サンフランシスコの攻防 01
何度乗ったかわからない降下挺の中、テッドは黙々とマガジンの中に弾を積めていた。12.7ミリの巨大な弾丸をアモケースから取り出し、相応に巨大なマガジンへ詰めていく。
かれこれ300年近く使われる50口径の巨大な弾丸は、『.50』が示す通り1インチのちょうど半分なのだ。そして対物攻撃ライフルとして使ってきたその弾丸は、この日からサイボーグの部隊にとって標準的な武装になろうとしていた。
「これ、本気で凶悪だな」
あのウッディがニヤニヤと笑いながら同じように弾込めしている。
もちろん、501大隊の面々は誰もが着々と喧嘩装備を整えつつあった。
「しかしさぁ……」
不意に声音を変えて切り出したディージョは、指示された通り30連装のマガジンを12個作り、マガジンポーチに6ヶずつ納めた。そして、最後のひとつを作り上げると、まだ鈍い光を放っている新品の銃に叩き込んだ。
これでボルトを引けば初弾がチャンバーに叩き込まれ、凶悪なサイズの弾丸は不運にも命中してしまった的を木っ端微塵に破壊するだろう。この弾丸の弾頭は窒化チタンとクロモリの合金で作られているのだ。
「この銃……試作品だろ? いきなりの実戦投入で平気なのかな??」
そんな不安をディージョが口にするのも無理はない。巨大な弾丸を飲み込んだその銃は、バレット社の作った不朽の名作、M82対物狙撃ライフルをブルバップ型で連射構造に改良した代物だ。
一般兵士と違い、サイボーグの兵士ならば重量は問題になら無いレベルだ。耐久性の面で問題がなければ更に軽量化を図れるだろうが、その前に先ずは使ってみようと言う話だった。
「メーカーの方で散々試験してると思うけどな……」
何とも歯切れの悪い調子でステンマルクがそう言うと、相槌を打つようにオーリスが言った。共にエンジニア畑出身だからこそ、思うとこもあるのだろう。
「実際の話、どんなに試験しても不具合は必ず出るし、実用上問題にならない程度であれば使いながら改良するのが一番だ。むしろ、実戦で使うことで隠れた問題が引っ張り出され、それを改良していくのが一番良い」
銃だって工業製品なのだから、想定以上の使い方をされたときには故障もするだろうし、射撃不能に陥ってピンチを招くこともあるだろう。そんな局面をいくつも経験し、銃だって成長するのだ。
「けどさぁ、よりにもよって…… エディも無茶するよな」
ヴァルターは苦笑しながらもそう言った。彼らクレイジーサイボーグズが目指しているのは、アメリカ合衆国の西海岸。サンフランシスコの郊外に陣取るシリウス軍拠点だった。
ヒューストン攻防戦が一段落し、休戦交渉の結果として北米大陸へと降下したシリウス軍の生き残りおよそ200万は、地球大気圏から退去する事となった。他の大陸や拠点への移動は一切認めず、撤退することが停戦の条件だった。
しかし、その交渉がまとまりかけたとき、横槍を突っ込んできたはた迷惑な連中がいたのだ。シリウスの地上に居るときから活動していた、シリウス独立闘争委員会の残党と、その親衛隊の生き残りたちだ。
彼らは流血の事態も厭わず地球への徹底抗戦を叫び、他のシリウス軍にも共闘を呼び掛けている。弾薬尽きつつある現状だが、地球に居る限りは飯の心配がないのだ。
常に食料危機と戦ってきたシリウス人にしてみれば、食料の心配がないのは何よりありがたいと言える。そして、どんな形にせよ、地球側の言いなりになるのではなく、名誉ある撤退を望んでいるのだった。
「でもまぁ、気持ちは解るよ」
テッドもまた苦笑いしつつ、そんなことを言った。シスコの郊外に陣取るシリウス軍は今にもシスコの街へなだれ込んでいきそうな状態だ。開けた平原よりも都市部の方が戦闘しにくいのは自明の理。
何より、シスコにはレプリカント製造企業最大手のタイレル社とサイボーグ建造最大手のサイバーダイン社が立地しているのだ。そんな街にシリウス軍が流れ込んでくるのは、サイボーグにとっては全く歓迎しないこと。
ましてや新しい機体が着々とラインオフしつつあるのだから、邪魔するな!と叫びたくなる方が実情に近い。しかし、エディの思惑の根幹をテッドはよく理解していた。
――――リディアの為だ……
そう。
シリウス製のレプリボディとは比較にならない、高性能かつ高品質を地球製のレプリボディは実現していた。シリウス側にしてみれば、万難を排してでも手に入れたい施設と言えるのだ。
