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黒い炎  作者: 陸奥守
第十章 国連軍海兵隊 軌道降下強襲歩兵隊
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ニューヨーク降下作戦 10

~承前






 ワシントンDCを包囲していたシリウス軍は総勢で70万を越える大軍勢のようだ。ただ、街その物が大きいためか、包囲線はまるで薄皮に包まれたラビオリのようなものだった。


 そして、攻城戦と同じく、都市包囲後の攻略となるとその戦力は全てが街の中心部を目指す形で配置されるケースが多い。さらに言えば、垂直系統の絶対的な指導体制が確立しているシリウス軍の場合、余所を向いた戦力などあり得ない。


 持てる戦力の全てはホワイトハウスを目指して配置されている状態で、その背後を突いた501大隊の戦力は、敵陣に乗り込んで成金となった歩の有様だった。


『とにかく、構わず辺りを掃討しろ。少しでも戦力を削り取れ』


 エディの指示は単純明快で、わずかに開けられた穴を広げる戦闘が始まった。


「面倒は考え無くて良いから! シリウス軍を少しでも削るんだ!」


 テッドはBチームにそう指示を出すと、混乱に陥ったシリウス軍陣地へ向けてMG-7の乱射を始めた。完全に側面がら空き状態のシリウス軍砲兵陣地などは次々と爆発を起こし始め、Bチームはジリジリと前進を開始した。


「中尉! チョッパー(戦闘ヘリ)!」


 誰かが指差してそう叫んだ。

 次の瞬間、テッドは手榴弾のピンを抜き、力一杯に投擲した。

 サイボーグがフルパワーで投げれば、それは簡易迫撃砲となる。


「あははははは!!」

「すげぇー!」


 少年兵達が歓声を上げるなか、テッドは『次のを探して来い!』と指示を出す。

 それを聞いた少年達は、辺りにあったシリウス側の死体からも手榴弾を剥ぎ取って集め始めた。


 ――――こりゃ……

 ――――少し絞めてやるか……


 少年達は死体を足蹴にしている状態だ。

 今後を思えば、これは今のうちに叱っておいた方が良いとテッドは思った。

 だが、その算段を考え始めた時、少年兵の1人、ランディが叫んだ。


「ヤベェ! 離れろ!」


 ――――ん?


 何が起きた?と辺りを確かめたとき、ランディは死体をひっくり返しにして走っていた。アレコレと論理的な思考が積み上がる前に何が起きたのかをテッドは理解していた。


 ――――ブービートラップ!


 恐らくは死の直前にそれを仕込んだ兵士が居たのだろう。或いは偶然かも知れない状況だ。ただ、ひとつ言えるのは、その死体が隠していたのは大量のクレイモアだった。


 強力な爆薬で爆ぜ飛び散る礫は、強力な散弾銃よりも始末が悪い代物だ。手榴弾の破片などは死体が有効な遮蔽物となり得るが、クレイモアの場合はまったく期待出来ないのだ。


「とにかく逃げろ! 離れろ! アンディも走れ!」


 テッドはMG-7を放り投げて一気にダッシュした。スピードリミッターを解除した機体は、不整地ながら瞬間的に時速70キロを超えた。


 ――――間に合え!


 一気に速度に乗ったテッドは走り始めたアンディ目指し加速を続ける。

 死体で隠されたクレイモアを飛び越え、必死の形相で走っているアンディに追いついて抱え上げ、更に加速した。視界の中のナビゲーションは時速110キロを示した。


「中尉!」


 アンディが何かを叫ぼうとした瞬間、クレイモアが炸裂し、凄まじい煙を上げて何かが大量に飛び散った。その有効打撃範囲を離れたテッドは、急減速した後でアンディを放り投げ、修羅の形相で叱責した。


