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黒い炎  作者: 陸奥守
第十章 国連軍海兵隊 軌道降下強襲歩兵隊
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運の良し悪し・・・・

~承前






 一時的な虚脱状態のBチーム所属な面々は、無表情でティルトローター機を見送っていた。空気を裂いて上昇する機体には、事実上大破しているトニーが乗っていた。


 前線の工作部では対処出来ないと言うことで、後方送致の処置が執られたのだ。ただ、後方と言った所で結局は母艦に帰るしか無い。サイボーグのメンテナンスが出来る地上施設の殆どは、シリウス側の勢力圏下に収まっていた。


「考えたって始まらねぇですよ、中尉」


 どこで用意してきたのか、ビンガム曹長がコーヒーを用意してやって来た。

 馥郁たる香りを漂わせるそのコーヒーは、地球製の豆らしい。


「……美味いな」

「コロンビアのブルマンらしいですよ。まだ残ってたんすね」


 自分の分も用意してきたらしいビンガムは、テッドが一口飲むのを待ってから自分の分に口を付けた。この辺りの細やかな気配りと配慮が出来て、初めて曹長は曹長の役を果たせるのだった。


「少尉…… 助かりますかね?」


 何処か探るよな言い回しでビンガムはテッドの反応を待った。

 なんだかんだで軍の在籍は長い方だが、サイボーグと一緒に戦うのは初めてだ。


 アレコレと思う事はあるが、接していてつくづくと『同じ人間だ』という印象を持っていた。身体が機械なだけで、中身は間違い無く人間だった。


「……どうだろうな」


 テッドは返答に困って回答を保留した。

 正直言えば、運は悪いのだとテッドは思っていた。


 ――――楽に死ねねぇんだよなぁ……


 そう。

 本来ならサイボーグになどならず、既に死んでなければおかしいのだ。

 だが、何の因果か知らないが、死ぬ事も無く生き残ってしまった。


 残念ながら人間を辞めた形だが、その精神は生身の頃よりも人間らしい。

 そんな印象を持っているテッドにしてみれば、サイボーグは運が悪いのだ。


「中尉はもしかして…… 死ねなかったとか思ってません?」


 鋭い所を突いてきたビンガムは、少々怪訝な顔になっていた。

 そんな態度と空気にテッドは少なからず驚いていた。


「……あぁ、実際はそう思ってる。ホントならとっくに戦死してる筈なんだけど」


 肩を窄めて自嘲したテッドは、ため息混じりに項垂れた。

 それは、心底残念がっている姿であり、また、自責の念でもある。


 もっと役に立てたはずなのに……

 もっと功績を残せる様に動くべきなのに……


 毎回毎回、そんな事ばかり考えているのだ。生き残って、母艦へ無事に帰ってくる事を何度も繰り返しながら、その中で成長し、少しずつ大人になってきた事を当人が一番解っていない。


「中尉。こんな事言いたくは無いですけどね――」


 ビンガムはやたらと怪訝な表情になっていた。

 なにか拙い事を言ったのか?と、テッドが不安になるほどに……


「――普通は死にたくねえぇって喚きながら死ぬんすよ? いままでアチコチで仲間が死ぬの見てきましたけど、死んでラッキーなんて思う奴は一人も居なかった」


 ――――あぁ……


 テッドはビンガムが言いたい事を理解していた。

 そして、間違い無くその通りだとも思った。


「……だよな」


 そう相槌を打ったテッド。だが、ビンガムは表情を厳しくして言った。

 怪訝では無く不機嫌というような態度でだ。


「いーや、中尉は解ってねぇ」


 腕を組んでテッドを見ているビンガムは、よくよく見れば微妙に年上かも知れないとテッドは思った。年齢や出身地などと言った細かいデータはまったく把握していないのだ。


 ワシントン攻防辺りから一緒に行動し始めたこの男は、ある意味で非常に役に立つ気の配り方が出来る男だ。ただ、それは裏を返せば他人の不出来を嫌でも気が付くと言う面倒な部分に繋がる。


 そして、およそ軍隊と言う組織において、下士官の中を登り詰めてくる存在は、だいたいが世話焼き体質でお節介焼きと言って良い。上官は部下の面倒を出来る限り解決しようとするモノだからだ。


 社会からドロップアウトした存在が最後に頼るセーフティーネットとすら呼ばれる軍隊の場合、人間的に問題がある部下を上官はとにかく一人前にしようとするのだった。


「そうかな……」


 スッと素直な言葉が出たテッド。それを見ていたビンガムは『ティーンエイジャーのようだ……』と思った。まぁ、超光速飛行で時間に喰われたテッドだから、実際は25歳~30歳前後というのが実情だが、そこは彼らには伏せてあった。


