一端お開き・・・・
~承前
その日、ヒューストン郊外に展開していた501大隊の面々は、市街中心部の一角にある大きなビルのなかに集まっていた。テッドを含めた各小隊の隊長が勢揃いだった。
シリウスとの戦闘が一段落した結果、地球側にも緩い空気が生まれ始めている。そしてそれは、帰郷の頃合いを見計らう結果ともなり、兵士達は若干浮き足だっているのだった。
「さて、今日になって皆に集まってもらったのは他でもない。今後についての説明だが――」
そう切り出したエディは、全員が着席を完了するのももどかしく、一方的に切り出した。士官級は着席し、その周囲には階級順に着席している状態だ。ただ、曹の肩書きを持たないものは基本的に立ち席となる。
その関係か、壁際まで様々な出自の者で埋め尽くされているのが現状だ。彼らは臨時に501大隊へ戦時編入された者ばかり。そして、基本的には連邦軍所属ではない面々だった。
「――シリウス側との停戦交渉は一定の水準まで進捗し、彼らは武装解除の上でこの地を離れることになった。どこに行くのかまでは関知しないが、基本的には大気圏外への退出となる。そして、まぁ、これは半ば願望だが……」
エディは間を開けてから室内をぐるりと見た。
ニューヨーク降下作戦以来、あちこちで吸収してきた面々が揃っていた。
「……諸君らとの旅が続いて欲しいと願っていた私の期待もどうやら裏切られるようだ。唐突だが明日付けで全員に元隊復帰命令が出るだろう。州軍出身者は州軍へ行ってもらう。合衆国軍所属の者は合衆国軍へ。つまり、この大隊は戦闘能力を一旦放棄する。まあ、そもそもが機械化歩兵実験大隊だった関係で元の形に戻るわけだよ」
エディの言葉が淡々と続き、小さな会議室のなかに重いため息が漏れた。ただ、それは決してネガティブなものではなく、むしろ地球側の勝利を祝う安堵の吐息と言って良いことだ。
そして、幸運にも生き残れた事を神に感謝する小さな祈りの聖句があちこちから漏れた。生きているのではなく、生かされている。たったそれだけの事だが、その違いを誰よりも痛感している者ばかりだった。
「中佐。同行を希望する事は出来ますか?」
説明聞いていた者の中に手をあげてそう質問した者がいた。胸のネームシールのはグンバイアンの文字があって、どうやら東南アジア系らしい顔立ちと姿をしている小柄な中年だった。
「いまそれを説明しようと思っていた」
エディの言葉に『すいません』と返したグンバイアンは、小さくなって椅子に腰を下ろした。
「我々は海兵隊だが、所属は地球連邦軍だ。ただし、後日公式に組織体制を変更した上で、国連宇宙軍海兵隊として組織されることが決まっている。一定の選抜基準があるのだが、その前に書類選考を行うことになっている――」
エディの言葉を聞いた者の中に目を輝かせる男が何人かいた。他でもない国連軍海兵隊の看板に手が届くところにいるのだ。その待遇は他の地上軍とは一線を画すだろうし、老後も安泰と言って良いはず。
手厚い福利厚生と危険に見合う給与を約束された史上最強のブラック職場。しかし、どこの出身であっても底辺階層にいる者にすれば夢のような環境がすぐそこで待っているのだ。
「――どれくらい実行力があるかは解らないが、私の名前で紹介状を書くことは出来るだろう。それをもって海兵隊の隊員募集リクルートに応募して欲しい。国連軍海兵隊に配属されたなら、もう一度我々と旅をすることになる」
ざっと500人からいる臨時徴集の面々だが、少なくとも半分はやる気を漲らせていた。こうなるとこれから先の競争が相当激しくなることが予想されるが、それでもやりたいと願う者は予想より遥かに多かった。
「これから先、シリウスとの闘争は相当酷いものになる事が予測されている。当然だが戦死の危険も加速度的に上がるだろう。故に、海兵隊と契約するなら、相当よく考えてからにした方がいい。私が言えるのはそれだけだ」
エディはそんな言葉で締めくくった。小さな拍手が沸き起こり、その後でアリョーシャが兵士全員に小さな封筒を渡し始めた。
「テッド兄貴。あれ、なんすかね?」
興味深そうに眺めているトニーは、小さく指差してからそう言った。
まるでお年玉のようにも見えるそれは、海兵隊からの心付けだった。
「金だよ。見りゃわかるだろ。いわゆる慰労金って奴だ。手当てだよ」
