新しい旅へ~国連軍海兵隊の発足
~承前
年が明けて2275年。
地球の各所ではシリウス軍地球派遣軍団と地球側との戦闘が続いていた。だが、そんな激戦の最中に、地球側でエポックメイキングな政治的動きが発生した。地球連邦と地球国際連合との対等合併による地球の統合的合衆国化である。
そしてそれは、長年の懸案だった様々な事態を発展的に解消し、様々な組織の効率化と冗長化を成し遂げる良い機会となった。
「うん。悪くないな」
上機嫌でブルードレスに袖を通したエディは、鏡の前で姿勢を整え制服を上手く着こなす形を探っていた。
「エディ。時間だ」
事務所の中へブルが呼びに来てエディは上機嫌のまま事務所を出た。ある意味で慣れ親しんだシスコ市街とサンフランシスコ湾を挟んだ反対側、オークランドの郊外にある大手通信メーカーの使っていたビルが、そのまま仮本部として海兵隊の地球本部となった。
「さて、いよいよだ……」
地上12階地下5階に及ぶ巨大ビルの前。広大な駐車場を使い式典が開かれていた。その目的は国連軍海兵隊の公式な発足式である。
――――全員集合!
――――整列!
そんな号令が飛び、テッドはチラリと横目でエディを見ながら士官エリアの整列ポイントに並んだ。海兵隊首脳部のテントにはハミルトン大将とマッケンジー少将の姿が見える。
その他にも様々な機関から海兵隊に編入された人員が集まり、現時点におけるその構成は、純戦闘要員が12万人。事務方などの後方職が凡そ5万人。そして、予備役に回された人員が3万。総勢で20万を越える大集団となっていた。
「ここだけで2万人くらいは居るぜ」
「酸欠になりそうだね」
ディージョの言葉にウッディがそう応える。それがサイボーグ流のジョークなのは論を待たないが、すぐ近くに居た屈強そうな大男達が不思議そうにこっちを見ているとクレイジーサイボーグズは意識していた。
「俺達不思議がられてるぜ?」
ヴァルターがニヤリと笑って言う。およそ海兵隊らしからぬ風体の面々は、その中身を知らなければただの管理職にも見えるだろう。常に鍛え上げている最強の即応集団な海兵隊は、その戦闘要員とも為ると全身ムキムキにトレーニングしてるのが普通なのだ。
「見るからにひ弱そう……ってな。腹ン中で笑ってんぜ」
テッドもそんな風に悪態をついた。ただ、そんな中にチラホラとニューヨーク降下作戦で見たメンツが居るのに気が付き、内心でほくそ笑んでもいた。彼らはサイボーグ隊の実力を嫌と言うほど理解している筈なのだ。
「あっ! エディが出てきたッス!」
トニーが小さな声でそう言い、壇上を小さく指差した。幾つもの勲章を胸に下げているエディは、もはや歴戦の勇士となっている。そして、いつの間にか大佐の肩書きに昇進しているのが見えた。
「スクランブルエッグ付きとは恐れ入ったね。さすがだ」
ジャンもそう言って感嘆するその姿。立派な鍔の付いた帽子の庇部分には金の刺繍で飾りが入っている。
遠目に見るとそれがまるでスクランブルエッグのように見えるから付いたスラングだが、それを被れるのは大佐級以上なのだから識別には持って来いだ。
「地球連邦軍海兵隊に志願した諸君。国際連合統合軍海兵隊に参加していた諸君。諸君らは今日より一体の組織として運用される。国際連合所属地球軍海兵隊だ。一般には国連軍海兵隊と呼称される事になるが――」
エディの言葉を聞きながら、テッドは再び旅が始まることを実感していた。ここから先は本当に馬車馬の様に使われる日々が来る筈。そしてその全てでエディは結果を出さねば為らず、将来の為に布石を打つ事を忘れてはいけないのだ。
「――我々は地球文明圏の全域において活動する国連3軍の一角を担いつつ、最強の尖兵として一番最初に現場到着し、一方的に暴れるだけ暴れる組織となるのだ。諸君らの気概と勇気と忠誠心が問われることになるだろう」
