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黒い炎  作者: 陸奥守
第十一章 遠き故郷へ手を伸ばす為に
388/425

馬車馬の日々

2023/1/1 大幅改稿

~承前




 至近弾が炸裂したのか、突然大きな音を立ててティルトローター機が揺れた。

 足元がグラリと揺れ、身体は一瞬タタラを踏んで姿勢制御を乱す。


 前回の降下から1ヶ月程経過した2月の23日。テッド達はテキサス州の湾岸地域上空を飛んでいる。姿勢制御ジャイロの追い込みはだいぶ進んでいて、G00も小改良が着々と進行しブロック14となった。


 ただ、本当にこんな咄嗟の行動では、まだ一瞬だけタイムラグがあるようで、その辺りを改善されたG01をジャンとヨナが使っている。先の戦闘で直撃弾を貰った結果、胸から下を吹き飛ばして死にかけたのだ。


『これなら次は弾を躱せるぜ。あん時は避けられなかったからな』


 新型を受領してきたジャンは、ニヤリと笑いつつ全員の目の前で素早いスクワットを行い、そのまま身体を左右に振って柔軟性を示して見せた。先の戦闘で経験したのは、咄嗟の危険回避行動を取れない新型機体の応答性の悪さだった。


 右側へ身体を捻りつつ折りたたむ回避行動をとりながら、そのまま走ってジャンプする動作を行おうとして、AIが処理しきれずに棒立ちになってしまったのだ。


『今までなら出来た事が量産型で出来ねぇっておかしいよな』


 ちょっと後ろで見ていたヴァルターがそう言い、全員が微妙な顔になって首肯したり『違いねぇ』とぼやいたりしている。ただ、そこはすかさずステンマルクがフォローを入れた。


『量産型とワンオフのスペシャルボディを一緒にすんなって奴だ』

『これの前までは全員がスペシャルマシン使ってたようなもんだからな』


 産業系に明るいステンマルクとオーリスだ。試作品に毛が生えたような専用品の有利さは嫌と言うほど知っている。ふんだんに予算も時間もかけられる専用品と違い、量産型は専用ラインでガチャガチャと規格品を作り続ける事になる。


 つまり、量産型を作る難しさや厳しさを知っているが故に、そんな感覚でバグ出しに当たっている。各々が持つ能力や経験と言った物を武器に任務をこなすのだ。


 ――――あぁ……

 ――――なるほどな……


 テッドは何となくエディの思惑の裏側を感じ取った。

 これを経験させたかったのだ……と。


『つまりはあれか。今までと同じように俺達がやれば、この量産型がスペシャル機体に成長するって事か』


 遠回しにそう表現したテッド。だが、その本音を何となく全員が感じ取った。ワンオフで作られた個人個人の専用機を量産型に昇華する為、経験を積み上げていく作業なのだろう。


 そしてその先にある物は、間違いなくサイボーグ中隊の大隊化であり拡大方向への発展と成長。言い換えるなら、エディが直に使える手ごまの数を増やし、やりたい事を実現する為の環境づくりだ。


『次の作戦が待ち遠しいな』


 揉み手をしながらディージョが言うと、ヨナがニヤリと笑って『新型の威力を発揮して見せますよ』言った。シスコの一角にあるビルの一室は、間違い無くワスプのガンルーム状態になっていた。


『戦争が待ち遠しいとか、もう病気だな』


 最後にそうヴァルターが付け加え、全員でひとしきり笑った。その中でひとりだけ、テッドは異なる意味で笑みを浮かべた。エディの思惑の核心部分を何となく察したからだ。


『まぁ、次もしっかりハングアップさせよう』


 テッドはそんな言葉を返してニヤリと笑った。

 ただ、そうは言っても戦闘中に反応が悪いのは歓迎しない事態だ。


「………………ッチ」


 小さく舌打ちしつつ窓の外を見たテッド。自分の顔より小さな窓の外には巨大な火球が連続して生み出されている。次々と対空ミサイルが放たれ、チャフによる防護措置により周辺で炸裂しているのだ。


