ニューヨーク降下作戦 07
~承前
『エディ! こっちは片付いた!』
テッドは弾んだ声でそう報告した。指揮官役の士官を全員潰せばレプリの兵士は指示を待って動くようになる。統制の取れた連動する戦列こそが最も恐ろしいのだとヴェテランならば誰でも知っている。
だからこそ指揮官役は先に潰しておく事が肝要で、それが出来ない時は何か別の手を考えねばならない。そして、逆に言えば指揮官役は先に潰されないように気を払う必要がある。
戦線において敬礼を行わない習慣は、スナイパーの登場と共に広まったのだ。
『よし、戦線を押し上げろ。レプリには全部死んでもらえ。処分されるのが早いか遅いかの違いだ。レプリボディユーザーは別にしとけよ!』
レプリとレプリボディユーザの線引きは慣れた者でも中々難しい。一般にレプリカントは自我が弱く、また、経験を積み活動限界近くなったレプリの場合は人間のように振る舞う事もある。
それとは逆に、指示待ち人間などがレプリボディに入ってしまうと、指揮官役が居なくなった事でオロオロしてしまい、まだ作られて間が無いレプリカントにも見える事があるのだった。
『……とりあえず頑張ります』
テッドは余り乗り気で無いような返答をしたが、実際問題としてそこまでの分別など出来るわけが無いのだ。ましてやまだ戦闘の混乱が残っているのに……
――――ん?
テッドは何かに気が付いた。
それは、まったく以て説明の付かない違和感だった。
一気に距離を詰めてMG-7を撃ち続けているのだが、白い血に混じって時々は赤い血がミスト状に舞っている。ただ、ぶっちゃけそんな事などどうだって良い事だ。
――――なんだこれ??
必死になって逃げるレプリが大量に居る。
恐らくはそいつら全部がただの乗り換え組だろう。
だが、その逃げ方が余りにおかしいのだ……
『ロニー! トニー! 一気に前進して奴らの前に回り込め! 生身はぶっちぎってけ! 俺達なら出来る!』
テッドはその違和感をどうしても論理的に説明出来なかった。
ならば捕まえてみるのが一番早いだろう。そう思ったテッド故に、サイボーグの能力をフルに発揮させる手を思い付いたのだ。
『アイサ-!』『イエッサー!』
ロニーとトニーは不整地の上で一気に速度を乗せて走り始めた。
重武装で重装備なサイボーグだが、それでもトップスピードは自家用車並だ。
『ひゃっはっは! 面白いッス!』
ロニーが妙な声を上げて走って行くと、レプリの一団を軽く追い越して行った。
どれ程にレプリカントの身体が並の人間の上位互換だとしても、これは無理だ。
不整地を走るのは足首や膝に負荷が掛かり、距離を走れば痛みを発する。
そして、その痛みは速度に乗れば乗るほど激痛となり、転倒の危険性が増す。
だからこそ加減して走らねばならないのだが……
『ロニー! 反転だ! こっちに銃を向けて良いぞ!』
テッドの指示に『アイサ-!』を返したロニーは、地面をスライディングしながら反転して銃口をこちらへと向けた。12.7ミリの巨大な弾丸を喰らえば、テッドとて無事では無い。
だが、その銃口に晒される事で、逃げるレプリ達の動きが止まった。しめた!と確信したテッドもまた速度に乗って追いすがる。そして、足を止めたレプリの一団に辿り着き『降伏しろ!』と声を発した。
「NO! NONE SHOT! I’m HUMAN!」
レプリの兵士がそう叫んだ。そして、この時点でテッドは気が付いた。
さっきから感じていた違和感の正体と、このレプリ達の異常さ。
なにより、必死に逃げていた彼らの、その必死さの理由。
――――嘘だろ……
遠慮無く銃を突きつけて『HOLD UP!』を叫ぶ。
全員が両手を点に挙げた所で、後続の兵士達が銃を構えた。
「中尉!」
道中で収容した下士官が指示を待つまでも無く全員を地ベタに突き倒した。
そして、彼らレプリカントの手首足首を太めのタイラップで締めて拘束した。
『エディ! どう見ても怪しいレプリユーザーを捕まえた!』
テッドの報告に『でかした!』とアリョーシャが叫んだ。
それと同時『今すぐそこへ行くから自決させるな!』とブルが叫ぶ。
――――え?