それはエディなりの脅迫その物。エディの為人を知らなければ理解しがたいだろうが、エイダン・マーキュリーと言う人物は全部承知で凶手を選んでくる最強のへそ曲がりなのだ……
「なんかさぁ……ろくな予感がしねぇぜ」
ため息混じりにヴァルターがそうこぼす。
ただ、その意見は間違いなく正鵠を得るものだと全員が思った。
「我々はこの地球、火星、そして月の各エリアにおいて地球文明圏の確立と防衛を行う。シリウス側から地域支配権を引き剥がし、彼らの星へ帰ってもらう。そして地球は地球の絶対安定圏を構築する。我々に意見するな!と追い返すのだ!」
エディの宣言に会場がドッと沸いた。それを見ていたクレイジーサイボーグズの面々は、なんとも表現しようのない微妙な表情になった。エディは明らかにシリウスを切り捨てるというスタンスを見せている。その点について海兵隊の面々は違和感を持ってないのだ。
「シリウスの独立安定は間違いねぇな」
テッドがポツリと呟いた。多くのシリウス人にとって、自主独立の願望は常に腹中にあるものだからだ。できれば穏便な形で独立したいと願う者も多い。故に、ここから先の戦闘が見当ついたのだ。
「独立派のなかにいる強硬派をあぶり出して殲滅して歩くんだろうね」
ウッディが冷静な声でそう言うと、ディージョが応えるように言った。
かつてシリウスの地上で何度も繰り返されてきた悲劇の縮図を……だ。
「連中が自分達で蒔いた種みたいなもんだぜ。要するに革命を起こしたかったんだろうな。自分達が支配者になるために」
多くのシリウス人がそれに気付いている。ただ、表だって声をあげれば、突撃隊に粛清される。その恐怖と戦っているシリウス人民を解放するのだ。それこそが使命だ……とテッドは思った。
「まぁなんにせよ、ここからが勝負だぜ。気合い入れろよ? 本当に馬車馬の日々だぞ?」
ジャンが冷やかすように言った。
それに反論したのは、以外にもジョナサンだった。
「え? 今だって十分馬車馬だと思いますけど??」
油断していたところにぶちこまれたせいか、全員が思わずプッと笑った。生身の身体の兵士たちが不思議そうに見ているなか、501大隊の面々は笑いをこらえて壇上を見ていた。
エディの言葉が終わり、全員の顔にやる気が漲っている。そんななか、壇上に上がったハミルトン大将が満面の笑みで宣言した。
「これより我々は公式に、国際連合合同軍海兵隊を名乗る! 国連軍海兵隊だ!」
会場が割れるような拍手と喝采に包まれた。その声がひとしきり響き、静まるのを待ってハミルトン大将は今後について説明した。
「海兵隊は即時即応の伝統を受け継ぎ、地上軍と宇宙軍の機能を限定的に保持し、いかなる艱難辛苦を乗り越え、地球の独立と繁栄に寄与する組織となる。そして今後、我々は海兵隊のなかに更なる強攻集団を設立する。すべての隊員に参加のチャンスがある。人類のために戦うエリート集団だ。諸君らのガッツとチャレンジングスピリットに期待する! 以上だ!」
地球歴2275年1月10日。
地球上におけるすべての国家が加入していた国連は、事実上地球の最高政治機関として再整備され各種組織が発足することになった。まだまだ整わない部分もあるが、それは活動を開始してから調整していく作戦だ。
その一貫としてスタートする国連軍は、連邦軍と旧国連軍とが合流した総合組織となって地球上におけるすべての活動に優先権を持つ事になっている。その先に見えるものは地球合衆国もしくは共和国だ。
「まぁ、気合い入れていこうぜ」
「そうだな」
テッドの言葉にヴァルターがそう応える。
新しい旅の始まりは、ここまでの旅路の延長線上にあるのだった。
しばらくお休みです