 ――――まだまだ……だな……


 だが、そんな地獄を横目に見つつ慣れた様子でテッドはS-8にマガジンを叩きこんでいる。もう何度もこんな地獄を経験し、すっかり感覚が麻痺していた。


「……っとに! 大歓迎してくれてんな!」


 内心の恐怖を紛らわすようにレオが言う。わずかに声が震えているのは、恐らく機体の姿勢制御から来る排気の揺らぎだろう。そこまで感情を再現するほどAIは作り込まれていないのだ。


 ただ、そんな精一杯の強がりを吐くレオに呼応する様に、同じく準備を進めていたカビ―が『ほんとだぜ! 楽しくなってきた!』と応えた。自分を奮い立たせ気合いを入れる為の言葉なのは間違い無い。


「おいおい! そんな時は素直にビビッとけよ!」


 ハハハと気楽な調子で笑ったヴァルターはテッドを指さしながら『ああなったらお終いだぜ?』と付け加えた。その言葉の意味を掴み損ねたのか、カビーもレオも不思議そうな顔でテッドを見た。そして。


「え? なんで?」


 テッドまでもが素直な言葉で聞き返した。全く気負ってないし、いつも通りに過ごしている。それこそ、街角のダイナーにコーヒーでも飲みに行こうとしているかのような緊張感の無さ。それ自体がおかしいのだ。


 そんな様子のテッドを眺めつつ、ヘルメットを右手にかぶせてクルクル廻しながらヴァルターは言った。テッドと同じように、そこらの喫茶店でお茶でも飲もうかとしてるような調子でだ。


「どこの地獄にしようかって考えてたろ?」


 遠慮のないヴァルターの言葉に『フッ……』と笑い、テッドはもう一度窓の外を見た。相変わらずな対空砲火で機体が再び大きく揺さぶられ、小さく口笛を漏らしながら近くの手すりを握ったテッド。


 すっかり戦場慣れしているテッドとヴァルターの様子は、中隊の中に安心感をもたらす一服の清涼剤状態となっている。だが、その実と言えば、何処に降りたら一番楽かなと思案をしている状態だった。


「まぁなんだ。行って暴れてポイント稼ぎするだけだ」


 テッドが返答する前に、義兄であるジャンがそんな事を言った。それを聞いたディージョが『だよな』と返し、ウッディも『役に立っておこう』と言葉を付け添えつつ、マガジンポーチの蓋を調整していた。


 2月も後半となった頃だが、北米大陸全域ではシリウス軍残党の抵抗もすっかり下火になっている。今では何処かの大学だとか病院だとかで銃の乱射事件を起こすのが関の山になっていて、軍の行動と言うよりテロリスト状態になっていた。


「州兵じゃなくてSWATが出動したって言うけどさ、初期対応としちゃ褒められたもんじゃないな。最初から全力で対処すりゃいいのに」


 テッドが漏らした通り、テロリストとして対処している関係上、最初は警察機構の出番となった。ここまで何度か似たようなケースがあり、その都度都度で州兵が出動していたのだ。


 率直に言えば役不足も良い所の出動で、大山鳴動し鼠一匹なケースが余りに多かったのも事実。故にSWATが出動したのだと言われれば、それも宜なるかなと納得するというもの。


 だが、今回の『事件』では軍と警察の違いと言う面で実力的に足らず、事態収拾が出来なくなった。故に501中隊が出動していた。メキシコ湾に面した巨大な石油精製プラントに陣取ったシリウス軍残党による破壊工作だった。


