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黒い炎  作者: 陸奥守
第十章 国連軍海兵隊 軌道降下強襲歩兵隊
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ニューヨーク降下作戦 09

 ~承前






「さて……ガチで殴り込みだ。気合い入れていこう」


 MG-7のボルトを引いたテッドは、振り返り自分に宛がわれた部下を見た。同世代にあると思われる曹長3人はいずれも合衆国陸軍退役後で州兵に参加したと思われるヴェテランだ。


「派手にやりましょう」


 ご機嫌な声でビスケス曹長がそう言うと、一緒にいたライトハイザー曹長が『シリウスの連中を叩き出すには良い機会ですな。独立記念日には間に合うでしょう』と上機嫌で言う。


 ここまで絶望的な戦闘をしてきたのだが、ここに来てそれががらりと変わると実感し始めたのだ。こんなときの兵士は大体が上機嫌になるもの。負け戦から勝ち戦に変われば、誰だって気は大きくなる。

 

「いっそ、そのまま掃討戦に移行したいですな」


 同じく退役組のビンガム曹長がそんなことを漏らす。だが、テッドは苦笑いしながら『調子こいてると足元を掬われるからさ、一つ一つ丁寧にって奴だ』と手綱を絞めた。


 思えばこんな部下のあしらいかたや扱い方も、その全てがエディ譲りだ。気がつかない内にそう考えるようになり、意識せずとも自然にそう振る舞うようになる。テッド自信は気付いてなくとも、回りから見ればエディが増えたようなものだ。


「テッド兄貴は中佐みたいっすね」


 軽い調子でトニーが冷やかすが、テッドは満更でもない様子で返した。


「まぁ……俺は全部エディに仕込まれたからな」


 それこそ、箸の上げ下ろしから……などと慣用表現的に言うように、全ての面でテッドはエディの影響を受けている。そしてそれは、気がつけば501大隊の基本的特性となっていた。


「クラーク軍曹。前線は?」


 テッドが状況を確かめると、双眼鏡を覗いていたクラーク軍曹が答えた。

 彼は連邦軍所属兵士で、本体とはぐれてしまい、孤立無援な場所で拾われた。


「状況としては……うーん……グリーンですけど……」


 何とも歯切れの悪い言葉を返したクラーク。

 テッドは微妙な顔になって聞き返した。


「どういう事だ?」


 少し前までのテッドなら『どういう事?』と聞き返しただろう。

 だが、いつの間にかテッドの言葉にも振る舞いにも貫禄が出てきた。


 エイジング処理の本質は、自分自身の変化を感じさせることでもある。

 そして、この場合のテッドは自身の変化に精神が引っ張られつつあった。


「いや、こっちの砲撃でシリウス側の自走砲が……全滅したっぽいですよ」


 クラークは不思議そうな顔になって双眼鏡をテッドに渡した。

 幾らサイボーグでも双眼鏡機能を内蔵しているわけじゃ無い。

 部分的にクローズアップして確認することは出来るのだが……


「……あーこりゃそうだな。黒煙と連続爆発だ」


 シリウス側の野砲陣地は猛烈な火炎に撒かれて連続爆発が発生している状態だ。

 戦力の集中投入と運用を旨とするシリウス地上軍のドクトリン故の弱点。それは敵側からの集中砲火を受けたときに、対抗するべき防御火器の運用すらも一体化してしまっていることだ。


『テッド。仕事が無くなりそうなんで前進する。まずはシリウス砲兵陣地の掃討だが、生き残りはまず居ないだろう。このままワシントンDC中心部へ前進する』


 唐突にラジオからエディの声が聞こえた。

 テッドは『了解です』と短く答え、自分に預けられた中隊をグルリと見た。


 ――――俺のチームか……


 成り行きでBチームになったテッドの小隊は、多士済々の顔ぶれで揃っていた。


「よしっ! こうしてても仕方がねぇから前進する。反撃に注意。それと――」


 テッドは小隊の片隅に集まっている少年達に視線をやった。

 少年義勇兵。または志願兵としてついて来た小僧達だ。


「――マイク、ジミー、アンディー、ランディ、グレー。君らは基本的に最後尾に付いて後方を見てくれ。油断してて野良犬にケツを噛み付かれるのは……恥ずかしいだろ?だから頼むぞ」


 それが少年達への配慮である事など説明するまでもない。だが、正規兵で無い以上は気を使わなきゃならないし、戦死させるのも問題だ。彼らだって帰りを待つ親が居るだろうから、責任は重大だった。


