ニューヨーク降下作戦 11
新年明けましておめでとうございます
この物語も残り僅かとなってきましたが、本年も宜しくお願いいたします。
~承前
――――諸君!
――――我々の勝利は近い!
どこからか聞こえてくるその声は、シリウス軍による徹底抗戦への呼びかけだった。その演説をテッドは半ば呆れながら聴いていた。
陳腐なフレーズと格式張った言い回し。だが、それでもテッドは黙ってそれを聴いていた。何処か懐かしいとすら思いながら……
「中尉。連中、なんであんな事してるんですか?」
ワシントンDC中心部に入ったテッド達501大隊の面々は、連邦軍の首魁と合流していた。そして、501大隊の活躍により包囲線を敷いていたシリウス側は、逆に一カ所に結集し始め徹底抗戦に切り替えていた。
――――我々の勝利は近い!
――――我々は地球人の奴隷では無い!
――――我々は誇り高きフロンティアーズだ!
シリウス軍の指導部は戦線演説でシリウス軍を鼓舞している。だが、その内容はかつてシリウスで聞いた独立強行派の街頭演説と大して差のないモノだ。
ただランディを含めた少年達には新鮮なモノなのだろう。初めて見るシリウスの実体を興味深そうに眺めている。その言葉の甘美な誘惑は、早めに断ち切った方が良いはずだとテッドは確信していた。
――――支配されるだけで良いのか!
――――我々は地球に飼われる家畜なのか!
――――否!
――――そう!違うのだ!
まだ若い彼らは親からの干渉を嫌い、独立する夢を持っている頃だろう。だが、そこに付いてくる責任というモノの存在までは知恵が回っていない。かつてシリウスでどん底の生活をしていたテッドならば良く知るモノなのだが……
――――こいつらじゃわかんねぇよな……
かつての自分達が聞いたエディの言葉。含蓄有るその内容を、テッドは噛み砕いて説明する立場になっていた。気が付けば書類上年齢は40を越えている。つまり責任有る大人として、子供達にモノを教えなければならない歳なのだった。
「負け戦になった時、少しでも虚勢を張る為ってこった。要するに、コレから死ぬってのが解ってる連中を逃がさねぇようにさ、縛り付ける為にそうするんだよ」
逃れようのない世界の真実を説明したテッドは、若い衆の耳目が集まってるのを感じて遠慮無く言葉を続けた。
「負け戦ならみんな逃げ腰だ。だからとにかく縛りつけとく理由が要るんだ。やれ独立の大義だの自由と平等だの、口から出任せでも耳に心地良い言葉を並べて死ぬ理由を作ってやる。そして迎えるのは、みんな仲良く討ち死にさ」
何事も場数と経験と言うが、テッドが経験してきたそれは、極めつけのピンチと窮地と、そして絶体絶命の場面ばかり。しかし、どういう訳かその全てでテッドは生き残った。
まぁ、生きているとは言いがたいのも事実だが……
「……アレを叫んでる奴らも死ぬんですか?」
ジムは不機嫌そうな顔でそう言った。死ぬべき者が死なず、死ななくても良い者達が死ぬ。戦争の理不尽さはそれに尽きる。そして、その死の責任を負うべき立場の者は逃げおおせるか、さもなくば立派な立場に昇進する。
一将功なりて万骨枯るる
その実体は若者を犠牲にして出世していくずるい大人の真実。そして、いつの世も大人に上手く丸め込まれて、痛い目にあって学んでいく若者の悲しさだ。だからこそテッドは体当たりで若者にぶつかっていく。自分も痛い目に遭う事で信用を勝ち取っていくのだ。
そんなスタンスが、結局は信用を勝ち取っていくのだろう。
「いや。ケツに帆を立てて逃げ出すさ。シリウスの社会でそれを叫んでた連中なんか、実際その程度だった」
テッドが軽い調子でそう言うと、若者達は一斉に表情を曇らせた。
ただ、それと同時にヴェテラン勢達の表情が僅かに変わったのもテッドは見て取っていた。
「……中尉はシリウス出身ですか?」
訝しがる様にローフ軍曹がそう言うと、ムーブ軍曹が畳み掛けるように『シリウスの地球派ってグループですよね??』と付け足した。
「あぁ。シリウス合衆国の片田舎。州都サザンクロスから100マイル近く離れたグレータウンってちんけな街の片隅で牛飼いをしていた農場主の小倅だよ。ただ、オヤジはカウボーイだがシェリフでもあった――」
テッドは腰に下げたコルトのピースメーカーを見せながら続けた。
全員の耳目が集まっているが、その表情は硬かった。
ここに敵であるシリウス人が居る事を、どうしても拭いきれないのだ。
「――シリウス独立派って連中が地球派を年がら年中リンチしていたんで、その取り締まりに年中出掛けてた。最後は独立派の悪党と決闘して撃たれて死んだよ」
腕を組みながら力無く言ったテッドだが、下士官連中の表情は一様に硬かった。
「率直な疑問ですが……」
ライトハイザー曹長は軽く手を上げて口を開いた。
