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黒い炎  作者: 陸奥守
第三章 抵抗の為に
36/425

暗闇の奥底へ

 ――リョーガー大陸 ニューアメリカ州 臨時州都ザリシャグラード

    シリウス標準時間 7月27日 午前





 エディの操縦するバンデットの後部座席で痛みに呻いていたジョニー。強烈な急降下の反動で全身から激しい痛みが襲い掛かっているのだが、自分の身体の事など忘れ去ったかのようにジョニーは地上を凝視していた。

 戦列艦の激しい砲撃が続く中、地上に展開していたシリウスの地上軍は続々と手痛い被害をこうむっているようで、戦線を崩し後方へ壊走していくのが見える。そんな中、僅かながらザリシャグラードへ向けて砲撃を行うロボの姿があり、エディは小さく舌打ちしてからロボへと襲い掛かるのだった。


「行きがけの駄賃だ。ちょっと仕事をしていくぞ」


 ジョニーは返答する事すら難しくなり始めていた。身体中を走る痛みだけでなく、リディアを思う心の痛みが精神を限界まで追い詰めていた。しかし、エディはそんなジョニーに遠慮する事無く、見事な操縦を見せて次々とロボを破壊している。

 空中からの手痛い攻撃を受けシリウスのロボが次々と擱座し、30分もしないうちに基地の周辺からシリウス軍の影が消えた。安全を確保したと確信したエディは機体を基地の広場へと向かわせ多少平坦の残るところへバンデットを着陸させる。。

 巨大なクレーターが幾つも出来た基地の中は、かつて見た緑溢れるザリシャ基地とは程遠い姿だった。


「ジョニー。大丈夫か?」

「……あぁ」


 痛みにうめき声をあげつつジョニーは地上へ降り立った。硝煙と舞い上がった土の匂いが鼻を突く。そんな中、痛みを無視し飛び降りたジョニーはリディアを探して基地の中を走り回る。


「リディア!」


 最初は歩いていたのだが、やがてジョニーは走り始めた。全身を駆け抜ける衝撃が激痛をもたらし、やがてそれは酷い頭痛とめまいとなってジョニーの精神を蝕んでいった。

 だが、そんなものを無視して走るジョニーの努力にもかかわらず、走っても走ってもリディアは見つからない。同行してきたエディも銃を持ってリディアを探し走り始めた。だんだんと焦り始めているのだった。


「リディア! 何処にいるんだ!」


 基地の中を移動していき、やがてふたりは士官向け住居エリアにたどり着いた。ロボ側の砲撃が着弾したらしく住居は激しい炎に包まれ、おいそれと近づけない状態だ。

 だが、そんな炎の中へと飛び込んだジョニーは、熱傷と負傷を炎の熱に焼きなおされ苦しげな呻き声を上げつつ、走り回ってリディアを探しつづけた。


「リディア! 何処だ! 返事をしてくれ!」


 住居エリアを進んで行って、やがて目印になるシリウス杉を見つけたジョニー。

 かつて、僅かな間だけ一緒に過ごした家が跡形も無く消し飛んでいて、その姿を見て言葉を失い立ち尽くしたジョニーは、半分以上崩れたガレージ納屋を見つけた。

 まだなんとか辛うじて残っていたそのガレージには耐熱金庫があり、ジョニーにとっては残り少ない母親の形見とも言うべきシルバーのネックレスが残っていた。


「良かったなジョニー。お前のルーツを確かめるものが残っていたぞ」

「……だけど」


 焦るジョニーは納屋を飛び出した。


「リディア! リディア! 何処だ! リディア!」


 基地の中を闇雲に走り回り、半分以上崩れている建物の中へも危険を顧みず入っていく。建物の中には退避が間に合わなかったらしい連邦軍のスタッフが沢山死んでいて、ジョニーは思わず胸の前で十字を切った。


「急に襲い掛かってきたんだな」


 ボソリと呟いたエディも十字を切って冥福を祈る。

 だが、ジョニーにしてみれば、その死体の山にリディアが入っている可能性が怖いのだ。建物の中を走り回り女性事務方の制服を見つけては顔を確認していた。


「ここにはいなさそうだな」

「なんで?」

「こっちはどちらかと言えば正面戦力の側だ。リディアは事務方の筈」


 無言でエディを見ていたジョニーは再び走り出した。もはや痛みなど麻痺していた。どうやっても痛いのだから無視するしかない。

 リディアの名を叫びながら走るジョニー。やがてふたりは広大な航空機整備ゾーンへとたどり着いた。強靭な地下掩体壕の入り口が残っていて、そこに手を掛けたジョニーは迷わず扉を開けた。

