表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
黒い炎  作者: 陸奥守
第十章 国連軍海兵隊 軌道降下強襲歩兵隊
362/425

ニューヨーク降下作戦 05

~承前






「君らは?」


 もう何度繰り返したか解らない質問がエディの口を付いて出た。ニューヨークのマンハッタン島から陸路で既に4日目だが、各所で地球側は激烈な抵抗を続けていて、各所でエディはその戦闘に首を突っ込んでいた。


「ペンシルバニア州軍第28戦闘大隊の生き残りとニューヨーク州軍第3戦闘旅団の生き残りを前線再編した……まぁ、ざっくり言えば2大隊ほどの抵抗軍団です」


 疲労の色が濃い州軍大尉は、どうやら合衆国軍退役組の即応予備組らしかった。

 胸のネームシールにはキャラハンの文字があり、立ち振る舞いを見ていれば十分なヴェテランである事が見て取れた。


「なるほど。で、ここでは何を?」


 4日目にしてフィラデルフィア中心部まであと数キロの所に進撃してきたエディ以下の501大隊は、シリウス側の方位攻撃中な所に横槍を入れてシリウス側を撃退していた。


 ただ、その戦闘が終った時、シリウス軍の包囲していた中味が、ただの州兵崩れの寄せ集め集団であることに気が付いたのだった。


 州兵


 他国では中々理解されないが、そもそもアメリカ合衆国と言うのは50の州と12の所属自治領をあわせた連邦国家だ。各州にはかなり高度な自治権が与えられていて、そもそも州の防衛は合衆国軍ではなく州兵が担っていた。


 欧米型のコモン・ローによれば、健康な市民は街を護る義務を負うとされる。そしてそもそも、合衆国の連邦法にある根幹の思想として「自分の身は自分で護れ」が一大原則だった。


 つまり、彼等はその義務の一環として、自分達の身を自分たちで護るべく、シリウスの撃退を図っているのだった。


「この先、サウスフィラデルフィアにシリウス軍の物資集積地があるのですが、そこを攻撃しに来た州兵軍の……まぁ要するに生き残りですよ」


 エディはそこまで聞いてから言った。優しげな眼差しで『良く頑張った』と言わんばかりの顔で。


「要するに返り討ちにされたってことか」

「そうです」


 ルート1沿いに南下してきた501大隊は、いつの間にか200人ほどに膨れ上がっている。そんな状態でやってくれば、絶望的戦闘に駆り出された者にすれば、是非とも吸収したいと願うだろう。


 だが、軍隊と言う組織が階級の上下を絶対不変の金科玉条とする以上、この大尉はエディ率いる200人を取りこむ事が出来ない。なぜなら、エディは中佐であるだけでなく、地球連邦軍と言う組織に所属する集団だからだ。


 州兵は自立して地域を護る義務の為に働くが、地球連邦軍は連邦議会の駒なのだから、合衆国州兵は手を出す事が出来ない。そしてそれだけでなく、連邦軍の佐官以上になると、現地補充兵を徴発する権利を持っている。


 つまり、助けに来てくれたエディたちに吸収されかねず、キャラハン大尉は怪訝な眼差しでエディを見ていた。


「で、集積地は叩けたのか?」


 やや落ち込んでいたキャラハン大尉はエディが首を突っ込みそうになっているのを見て発想を変えたらしい。指揮下に組み込むんじゃなく、戦闘に巻き込めば良いのだ。


「いえ、案外抵抗が強くて手を出せません。まだ生きてる自走砲が20両ほど有るので『なら話は早い。砲撃ついでに切り込もう』は?」


 エディの浮かべた笑みは、愉悦を噛み殺した肉食獣のそれだった。


「話は簡単さ。いくら起死回生の救援に来たアークエンジェルでも、自分の街をメチャクチャに壊されるのは嫌だろう?」


 話を飲み込めないと言った風で頭を抱え気味なキャラハン大尉は、エディを前に怪訝な表情を浮かべていた。だが、同じく話を聞いていた501大隊の面々は、その誰もが『やっぱりなぁ……』と困ったような笑みだ。


「ウェイド。ドッド。飛行ユニットは持ってきてるな?」


 無線ではなくオープンで確認したエディ。不思議そうな顔になっているキャラハン大尉は、501大隊の人ごみの中から姿を現したウェイドとドッドを見てポカンとした口を開けた。


「……あの、少佐は……」


 ここまで何度も繰り返してきたシーンだが、それでも毎回同じような反応なので全員がそれを楽しみにしつつある。硬い表情の大尉を前にウェイドが言った。


「見りゃわかるだろ? ブリキの人形さ」

「しかも、歌って踊って戦えるぜ? なんならブロードウェイショーでも見せようか?」


 ウェイドに続きドッドがそんな事を言うと、501大隊の面々が大笑いを始め、それに釣られて各所で大体に吸収された面々も笑い出した。


「まぁ、我々の正体はこれで理解できたかな?」


 コクコクと首肯したキャラハン大尉は搾り出すような声で『サイボーグ大隊だったとは』と漏らした。だが、その言葉にエディの眉が曲がり、隊の面々は微妙な顔になってしまう。


 失言したか?と緊張の度合いを上げたキャラハンだが、エディはやや低い声で切り替えした。


「サイボーグなのは間違いないが、我々は合衆国軍でも州兵でもなく、連邦宇宙軍に所属する海兵隊だ。従って、合衆国の国防基本法による制約は受けない。我々は地球連邦軍行動規定に従い、シリウス軍を撃退し殲滅するだけだ」