「まぁアレっす。テッド兄貴のねぇさんとジャン兄貴の奥さんの為でもありやす」
お調子者のロニーがそんなことを言うと、トニーたち新人組が不思議そうな顔をしてジャンとトニーを見ていた。
「まぁそのうち説明するさ。それより、エディが来るぜ」
テッドの言葉と同時、降下挺前部の個室からエディが姿を表した。ブルとアリョーシャ、そしてリーナーと共にテッドたちのところへ来た。そして全員注目!と号令を発し、全員の耳目を自分に集めさせた。
――――――――西暦2274年 10月 22日 午後
地球突入軌道上。高度100キロ付近
「全員準備できたか?」
降下挺の内部、完全戦闘装備で立っているエディには一部の隙もなかった。
「エディ……本気でやるんですか?」
怪訝な声音でヴァルターがそう漏らすと、傍らに居たミシュリーヌがクスクスと笑っている。土壇場に立った時には男よりも女の方が余程度胸が据わるというが、実戦を経て彼女もまた成長していた。
「勿論だ…… それとも、やりたくないか?」
嗾けるような言葉がエディから漏れ、ミシュリーヌだけで無くテッドやロニーまでもがクスクスと笑い出した。ヴァルターはばつの悪そうな顔になって苦笑いを浮かべるが、それと同時にアリョーシャが作戦概況図を降下艇の中に提示した。
「さて、全員聞いてくれ。これから何をするのか。それを説明する」
おもむろにエディが切り出したのは、なんでまたシスコの郊外へ殴り込みに行くのか?と言う問題の根幹だった。
「まずは、先の国連本部における軍事行動委員会での会議の様子だ。これは全員映像で見た方が早いだろうが、概略を説明すると……」
全員の視界にスーパーインポーズで入ってきたのは、その委員会に出席したエディの見た映像だった。連邦軍の三軍高官や参謀陣と共に、国連軍を形成していた中国の人民解放軍が映っていた。
――――なんかまた妙な事になったな……
そんな印象だったテッドは、それ以上の感慨を持たずにエディの話を聞いた。なんとも物騒な言葉が漏れるそれは、海兵隊の本領発揮とも言える機動戦の実験を兼ねた強襲作戦だった。
「中国側はシスコの街に突入してくるシリウス軍を根絶やしにしようと提案してきたのだが、まぁ、要するにトカゲの尻尾切りだ。そして同時に、我々サイボーグチームへの当て付けでもあるのだろうな」
エディの説明に全員がクスクスと笑い出した。大気圏外から散々と中国を狙って宇宙船を墜落させたのだ。その腹いせに嫌がらせ紛いの事をしたくなっても、致し方ないと言えるだろう。
「シリウス軍にシスコを攻撃させ、それによってサイバーダイン社の本社工場を機能不全に追い込みたいらしい。ただ、こちら側としてはそんな事など全てお見通しだからな。故に――」
アリョーシャが作戦概況図を指揮棒でさした。複数の軍団が西海岸の内陸部に展開し、シスコを目指すシリウス軍のケツに食い付ける位置まで前進しつつある事が見て取れた。
「――西海岸に展開していた連邦軍の第14軍団と第22軍団を動員してシリウス軍の弱い部分を叩く作戦だ。シスコの街中にはカリフォルニア州兵の7個師団と連邦軍の地上軍空挺隊、第101空挺師団を中心に約8万が展開している」
つまり挟み撃ちだ。但し、シリウス軍の抵抗集団は多くて300か400程度と見積もられていて、大軍で揉むには効率が余りにも悪いのだ。また、万が一にも取りこぼしてシスコの街へ逃げ込まれた場合には、その掃討戦で街が壊れる。
「あの巨大な街で掃討戦などやりたくないだろ? だから――」
エディが指示するとアリョーシャが作戦概況図を張り替えた。そこに示されているのは、エディの考えた強引なパーティーへの途中参加だった。
「――我々はシリウス軍のパーティーにお邪魔し、あのなかば独立した指揮命令系統の集団を殲滅し、連邦軍首脳部や中国関係者に海兵隊の活用方法を実践で提案することにする」
それが意味する所は簡単だ。空中からHALOで突入する強襲降下。そして、獅子身中の虫となったサイボーグチームが、持てる戦闘能力をフルに発揮し、宇宙だけで無く地上でも役に立つ事を立証する。
「任務は簡単だ。我々が演じるのは、空からやって来る死神。確実な死をもたらすターミネーターの役だ。従って生き残りを作る必要はないし、むしろ作ってはいけない。我々に立ちはだかる敵全てを完膚なきまでに粉砕するのが戦術的な目標だ」
より一層凶悪な笑みを浮かべたエディは、全員の反応を楽しんですら居た……




