新器材と新時代と変わらないもの
~承前
トニーの後方送致から1週間が経過した。
ヒューストン郊外の攻防戦は一段落し、シリウス軍側の使者と地球側の高級将校の間で、一時停戦の協議が始まっていた。ただ、それ自体が一筋縄では行かない事で、しかもその交渉の席にエディは入れなかった。
――まぁこんなこともあるさ……
そう強がったエディだが、何を考えていたのかはテッドにも良くわかった。何らかの言伝てを頼みたかったのだろう。或いは、メッセージを託す可能性もあった。だが、全ての希望は打ち砕かれ、さすがのエディもしょんぼりとしていた。
ただ、現場にいる兵士にはしてみれば、砲声も爆発音もしない穏やかな日々だ。テッドはヒューストン郊外の夜営地で連絡機の到着を待っていた。事前連絡によれば、この日の夕刻にトニーが帰ってくるらしいのだ。
「そろそろ来ますね、中尉」
ビンガムとパーマーの二人も連絡機を待っていた。
二人の目的は、本部から送られてくる各種の補給品だ。
「何の補給待ちなんだ?」
テッドは興味深そうにそんな質問をした。
それに対し『まぁ、プライベートな事なんで』とビンガムはとぼけた。
「……まぁ、言いたくない事なら言わなくて良いけど」
少々不本意そうに腕を組んだテッドは、ちょっとだけ表情を厳しくした。
同じチームの中で隠し事をされたという不快感を剥き出しにしたのだ。
「あ、いや、やばいモンじゃ無いですよ? それに、モノじゃ無いんですよ」
ビンガムが言葉を濁すと、テッドはますます不機嫌そうな表情になった。
回りくどいことはしなくて良いから、ズバッと言っちまえよ……
そんな調子だ。
だが、定期連絡便のティルトローター機が着陸してハッチが開いた時、トニーより先に降りて来たのは、恐らく5歳かそんな程度の女の子だった。
「ダディ!」
花の様な笑顔でワーッと走ってきた女の子は、ピョンとジャンプしてビンガムに抱きついた。何とも嬉しそうに笑うその姿は、見ている者達の全てを笑顔に変えていた。
「良い子にしてたか?」
「うん!」
艶々と輝く黒髪の少女は嬉しそうにそう答えた。
ビンガムは優しい笑顔で『そうか』と答えている。
――――なるほど……
テッドはそこにビンガムの気遣いを感じた。そう、サイボーグには子など為せないのだ。だからこそ、テッドが内心面白くないと感じないように気を使った。結果的に見せつけることになるのだが、それでも……と。
「おぉ! テッドの兄貴!」
ビンガムの娘に続き連絡機を降りてきたトニーは、いつの間にかプラスチックスタイルではなくなっていた。その姿をどこかで見たな……と考えたテッドは、小さく『あっ!』と漏らした。
「おぃトニー。その成りは…… ミシュリーヌと同じか?」
「そうなんすよ」
困ったように笑いながら機を降りたトニーは、ビンガムのところに行って『いま戻った』と告げたあとでテッドのところにやってきた。
「シリウス側のつけた条件は、戦闘用ではないことって」
それは、あくまで人道的な配慮と言う建前の、言わば戦力を削り取る行為だ。高性能な戦闘用のサイボーグではなく、あくまで民生用に作られた医療機器としてのサイボーグ体――義体――に移る場合にのみ施設の解放に同意したのだ。
「まぁ、そりゃ良いとして……よくこんな機体を手配できたな……これ、スリムアスリートmark-VIIだろ?」
スリムアスリート
それはいまではパラリンピックの1部門となっている、サイボーグユーザーの限界競技向けに作られたホモロゲーションモデルだ。義手や義足にとどまらず、義体を使うことになった人々向けの10種競技。
それは、もはや肉体のスポーツではなくモータースポーツ状態になっている、義体メーカー各社のプライドを掛けた企業間戦争の場だった。パラリンピックがオリンピックに比べ、今一つ盛り上がりにかけることを懸念した協会側は、新たなスポンサーを得るために人間の機械の融合に目をつけた。
ちょうどレプリカントとサイボーグのメーカーが熾烈な争いをしていた頃だったので、世界中のサイボーグメーカーがそれに飛び付いたのだ。そもそもは市販される一般型で行われていた、パラリンピックの1部門にすぎなかった競技。
だが、大手企業がスポンサードを始めた時から、それはもう凄まじい闘争の場となり、専用モデルが投入されることも常識になっていた。極限のモータースポーツが技術開発の実験場であるように、これもまた実験場と化した。
走ること。泳ぐこと。飛ぶこと。
より早く。より美しく。より優雅に。
突き詰めれば生身のスポーツはこれで終わる。
だが、サイボーグのスポーツは全く別だ。