 だが、そのドアの先へ一歩すらも踏み出せないほどに内部が破壊されている。戦列艦の艦砲射撃が引き起こすとんでもない破壊力にジョニーは息を呑んだ。


「ジョニー! 伏せろ!」


 突然エディが叫び、ジョニーは身体の痛みを無視して地面へと伏せた。腹部一体から激しい痛みが沸き起こり、うめき声に激痛を上げたのだが、その頭をエディが押さえていて、その付近には次々と銃弾が降り注いでいた。


「なんだあいつら!」

「シリウスの反地球派パルチザンさ」

「パルチザンってなんですか?」

「要するに地球派優勢地域に隠れていたシリウス派ゲリラさ」

「マジかよ!」


 まるで山賊の頭目かと思えるような姿の男は何人もの手下を従えていた。そして、シリウス製自動小銃を構えジョニーとエディを撃ち殺すべく、散々に撃ち掛けてくるのだった。


「地球人の生き残りだ!」


 ややあって一個中隊ほどのパルチザンが姿を現し、ジョニーとエディの二人へ遠慮なく銃弾の雨を降り注いでいた。


「俺もシリウス人なのに!」

「行って説得してきたらどうだ?」

「撃ち殺されるのが関の山っすよ!」

「なんだわかってるじゃ無いか」


 アハハと楽しそうに笑ったエディ。


「とりあえず勝手に死ぬなよ!」

「リディアを見つけるまでは死なない!」

「良い心がけだ!」


 一瞬の隙を狙って物陰を飛び出したふたりは有利なポジションを探してグランドを駆けて行った。通常、右肩で自動小銃を撃つときは、対象が右から左へ走ると中々当らないものだ。

 一瞬チラリとだけパルチザンを見たとき、左撃ちを見つけられなかったジョニーは、少しだけ安心していた。


「シリウスの女を守れ! 地球人の手に渡すな!」


 必死の銃撃が続くなか、物陰へ身を隠したジョニーはエディと顔を見合わせた。


「なんであいつらあんなに必死なんでしょうか?」

「さぁな。もしかしたら地下掩体壕に非難していたのかもしれないぞ」

「……そうか」


 物陰を移動して行って地下掩体壕への別の入り口へとやって来た時、パルチザンは掩体壕の中から続々と担架に乗せられた女たちを運び出していた。


「どうやらビンゴです」

「そうか。俺の勘はまだ鈍っていないな」

「勘?」

「そうさ」


 ニコリと笑ったエディは上目遣いにジョニーを見ていた。


「指揮官役と言うのはまず運が良くなきゃいけない。引きの強さも必要だ。そして、勘の良い人間で無いと生き残れない」

「……大変ですね」

「まぁ、部下の命を預かるんだからな」


 エディはジョニーの肩をポンと叩き走り出した。

 その後ろをジョニーが続き、物陰から物陰へと移動する。

 その途中、ジョニーは見覚えのある髪色を見つけた。


 ――えっ?


 一瞬足を止めてジッと見たジョニー。

 次々と担架に乗せられ運ばれる女性の中に、ジョニーはリディアの姿を発見したのだった。そして、ジョニーは我を忘れて一気に沸騰する。


「リディア!」


 真っ直ぐに走って行きそうになったジョニーをエディは力尽くで押さえ込んだ。

 身体中を締め上げられ激しい痛みにうめき声を上げたジョニーだが、エディは遠慮する事無く耳元で叫んだ。


「馬鹿! 状況をしっかり把握しろ! どんな時でも冷静になれ!」


 驚いて見上げたジョニー。エディは真剣な表情で見ていた。


「どんな時にも氷の様に冷静になれ。そして、常に最善手を選べるようにしろ」

「でも!」

「お前には見えないのか! あの光りが!」


 エディが指差した先。そこには大気圏外から艦砲射撃警告を行う戦列艦の光りの柱が降り注いでいた。


「マジかよ!」

「俺が先に走って引き付ける!」

「え? それじゃ!」

「論議は後だ! お前は迂回して行け!」


 叫ぶと同時に走り出したエディは担架の列の先頭を目指した。

 何処からか銃を持ちだし、パルチザンへ制圧射撃を始める。


 だが、パルチザン側も銃列を敷き、猛烈な抵抗を見せた。

 双方が激しい銃撃戦を繰り広げ、耳を劈く射撃音が響き渡る。

 そんな中、恐怖と緊張に意識を失っていた女性たちは目を覚ましつつあった。

 そして、その中には目を覚ましたリディアがいた。


「全員伏せてろ! 必ず救出する!」


 パルチザンの頭目が野太い声で叫ぶ中、目を覚ましたリディアが最初に見た物は、遠くを斜めに走っている満身創痍のジョニーだった。一瞬自体を飲み込めなかったリディアを他所に、艦砲射撃の初弾が地上へ着弾する。

