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黒い炎  作者: 陸奥守
第十章 国連軍海兵隊 軌道降下強襲歩兵隊
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国連宇宙軍海兵隊

~承前






『全員聞いているな?』


 訝しがるような声がラジオ(無線)に流れた時、テッドは無意識に辺りを確かめていた。左手にはトニーが銃を握ってニヤニヤしており、早くぶっ放したいとソワソワしているのが見えた。


「おぃトニー。まだ早いぜ。もうちょっと落ち着け」


 テッドもまた薄笑いでそう言うのだが、トニーは妙にテンション高くあった。

 すぐ目の前にシリウス軍が居て、最後の一兵まで云々と騒いでいるのだ。


「あの騒いでる野郎を引っ張ってきて、ここで張り倒してやりますよ!」


 強化プラスティックの機体が鈍く光るトニーは、既に何人(なにじん)でもなかった。


 ――――骨の髄までサイボーグってな……


 その妙なテンションというか意気込みに当てられたのか、下士官たちがざわつき始めた。そんな中でヘヘヘと笑うトニーは、ボルトを軽く引いてチャンバーを確かめた。


 巨大な弾丸の頭だけが見えていて、火薬発射式のS-4はとんでもない威力を秘めている。これであいつらの頭を吹っ飛ばしてやる……と、牙を磨いてる状態だ。


「まぁ、やる気があるのは良いけどよ……」


 テッドはやや低めの声でそう言った。間髪入れず『解ってますって。超オッケーっすよ!』と言葉が返ってきた。相変わらずな調子だがこの編成で挑むしかない。各所で回収した歩兵達と共に、作戦を遂行するだけだ。


 ただ、この時テッドはハッと気が付いた。エディは全く暗号化せずに平電文で全員に指示を出していた。つまり、シリウス側に漏れて伝わってしまうのを承知の上でのものだった。


『諸君! 吉報だ!――


 ここからエディが語った事を、テッドは生涯忘れないだろうと思った。頭の中にある電子機器が磁気データの泡として記憶するのでは無い。心の底の一番深いところへ。骨の髄の中に納まった髄液の沸き立つような言葉が刻まれていくのだと感じたのだ。


 ――我々はついにこの日を迎えた!

 ――地球各地で抵抗を続ける同じ地球人の多くが一斉蜂起し

 ――抵抗を再開すると宣言した


 ……え?


 そんな表情でテッドはトニーを見た。同じようにトニーはテッドを見ていた。

 今すぐにでも突入したいと顔に書いてある状態だった。


「いま、エディ何て言った?」

「地球人って言いましたぜ?」


 ふたりが顔を見合わせたのは無理も無い。彼等は地球連邦軍であって地球軍では無い。地球は二つの陣営に別れて互いに反目している。旧国連派の多くが中国側に付いて緩やかな集合帯として存続している。


 それに対し、旧国連の中国を除く安保理4国家は複合的な連邦制へと移行し、文字通りの地球連邦として存続していた。国家主席が国家代表になる事を拒否した中国は、反欧米諸国を束ねたのだが、所詮それは人民元を実弾とする経済奴隷でしかなかった。


 そのクビキが崩れたのかも知れない。いや、場合によっては中国が折れたのかも知れない。数々の嫌がらせが功を奏したのかも知れない。要するに、中国人民がメンツよりも実益を取れと人民政府を突き上げたのかも知れない。


 あの国家群をコントロールする人民評議会は、クーデターよりも実益を選択した可能性がある。その結果、地球は一枚岩になろうとしている可能性があった。


 ――我々が行なう戦闘はこの街のこの通りの

 ――この小さな街角で行われるモノではない

 ――この地球各地のありとあらゆる街や通りや平原や

 ――凡そ人の足が立つ場所の全てで一斉に行われる

 ――人類史上最大規模のモノとなる


 ……ほほぉ


 ニヤリと笑ったテッドは、その胸の内に秘めた疑念を確信に変えた。過去、数々の工作を行なってきたエディは、ついに確実な果実を手に入れたのだと確信したのだ。


 スーパーアースなニューホライズンに比べれば、地球は小さな惑星かも知れない。だが、その地球とて人のサイズに比べれば、広大な面積を誇る水と緑の惑星だ。そして、シリウス側の占領は、事実上点と線のそれでしかない。