「なんだかんだ言って、まだまだ石油は必要だからな」


 アリョーシャがそう説明すると、全員の眼が中隊首脳部に向けられる。そんな状態で視線の集まったエディは、全員の顔を見てから本題を切り出した。


「シリウス軍残党が陣取っているのは500万バレルを貯蔵する石油タンク施設の中央制御室だ。人質は人間ではなく石油。メキシコ湾の特産物で300年近くこの地域の経済を支えている。故にそっちは絶対に壊すな。怨まれるからな」


 エディの物言いに中隊から乾いた笑いがこぼれた。今回も最初は簡単な事件だったらしい。労働者として使われていたレプリが突如管理室の警備員を射殺し立て籠もったのだ。


 稼働限界の近くなったレプリが突然凶暴性を発揮するのは良く有る事で、人間と共に働くレプリも寿命が近くなる頃には随分と柔軟な人間性を持つようになるのだという。


 そんな時、不意に自分達レプリカントの寿命があまりに短い理不尽さを嘆きだす事があるのだとか。自分よりも長生きできることが羨ましい。妬ましい。やがてそれは憎しみや怒りに変わり、最終的には全員死ねとなる。


 故に都度都度SWATが出向き、レプリカントを殺してやるのだ。だが……


「レプリ事件だと思ったら残党だった。今後も似たようなケースは増えるだろう。実際の話、地球上におけるレプリ労働者はまだ1億近くいる。火星における主要産業を支えねばならないからな」


 そう。エディが言う通りそれこそがレプリの根本規制に踏み切れない最大の理由だ。まだ不安定な火星の産業を維持発展させるために、地球上でレプリカントの労働者を使うしかないのだ。


 シリウス側の地球攻略軍はそこに目を付けたのだろう。火星から送り込まれるレプリカントの中にシリウス製の最初から教育済みな個体を混ぜ込ませ、地球に送り込んでテロを起こさせる。


 そのテロが望外に上手く行った時には、地域に溶け込んだシリウス側戦闘員を集約し嫌がらせ活動を行うのだろう。


「今回はそれが上手くいった関係で、シリウス軍恒例の奴が始まったらしいと判断できる。地上戦力の消化だろう。まぁ、捕虜を取られたくないんだろうな」


 シリウス軍が行う非情な戦力整理。これが今回も行われたと見て間違いない。最初はテロだったが上手くいった関係で地域に残っていた重機材が総動員された。要するに残った戦力を使い切って死ねと言う話だ。


 その関係か、対人戦闘に特化したSWATでは戦闘車両への対抗措置が無く、膠着状態になって州兵の投入が検討されたようだ。ただ、連邦軍とガチでやり合えるシリウス地上軍兵器を相手にするのは、いささか荷が勝ちすぎていたらしい。


「我々は重戦闘車輌にも対抗出来る戦力を持っていると証明する必用がある。優先的に投入され、後腐れ無く片付けて撤収する。しかも被害を出さず上々に仕上げてご覧に入れると言う寸法だ。解りやすいだろ?」


 エディは事も無げに言うが、中隊の面々が腰から下げているパンツァーファウストの予備弾頭は20を越えている。発射筒が再利用出来る関係で弾頭だけ持って降りる事になるのだが、その発射筒ですらも打撃武器になる寸法だ。


「エディ。戦闘車輌はどんなのが居るんですか?」


 ヴァルターはふとそんな事が気になったらしい。

 その質問に対する返答はアリョーシャが行った。


「さすがにM-1は居ないが装輪戦車は数両居るのが確認されている。火星でも見たと思うが、重戦車が居ないのは幸いだ。ただ、装輪戦車であっても主砲は強力なんで撃たれたら即死は免れない。今度こそヴァルハラへ行く事になる」


 そんな回答に全員が乾いた笑いを零した。死にきれなくてサイボーグになった面々にすれば、今度こそ死ねるかな?などと妙な期待をすると言う物。それがどれほど物騒で不穏当な物でも、死への甘い憧憬があるのも事実だった。