「死体を弄るな! 足蹴にするな! 死体の下に何が埋まっているか解らない!」


 それは戦場における礼儀や、戦死に対する追悼の念から来るモノだけでは無い。

 リアルな命のやり取りの現場では、死に行く者の悪意が時間差で牙を剥くこともあるのだと少年兵達は学んだ。1人では死にたくない。1人でも多くの道連れを作りたい。


 そして、シリウス人が持つ純粋な地球人への悪意と敵意の発露は、調子に乗っていた少年達の頭に氷水をぶっかけるような衝撃だった。


「良いな!」


 念を押したテッドの言葉に『アイサー!』をアンディが返した。そして、残る4人も口々に『アイサ-』の返答をテッドへ投げた。


 ――――まぁ、こんなもんか……


 やり過ぎは良くない事をエディは身を持って示している。

 叱った後は緩めてやらねばならないのだが……


『テッド! ABCDの第1集団は時計回りで包囲網を蚕食しろ。ヴァルターはEFGHの第2集団を使って反時計回りだ。抜かるなよ!』


 エディの指示は単純明快で、薄皮のような包囲線を横から叩けと言う物だった。

 反撃体制を整えられたら面倒なのだから、サクサク前進しろという意味だとテッドは理解した。そして、2人は互いに競い会うようにシリウスの包囲線を叩き始めた。


「小僧共! おらっ! 抜かるんじゃねぇ! 6時ポイントより前進すんぞ!!」


 テッドの掛け声に全員が『イエッサー!』を返した。第2集団と落ち合う場所は真ん中であってはならない。一メートルでも前進し『よくやった!』の声がテッドには必要なのだ。


 そしてそれは、Bチームの評価に繋がるだけでなく全員の評価に繋がり、何かしらの恩賞なり報償が出るはず。半ば負け戦だった彼らにして見れば、それはまさに一発逆転のチャンスそのものだった。


「中尉! やつらタンク持ってやがりますぜ!」


 ハスラー軍曹がなにかを見つけ、指を指して報告した。

 テッドは視界を精一杯にズームアップしたのだが、どうにも解像力が悪くて判別しきれない状態だ。


「軍曹は目が良いな」

「山岳少数民族出身なんで、こう見えても視力は良いんですよ!」


 上機嫌でそんなことを言うハスラー軍曹は、どうやらアメリカ中西部のインディアン出身らしい。独特のタトゥーを前進に彫り込んだ姿は、民族色豊かなものだった。


「で、あいつらは接近してるか?」

「いや、逃げてますね。なんか火でも着いたように逃げてます」


 テッドはニヤリと笑ってからハスラー軍曹の肩をポンと叩いた。

 万の言葉で説明するよりもはやく、全員がテッドの方針を理解する。


「追っ掛けましょう!」


 ビンガム曹長が声をあげ、全員が走る体制になった。


「まてまて。いくらなんでも走っちゃ追い付けねぇ。あそこのバンを使おう。扉は両開きだ。左右に向かってバリバリ撃ち続けろ」


 テッドが指差した先にはGM製の大型バンがあった。

 すぐさまハッキネン伍長が車を確かめ『いけますぜ!』と叫んだ。


「よっしゃ! いくぞ!」


 全員がすっぽりと収まるミニバスサイズの左右にある扉を明け、軍曹陣が左右に軽機関銃を構えた。そんな状態で車を出せば、装甲こそ無いものの、充実した火力を持つガンボート状態だ。


「左右は遠慮なくぶちかませ!」


 ハンドルを握ったテッドは一気にアクセルを踏んだ。

 超伝導モーターで走るEV車故に加速は鋭く一気に速度がのった。


「中尉! どこまで行きやすかあ!」


 いかれた声でクラークが問うと、テッドは間髪入れずに答えた。

 それは、ごくごくシンプルな解りきった結論だった。


「追い付いて殲滅するまでだ!」


 普通、包囲線と言うものは侵攻方向への火力を充実させるもので、逆に言えば防護壁となる土塁や土嚢壁は進行側にのみ設置される。野砲でも多連装ロケット砲でも同じく、最大火力を投射することが必勝への道だからだ。


 つまり、そんな陣地は左右背後から襲撃されるとひとたまりもない。薄皮どころかまるっきり剥き出しの兵士が逃げ惑っている状態というのが正しい表現だった。


『全員聞け! シリウス側の息の掛かったマスコミが生中継している! 奴らに敗走するシリウス軍を撮らせろ。それと、愛想笑いを忘れるなよ! 余裕ぶった姿でカマしてやれ!』


 エディはどこでそれを見つけたのだろう?とテッドは首を捻る。ただ、そうは言っても辺りにPRESSのパスを付けたカメラマンなどがチラホラと立っていた。


 ――――あぁ……

 ――――そうか……


 そう。敗走するシリウス軍を見せ付ける相手は中国などの国連派国家だ。

 彼らに『シリウスじゃ無くこっちと踊れ』と啖呵を切る為の材料だ。


 ――――と……なれば……


「全員聞け! 何かマスコミが居るらしいから派手なシーンを撮らせてやれ! こっちが勝ってるように見せるんだ!」


 そう。それは中国の国家指導部と国民と、なにより国連派諸国家群への工作その物であり、シリウスは負けるだろう……と印象づける為の一手。なにより、再び地球側が一枚岩になる為の重要な工作。


 この一手で世界が変わる……とテッドはそれを確信した。ただ、その変化はテッドの想像を軽く飛び越える代物になるのだった。

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