「中尉は運が良かったんですよ。学もねぇ、金もねぇ、コネもねぇし、頼る人もねぇって無い無い尽くしは世の中嫌って程いるんですぜ?」


 その言葉は、不思議とテッドの胸にスッと染みこんだ。


「……地球でもそうなのか?」

「そうですよ。地球だってシリウスだって一緒です。人間の社会なんだから、何処に行ったって底辺は居るんですよ。住んでる所が違うだけで中身は一緒ですって。しかもだいたいが碌な人生送ってねぇと来たモンだ」


 ビンガムの説明に熱が入り始めた。ただ、テッドはそれを黙って聞いた。

 理由は分からなかったが、そうしなきゃいけないんだと思ったのだ。


「碌な仕事に就けなくて、乞食みたいなホームレスで無気力に生きて、何処かで病気か事故にでもあって、病院すら掛かれなくて、最後はどっかで野垂れ死に。そんなのが関の山です。所が――」


 ビンガムはズンとテッドを指差した。

 その指先から強い波動が出てるような気がした。


「――生きる場所が合って、軍隊に入れて鍛え上げられて、宇宙じゃエースだったんでしょ? ロニー中尉に聞きましたよ。おまけに、直撃弾喰らって撃墜されて死ぬ筈だったのに回収されて生き延びた。運が悪るけりゃ、今頃は宇宙のデブリ」


 そうじゃないか?と言いたげなビンガムに、テッドは首肯を返していた。

 改めて言葉として突き付けられると、それはとんでも無い奇跡だ。


 あのシリウスの片隅の国道で拾ってくれた相手は、寄りにも寄ってビギンズだ。

 いまはそのビギンズの部下として、士官なんて肩書きをもらっている。

 これを強運と言わずして、一体何というのだ……と。


「そうだな。目が覚めたよ。俺はラッキーだった」

「そうですよ。だから全員あなたに付いてくんだ」


 ビンガムの言い放った言葉に『え?』と返したテッド。

 そのリアクションが面白かったのか、ビンガムは笑いながら言った。


「当たり前でしょ。戦場じゃ運の良い奴が生き残る。歩兵稼業してりゃぁ誰だって気付きますぜ。運の良い上官の下に居れば生き残れるって。運の悪い上官だと、全員あっという間におだぶつですよ」


 アハハハと快活に笑いながらビンガムは言い放った。

 ほんの数センチの誤差で銃弾が掠めていって生き残る事があるのが戦場だ。


 ――――運の良さか……


 改めてそれを思ったテッドは、己の幸運に感謝するべきだと思い始めていた。



 ――――――同じ頃



「これだけ酷いのも久しぶりに見るな」


 そんな声を漏らしたウェイドは、空輸されてきたトニーの残骸を見つつそんな言葉を漏らした。率直な表現をするなら『大破』だ。重機材ならば現場廃棄もやむ無しとされるような状態だ。


「で、どうなんだ?」


 隣から覗き混んでいるエディは、興味深そうにそう尋ねた。

 かなり良い角度で撃ち抜かれたらしい上部胸腔には大穴が空いている。


「うーん……脳殻さえ無事なら48時間は生命維持できるはずですが……」


 幸いにして脛椎バスが無事だったので、ウェイドは専用のセーフティーユニットを介してトニーの脳殻に直接アクセスした。


「……えっと……あぁ、うん……いっぺんにしゃべるな……うん……うん……そうだ」


 誰と話をしてるんだ?と不思議そうなビジュアルだが、サイボーグにはよく分かるシーンが展開されている完全な閉じ込め状態となってオールブラックアウトしていたトニーの精神が限界に達していたのだ。


 そこに現れたウェイドを見て、トニーは感情が溢れたのだろう。いっぺんに言いたいことを全部言い、それだけでなく、不安や恐怖を吐露したのだった。


「落ち着け落ち着け。まだ死んでないし、これから修理だ。幸いにしてシスコのサイバーダイン社が受け入れを表明している。シリウス勢力圏下だが、恩を売っとこうって魂胆らしいぞ」


 そんなウェイドの言葉に全員がガハハハと笑いだした。もはや退潮著しいシリウスにしてみれば、地球側に恩を売って貸しを作っておこうと言う魂胆なのだろう。


「まぁ、もう少し我慢しろ。西海岸まで連絡機で2時間だ」


 そんな会話を続けているウェイドだが、アリョーシャは小さな声で『例の箱庭をいつでも使えるようにしておきたいな』と囁いた。そして、その言葉を聞いたエディは、意味深な風を匂わせ、ニヤリと笑うのだった……

今回も夕方に2話目を公開します

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