ニューヨーク降下作戦 06
~承前
その戦闘が始まったとき、テッドはふと既視感を覚えていた。
ただ、少なくともそれは『向こうサイド』の視点であることに間違いない。
――――そうか……
こんな風に見えていたのかと、変なところで感慨に耽っていたと言っても良い状態だった。
『エディ。穿孔突撃は間もなく完了する』
『了解、ご苦労だった。引き続き上空からの砲撃観測を頼む』
――――あれ?
砲撃と同時に突入じゃないのか?と首を捻ったテッド。
だが、間違いなくエディは砲撃観測と言った。
そして『了解!』とウェイドが応えているのも不思議だった。
ただ、少なくともこの501大隊に居る以上は首を捻っても仕方がない。
状況に応じて臨機応変に行動する。それこそが海兵隊の本分。
ただ、それ以上の目標がこの大隊には存在する。
――――最終的にシリウスを独立させること
それだけの為にエディは努力している。一つ一つ準備していると言って良い。
いつかやがて実を結ぶ筈の、小さな努力の積み重ねの中にテッドは居るのだ。
『両翼。突入準備を整えろ』
エディの指示が出て、テッドは勢い良く『準備完了!』を報告する。
間髪入れずにヴァルターからも同じ報告が上がった。
――――なんだ
――――やっぱりこの方が早いぜ……
ニヤリと笑ったテッドは、トレンチに治まった状態で背嚢からの給弾ベルトを確かめた。捩れや曲がりが有るとジャムりかねないからだ。毎秒20発以上の発射サイクルを誇る高速機関銃なだけに、給弾機構の不調は即射撃停止に繋がる。
そしてそれは、1人の兵士の命を左右するだけでなく、場合によっては小隊中隊規模でピンチを招き、そのピンチは大隊へと伝播し、全体を窮地に陥れる致命的な事態になりかねないのだった。
『ブル。中心部へ砲撃を開始しろ。余計な部分は壊すなよ? 行儀良くやれ』
その返答の変わりに砲撃が開始された。弾薬集積されている所に榴弾を打ち込む鬼畜の攻撃だ。程なく各所で連鎖爆発が始まり、そうなるともはや手を付けられなくなる。
『大変結構な眺めだな。よろしい。ヴァルター。テッド。左右から挟みこめ』
その指示が出るや否や、テッドは身を潜めていたトレンチから身を乗り出すと、手にしていたMG-7のボルトを引いてチャンバーへ初弾を叩き込んだ。
「野郎ども! 行くぞ!」
気合の入ったテッドの叫びにロニーやトニーが『おぉ!』と応えてトレンチを飛び出す。その先頭にいたテッドはMG-7をバリバリと撃ちかけ、次々と連鎖爆発している所から逃げ出すシリウス軍を撃ち続けた。
ただ、数歩進んだときにハッと気が付いて近くに有った瓦礫の陰に身を隠した。
――――いけねっ!
――――指示を出さなきゃ……
そう。火星の地上で学んだことだ。あの装輪戦車を率いて戦ったとき、部下を使い目的を果たす事を学んだ筈だ。その肝心な事を土壇場で思い出したのだから、ちょっとは自分を褒めても良いな……などと無駄な事を考えた。
「ロニー左へ展開しろ。トニーは右だ。鳥が翼を広げる様にな!」
その指示を聞いたロニーとトニーは『了解!』を叫んで左右に別れて大きく広がった。ざっくり50名ほどをつれてきたが、負け戦から勝ち戦に変わったせいか、全員の動きはすこぶる良かった。
――――やっぱ飯をしっかり喰わせておくと違うぜ……
それまでは負け戦の連続だったせいか、ニューヨーク郊外にいた面々も、ここまでの道中で拾った奴らも、ろくに食べてない状態だった。どんな理由をつけたところで、いつの時代も食事は戦況を左右する。
そして、そんな腹ペコの奴らに道中でガッチリと飯を喰わせると、目に見えて動きが軽快になり反応良く行動するようになっていた。満腹は闘志を奮い立たせる最高のドーピング材なのだった。
「兄貴! 連中逃げますぜ!」
ロニーが声を上げ始める中、テッドは射線を確保するべく物陰を飛び出して一気に走った。その道中でMG-7を乱射しながら。
『ブル! 砲撃勘弁してくれ! 近づけねぇ!』
テッドが無線にそう言葉を流すと、上空にいたドッドが叫んだ!