 地球連邦軍海兵隊


 その言葉を聞いたキャラハン大尉は、自分の指揮下にある全ての州兵がこの場で吸収される事を覚悟した。そもそも、合衆国陸軍に所属していた大尉は、その法令的な部分での対応と、双方の権利権限に付いて細かく教育を受けていた。


 地球連邦軍の現場責任者は対シリウス戦闘に於いては如何なる制約があろうと、連邦各国の国防軍や自衛軍を臨時権限で吸収し、麾下に納める事を了承しているのだ。


「で……我々は?」


 大尉の言葉にエディは焦眉を開き笑みを浮かべた。


「何も難しい事は無い。我々の後方支援を頼む。地域地図はあるかね?」


 その言葉に州兵側が地域の詳細地図を広げた。広域で街道を集約しているこの街は、物資拠点としても理想的だった。


「……なるほど、話は簡単だ。ウェイド、ドッド。穿孔突撃しろ。抵抗拠点をリアルタイムで後方伝達するんだ。その情報を元に砲撃し、そのカーテンのこっち側から地上を突撃する。街の西側にはテッドチーム。東側にヴァルターチームを配し、真ん中は私が直接率いる。簡単だろ?」


 地図の上に指を走らせ、エディは全体の流れを大まかに説明した。それを聞いたテッドとヴァルターは早速行動を開始し、ここまで来る道中で吸収した兵卒を眺めつつ『どっち持ってく?』と相談を開始した。


「要するにシリウスを押し返すんだろ?」


 テッドがボソリとそう呟くと、ヴァルターが軽い調子で応えた。


「まぁ、そう言うことだろうな。チライ河戦闘の仕返しだぜ」

「仇は取ってやらねぇとな」


 仇……

 そう、かつて仲間だったドゥバンの仇だ。


「俺はあの州兵崩れを持ってくわ。東側だろ? 移動が簡単な方な」


 ニヤッと笑ったヴァルターは、あの州兵達がレッグ(徒歩移動)なのを見て取った。

 ここから移動するなら、僅か2マイルほどなので徒歩圏内だった。


「んじゃ、俺はあのバスの中身を連れてくことにしようか」


 装甲車両の類が殆ど無い状況だったが、究極の車社会であるアメリカの場合は各所にオートパイロットのバスが乗り捨てられている。天井のソーラーパネルは生きているので、メインスイッチさえ入れば走る事は可能だった。


「エディ。こっちの支度は完了です」


 サムアップしつつそう報告したヴァルターの姿に、エディは満足そうな笑みを浮かべてからウェイドたちを見た。


「そっちは良いか?」


 まるでロボコップのような増加装甲を纏う姿のウェイドとドッドは、ヴァルターと同じようにサムアップしながら言った。ぎこちなさなど欠片も無い、流れるような動きが見て取れた。


「こっちも問題ありません。すぐにでも飛んでいけます」


 ウェイドの言葉に首肯を返し、エディはキャラハンを見た。

 全身に自信を漲らせた、迫力ある姿だった。


「大尉。攻勢開始は1時間後とする。砲撃はピンポイントで行なうので正確に狙ってくれ。その砲撃の空きを突いて我々が突撃する。シリウス軍は後退するだろうから、それを追い立てるように突撃する。全部挽肉に変えてやろう。今夜はハンバーグだ。楽しみだな」


 笑えないジョークを飛ばしながら、エディは再び地図の上に指を走らせ説明を続けた。だが、キャラハン大尉はそれが事実になると妙な確信を持った……


「目標は予定通りフィラデルフィア中心部だが、この集積場を突っつけばシリウス軍は尻に帆を掛けて逃走するだろう。残存戦力は集中運用するのが常だからな。我々もシリウスのサザンクロスで散々それをやった。その裏返しだ――」


 エディの言葉に熱が篭るのを全員が聞いていた。

 そして、妙なやる気を漲らせている州兵士官達を前に、エディは()()()()()を説明し続けた。最終的にどうするのか?が、現時点では最も重要なことだからだ。


「――シリウス軍を追いたてワシントン攻防戦をやっている所へそいつらを押し込む。その後は挟み撃ちだ。解りやすいだろ? ここでアメリカ大陸へと降下したシリウス軍の軍団ひとつに完全な消滅を経験させる。その恐怖が伝播していく事を図るんだ。そして……」


 エディの指が地図を叩き始めた。トントンとリズム良く鳴る音に、テッドは遠い日に聞いたあのピアノの上のメトロームを思い出した。ただ、そんなリズムに乗って流れる内容は、少々物騒を通り越してとんでもない発言だった。


「シリウス軍側の心を折りに行く。正面装備で互角なら最後に効くのはやる気と根気だろう。だからこそ、彼等には全滅してもらう。1人残らず死んでもらって、その映像を世界にばら撒く。ここから反撃だ。我々は負けず、滅びず、勝利する」


 エディの熱い言葉に全員の顔が変わったとテッドは思った。そして、言葉を操り人を導き、その結果として望むモノを手に入れる人間が存在する事を知った。ただし、その中に含まれるであろうエディは、全く異なる目的を持っている事を知っていた。つまり、それ自体が嘘の塊である事を……

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