「アリョーシャ。敵勢はどれ位?」


 今度はテッドがそんな質問をした。

 中隊における一番のヴェテラン故に、そう言う面であれこれ気が付くのだろう。


「レプリまで含めて500名未満だ。何処かに隠れていたり追加される可能性もあるが、そもそもこの地域自体にそれ以上の残存戦力があるとは思えない。生身の連中は生きてる限り飯を喰うし水も飲む。その辺りからの推測だ」


 完全に地下に潜ったとて、メシ抜き水抜きで生きていられる訳では無い。地域の食糧流通を押さえてしまえば、潜伏している連中は何らかの手段で食糧を調達せねばならない。


 逆説的に言えば、地域へ完全に溶けこんでしまう雑草の如き浸透を行ってチャンスを待つ場合、重機材をどう隠すか?が問題になる。装輪戦車やキャタピラ履きの重戦車をトラクターに偽装する事は出来ないのだから。


「で、レプリは良いとして、シリウス人はどうする?」


 確認する様にそう付け加えたテッド。その言葉を聞いたティブやヨナが顔をテッドに向けた。もちろんカビーとレオも。何を危惧しているのか。言い換えるなら、何を期待しているのかは、全員が解っていた。


「テッド。言いたい事はよく解るが、まず基本的な問題として地球くんだりまで足を伸ばした連中に穏健派は居ないと思って良い。従って向こうが勝手に投降を選択しない限り捕虜を取る事は考えなくて良いし、むしろ考えるな」


 エディは非情な言葉を吐いて現実への認識を改めさせた。この中隊の面々がシリウス人である以上、同じシリウス人を殺したくないと思うのは不可抗力と言って良い事だ。


 何を今さらと言われればそれまでだが、劣勢になってなお義務感で抵抗するシリウス人に対し投降を呼び掛け、仲間にしても良いんじゃないかと言う甘い期待があるのだった。


「でも……」


 何かを言い返そうとして、テッドはその言葉を飲み込んだ。

 言いたい事は多々あるのだが、検討を重ねたのも事実だと思ったからだ。


「解っているさ。味方を増やす努力をしたい面も否定しない。だがな、まず地球側に味方を1人でも多く作る事が重要だ。先々行った時、結果的にどっちが正解になるかを考えて動かねばならん」


 エディが言ったそれは、この先に待つ未来への投資その物だった。地球における立ち位置を確保し、あれこれ政治的な行動をしやすくする為の工作でもある。


 そして何より、自分達の手が再びシリウスへ届いた時。あの母なる大地を踏みしめる時の為に今から準備せねばならないのだ。


「……了解です。努力します」


 手短に応えたテッドは、一つ息を吐いてからもう一度窓の外へ眼をやった。シリウス側陣地から次々と対空ミサイルが放たれていて、時々はティルトローター機を掠めるように大きな破片が飛んでいく。


 全く生きた心地がしない戦場だが、そもそも戦場ほど生命の躍動を感じる場所は無い。何故なら、生命を失った存在に時間は流れないのだから。


「今回は地上までこれで降りる。こんな状況で強襲降下は不可能だ」


 頭にヘルメットを乗せただけのブルは楽しそうな表情でそう言った。ガチでやり合う事になるのだろうが、鉄火場になればなるほどこの男は燃えるらしい。何ともはた迷惑だなと苦笑いしている中隊の面々だが、ふとミシュリーヌが言った。


「地上に降りたら索敵行動を行いますか?」


 彼女に与えられた一番の任務は、打撃力よりも速度を生かした偵察だ。その関係でバトルフィールドを一気に駆け抜けて戦況マップを構築するのが彼女の役目。細身で速度があるのだからラッキーヒットでもない限り行動不能の直撃は無い。


「いや、降りたら全員散開しろ。固まればそこを狙われる。手順は簡単だ。降りて散開して網を広げ、段々それを狭くして行って、最後には中央管制室へ追い込む。後は皆殺しで終わりだ。手抜かりなくやってくれ」


