サンフランシスコの攻防 07
~承前
リディアの件でシスコへ来たのは、既に20年も前の出来事になっていた。
テッドの時間感覚ではまだ去年か一昨年なのだが……
「極めつけにヒデェ……」
いまテッドが見ている街並みは、市街戦を派手にやったシリウスのサザンクロスと同じ程度に破壊されている瓦礫の山だった。立ち並んでいた高層ビルの多くが根こそぎ破壊され、その瓦礫が無造作に積み上げられている。
そして、その瓦礫の山の隙間、アチコチの裂け目から胸を悪くするような死臭が漂っている。崩壊したビルの構造材に押し潰され死んだ者が多いのだろうが、それを回収する気力すら無いのかも知れない。
「んで、シリウスのクソ共はどこに居るって?」
不機嫌そうにディージョがそう言うと、ジョナサンは地上軍から貰った簡易的な戦域マップを広げた。もちろん紙に描かれたもので、赤いメッシュが被せられたエリアは立ち入り禁止措置が取られている場所らしいのだが……
「このマップの赤い所は地球側シリウス側双方の協定で、両者とも足を踏み入れないことになっているそうですけど……護られているとは思えません。まぁ良くてドンパチ禁止のレベルでしょうね」
ジョナサンと共に説明を聞いていたレオナルドがそう言った。G00と呼称する新型の機体は最初こそぎこちなかったが、今はまったく不自然さが無いレベルにまで動作が改善されていた。
「んで、そのシリウス軍をどうするんだって?」
ディージョと共に警戒に当たっていたテッドは、エディ達が現場本部で聞いてきた今後の方針についての情報を持たないでいる。それ故にレオやヨナの説明が重要なのだ。
そしてそれは、言い換えるならこの二人に対する士官教育でもあった。聞いた内容を素速く確実に記憶し、一言一句間違えず正確に思いだして説明し、そして理解させる。
まともな士官教育を受けていない5人を一人前に育てるべく知恵を絞っているエディの深謀遠慮で、彼ら5人は馬車馬のように走り回っていた。
「現在はこのベイエリアの周辺で停戦中です。紳士協定で無通達の銃撃戦には及ばないと約束しているそうです。現在は地上軍の佐官級がシリウス軍側と交渉を続けているそうですが……
そんな説明が続いていた時、何処かでズンッ!と爆発音がした。腹に響く低い音が街中に轟き、崩れかかったまま微妙なバランスで耐えていたビルのいくつかにトドメが入ったらしい。
ガラガラと凄まじい音を立ててビルが崩れ、アチコチで濛濛と砂塵が巻き上げられている。その中を青い回転灯を回した救急救命車輌が走り回り、負傷者の救援が始まっているようだ。
「……戦闘と言うより負傷者支援と爆発物探しがメインになりそうだね」
巻き上がる煙を見つつ、ウッディがそんな事を呟いた。シスコの街は控え目に言っても地獄だとテッドは思った。そして……
『全員聞こえるな。南西ブロックの大型ショッピングセンター跡辺りでシリウス軍が抵抗戦闘を始めたようだ。そこへ支援に付いてくれと戦線本部から要望を受けたので参戦する。全員移動を開始しろ』
エディの指示が出たので全員が一斉に動き出した。繁華街からベイエリアへと進出した501大隊のサイボーグ達は、そのエリアのなかで索敵と封じ込め戦闘に当たることになったのだが……
「連中ずいぶんとやる気だぜ!」
アッハッハ!と笑いながらブルは手榴弾を投げた。手持ち火器を総動員した古式ゆかしい銃撃戦だが、市街地のど真ん中で装甲車両無しでの戦闘となればこんなもんだともテッドは思った。
ただ、シリウス軍側が何でこんなに抵抗するんだろうか?と、妙な角度で不思議な気分になった。ぶっちゃければシリウス側の負け戦だ。その場合、セオリーとしては生き残りを一人でも多く作って撤退が望ましい。
継戦能力を維持し、あわよくばターンチェンジを図るのが常識なのに、なぜにこれほど激しい抵抗をするのだろうか?と、そこがどうしても腑に落ちないのだ。
「なんかシリウス軍が企んでそうだよね……」
そんな臭いを察したのか、ウッディもそんな言葉をはいた。だんだんと抵抗拠点は小さくなっていて、各部に凄惨な死体が転がり始めた。キャリバー50で撃たれれば、少々の装甲を身に付けていても豆腐のようなものだ。
――――痛ぇだろうなぁ……
前進しながら胴体が真っ二つになっている死体を見たテッドは、そんな印象を持った。どす黒い血と便臭と内蔵臭を振り撒く死体は間違いなく人間だ。ここにもレプリが居ないなぁと不思議に思ってたのだが、どうやら大勢が決したらしい。
「よしっ! どうやら勝ち戦だ!」