もらった封筒を早速開けた面々が『おぉ!』と声を上げた。すぐ近くに居たパーマー曹長が『こんなに貰って良いんですかね?』とテッドに聞いてきた。
チラリと見た封筒の中には1万米ドルの小切手が入っていて、よく見ればそれは3枚存在するのだった。
「良いんじゃ無いか? それだけ酷い戦闘を経験したって事だ。ぶっちゃけ言うとさ、シリウスの地上戦よりハードだったって思うよ」
テッドは笑みを浮かべながらそう言った。ただ、正直言えばそれは完全なリップサービスで、本音を言えば地球に来てからの戦闘は終始ぬるいと感じるシーンばかりだった。
だが、どんな時もストレートにそれを言うのは間違いだ。時にはリップサービスして兵士達に感謝するべきだし、出来る事なら彼らの悩みや恐怖を紛らわし、労をねぎらい、その活躍を褒めてやらねばならない。
――――士官だからな……
遠い日、シリウスの地上で見た連邦軍士官は、誰もが立派だったとテッドは思いだした。責任感と勇気と、なにより愛に溢れる男達ばかりだった。そして、女性士官を何人か見たが、そのどれもが素晴らしい母性の人ばかりだ。
「中尉。良かったら一枚もらってください」
パーマーが1万ドルの小切手を差し出すと、すぐ隣に居たビンガムも『そうだな』と1枚差し出した。そして、気が付けばテッドの小隊だったBチーム全員が一枚ずつ小切手を差し出し、テッドの手元に14枚の小切手が集まった。
「……なんで俺に??」
不思議そうにしているテッドだが、ホーバス軍曹は笑みを浮かべて言った。
「中尉の隊に来たから生きて帰れるんですよ。運の良い上官の所に来れた自分はラッキーだったと喜んで帰れます」
ホーバスに続きクラーク軍曹も笑いながら言った。
何とも爽やかな男らしい笑みだった。
「実際、戦死した奴は沢山居ると思うんですけど、ワシントン攻防戦からこっち、中尉の隊は誰も死んでません。だから思うんですよ。運の良い人に出会えたって感謝するべきだって」
クラークの言葉を聞いていたBチームの面々が、口々に『運の良い男』という言葉を口にした。そしてそれは、テッドの胸にスッと染みこんでいくのだった。
『エディ。なんか俺ももらっちゃったけど良いのかな?』
中隊内部の無線を使ってエディに報告したテッド。
気が付けば14万ドルの大金が集まっていた。
『好きに使え。ただ、役に立つ金の使い方をしろ』
『了解です』
改めて小切手を数えたテッドは、その大金を前にニヤリと笑ってチームをグルリと見回した。チームの誰もが満足そうにそれを見ていた。
「じゃぁこうしよう。明日には解散になるだろうから、今夜は最後のミーティングを行う。俺の奢りだから下痢するまで酒を飲みに行こう。ヒューストン市街なら飲み屋くらいあるだろう。夕方の点呼の後に出掛けるから準備しといてくれ」
テッドの言った言葉にワー!っと歓声が上がった。他のチームから見た時、Bチームだけは結束がちょっと違うと思われるだけの姿がそこにあった。
ただ、当のテッドにしてみれば、これはあのグレータウンで地域の百姓が集まって騒ぐ飲み会と一緒だった。そしてその場で、テッドの父は乞食や食い詰め者にまで飯を振る舞っていた。
保安官が見せるべき社会正義を具現化した姿。
テッドの胸の中には、まだシェリフである父親が生きているのだった……
――――――その晩
「野郎共! 準備は良いか!」
まるでガソリン缶のようなサイズのジョッキを持ったテッドは、バーの奥にあるボックス席のど真ん中で声を張り上げた。その周囲にはBチームの面々の他に、ヴァルター率いるFチームの面々が参戦していた。
聞けばFチームもまた1人の戦死者も出さずに終わったらしい。そして、同じようにヴァルターも、チームの面々から一枚ずつ、小切手をもらっていたのだった。
「いつでも行けますぜ中尉!」
誰かが叫び、両チームの面々が一斉に声を張り上げた。
「VIVA! 5! 0! 1! GO!」
テッドの音頭に合わせ全員が一斉に乾杯した。そして、並々と注がれたビールがどんどん飲み込まれていった。
「全員遠慮無く飲め! この店一軒飲み尽くすぞ!」
大の男達がゲラゲラと笑いながらガンガンと飲み始めた。
20代30代の男達が集まれば、その酒の飲み方はまるでクジラだ。
笑い声と満足そうな表情を見ながら、地球も悪くないな……とテッドは思った。
そして、遙か遠くなったシリウスの故郷を思いだしていた。