 基地の外部へと着弾した戦列艦の砲弾は、激しい衝撃波と爆風を地上に巻き起こした。音速を遥かに超える速度で破片が飛び散り、破片群の直撃を受けた者はまるでひき肉の様になって崩れていった。


「ジョニー!」


 恐怖の余りに叫んだリディア。

 遠くでその声を聞いたジョニーは精一杯に叫ぶ。


「リディア!」


 だが、再び眩いほどの閃光がほとばしる。

 そしてその直後に激しい振動と騒音が辺りを包んだ。

 基地の周辺部に第二弾が落ちたらしい。


「女絶ちは全員伏せろ! 必ず俺が助けるから心配するな!」


 破片が飛び交う最中、パルチザンの頭目は身体を張って陣頭指揮を取っていた。

 ジョニーとエディに気を取られる事無く、次々と振ってくる艦砲射撃の砲弾対策を指示している。


「女たちを守れ! シリウスの子供たちを育てる母だ!」

「ですがおかしら!」

「あのコンクリートの壁際に集めろ!」


 その直後、割と近いところへ第三弾となる砲弾が降ってきた。かなり近いところへ着弾したらしく、地面がグラグラと揺れた。そして、ほど近い着弾の破片は遠慮なく飛び散ったらしく、パルチザンの頭目は直撃を受け右腕を失ったらしい。


「おかしら!」

「ガタガタ騒ぐな! ロープもってこい!」

「へい!」


 手下たちが持ってきたロープで緊急止血した後、ゴリラのような頭目はなおも指揮を取り続けた。担架の列は延々と続き、そこに乗せられた女たちは震えながら運ばれるしかなかった。


 ――チャンスだ!


 エディに向かって銃口を向けているパルチザンの銃列は、激しい騒音と振動にジョニーの存在を見失っていた。それを奇禍としたのか、ジョニーは迷う事無く真っ直ぐにリディアへと走り始めた。


「リディア!」


 障害物を乗り越え、大きなクレーターを跳び越し、激しい砲撃が続く最中だと言うのに恐怖を忘れてジョニーは走った。


 ――もう少し…… あと400メートル……


 既にリディアの姿を認識できるレベルに接近していた。推定で100メートル少々だ。おびえた表情で担架に寝転がっていたリディアはもう一度叫んだ。


「ジョニー!」


 愛しい者の名を呼んだリディアは涙が止まらなくなっていた。担架の上でガタガタ震えながら自分の肩を抱いていた。すぐ近くに砲弾が着弾したらしく、恐ろしい速度で破片が飛んでいく。その破片を身体中に受けたパルチザンの若い男が、生きたまま挽肉になりはてて死んだ。


 ――ジョニー…… 助けて……


 ミスト状になった血を浴びたリディアは泣きながらジョニーの名を呼び続けた。

 余りの恐怖に腰が抜けてしまい、立つ事すらできなかった。

 そんなリディアの耳に自分の名を呼ぶものの声が聞こえた。


 ――え?


 驚いて辺りを見回した時、遠くから不思議なシルエットの人が走ってくるのが見えた。右手しかないその姿は間違いなくジョニーだった。だが、冷静に考えてジョニーがここにいるわけが無い。

 自分の恐怖が生み出した幻だと思ったリディア。しかし、再びリディアの耳にジョニーの声が届いた。間違いなく自分の名を呼んでいるジョニーだった。


「リディア!」


 両手で口元を押さえたリディアは全身がガタガタと震えだした。

 満身創痍で走ってくるその男は、間違いなくジョニーだった。


「ジョニー!」


 リディアの声に反応したのか、パルチザンが一斉に銃口を向けた。その時、リディアはすぐ近くに居たパルチザンの男の銃を手で横へ押し出した。


「違うの! 敵じゃ無いの! 敵じゃ無い! 彼はシリウ――


 懸命に叫びながらジョニーに向かって手を伸ばしたリディア。ふたりが互いに手を伸ばし一直線に重なった残り100m。全ての恐怖を忘れ真っ直ぐに走ってきたジョニーだが、その手は届かなかった。


 ――マジかよっ!