 ――――やりにくい……


 そんな事を思うテッドだが、少年達は元気よく『了解です!』を答えた。若さ溢れる声音にベテラン達が笑顔を浮かべる。そして、気合いの入った顔でボルトを引いた。


「さぁ行きましょう中尉。きっと冷えたビールが待ってますよ」


 クラーク軍曹に付いていたハッキネン伍長がニヤリと笑って言った。

 こんな時のアメリカ人は、冷えたビールがご馳走らしい。


「そうだな。行こうか」


 突入待機点から最初に身を躍り出したテッドは、仁王立ちになってワシントン包囲戦線の砲兵陣地を睨み付けた。次々と起きる爆発の都度、アチコチから断末魔の絶叫と怨嗟の声が漏れた。


 ――――極めつけにヒデェ……


 そんな事を思ったのだが、思えばあのシリウスの地上で散々経験した後退戦の裏返しだ。圧倒的兵力に踏み潰される蟻の気持ちなのだ。


『Aチーム。突入待機点へ到達。いつでも行けます』

『Cチーム。同じく到達しました。こちらも動けます』


 ラジオの中に響いたディージョとウッディの声。それに続き大隊の幹部が次々と報告を上げ始めた。


『ドッドよりエディ。Dチーム。いつでも戦闘態勢に入れます』

『ウェイドよりエディへ。Hチームも待機点についた』

『Eチーム、ジャンです。こちらも動けます』

『Fチームも動けます。ミシュリーヌの修理は完了しました』


 ヴァルターがそう言うと、ラジオの中に一斉に声が溢れた。


『おいおい! 修理じゃねぇ治療だろ! 気を使えアホ!』


 その声がウェイドだと気が付いたテッドは、内心でニヤリと笑った。今もウェイドは中隊のメディコ意識が抜けてないのだ。だからこそそんな言葉が漏れたのだろうが……


『え? 修理ですよ? だって膝関節オーバーホールしましたから』


 ミシュリーヌはあっけらかんとした声でそう報告した。途端に笑い声が沸き起こり、その隙間を縫って『Gチームもいけるッス! ネェさんのフォローは任してください!』とロニーがお調子者ぶりを発揮した。


『おぃ! ロニー! 真面目にやれ!』


 思わずテッドがそう言うと、再びラジオの中に笑い声が溢れた。


『ウチの大隊らしくなってきたな。大いに結構だ。で、テッドも良いか?』


 場を締めるようにエディが口を開いた。常に賑やかで笑い声の溢れていた、あの501中隊が帰ってきた……と、テッドは外連味無しにそう思った。そして一瞬だけ、あの楽しかった面々を思いだしていた。


『テッドよりエディ。Bチームスタンバイ完了。いつでも突入出来ます』


 テッドは意識してゆっくりと喋った。実に僅かな所作だが、そこにテッドの内面的な成長をエディは感じた。そしてそれは、ブルやアリョーシャも同じ事を思うに至るだけの説得力有るモノだった。


『宜しい。我々は地球連邦軍海兵隊だ。任務を果たすぞ! 全チーム前進せよ。シリウス軍の攻勢線を越えて味方に接触するんだ。行儀良くやれ。同士撃ちなんか絶対しないようにな』


 エディがそう指示を出すと、各地に展開していた8チーム全てが一斉に動き出した。テッドは『じゃぁ、いくぞ!』と走り出し、Bチームがそれに続いて走って行った。


「中尉! 間も無く攻勢線ですぜ!」


 余り目立たない場所にいたローフ軍曹が叫ぶ。テッドは遠慮無く『踏み越えろ!』と叫んで突入した。アチコチに赤と白の血がこぼれていて、その周囲には挽肉状の死体が転がっていた。


「最低の光景だな…… 生き残りは収容してやるんだ! 丁重にだぞ!」


 そんな指示を出したテッドは、自分自身の口から出た言葉に『エディだわ』と独りごちた。ただ、そうは言ってもこればかりは仕方が無いのだろう。シリウス攻勢線を踏み越え連邦軍側陣地に接近していくと、各方面から銃撃を受けた。


「中尉!」

「解ってるって! 大歓迎してくれてるぜ!」


 ハスラー軍曹の言葉にそう答えたテッドは、背中のポケットから連邦軍の軍旗を取り出して、手近な棒に括り付け振り回し始めた。途端の銃撃の音が途絶え、遠くから『味方か?』の誰何が聞こえた。


「味方だ! 銃撃をやめてくれ!」


 大声でそう叫んだテッドは、射手に見える様に姿を晒した。重武装な姿だが、その装備の全てが連邦軍側のモノだと全員が理解出来る姿だった。


「地球連邦軍の宇宙軍海兵隊所属! 第501大隊B中隊だ! 救援に来た!」


 テッドは続けてそう叫んだ。すると直後に何処かから空に向かって連射する音が響いた。そして今度は大きな歓声と笑い声とが混じったモノをテッドは聞いた。


 ――――ターンチェンジだ!


 地球に対するシリウス側の攻撃はここから切り替わる……とテッドは確信した。

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