スナイパーとの戦い方
~承前
それは、ジャクソンビル市街における包囲戦闘中に発生した。
「トニー!」
テッドがそう叫んだとき、トニーはバリケードを抜け走っている状態だった。そんなトニーがトップスピードに達する直前、乾いた銃声が町中に響いた。音からして大口径の自動小銃だ。もしかしたら12.7ミリかもしれない。
平面的なこれと言って特徴の無い街だが、それでも高い建物はいくつかあり、それらが密集して存在しているブロックもある。そのどこかにスナイパーが潜んでいるのだ。
「トニー! システムチェックしろ!」
金切り声になってテッドは指示を飛ばす。だが、トニーはピクリとも動かない。
かなり急角度で撃たれたらしいトニーはその場にひっくり返って停止した。
辺りにはトニーの上部胸腔に収められていた各部品が散乱していた。
「中尉! 今の映像です!」
同じバリケードの反対側にいたパーマー曹長がヘルメットについていたアクションカムの映像を無線で飛ばして寄越した。その映像を左目に再生させたテッドは小さな声で『やべぇな』と漏らす。
突入角45度を越えている弾丸はトニーの左首もとあたりから体内に突入し、内部構造を破壊しながら右の脇腹を突き抜けて貫通したらしい。サイボーグだって上部胸腔には重要部品がガッツリと詰まっているのだ。
「少尉はサブコンをやられた可能性がありますね」
技術下士官であるビーム軍曹がずりずりと匍匐前進でやって来て、バリから外を見られるポジションに付いた。
「軍曹。あの型の機体にさわった経験は?」
「いや、触ったことはありませんが――」
ドライバーとスパナがクロスした技術系技能章持ちは、各兵器の高性能化、高機能化が進んだ現代戦において必須の存在と言える。戦闘中の些細なトラブルや機能不全だけでなく、重機材を現場放棄する際にも責任を持つポジションだった
「――恐らくはメインリアクターのすぐ近くにサブコンが配置されているはずです。バイタルパートのなかに重要部品を集めるのは常識ですから」
自信をもってそう答えたビーム軍曹は、再びずりずりと匍匐前進し、崩れたビルの影からトニーの近くへ接近することを考えた。だが……
「あっ! あそこ!」
同じスナイパーであるザリチェフがちょっと離れたビルを指差した。
そのビルに視界をやったテッドは、視野のなかに表示された数字にゾッとした。
「距離75ヤード……逃げる暇もねぇ!」
突入角45度ならば、感覚的にはほぼ真上から撃たれている状態だ。
浅いバリケードであれば、身を隠す余裕すら無く撃たれて果てる事になる。
「トニー! トニー! 返事をしろ!」
大声でそう叫ぶテッドだが、やはりトニーはピクリとも動いていない。強化プラスチックと軽金属の外装故に、その身には装甲服を着ていなかった。
「クソッ!」
視野の中に地域LANの状況を表示させ、手持ちのアプリで外部から状況を確認するべくテッドはトニーのパスコードを打ち込んだ。12.7ミリともなれば装甲服で防げるような弾頭では無いが、充分に威力は減衰出来たはずだ。
そして、あのサイボーグ機体の外装防御力があれば、一撃で機能不全はあり得ないだろう。プラスチックスタイル故に防御を甘く見たツケが回ってきたようなものだった。
「中尉。少尉のシステムチェックを外部コマンドで出来ませんか?」
「今それをやってるんだが……LANが繋がらねぇと来た!」
少々乱暴な言葉使いをしたテッドは、ハッと気が付いてビームを見た。
「軍曹。地域LANが繋がらない場合の対処法を教えてくれ」
あくまでソフトかつ丁寧な指揮を心掛けているテッドにしたら、それは充分な慌てぶりと言えるだろう。だがそれでも、テッド自身は己を恥じていた。どんなピンチの時にでもソフトな対応と笑顔を忘れなかった父親を思いだしたのだ。
「えっと…… あれ? もしかしたら少尉は…… 閉じ込め状態って奴じゃ無いでしょうか?」
思わず『それ何?』と素直な言葉使いで聞いてしまったテッド。グリーゼへの旅で時に喰われた関係で、書類年齢は50近いが実際は35そこそこなのだ。
「あれですよ。外部との情報接触が全て断たれる奴です」
「……あぁ、思いだした!」
久しぶりにサイボーグの構造学を思いだしたテッドは、上部胸腔に入っている各種機器の中で、通信関係の配置と機能を思いだした。どんなサイボーグでも情報通信機能に関しては身体の外部に無線機を設置して、そこと短距離通信で繋ぐのだ。