 そう。彼等には安全地帯がない。全世界でそれをやると宣言したのだから、あの中華系国家群にすらシリウス軍安息の地は無いと言うことだろう……


 ――人類……この言葉は今日より特別な意味を持つ言葉になる

 ――そうだ! 人類の中にシリウス人は含まれない

 ――我々の言う人類とはすなわち地球人を指す

 ――この地球へ暴虐行為を行なった者は地球人では無い

 ――同じ地球を故郷とする人間の差異など瑣末なことだ


 トニーは指先でテッドを突っついた。そして、サムアップして笑った。間違いないと理解したのだ。中国はついに折れた。シリウス軍は人民の敵だと認定したに等しい。


 ――我々地球人には共通の利益があり同じ夢がある

 ――今日この時から地球の世界はひとつとなって共通の利益へと踏み出す

 ――互いに依存しあい支えあい繁栄を分かち合う関係となるのだ

 ――そしてそれを拒むモノを断固粉砕する


「間違いねぇっすね」

「あぁ。奴ら遂に折れたぜ」


 トニーが拳を伸ばしてきた。

 その拳へグータッチを返したテッドは、トニーを見てサムアップした。


「おぃトニー。シリウスは今日独立したぜ」


 テッドは冷やかすようにそう言った。

 だが、トニーは不思議そうな顔のままだった。


「え? 何でですか?」

「エディの話を聞いてろ」


 まだ話を掴み切れない様子のトニーは首をかしげている。きっとここ以外の場所でも501大隊のシリウス人たちが不思議そうな顔をしているだろう。


 ――我々が迎える今日は我々全員に特別な意味をもたらすだろう

 ――後退に次ぐ後退を繰り返した日々はもう終りを次げたのだ

 ――そしてさらに歴史の方向性を変えた

 ――地球人類がどうあるべきかをも定義しなおした

 ――今日を迎えた全世界の諸民族と諸国家は新たな歴史を紡ぐだろう


「な?」


 テッドは得意げな顔になってトニーを見た。かつて。あのシリウスの地平の片隅で牛を追っていたカウボーイのままだったら理解出来ない話だろう。だが、この体感時間にして10年足らずの間で、テッドは大きく成長していた。


 気がつけば話の機微から全体像を想像できるまでになったテッドは、自分自身の成長を気が付いていない。だが、それは全ての若者に共通する事なのだろう。高い高い山へと登っていき、ハッと気が付いて振り返って、そして自分の成長を知る。


 きっとそれが『育つ』と言うことの本質なのだ。


 ――なんと言う皮肉だろうか

 ――この国の独立を祝うインデペンデンスデイまであと3ヶ月

 ――つまりそれまでに我々はシリウスからの独立を果たさねばならない


「上手ぇなぁ……」


 思わずテッドは舌を巻いた。エディが言葉でくすぐっているのは、いまエディの指揮下に入った者達のプライドや自尊心と言ったものだ。自由と平等を国家の根幹とするアメリカ合衆国の国民にとって、その日は特別な日だからだ。


 つまり、その時までに全てを完了させるぞ?と、エディは発破を掛けていた。そしてそれに当てられた者達は、表情をガラリと変えてやる気を漲らせていた。


 ――運命のいたずらは時に痛みを伴うらしい

 ――しかし痛みなくして結果は出ないのだ

 ――我々は再び自由と平等への大いなる戦いを始めることになる

 ――我々が再び勝ち取ろうとしている物は勝利などでは無い

 ――抑圧的な政治や迫害や差別と言った物でもない

 ――我々は地球人としてのアイデンティティを取り戻そうとしているのだ

 ――我々は宇宙に広がる人類の始祖として不変の定理を取り戻すのだ!


 それは『狂奔』と呼ばれるものだ。

 人々の心に語りかけ、諦観と絶望に湿った木へ火をつける行為そのものだ。

 もう駄目だと諦めた者や、無理だと絶望に陥った者達を奮い立たせるもの。


 それを出来る者。可能とする者のみが、王と呼ばれる資格があるのだろう。

 人々を導き励まし奮い立たせる存在。そんな者を人々は王と認めるのだ。


 ――彼等は我々を殲滅し支配するまで決して手を休めないだろう

 ――我々は自らの生きる権利を

 ――長い歴史の中で培った大切なモノを掛けて戦うことになる

 ――勝てるかどうかなど誰も知らないし私だって約束は出来ない

 ――だが勝つ事でしか手に入れられない物がこの世界には確実にある!


 その通りだ……


 テッドそう確信していた。

 そしてそれは、テッド隊の全員に伝染していた。


 ――我々は死ぬかも知れない

 ――だがしかし意義のある死だ

 ――地球人類存亡の場に合って諸君らと戦える事を私は最大の喜びとする

 ――諸君らは真の愛国者であり真の地球人だ

 ――我々は悄然と滅亡を受け入れる事はない

 ――我々は戦わずして消え去る事はない

 ――抵抗せずに滅びるなど地球人の誇りに掛けて絶対に認めない!


 どこからともなく『YES(そうだ)!』の声が上がった。

 全員の心に火が付いたとテッドは確信した。


 ――我々は生きる!

 ――生きてこの世界を取り戻す!

 ――我々国連宇宙軍海兵隊に勝利あれ!

 ――大いなる主のご加護と祝福が我々にあらんことを!


 ワシントン攻略に当っていたシリウス軍を逆包囲していた各所から、熱い熱い雄たけびが沸き起こった。幾度も幾度も『YES(そうだ)!』の声が沸き起こった。それはまるで木霊の様に街の中へ響き渡った。


 ただ、テッドはその場でニヤリと笑って喜びを噛み殺していた。テッドはいま確実にそれを言ったのだ。国連宇宙軍海兵隊……と。

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