成長していた。


 ――やはり小僧は特別だな


 そんな言葉でジョニーを褒めるマイク大尉はひどく上機嫌だった。


「これからなにが?」


 ハルゼーの艦内通路を歩いていくジョニーは、謎だらけの状況下でエディに問うた。その質問にエディは意味深な微笑で答え、そのまま通路を歩いていく。いくつかのハッチを潜り進んでいった先。それほど大きくない部屋に一歩入ったとき、室内にいた男たちが一斉にジョニーへ視線を向けた。


「……ジョニー!」


 一際大きな声でジョニーの名を呼んだ男は、座っていた椅子を蹴り飛ばすように立ち上がった。ただ、その男はジョニーにも見覚えのある男で、同じように少尉候補生を示す服を着ていた。


「ヴァルター!」

「生きていたのかジョニー!」

「当たり前さ!俺がくたばるわけが無い。ただ……」


 少し表情に陰を作ったジョニーは、寂しそうに笑った。


「……人間を辞めたけどな」

「もしかして、ジョニーもか?」

「おいヴァルター。『も』ってどういう意味だ?」

「いや……」


 ジョニーから目を切ったヴァルターは室内を振り返った。そこに居並ぶ男たちは、みな一様に少尉候補生の服を着ていた。


「君が…… ジョニー?」

「あぁ。あんたは?」

「俺はデルガディージョ」


 スッと手を出したデルガディージョはジョニーに握手を求めた。


「ラテンアメリカ系でニューホライズンのホセ・モンテカルロ出身だ」

「じゃぁ、シリウス人だ」

「そうだ。派遣中央軍に志願してた」


 人懐こい笑みを浮かべたデルガディージョに続き、東洋系の黄色人種が同じように手を差し出した。


「私はウッディと呼んでくれ。こちらのデルガディージョ君と同じくニューホライズンのロングマーチ出身だ」

「グレータウン出身のジョニーだ。ジョンでもジョニーでも良い」

「よろしく。私は作戦支援軍の後方支援隊へ徴発されたんだが、結果的に志願という形になったんだ」


 同じように握手したジョニーは、デルガディージョにもウッディにも共通する事に気が付いた。ふたりとも手に体温を感じないのだ。驚いてヴァルターに手を差し出したとき、ヴァルターは何も言わずに握手した。そしてジョニーは理解した。


「ジョニーだけじゃ無い。俺も人間辞めたんだ」

「ヴァルターもか……」

「ジョニー君やヴァルター君だけでない。私も人間を辞めてね」


 寂しそうに笑ったウッディ。その笑みを見てたジョニーはウッディやデルガディージョの向こうに座るウェイドとドッドを見つけた。


「ジョニー。生き残って良かったな」

「生きてるとは言いがたいけど」

「生きていれば良いのさ」


 寂しそうな生笑いでウェイドは小さく溜息を吐いた。


「アレだけいた501中隊も今は……」


 少数精鋭を目指した501中隊だが、その実は中隊規模を遥かに超える40人の大所帯だった。しかし、この室内にいる501中隊といえば……


「あれ?」


 何かに気が付いたジョニーはエディを見た。エディやジョニーを含め8人しか居ない生き残り。言うまでも無く中隊は解消される事になる筈だ。しかし、ここにはデルガディージョとウッディ。新顔のふたりを足しても総勢で10名だ。501中隊が存続するのだろうか?


「ま、そう言うことさ」


 唐突に部屋へと入ってきた老人は、ジョニーの肩をポンと叩いて室内の一段高い場所へ上った。それを見届けたマイク大尉は一際大きな声で『ATTENTION(きょうつけ)!』を叫んだ。


「新生501特務教育隊の隊員諸君。シリウス攻略軍を預かる将官の一人として、君らの着任を心より歓迎する」


 深くしわがれた声には聞くものを圧する威があった。

 エディ少佐直属の上司に当るロイエンタール将軍が現れたのだった。


 ――特務教育隊?