例えば走る競技。これは一周1000メートルのオーバルコースの中で、タックルあり格闘ありのエクストリーム競技。極限の運動性能だけではなく、素早い反応と正確な動作を行いつつ、タックルなどの衝撃に耐えられる機体が必要になる。
泳ぐとなれば、それはもう純粋に作動耐久性が求められる。毎年様々な会場で行われるが、基本的には24時間かけてどこまで泳げるか?が始まりだった。ただ、単に海峡を泳ぎ渡るとか島の回りを回るだとか、そんなものはすぐに飽きられる。
その結果、会場で行われるのは水に浮くボールを奪い合う水上の格闘技となった。そして、そのルールには、ライフジャケットに相当する浮力具への攻撃もありと言う熾烈なもの。つまり、浮力を失った瞬間に海の底へ沈んでいくのだ。
そんなサイボーグスポーツの場にあって、史上初の連覇を成し遂げたのが、このスリムスポーツの7世代目機。だが、3連覇は競技中に部品交換を義務付けるレギュレーションの変更で叶わず、それ以降の機体は作動耐久性を犠牲にしても高性能をとった結果、日常生活には不適な機体になってしまった。
つまり、市販ベースでは最強の機体であり、その中でホモロゲ取得のために市販されたスポーツスペック機の、そのデッドストックだった。
「いや、自分もちゃんと聞いてないし、メーカーも言葉を濁してましたけど――」
トニーは辺りをそれとなく観察し、聞き耳が立ってないことを確かめてから切り出した。それは、シリウス側との協定違反といって良いことだからだ。
「――使わなかった補修部品集めて組み立てたワンオフみたいですね……」
そこから先、トニーは聞き齧ったその内容を断片的に話し始めた。
まず、サイバーダイン社は連邦軍のサイボーグ機体を独占供給する契約を結びたかったこと。そして、その為に専用モデルを開発していたこと。
だあ、シリウス側はあくまで市販ベースであることが重要だとしていた。サイバーダイン社はそこに目をつけたらしい。昔からモータースポーツ競技の現場で繰り返されてきた、レギュレーションを都合よく解釈するアレと一緒だ。
市販車だけのレースにロールゲージのついた車が登場する。当然、ライバル企業はホモロゲ違反だと文句を言う。そんな相手にしれっと『当社は安全性に気を配ってますので、市販車にも装備しております』と、市販300台限定でロールゲージ装備モデルを出す。
ホモロゲーション違反はなにもない。市販車に装備されてるなら、それは紛れもなく市販車だ。それと同じことがトニーのモデルに起きていた。あくまで市販モデルの機体にスリムスポーツの部品を組み込んだという大義名分で、デッドストック機体を作ったのだ。
「シリウス側の検査官、文句いってたろ」
「いや、ゲラゲラ笑ってましたよ。やられた!って」
ここで笑えるかどうかで、その人物の器量と度量が透けて見えるもの。果たしてシリウスの検査官はなんと言ったのか。テッドは薄笑いのまま話の続きを待っていた。
「あくまで戦闘用の機体じゃないね?って念を押されたんで、ダインのスタッフがヌケヌケと実験用に作った研究開発向け機体だって言いきって、それでまた大爆笑ですよ」
思わず『そうか』とだけ答えて、テッドはトニーの右肘を持ち上げた。トニーの右腕はなんの抵抗もなくスッと頭上にかざされた。
「ほほぉ…… こりゃすげぇ」
「でしょ?」
通常、サイボーグの機体は内部リンケージの関係で肘を降り立たんでから頭上にあげる動作を基本としている。だが、トニーの右腕はまるで踏み切りの遮断器のバーが上がるように、スッと持ち上げられたのだ。
些細なことを言い出せばきりがないサイボーグ機材の不平不満は、こうやって少しずつ改善されるらしい。結果論として、死なずにすんだ兵士たちのQOL改善は地道ながら効果の大きな事なのだ。
「あ、そういえばシスコのダイン社内で聞いたんですが、近々公式に国連軍が発足するって話ですね」
へ?と、ゆだんしきった顔になり、テッドはトニーを見た。
その表情があまりにもベビーフェイスだったので、思わずトニーも笑っていた。
「じゃぁ、いまは何だって言うんだろうな」
「あくまで連邦軍らしいですよ。書類上では」
クソめんどくせぇ……
そんな顔になったテッドは、再び不機嫌そうに腕を組んだ。
トニーはそんな兄貴分の不機嫌さを和らげようと続きをこぼした。
「それと、いま自分が使ってるこの機体。国連軍海兵隊のサイボーグチームが公式に共通採用する方針だそうです。ワンオフの時代も終わりですね」
実際のところ、現時点ではまだ各自それぞれに専用設計な状態だ。それ部品の共通化などで冗長性を持てるようになるなら、それは歓迎できる話だった。そして、そんな時代が早く来い!と、テッドは心の底から祈っていた……