下士官でも階級が上がってくると、とかく慎重な振る舞いをする様になる。
己の振る舞いひとつで中隊小隊の空気が一気に悪くなる事もあるからだ。
「遠慮無く聞いてくれ」
テッドもそれを承知しているからこそ、助け船を出した。
かつての501中隊で下士官の長であったドッドの苦労を垣間見たのだ。
「シリウスは独立してやっていけるんですか?」
どんな質問が来るのか?とテッドもある意味で覚悟を決めていた。
だが、そこに襲い掛かってきた質問は、慮外も慮外のモノだった。
「うーん……どうだろうな。解釈に因るんじゃ無いか?」
テッドは返答に困って率直な言葉を口にした。
「大丈夫と言えば大丈夫だし、駄目と言えば駄目だ。地球の世話にならなきゃならない部門はそう多くないし、シリウスはそもそも完全自活出来る事を目標に開拓を進めてきたからな。けど――」
テッドも困った様な顔になってライトハイザーを見た。
彼らだってシリウス人を見るのは初めてなのだと気が付いた。
「――全ての面で物資は不足していて、食料ですら足りてない状況で長く暮らしてた俺にしてみれば、足りないのが普通だと思っていた。だから、それが当たり前だと思えばシリウスは完全自活出来る。ただ、地球の様に寝る前にアイスクリームを舐めてからベッドに入るなんて事は……到底出来ねぇ」
豊かな社会を実現している地球と、とにかく貧しく苦しく厳しいシリウス。
その対比は経験しないと絶対に解るまい……とテッドは確信している。
もっと言えば、シリウスの社会のおいて豊かというのは微妙な問題を孕む。
他人を押しのけてでも自分が豊かになろうとする者をシリウスの社会は糾弾してきたし、万民が平等で公平であるべきと言うのが社会的コンセンサスだった。ただし、そんなシリウスの社会を指導する連中はとにかく贅沢三昧だった……
「話せば長くなるけどさ……」
テッドは言葉を選びながら昏々とシリウスで経験した事を語った。
平民は一日三食が難しいし、車はボロボロになっても修理しながら乗るもの。
衣服だって継ぎ接ぎだらけで、裁縫仕事は必須能力だ。
だが、支配階層は考えられる限り贅沢の極みを尽くし暮らしている。
そして、絶海の孤島に女を浚い、薬漬けにして弄んで殺す。
自分はそれらを幾つもこの手に掛けて来た……と。
「まぁ、要するにシリウスの社会でのし上がろうとした連中の道具なんだよ。シリウス独立って夢はさ。だって――」
テッドの目が少年達に注がれた。
彼らは初めて聞いたシリウス社会の真実に愕然としている状況だ。
「――自由だの平等だのを叫んで、君らは騙されているって聞くと、何となく信じちまうだろ? それに釣られた連中が呼応して、で、自分も一枚噛みたいって思って独立派に付いちまう。たださ……」
テッドは困った様な顔になって両手を広げ続けた。
「……市民は独立派を毛嫌いしている。けど出来るなら独立はしたい。そんな穏健的独立派から見たら、急進派は鬱陶しいわけさ。で、気が付くと声高に独立を叫ぶ急進派は地域で浮くんだよ。結果、勝手に自分で深みにはまっていって、ドンドン悪事に手を染めるのさ」
テッドのその言葉に『どんな悪事ですか?』とビンガム曹長が問うた。
だが、その答えは彼らの想像を遙かに超える物だった……
「簡単さ。急進派の家族とか兄弟とか親戚とか、そう言うのの中に穏健派を探す。そして、ソイツを浚ってきて、急進派が囲んでいる中でその家族を殺させる」
全員が『え?』と言わんばかりの顔になってテッドを見た。だが、当のテッドは涼しい顔で言った。かつてサザンクロスの街で聞いた話そのままに……
「最初は良い調子で歓迎してくれんのさ。どんな組織でもそうだ。けど、ある時それが豹変する。お前ら裏切り者だろと罵られる。そんで、そんな事ねぇ!って啖呵切ると、じゃぁそれを証明して見せろとなるのさ。で、気がつきゃ目の前に家族なり何なりが居て、ソイツは裏切り者だからお前の手で粛正しろってなる」
テッドの語ったシリウス社会の真実に全員が押し黙った。
そして、今まで滅多に口を開かなかったナガツカ伍長がボソリと言った。
「後戻り出来ないようにしてるんですね。むしろ、当の本人に罪悪感を植えつける為にそれをさせて、自分自身の身内を犠牲にしておいて、そんな事を自分にさせたのは地球のせいだって……」
その言葉にテッドはスイッと指をさしてから首肯した。
「そう言う事さ。だからあの連中は意地でも抗戦する。自分達がやった罪の意識を思いださせておいて、それを夢で塗りつぶさせる。だからあいつら……
そこまで言ったとき、無線の中へ唐突にエディの言葉が響いた。
全員がスッと顔の表情を変えて無線機の音に耳を傾けるのだった。
気が付けばここまで丸6年を要してますね・・・・
当初の予定では1年半で終わるはずだったのに(汗)