 心中で言葉を反芻したジョニーは不思議そうな顔でヴァルターを見た。

 そのヴァルターもやや首をかしげていた。


「どういうことだ?」

「さぁ…… ただ、俺はジョニー以外のメンバーと一緒にこの1ヶ月間、ずっと新兵器のトレーニングしてた」

「それって…… シェルか?」

「そうだ! なんで知ってるんだ?」

「この3日間、エディ達に殺される勢いで訓練された」

「……だから居なかったのか」


 やっと合点がいったと、そんな表情でジョニーを見たヴァルター。だが、そのふたりをアレックスが咎める。


「人の話しは黙って聞け。次は痛い目に遭うぞ?」

「「イエッサー!」」


 ふたりハモって返事をしたのだが、そんな姿を楽しそうに見ていたロイエンタール将軍はエディになにごとかの目配せをした。それを見ていたエディはやおら口を開いて説明を始める。


「ここにいる6名は全員が少尉候補生。つまり士官候補生だ。このシリウス攻略計画において大量の戦死者を出している士官を補充する為に現地で実戦に即した教育を行うべく臨時に編成された実験的な中隊と言うことだ。そして、もう気がついていると思うが、ここにいる候補生は、全員が――


 エディは一端言葉を切って、薄笑いを浮かべ室内をグルリと見回した


 ――サイボーグだ。つまりサイボーグだけの実験中隊と言う意味も持っている」


 室内をもう一度見回したエディは、視線をロイエンタール将軍へと返した。


「諸君らは実験動物でも装置でもない。自らの意思を持ち正義を信念として生きる人間だという事に全くもっていささかのブレも無い。だが、現実として諸君らは機械で出来た肉体を得ている。軍隊と言う機関は諸君らの特殊で特別な能力を必要としているのだよ。故に、このような形で実験中隊を編成するに至ったのだ」


 柔らかな声でそう説明した老将軍は、どこか申し訳無さそうな表情になった。


「この戦役において幾多の兵士が戦線で斃れ、その中でも生きる見込みのありそうな者が諸君らと同じようにサイボーグ化と言う処置を経て戦線に復帰するだろう。その時、その兵士たちが機械の様に扱われるか、それとも人間として扱われるか。その境となるのはひとえに諸君らの働きと振る舞いに掛かっている。人間としての誇りや矜持を忘れることなく熱意と誠意をもって事に当たってもらいたい」


 ロイエンタール将軍は厳しい表情のまま、一つ一つ噛み砕いて丁寧に説明を続けていた。それと同時進行でエディはテーブルの上にウィングマークの付いた階級章を並べた。宇宙軍航空隊所属のパイロットであり、また士官を目指す候補生を示す『羽ばたく翼』の意匠化でもある。


「この部屋に居る10名で新しい501中隊を編成する。その為に、サイボーグ化した()()()()()の中から適応率の高い者をピックアップしスカウトした。俺を含めて、この室内に居るのは皆、適応率85%以上のスコアを持つ……エリートさ」


 自信溢れる笑みで室内を見回したエディは、ジョニーを始め一人ずつ士官候補生を見ていった。その眼差しがウェイドとドッドを見たとき、ジョニーは『あっ!』と声を漏らした。


