次の目標
~承前
地球歴1776年。アメリカ合衆国の始まりは大陸会議の中に於いて宣言された自由と平等と幸福の追求を旨とする独立宣言だった。それから幾星霜が経過しただろうかを多くの民衆は忘れていたのかも知れない。
だが、その人類史のマイルポストとなったイベントから数え500回目の独立記念日を過ぎて2ヶ月、北米大陸にある全ての抵抗拠点と抵抗戦線にある全ての兵士は、ラジオに流れてきた声を聞き、空に向かって絶叫していた。
――――我々の抵抗は最終段階に入った!
そう。ニューヨーク攻防戦から凡そ4ヶ月の経過を見た頃、北米大陸にあるアメリカ合衆国とカナダとメキシコなどの主要地域を押さえていたシリウス軍も、遂にカリブ湾を望む都市ヒューストンの南岸にまで追い詰められていた。
広大な北米大陸の隅々まで広がったビッグスィーパー作戦は、全ての地域でシリウス軍の敗走を実現していた。圧倒的な火力と人的戦力とを集中投入するそのやり方は、古き良き時代の戦争よろしく進んでいる。
ただ、その局面局面で501大隊は暗躍していたのだった。
「で、今日は何をしでかすつもりだエディ」
朝からたっぷりと蜂蜜の塗られたスコーンに練乳まで掛けてムシャムシャと美味そうに食べているブルは、3個目に手を掛けつつそう尋ねた。傍目に見ていて『カロリーオーバーだろ』と誰もが思うのだが、当人は涼しい顔だ。
「マディソンビルって街で2個師団が救援を求めている。生き残ったシリウス軍団と対峙したまま動けなくなったんだな。勝ち戦になると腰抜けが続出するもんだ。まぁ、それを救出して恩を売ることにする」
フレンチトーストの表面が見えなくなるほど粉砂糖を掛けたエディは、筋金入りの甘党振りを遺憾なく発揮するかのように角砂糖が10個近く入ったコーヒーを飲みながら応えた。
サイボーグならば余ったカロリーは発生しない。脳殻への栄養分供給がリミットに達したなら、残りは有機転換炉で全て電源に化けて充電に回される。それでも余る分は自動で固形化されて非常用のブドウ糖としてストックされる仕組みだ。
「んで、そのマディソンビルでワイワイやってるのはどこの連中だ?」
スコーンを食べ終えたブルは、真っ赤に熟れたリンゴをバリバリと噛み砕きながら続きを待った。戦術担当としては『どう始末を付けるか?』を考えるのが仕事だからだ。
だが、それに返答したのはエディではなくアリョーシャだった。エディやブルと違い、アリョーシャは甘党では無いらしい。真空パックではないパンとスープで朝食にしていた。
「後退中のシリウス軍を追っかけてて間抜けな事態になったのは第31軍団所属らしいが、あっちもどうせ寄せ集め集団だろうな。孤立したのはシリウス軍のら中央軍らしく、かなりの装備で居座ってるようだ。重機材を使いきったんで例のロボなどに対する抵抗手段がなくなった可能性があるな」
シリウス軍が地球に持ち込んだロボは総勢で1000機近いようだが、そのどれもがある意味では簡単に撃破されている。電磁カタパルト式のレールガン兵器は従来の対戦車戦闘兵器を大きく上回る破壊力をたたき出していた。
ただし、その危険性はシリウス側も認識しているのだから、レールガン兵器は優先して潰されてきた。その結果、重機材はあれど勝利の希望を失ったシリウス軍と勝利目前ながら対抗手段を失って、危険な白兵戦には出たくない国連軍が両すくみ状態のまま膠着しているのだった。
「まぁ、あのレールガンの威力を見れば良くわかる」
ブルはひとつ息を吐いてそう言った。ただ、その吐いた息は溜息や無念さを噛み殺したモノではない。では何を噛み殺したのかといえば、それはもうただひとつ。完全に形勢逆転した現状への満足感だ。
「んで、手順はいつもと一緒か?」
コーヒーを飲み終えたブルが確認すると、501大隊の首脳部面々がスタンバイを始めた。いつの間にか手下を宛がわれているテッドは、トニーを引き連れいつでも動ける体制だった。
「そうだな。我々の必勝パターンだ。けど……そろそろ各班の最適化が必要だな」
横目でテッドを見ながらエディはそう嘯く。いつの間にか800人規模まで成長した501大隊は、現地吸収と各地での原隊復帰を繰り返しながら人員の数を徐々に増やしつつあった。
ヒューストン目掛けて進軍してきた国連軍は、もはやそれ自体が電撃戦の様相を呈していて。ありとあらゆる機材を動員し、速度を最優先に追撃を続けてきた。その結果、国連軍はどこの部隊を見てもかなり歪な構成に陥っていた。
追撃のその道中で地球側抵抗拠点が有るとそこを支援し、様々な機材と人員とを吸収して成長して来たのだ。シリウス軍を地球から叩き出すのが本義なのだから、細かいことには構っていられない。
ただ、その結果として指揮官役と中間指揮官には過度の負担が掛かり、経験不足だった下位の士官たちは実戦で鍛えられる羽目になっていた。