 心のうちで叫んだジョニー。一瞬、ジョニーは眩い光に包まれた。

 全てが白く輝く世界になり、身体の表面全てが焼け付くように痛かった。

 そして、遠くから甲高い讃美歌のような声が聞こえ、僅かに首を振ったとき、遥か上空に天使が舞っているのが見えた。


 ――なんだこれは……


 それは、戦列艦が地上へ降り注ぐ着弾警報の光りの柱だった。

 どうこうと考える前に頭が沸騰したジョニー。リディアへと走っているのだが、その距離が一向に縮まない錯覚を感じた。そして、空中を舞っていた天使が光り輝く死神の鎌を構えた時、その全ての天使が悪魔へと姿を変えた。


「やめろぉぉ!」


 バランスを崩して地面へと転げたジョニーは、先に着弾していたクレーターへと脚を滑らせ転がり落ちてしまった。必死になって起き上がって走り出そうとしたとき、地上から身体が浮かび上がるほどの衝撃を受けた。

 間違いなく砲弾が着弾したんだと思ったジョニーは、あり地獄のようなクレーターを這い上がって行って地上に出た。そして辺りを見回した時、上空から大量の土砂が降り注いできたのだった。


「うわぁぁぁ!」


 土砂に下半身が埋まった状態のジョニーは、目の前にあったはずの掩体壕入り口が無くなっている事に気が付いた。


「えっ……」


 あの強靭な構造の掩体壕入り口がそっくり無くなり、そこにいたはずのパルチザンやリディアを含めた女たちや、それだけでなく、あのクマかゴリラのようなパルチザンの頭目も消え去っていた。


「ウソだろ……」


 ズルズルと滑る砂の斜面を這い上がり立ち上がったジョニーは大声で叫ぶ。

 見渡す限りのクレーターとなった基地の中で。


「リディア! 返事をしろ! リディア! 返事をしてくれ! リディア!」


 呆然とした状態で幽鬼の様にフラフラと歩くジョニー。

 その周辺へ次々と砲弾が降り注いでいるのだが、もはや何も怖くなくなっているジョニーは『何か』を探して歩き回っていた。


「リディア…… リディア…… リディア…… リディア…… リディア……」


 すぐ近くと言うほどでもない離れた所に再び砲弾が着弾した。幸い、偶然にも吹き飛ばされた基地の鉄板が装甲となってくれ、ジョニーは破片の直撃を受けなかった。それを受けていたら街が会い無く即死だった破片だ。

 だが、その破片の反作用で吹き飛ばされた鉄板は、下手な自動車並みの速度でジョニーに襲い掛かった。固い鉄板に弾き飛ばされ壁に叩きつけられたジョニーは、一瞬で意識を失い、そして激しい痛みで覚醒した。


「いてぇ……」


 搾り出すように呻いたジョニー。しかし、ふと気が付くとアレだけ痛かった身体の痛みが消えていた。それだけでなく痺れるように感じていた左腕の不快感も消えていた。


 ――あれ?


 チャンスだと思って走り出そうとしたとき、身体に全く力が入らない事に気が付いた。そして、壁際に横たわり段々と息苦しくなり始めていた。


 ――脊椎かな…… いや、頚椎だな…… おれ、死ぬのかな……


 不思議と何の恐怖も無かった。そんな状態のジョニーは何をする事も出来ず、ただただ、空を見上げていた。茜色になった空の向こうから眩い光が降り注ぐ。そんなシーンを見ながら、ジョニーはうわ言の様にリディアの名を呟く。


「リディア…… ゴメンよ…… リディア…… ゴメン……」


 あの時、エディに誘われて軍に参加しなければ……

 ジョニーは激しい後悔が沸き起こっていた。リディアを殺してしまったのは俺かもしれない。そんな後悔だ。あのまま、グレータウンの郊外で貧しいながらも牛飼いをしていれば、死なずに済んだかもしれないのに……