「まさか……」


 驚きでは無く哀しみに満ちた眼差しでドッドを見たジョニー。その眼差しを受けたドッドは恥ずかしそうに笑った。


「そう言う事さ。新入りの小僧に並ばれちまうってのは変な気分だぜ」


 肩を竦め『なぁ』とウェイドを見たドッド。

 ウェイドも頭を掻きながら笑っている。


「リーナー少尉のサポートで来たはずなのに、いつの間にか俺がサイボーグになっちまった。まぁ、仕方がねぇけどな」


 チラリとリーナーを見たウェイドはジョニーに向かってサムアップした。


「ま、よろしくな。で、こっちのふたりは……」


 ウェイドがサムアップの親指を横に振って指さした先。ドッドは小っ恥ずかしそうに肩を竦めた。


「昔は俺たちみたいな兵卒専門に教育するNAPSって組織があってな、そこ出身だからナップスターって呼ばれるのさ。兵卒上がりの士官候補生って意味だ。軍隊のアレコレは嫌っつうほど叩き込まれてるから、もう普通の士官学校みたいな教育は必要ないけど、現場で役に立つ人間を育てるって部分とか軍隊全体の使い方って部分は専門教育を受けなきゃならねぇ」


 長らく501中隊の中隊長付兵曹長として下士官以下を動かしてきたドッドだが、やはり専門教育が行われるのかと驚くジョニー。単に学校で学んだだけでなく様々な経験が必要な士官という職業は、やはり一朝一夕に出来上がるモノでは無いのだと思い知らされる。


「まぁ、そんな訳でな」


 再びしわがれた声で話を切りだしたロイエンタール将軍は、全員の視線を集めた上でテーブルの上のウィングマークに手を伸ばした。


「ジョニー」

「はい!」

「地球連邦軍の少尉候補生へ任官を命ずる。そして、501中隊の配属もだ」


 ロイエンタール将軍は参謀本部長の名前で出された辞令にジョニーの目の前でサインを入れた。そして、その命令書をジョニーに見せると、胸にウィングマークの付いた部隊章となるエンブレムを取り付けた。


「君の運命は苛酷かもしれない。だが、同時に素晴らしいモノだ。誰でも経験出来ることでは無い。状況を楽しみつつ、前進すると良い」


 老将軍の優しい声がジョニーに染みゆく。いまだ若き少年のようでもあり、老練な人生のヴェテランのようでもある哀しみに満ちた眼差しのジョニー。静かに敬礼し決意を述べた。


「この手、この指、この身体に自分の意思が宿る限り、俺は俺の意思で戦う。シリウスの為に。人類のために。弱い者の為に」


 ロイエンタール将軍はエディと顔を見合わせた後、満足そうに頷いた。そして、ヴァルターやドッドやそのほかに居た5人の少尉候補生にウィングマークの部隊章が配布され、501中隊は簡素な結隊式を終えた。


「さぁ、遊んでいる暇は無いぞ」


 さっそく切り出したエディはパチンと手を叩くと、新生501中隊の面々をハンガーへと誘う。


「シェルを使って立体戦闘出来るようになるまで訓練を重ねる。一日も早くあの新兵器を使いこなせようになろう」

「そうだな。時間は全てに平等だ。敵にも……な」


 少しだけ意味深な言葉を吐いたマイク大尉が最初に部屋を出た。その後ろにアレックス大尉が続き、ジョニーたちはそれに従って部屋を出る。だが、


「士官候補生たるものがそれではイカンなぁ」


 苦笑しているロイエンタール将軍は叱責するようにエディを見た。

 そんな姿に肩を竦めたエディは少しだけ不機嫌そうに候補生6名を見る。


Peaple(全員)! FallIn(整列)!」


 張りのある声で叫んだエディ。

 その声に弾かれるようにして6名が2列3段に隊列を組んだ。先頭に立ったのはドッドとウェイドだった。


Goahead(前へ)! March《進め》!」


 軍隊の基本は整列と行軍。その一糸乱れぬ統制こそが全て。従うだけで良い兵卒と違い士官はその手本のならねばならない。背筋を伸ばし隊の先頭を歩くエディ少佐を手本にし、少尉候補生が通路を歩いていく。