こうしておけば被弾などで故障した場合でも、通信機だけ交換すればすぐに戦闘に参加出来るし戦線に穴を開けないで済む。通信機自体は規格物で汎用品なのだから、それこそそこらに戦死している死体から剥ぎ取っても良い仕組みだった。
「けど、それにしたって声も出せねぇってのは…… あそっか、サブコンがやられてたらそっちも出来ねぇんだった」
小さく『くそったれが……』とぼやいたテッドは、スナイパーであるザリチェフを呼んで近くに来させた。
「お呼びですか中尉」
「あぁ。伍長。俺が囮になるから射点を見つけてぶちかましてくれ。手持ちの喧嘩道具じゃビルごと破壊しかねねぇから」
近接打撃兵器と言う事でRPGなども抱えてきてはいるが、下手に使えばビルごと吹っ飛ばしてしまってトニーがぺしゃんこになる危険性がある。本人は完全に抜け落ちているが、今のテッドは完全に若者に還っている状態だった。
「わかりやした! 任せてくだせぇ! あのクソ野郎のドタマをぶち抜いてやりますぜ!」
嬉しそうにそう言ったザリチェフは、手にしていたライフルのスコープに電源を入れた。3Dスキャナが一体化した高性能スコープはGPSと連動してコリオリ誤差の補正まで自動で行ってくれる優れものだ。
「恐らく向かいのあのビルの13階か14階だろう」
「それ以外にあの角度じゃ撃てねぇですよ。任せてください!」
ザリチェフはクルリと背を向け手近なビルの階段を駆け上がっていった。水平に射線の取れる所を探しに行ったのだろう。それを見届けたテッドは、どうやって囮になるかを考えた。
――――やっぱトニーの所に行くのが一番だよな……
手にしていたMG-7の残弾数を確かめ、テッドは振り返ってジョーンズ曹長を呼んだ。下士官の中で最先任なのだから、次の指揮権は彼になる筈だ。
「曹長。これから俺がトニーの所に行く。囮役だ」
ヘルメットの内側にある簡易緩衝材を膨らませ、頭部への直撃をもらっても貫通を防ぐように細工したテッドは、真面目な顔でそう切り出した。だが、それに対する曹長の反応は意外なものだった。
「バカ言わねぇでくださいよ中尉。囮役は自分がやります。援護射撃を」
テッドの膨らませたヘルメットを奪い取って被ったジョーンズは、銃の残弾を確かめながら背中と両肩の防弾パッドを入れ直し、更に予備を突っ込んで厚みを増して確かめた。
生身の身体に装甲服を着込んでいるのだが、その防御力はそれなりに期待出来るだけの能力を持っている。ただ、そうは言っても打撃力は伝わってしまうので、当たり所が悪いと大変な事になる。
「違う違う。あのスナイパーが持ってるのは大口径銃だ。生身が撃たれたら即死してしまうぞ。心臓破裂だと応急キットじゃ助からない」
テッドは真面目な顔で言ったのだが、ジョーンズは笑いながら返答した。
「中尉だって一緒ですよ。頭を吹っ飛ばされたら即死だ。誰がやっても一緒なら士官は生き残って責任取ってもらわねぇと困りますぜ」
ハハハと笑ったジョーンズは走り出すポジションについた。
「頼んますぜ中尉!」
「ったく! 死にたがりはホントに死んじまうぞ!」
そんな言葉を吐いたテッドだが、同時にBチーム全員に声を掛けた。街への侵入ルート東コースに陣取っていた彼らは、たった1人のスナイパーで釘付けにされたまま動けなかったのだ。
「野郎共! ジョーンズを援護しろ! 撃て!」
全員がバリから飛び出てスナイパーの潜んでいそうな所へ一斉射撃を浴びせた。
小口径高速弾を打ち出す自動小銃が10丁程で猛烈な射撃を行ったのだ。
「いけっ!」
テッドの声に弾かれジョーンズが駆け出した。目指すはトニーが寝転がっている辺りだ。瓦礫の散らかる路地を一気に駆けたジョーンズは、所々で不規則に進路を曲げながら接近して行った。
チーム全員がバリバリと援護射撃する中、ジョーンズは何気なくチラリとビルの上を見た。そして、瞬間的に『目があった』と直感した。スコープ越しにこっちを見ている殺意の混ざった眼差しを感じたのだ。
――――やべぇ!
再び視線を下に戻したジョーンズは、足下に転がっていた瓦礫に足を取られた。そして、斜め前方向にバランスを崩したと思うと、そのままずっこけてスライディング状態になった。
その時、ジョーンズの頭のすぐ先の所に銃弾が着弾し、眩い鉄火とちっぽけな土煙を巻き上げて弾け飛んだ。転ばなかったら直撃だったと言う場面で、思わぬ運をジョーンズが発揮した。
戦場においては運がモノを言う。そしてテッドは思った。ジョーンズは絶対死なない部類の人間なんだ……と。
昨日公開するはずだったモノです。
本日夕刻くらいに本来今日公開だった話を公開します