 自責と後悔の念が心の中でメリーゴーランド状態になっているとき、ジョニーの前にエディが姿を現した。


「大丈夫か!」


 全身へ砲弾を破片を突き刺した恐ろしい姿のエディ。

 銃を失い手近な鉄板を装甲代わりにしたと思しき姿だった。


「エディ…… リディアが…… リディアが…… リディアが……」


 泣きながらリディアの名を呟くジョニー。

 とめどなく涙が溢れ、そして言葉の呂律が回らなくなり始めていた。


「リディアが蒸発しちまった」

「……そうか」


 エディはボロボロになったジョニーを担ぎ上げた。

 身体の全てから力が抜け、糸の切れた操り人形になっている。

 そんな状態ではあったが、それでもエディはジョニーの救助に全力を挙げる事にした。リディアを失った以上、ジョニーまで失うわけにはいかない。

 慎重に辺りを確かめ、安全を確認してから走り始めたエディ。夥しい数のクレーターをぬって走り、基地の片隅に止めたバンデットの後部座席へとジョニーを押し込んだ。


「ひとまず撤退だ」


 何をする事も出来ないジョニーは、ふとエディの背中から金属が飛び出しているのを見つける。破片が突き刺さったままだと言うのに、エディは一滴の血も流してはいない。

 防弾チョッキでカバーできるほど生易しい存在ではない筈の砲弾破片だ。普通に考えれば即死か即死一歩前のカウントダウン状態になる筈だ。

 上手く思考のまとまらない頭で漠然と考えていたジョニーは、ふと、頭の片隅に『サイボーグ』の文字が浮かんだ。地球の最先端企業が提供している戦闘用高性能サイボーグは、並みの人間では出来ないような事を平気でやってのける存在だ。


「エディ…… あなたは……」

「ん?」

「サイボーグなんですか?」


 驚いて背中を確かめたエディが苦笑いしている。


「ちくしょぉ…… ばれちまったか」


 寂しそうに笑ったエディは人間とは思えない速度で地上を走り出した。あっという間に視界から消えさったエディは、ややあって何かを持ってバンデットへと戻ってきた。


「大事なものだろ?」


 そっとジョニーの首から提げたのは母親の形見でもあるシルバーのネックレス。

 身体の動かない状態なだけに確かめる事も出来ないのだが、それでもジョニーは謝意を口にした。


「スイマセン。おふくろの形見なんです」

「だろうな。大事にしろ」

「はい」


 バンデットの操縦席へと座ったエディはバンデットの起動を始めた。メインエンジンに火が入り、制御コンピューターが目を覚ました。


「俺は人間ではない。戦闘用サイボーグだ。意思を持った戦闘ロボットだ」

「戦闘用サイボーグ……」

「あぁ。脳と中枢神経以外は全部機械だ」

「なぜ……」

「話せば長くなるが、まずは脱出だ」

「はい」


 垂直離脱エンジンが唸りをあげバンデットは僅かに上昇した。その状態でメインエンジンが推力を上げ始め、機体は滑るように前へと進み始める。徐々に速度を乗せていく機体が高度を稼ぎ始めると、ザリシャグラードの周囲が大きく姿を変えているのがわかった。

 あの、緑溢れたザリシャの街が完全に瓦礫の山になっていた。それだけでなく、街のあちこちから火の手が上がり、黒い煙が空へと立ち上っていた。シリウスの独立派による闘争は最終段階に入りはじめ、残された地球派の都市は数えるほども無かった。


「リディア……」


 ボソリと呟いたジョニー。幾つもの黒い雲を抜けたバンデットが高度を上げていくなか、ジョニーは動かない身体を疎ましく思いながら、ニューホライズンの地上を見ていた。


「あいつらがあんな事さえしなければ……」


 無表情になってぼやくジョニー。

 そんな声を聞いていたエディは静かに声を掛けた。


「ジョニー。戦争であるから人の死はやむを得ない。だが、その数を減らす事は出来る。上手く勝つ。或いは、上手く負ける。そして、次を見据え準備をする。その為に軍人と言う生き物がいる。軍人は死ぬのが仕事だ。戦争という政治的手段を取る政治家に対し、命と言う名のコストを差し出すのが軍人の仕事だ。その為に俺たちがいるんだ。だからな……」


 エディの言葉を聞いていたジョニーの意識が途切れかける。

 断片的に聞き取れない言葉が続く中、エディはジョニーの心へ残るような言葉を選んで喋り続けた。


「辛いだろうが生きろ。生き続けろ。そして、死ぬ日のために生きろ。胸を張ってリディアに会う時のためにな……


 まるで子守唄のようなエディの声を聞きながら、ジョニーの意識は深い深い暗闇の奥底へ沈んでいった。暗く暖かく優しい闇のそこへ沈みながら、リディアの踊る姿を夢見ていた。

* 19日と22日はお休みします。

* 次は25日の公開です。

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