「足をキチンと揃えろ。速度もな」

「腕の高さまで揃って一人前だ」


 マイク大尉とアレックス大尉が左右を挟んで指導している。その後ろを歩きながら見ているロイエンタール将軍は、再び張りのある声で叱責した。



「Set an Example Worth Following!」


 慣用表現的な言葉の言い回しに一瞬意味を掴み損ねたジョニー。チラリと横を見たその視線の先。ヴァルターも僅かに首をかしげた。


「余所見をするな!」


 すかさずマイク大尉のチェックが入ったジョニーは、大きな声で「イエッサー」を叫び歩き続けた。若干猫背気味なヴァルターの背と胸に手を添えたアレックス大尉は、士官が見せるべき『正しい姿勢』を補正した。


「部下統率の基本は、まず手本を示し、そして、それを自ら、普段から、常に行う事だ。ダラダラとした姿勢で部下を率いれば、その部下たちもダラダラとだらけるようになるだろう。常時張り詰めている必要は無い。だが、必要な時にはきっちりと振舞え。そして、普段も出来る限りきっちり振舞え。必要ではない時にはだらけても良い。オンオフをしっかり使い分けるんじゃ。良いな」


 ロイエンタール将軍の言葉が通路に響き、その声に驚いたハルゼーの乗組員たちが様子を見に来た。だが、その先頭をあるくエディ少佐の只ならぬ姿に驚いて道を開けると、そこを士官候補生たちが通過していくのだった。


 ――あれなんだ?

 ――罰ゲームか?

 ――いや、なんかの練習だろう

 ――邪魔しない方が良い


 そんなヒソヒソとしたやり取りが漏れ伝わる。

 だが、そんな事を気にする事無く、行軍訓練は続けられるのだった。


「Peaple! AboutFace(回れ、右)!」


 シェルが待っているハンガーに出たところでエディは回れ右を掛けた。ハルゼーのハンガーデッキはバンデットだけでも100機以上を同時整備できる広大な空間だが、そのデッキ全てを使い延々と行軍訓練を行い続けるエディ。段々と集中力を欠き始め、左右を歩くマイク大尉やアレックス大尉の指導が連続し始める事まで続けられたその訓練は、実に4時間以上を費やしたのだった。


「さて、そろそろ身体が暖まって来た頃だろう」


 宜しいですか?と伺いを立てるような眼差しでロイエンタール将軍を見たエディだが、当の老将軍は僅かに首をかしげるだけだった。


「……うーん、そうだな。そうしよう」


 ボソリと呟いたエディは腕を左右に振り、横一列に並び替える指示を出した。


「ハンガーデッキを往復する。横一列のままだ」


 簡単な指示だと思ったジョニーだが、実際やってみるとそれがかなり難しい事だと気が付いた。横一列のまま足をそろえ腕をそろえ、そして速度を揃える事は思っている以上に難しい。

 何度も何度も往復し、ほぼ完全に列を揃えたまま往復出来るようになるまで続けられたのだが、その全てが終わったのは訓練開始から7時間を経過した頃だった。


「今の動きを忘れるんじゃないぞ」

「イエッサー!」


 一瞬、ジョニーは訓練の終了を夢見た。すぐ隣に居たヴァルターもまたそう思った。肉体的な疲労の無いサイボーグだが、やはり脳は疲れていく。時間の経過に従い集中力を失い行くのは仕方が無いことだ。

 だが……


「さて、そろそろ良い頃合じゃろう。諸君、くれぐれも事故を起こさんようにな」


 ロイエンタール将軍の口から恐ろしい言葉が出た。

 その言葉を聞いていたエディやヴァルターは表情が引き攣った。


「そうだな。訓練には絶好のタイミングだろう。疲労困憊だろうが集中力を切らすんじゃないぞ! 搭乗開始!」


 エディ少佐の声に弾かれジョニーはヨタヨタを支度を開始する。

 士官候補生の訓練は楽じゃ無いとは思っていたのだが、まさかここまでハードだったとは!と言葉を失い支度を急ぐのだった。

※Set an Example Worth Following

おそらく、一番正しい日本語的表現は『率先垂範』でしょうね。

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