ご機嫌なアリョーシャの声が聞こえ、テッドは身を屈めたまま辺りを見回した。戦闘支援情報はほとんど役に立たないが、それでも散発的な銃声すら聞こえなくなり始めた。
「終わったんか?」
ディージョがひょいと身を起こした。ベイエリアの様々な箇所に隠れていたシリウス軍の掃討は終了したらしい。しかしながら、何でこんな無謀な戦闘に及んだんだ?と言う疑念が解消されたわけではなかった。
「連中、何でこんな戦闘を始めただろう?」
テッドがそれを漏らしたとき、間髪いれずヴァルターが『テッドはここんとこ疑問ばっかだぜ。まるで学者さんだ』と冷やかした。その言葉が終わると同時にあちこちからワハハと笑い声が上がった。
テッドもつられて笑い、フッと気を抜いた瞬間だった。どこかでズンッ!と地響きがあり、一瞬だがグラリと足元が揺れた。
「即席爆弾!」
その場にウッディが伏せ、程なく全員が一斉に地面へと伏せた。その直後、ベイエリアのあちこちから一斉にドスンドスンと爆発音が続いた。小さなものは手榴弾ほどの威力だろうが、大きなものは自家用車が軽く吹っ飛ぶ威力だった。
「全員救護に走れ! 重傷者多数だ!」
戦術的に撤退を繰り返したシリウス軍にあわせ全身を繰り返した地球側だが、即席爆弾は後退したシリウス側の置き土産的な状態だった。従って、地球側戦力の後方部隊に被害が集中しているらしい。
「運が悪いとしか言いようがないな……」
銃を背負い後方支援についたオーリスが呟く。手製の簡易爆弾ながら、その威力は折り紙つきだ。対車両向け地雷などに使われるプラスティック爆薬の周囲にネジや釘と言ったモノを張り付け、近接殺傷力を大幅に高めた人の悪意の結晶だ。
その爆発は海兵隊の現場へやって来ていた士官教育の学生たちをも巻き込んだらしい。各所でトリアージが行われ、生命維持の見込みが無い者はその場に楽にする処置がとられた。
「死ぬか生きるかの境目って……案外曖昧だよな」
テッドが呟いたそれは、戦場で命のやり取りを経験したものなら、誰でも知っていることだった。ほんの数歩の差で命を落とす者がいるのだから、これほど理不尽な世界はない。
至近距離で爆風を受けた者は、身体のあちこちを引きちぎられ、虫の息で死ぬのを待っている状態だ。痛みと衝撃にパニックをおこし、恐慌状態で叫び続けている者もいる。
――――いきなり戦場の洗礼かよ……
自分自身がそうだったように、いきなり戦場へ放り出された人間が辿るルートは2種類しかない。戦場に適応し生き残るか、戦場を拒絶して死ぬか……だ。そしてここでは、シリウス側への抵抗戦力として動員されたらしい学生たちが犠牲になっていた。
――――うわぁ……
死体回収と同時に生存者を担架で集めていたテッドとジャンは、極めつけにひどい生存者を見つけた。下半身の大半が高速で貫通した様々な物によりグズグズの状態になっていて虫の息だった。
「大丈夫かい?」
ジャンは優しく言葉をかけた。実際の話として、もうそれしか出来ることがないような状態だ。下半身を貫いた殺傷材料は腹腔内臓器の大半を機能不全にしている状態だ。
消化器系の大半が失われ、腎臓や肝臓にもダメージが出ている。そんな状態では膀胱だった臓器に血が溜まり、ダラダラと真っ赤な小便を垂れ流している状態だった。
「なかなか大変な目に遭ったな。名前を言えるかい?」
死ぬ行く者には労わりとねぎらいの言葉を掛けること。そして、君の死は無駄ではなく忘れもしないと安心させること。幾多の戦場で見てきた最期のシーンをトータルすれば、結局はここに行き着くのだった。
「ペンシルバニア大学……ROTC……3回生……ドナルド・マックバーンです」
大柄な黒人であるドナルドは、焦点の定まらない目でそう応えた。口許からも血が溢れていて、自分の血が肺に入って溺れているような状態だ。
「そうか、わかった。そう報告する。シリウスのクソどもはさっき全滅させた。なにも心配ない。安心しろ」
ジャンがそう言うと、ドナルドは力無く笑った。もはや死ぬのを待つだけの状態なのだが、それでもまだなにかを言いたそうだった。
「この手で……撃てなかったのが……心残りだ……」
こんな時代に予備士官教育を受ける位なのだ。なにかしら心を燃やす理由があるのだろうとテッドは思った。そして、それが出来ない無念さに思いを馳せた。
「そうか。なら頑張れ。いま救援を呼んだ。戦うんだドリー」
無理だと分かっていてもテッドはそう励ました。それが出任せであることなど誰にだってわかる事だった。ただ、ドナルドは『はい』と答え意識を失った。ほぼ同じタイミングで重傷者専門の救命チームが到着したのだった……