『テッド、砲撃目標を奥側に伸ばした、砲座側から接近しろ!』
空を見上げたテッドが見た物は、背中に噴射エンジンをつけたドッドとウェイドの二人だった。航続距離は大した事が無いが、空中に飛び出せるのは大きな武器といえる。
そして同時に、その姿がかつて見たブーステッドのブルーサンダーズを思い起こしたのだ。あのアンディ中尉と同じく中尉に昇進した自分は、同じように役に立っているだろうか?と自問自答した。
――――まだまだ……
そう。肩書きだけが先行して実際はまだまだだ。もっともっと出来る事があるはずだ。さらに次の手を、その次の手を提案し、実行し、エディに役に立たねばならない。だが……
『テッド! 突っ込みすぎるな! 距離を取って確実に仕留めろ!』
エディが間髪入れず口を挟んできた。
何処かで見てるのか?と訝しがるほどのタイミングで……だ。
『了解です』
あくまで冷静に返答し、そのまま距離を取って射撃を続けるテッド。
気がつけば左右両翼に展開中の面々も同じように銃撃を繰り返していた。
――――よしよし……
ヘルメットの下でニンマリと笑ったテッドは、じりじりと前進を開始した。MG-7の銃弾を受けているシリウス側は、赤と白の血が霧状に舞い上がっているのが見える。
――――レプリが大量に降りてるな……
と言う事は……と、様々な思考がテッドの脳内で一気に加速した。
指揮官役となる頭を潰せばレプリ兵は戦闘を停止するはず。その状態に追い込んでから砲撃で片付ければ良い。
――――いたっ!
無駄に階級社会であるシリウスの場合、上官役となる士官は無駄に煌びやかな衣装をまとっている事が多い。そして、それは戦場においては致命的な弱点となりうる事をテッドは知っていた。
――――目立つなぁ……
一応は鉄兜な姿であるが、そのヘルメットには金の飾り模様が入っている。その飾りがキラキラ光り、自分はここに居るぞ!と自己主張しているような状態だった。
――――スナイパーでも居ればなぁ……
ハッと気が付いたテッドは、左右に向かって叫んだ。
「誰か! 狙撃できる奴はいるか!」
これだけ頭数が居れば、そんな特殊技能持ちもいるかも知れない。そんな読みだったのだが、そもそも狙撃主は医療兵と同じで特殊技能の範囲に入る。
凡そ海兵隊と言うところは射撃に自信のある者が揃っていて、特級射手、一級射手、二級射手と3段階の技量水準判定では、特級射手が揃っている。だが、州兵崩れや一般陸軍ではそうもいかないのが実情だ。
――――各小隊に1人は狙撃兵を入れておきてぇ……
内心でそんな事を思っても、実際には後の祭りといえる。誰一人として名乗り出なかった以上、自分がやるしかない。
「ロニー! 道具を交換しろ!」
考え付いたのは、ロニーの持っているS-4自動小銃だ。弾道特性として素直な12.7ミリは、M-82狙撃銃などで猛威を振るっている。それと同じ弾を使うのだから命中率は悪くないと考えたのだ。
「マジッすか兄貴! 何すんすか!」
間髪入れずそんな言葉が返ってきたが、テッドは彼方を指差して叫んだ。ロニーの視界に割り込んで矢印でも示せれば話は速いのだが。
「あいつを撃つんだよ!」
テッド姿を見てロニーも何かを悟ったらしい。
その場で伏射姿勢になり、S-4の先端部下に自分のヘルメットを置いた。
「任せて!」
テッドは射撃にかなりの自信を持つのだが、そんなテッドに向けて『任せろ』と大見得を切ったロニー。大丈夫か?と一瞬思案するのだが、その前にロニーは最大射程で銃を撃っていた。
真っ赤な線が大陸の乾いた風を切り裂いて飛び、凡そ1200メートル彼方にいたシリウス軍士官の頭が熟れたざくろの様にドバッと弾けとんだ。見事な射撃の腕前だと舌を巻いたテッドは、間髪入れず指示を飛ばした。
「指揮官役を全部撃て! 残りは全部レプリだ!」
遠くから『ヘイッ!』と声が返って来て、程なく次々とヘッドショットが決まり始めた。その正確無比な射撃に声も無いのだが、それと同時に『いけるな……』と確信を深めるのだった。