 身振り手振りを交えブルがそう説明し、全員が『サー!』を返した時だった。突然大きく機体が揺れ、同時に機体右舷側へ大きく傾いた。直撃を喰らったのは間違いないと直感し、窓の外をのぞき込んだテッド。


「やべぇ! 主翼がごっそりねぇ!」


 ミサイルの直撃を受け、右主翼がそっくり無くなったらしい。エンジン角度が飛行モードから着陸モードへと切り替わり、残ったエンジンで何とか着陸を試みるようだ。四方八方敵だらけの所だが、墜落して死ぬよりかはマシだった。


「マジでヤベェ…… 帰れるのかな……」


 悲鳴じみた声で喚いたカビ―。

 そんなカビ―の背中を叩きながらヴァルターが言った。


「オラッ! カビ―ッ! もう一発余裕かましてみろ! 笑えよ!」


 半ば自棄になったヴァルターは笑いながらそう言い、ヘルメットを被ってから銃のボルトを引いた。12.7ミリの巨大な弾頭が薬室に叩きこまれ、戦闘態勢に移ったのが解った。


 その隣ではウッディがパンツァーファウストの弾頭を発射筒にセットしていた。機内にあった予備の発射筒に次々と弾頭をはめ込み、8本ほどを腰の周りへフックしてから左右に1本ずつ持っていた。


「降りたらとにかく撃とう。帰りの心配はそれからだ」


 ニコリと笑ったその笑顔に狂気の色が混じっている。激戦地に降りようとしているのにヘルメットすら被らず楽しそうにしている。そんな様子にカビ―だけでなくヨナやティブまでもが中隊のヴェテランたちが纏う狂気に圧された。


 ただ、そんな若者たちの手綱を握るエディこそが一番ヤバいと言うのを彼等はまだ知らなかった。実感していなかった。訓練や移動で見せる非情さとは異なるタイプのサイコパスぶりは、これからたっぷりと味わう事になる……


「そろそろ落ちそうだ。行こうか。なに、失敗しても死ぬだけだ。何も問題は無いだろ?」


 そんな言葉にテッドとジャンがハハハと笑った。おいおい、勘弁してくれよと言わんばかりだが、その意味を咄嗟に理解できる様な状況では無かった。


「そうだ、最後に大事な事を言っておく――」


 エディが付け加えるように切り出した時、全員がエディを見た。


「――神のご加護を」


 ――――…………え?


 テッドが驚いた顔になった次の瞬間、ティルトローター機のハッチが吹き飛んでいった。直撃弾では無く緊急脱出用のハッチパージだろう。その向こうに灰色の空が見えていて、機体は頭から地上に突っ込みそうになっていた。


「ギリギリで飛び出すぞ! 10m程度なら着地できるはずだ! 出来なかったらダインの連中に文句を言え! 良いか! 俺のケツに付いてこい!」


 ブルは楽しそうに叫び、グッと腰を落として機を飛び出す姿勢になった。間違い無くクロスファイヤが狙っているはずだが、ブルは勇猛果敢な鬼軍曹モードになっている。だが……


「やるか?」

「……だな!」


 悪い顔になって言うテッドの言葉にヴァルターが楽しそうに答えた。そして同時にふたりは走り出した。出口付近に陣取っていたブルの肩を左右から捕らえて一気に引き寄せ、その反動も使って加速した。


 ――――カタパルトでも付いてりゃ良いのに……


 ふとそんな事を思ったのだが、今から付ける訳にも行かない。『お前ら!』とブルが後方で叫んだ時、テッドとヴァルターは既に空中へ飛び出してた。地上まで凡そ10メートル程らしく、地上に向かってフルオートで連射しながらの自由落下だった。


 ――――すげぇ!