「テッド。お前の隊の状況はどうだ?」
唐突に話を振られたテッドは『どうって言っても……』と返答に困った。ここへ至る過程で少年兵5人は出発地帰還指示が出されてBチームを離れ、幸いにして戦死者も出てない。
だが、幾人かは軽重の負傷により後方送致中で欠員を発生させ、最盛期で50名近くになっていたBチームは随分と数を減らしていた。また、『自らの故郷が心配だ』と漏らした者には帰還許可をテッドが出し、チームを離れていた。
「……現状では14名ですけど……これくらいが一番バランス良いですね。12名でも良いかも知れない。全部に目が届くんで……」
何かしら返答せねばいけないのだから、テッドは言葉を選んでそう言った。
それを聞いたエディは静かに笑うのだった。
「テッドは全部指揮下に置かないと気が済まないタイプだな」
「あぁ。慎重派と言って良い」
ブルとアリョーシャがそんな事を言うが、実際には正鵠を得ていた。
「もうちょっと人数多い方がやりやすくねぇ?」
Aチームを率いるディージョは大家族主義の血統らしく、総勢50名を超える大所帯になっていた。そして、Cチームを率いるウッディも30名少々の集団だ。
同じようにロニーやジャンも20~30名の所帯を維持していて、隊の中で複数の班分けを行い、各班の班長に指示を出す形になっている。そんな中、ヴァルター率いるFチームだけがテッドと同じく13名のチームだった。
「うーん……なんて言うのかな……難しいけどさ」
テッドは助け舟を求めるようにヴァルターを見た。
そのヴァルターもただただ笑っていた。
「ヤバい場面に遭遇した時、それ位の数だと何とか全員連れて返れるって気になるんだよな。まぁ、運が悪いと負傷するけど、まぁ、死にはしない」
ヴァルターがそんな事を言ったとき、ディージョとロニーが微妙な顔になった。
2人の隊は既に20人以上の戦死者を出していた。その死を隊の全員が悼み、教訓を共有して結束力を高めている状態だった。
「方法論の違いだがそれぞれの個性が出ていて俺は楽しいぞ。お前達がやり易い方法で目的を果たせばそれで良い。我が501大隊の目的は、あくまでサイボーグ運用方法の研究と考察だからな」
エディがボソリと漏らした一言に、テッドは誰よりも驚いた顔になっていた。
遠い日、あのシリウスの片田舎で始めてエディと遭遇してから、もう25年以上が経過しているが、その中で一貫して保っている501大隊の目的を初めて聞いたからだ。
「エディ…… それって最初から?」
テッドは素直な言葉でそれを聞いた。ヴァルターだけでなく、ディージョやロニーまでもが興味深そうに聞いている状態だった。
「あぁ、そうだ。叔父上の直轄指揮下に入った実験的な独立運用中隊だった。いつの間にか規模が膨れ上がりサイボーグの数も増えたけどな」
エディはなんら迷う事無くそう話した。謎の多い運用形態だった501大隊の真実をメンバーの面々は初めて知った。
「最初はエディと俺とアレックスの3人だった。サポートにウェイドが付き、途中でリーナーが加わったのさ」
ブルはニッと笑ってリーナーをチラリと見つつ、そう言った。その言葉にエディやアリョーシャが柔らかな表情になっていた。
「……リーナー中尉は途中からだったんですか」
ミシュリーヌが不思議そうな顔になってリーナーを見ている。だが、そのリーナーは相変わらず表情の変化に乏しい状態だった。
「……私はシリウスの外周軌道上で漂流していた艦船の生き残りだった。全身に空気血栓を作り、死を待つばかりだった。脳にもダメージを残していて、ほぼ脳死判定状態だった。だが――」
リーナーの目がエディを見た。
その眼差しには敬意と感謝が有った。
「――エディはそんな私を救ってくれた。全く新しいアーキテクチャーの実験台として生き残る事になったが、それは全く後悔して無いし怨んでもいない。シリウスの正当な指導者、支配者の手足となって働けるなら、これに勝る喜びは無い」
全く迷いのない言葉遣いでリーナーはそう言い切った。ただ、それを聞いていたテッドは、随分前にウェイドから聞いたリーナーの特殊性に付いて思い出した。
――――リーナー中尉は異常なほどにエディの役に立つ事を望んでいる
それがリーナーと言う人格の物なのか、それとも作られた存在なのかをテッドは判断出来なかった。ただ、少なくともその意志に付いて言えば、賛同できる部分の方が多いのも事実だ。
「まぁ、なんだ。501大隊はサイボーグをどう使うかに付いての実験を続けている。その中で得られた知見は未来に生かされるだろう。私個人の目標は些かも変わってないしぶれてもいない。最終的に目指すのはシリウス開放だ。故にここからが重要になる。各々のチーム化をはかり縦横に働いてもらう事になるだろう。しっかりやってくれ。シリウスの為に」
エディの姿には言葉では表現出来ない自信と覚悟が溢れているのだった。