エディ子飼いのふたりは、この内情を知ってるのかも知れない。
そんな事を思ったテッドだが、とりあえずは言われた通りにせねばならない。
『兄貴! こいつら……命乞いしてますぜ!』
ロニーが不機嫌そうにラジオの中で喚いた。
だが、少なくとも人間であるなら捕虜協定で殺すわけには行かない。
レプリとサイボーグは捕虜保護対象にならないので放置確定だが……
「ロニー! こいつら絶対殺すな! 取引の材料になる!」
テッドはなにかを確信して叫んだ。
遠い日、懐かしいグレータウンの郊外で見た人種がそこにいた。
「取引って?」
トニーは怪訝な声音で真相を尋ねた。
話の実態が見えず、少々訝しい状態なのだ。
「こいつら地球人だ。もっと言えば……チーノなんだよ」
スペイン語圏ではチャイニーズではなくチーノと呼ばれるケースが多い。
そして、彼ら自信がチャイニーズではなくチーノの呼称を歓迎していた。
シナ。あるいは支那。
そう呼ばれることを中国人は嫌う。理由は色々あるのだろうが、一番の理由はアジア最強でありながら欧米列強に屈辱的な敗北を喫し、その結果として植民地のような扱いを受けた事だろう。
不平等な条約を結ばされ、国内にアヘンをばらまかれ、港湾都市各地に外国人向け居留区を作られる。そしてそこは治外法権が存在し租界が存在した。つまり、それまで地域最大の『文明国』だった巨大国家がその領土を蚕食されたのだ。
それは、中国人の中に暗い影を落としただけでなくトラウマをも植え付けた。そして、世界の大国に中華文明が返り咲く頃、そのトラウマは彼等自身を縛り始めた。自国を蚕食した欧米列強によるチャイナ或いはシナと言う呼称を極端に嫌い始めたのだ。
我らはチャイナではなく中華であるとし、スペイン語を公用語とする反米国家と付き合い始めた頃には、彼等の使う『チーノ』の呼称を受け入れていた。そして、そんな21世紀から既に200年近くが経過し、チーノの呼び方は一般に定着しているのだった。
ただ、その呼称の普及と連動して少々恥ずべき彼らの人種的な特性による特徴もまた広まっていた。彼らは極度の個人主義であり、利益至上主義である……と。自分の利益のためならば他人を騙すことも裏切ることも抵抗がなく、いかなる存在をも信用せず信頼を置くこともない。
「君は連邦軍士官だな! ここに5000米ドルある! これで見逃してくれ!
他人を一切信用しない彼らが信奉するのは神の教えでも友愛の精神でもなく、強い力と現金のみ。他人の言葉を信用せず、善意を信用せず、他人の得は自分の損と捉える極めて現実的な……ともすれば虚無的な生き方を基本としている。
「残念だがそりゃ出来ない相談だな。ここにいる全員にキャッシュで10万ドルでも用意してくれりゃ話くらいは聞いても良いけどな」
テッドへ取引を持ちかけた中国人に、容赦なく絶望の一言を叩き込む。その言葉を聞いたレプリ人は『ばれたら殺されるんだ!』と恐怖に震えている。ただ、彼らは、中国はシリウス側を利する行動に出ているのだ。
地球から独立を勝ち取りたいシリウスの都合と、自分の金儲けのためなら人類全体の幸福や安定など全く考慮しない中国とが奇跡の連携をしている。連邦軍はその証拠を遂に押さえたのだ……
「そりゃあんたの都合で俺には関係ない。それに、あんたの行動は人類に対する裏切り行為だ。裏切り者の運命がどうなるかはわかってるだろ?」
テッドは冷たい口調でそう言い切った。その言葉にレプリボディを使うチーノが青ざめ始めた。まぁ、だからといって手加減する必要は一切無いのだが。
「あんたを憲兵隊に引き渡すが、そこから先で生き残りたきゃ、どう振る舞うかはよく考えとけ。聞かれた事へ素直に答えりゃ、或いは少しはマシな……地獄かもしれないぜ?」
テッドの言葉に明確な刺が現れ始め、チーノも覚悟を決めたらしい。
ただ、この出来事が大きなうねりの始まりであることを、テッドはまだ気がつかないのだった。