 地上に着上陸した時、視界に入ってくるのは夥しい数のレプリカントだった。ぱっと見では普通の人にも見えるが、シリウスの社会で暮らした者ならレプリと人間の見分けなどすぐに出来る。


「悪ぃが死んでくれ! 長い間ご苦労さん!」


 至近距離から50口径を喰らったレプリの身体は爆散状態で弾け飛ぶ。強靱な肉体を持つレプリですらこうなるのか……と驚くのだが、それ以上に驚いたのは下半身を吹き飛ばしたレプリが反撃してくる事だった。


「即死しねぇ!」


 悲鳴のようなヴァルターの声が響くが、その直後に周辺から銃弾が降り注いだ。正確なヘッドショットを決めたヨナは、着地と同時に伏撃姿勢となっていた。手にしている必殺のS-8は、頭蓋骨自体を完全に粉砕して相手を即死させている。


「確実に殺せる武器が要るな!」


 突撃体制になったテッドは一気に加速しながら強い前傾姿勢で射撃を再開した。とにかく当てれば良い射撃ではなく、正確に頭を狙っての射撃だ。全速力で走ると銃身が上下にブレてなかなか当たらないが、殺す為には必要だ。


「至近距離なら銃より刃物が良いかもね。それか、爆発系だ」


 ウッディの声が聞こえ、その通りだと内心で一人ごちたテッド。その直後に前方で爆発が発生し、何事かと観察したらウッディの放ったパンツァーファウストの榴弾が炸裂したのだった。


「お前ら後で絞ってやるからな! とにかく散開しろ!」


 口調はキツいが、それでもブルの声は弾んでいる。つくづくアクションが好きなんだと実感したテッドの視界に中央管制室のタワーが入って来た。工場の全てを見下ろすタワー構造の施設は、高く聳えていてまるでロケットだった。





 ――――――それから5時間後


「何両潰した?」


 余った弾頭の遅延信管を外しながら、ウッディはそう問うた。中隊は各所でパンツァーファウストを使った対戦車戦闘を繰り広げ、装輪式ながらも装甲を持つ戦闘車両を各所で破壊していた。


「うーん、7両かな」

「俺は4両だ」


 ヴァルターが7両とテッドが4両。ウッディは『こっちは5両だから全部で16両居たんだね』と勘定して見せた。戦闘地域の全てを再チェックしたので、隠れているのは居なさそうだ。


「もうちょっと立体的な戦域情報が欲しいっすね」


 結局一発も使わなかったロニーは、どこか不満そうに言った。至近距離で装甲車両を吹っ飛ばす快感は、他では得られないものだ。確実に人が死んでいるが、そんな思考など頭から完全に抜け落ちていた。


「まぁ、その辺りも改善していこう」


 中隊が再集合したのは、事実上墜落したティルトローター機の残骸近くだ。ジャンとオーリスがパイロットの救護を行っているが、下半身を押しつぶされていて、どう見ても助かりそうには無かった。


「……やっぱ、そうするしかないか」


 腕を組んで眺めていたディージョがぼそりと漏らす。口をパクパクさせているパイロットの隣に来たエディは、M29を抜いて激鉄を起こしながら何事かを聞いていた。傷みに呻くパイロットに何を問うているのかは、言うまでも無かった。


「楽になった方が良いかもな」

「全くだ。下手に生き残ると馬車馬だぜ」


 巨大な石油タンクのいくつかが燃え上がっているが、大多数のタンクは無傷で回収できた。そんな情景を見ながら溜息をこぼすヴァルターとテッドは、ウンザリ気味にそんな言葉を吐いた。


「……どうやら決まったようだね」


 ウッディがそう漏らし、皆の視線がパイロットに注がれる。ジャンが緊急凍結キットを展開し、その中に瀕死のパイロットを押し込めているのが見えた。ややあって鈍い音と共に化学反応を利用した凍結救命処置が行われている。


「名誉除隊できると良いな」


 ディージョの言葉に全員が首肯を返した。

 サイボーグ中隊の増強は時間の問題だった……


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