バカな作戦の立案
~承前
眩い光が地上に見えた。
テッドは思わずシェルのコントロールを忘れてそれに見入った。
地球上に拡がっていくシリウス軍進行地域の各所に眩い火球が生まれていた。
――神に祈ってやっても良いな……
テッドには殆ど覚えの無い事だが、それでも微かには思い出せるシーンがある。
遠い日、シリウスの地上でピアノを弾いていた自分の母親の楽しげな笑顔。
街場にある協会の日曜学校で賛美歌の伴奏をしていたワンシーンだ。
――――神の愛は万民に注がれます……
絶望的に貧しいシリウスだ。牧師とて病的な痩せ具合だった。
だが、そんな環境だからこそ、明日を信じて皆は働いた。
ニューホライズンの地上を黄色く照らすシリウスが空に登る頃からだ。
そして、大地を黄金に染めて地平の向こうへ沈むまで、一日中働いた。
そんな農夫達は、純粋に神に祈っていた。敬虔な祈りがそこにあった。
『連中……それでも政府を信じるんだぜ』
ボソリと言ったステンマルクは、信じられないと言わんばかりの様子だ。
中国本土に墜落した大型輸送船は巨大なダムを破壊したらしい。
宇宙から眺める様相はスローモーだが、確実に強力な鉄砲水が生まれたはずだ。
『アチコチに落っこちてるけどさぁ……』
ディージョも余り口数がない。
彼らが見ている宇宙船の墜落シーンは、つまり人の命の輝きだからだ。
今まさに消えんとする蝋燭の、その最後の光りだった。
『生まれてから死ぬまでずっと思考をコントロールされるんだよ』
赤色革命アレルギーな環境に居たステンマルクの言葉には棘があった。
気に入らないとかでは無く、純粋に嫌悪しているのだろう。
だが、それで話が済めば世の中は簡単だ。
どれ程嫌いでも憎くても、時には上手く付き合う必要がある。
そして今、シリウスと戦う地球にしてみれば、その中国が問題だった。
『どうやって?』
ヴァルターは率直な言葉でそれを聞いた。
その問いに答えたのは、ステンマルクでは無くアリョーシャだった。
『報道と教育だ。幼いウチからそれを仕込むんだよ。国家の慶事や支配者階層の慶事に祝の品を国民に配る。そして、喜んで良いぞ!と煽るのさ』
アリョーシャの説明に『ひでぇ』とか『マジかよ』と言葉が漏れる。
支配階層の思惑により振り回される市民は、いつの間にか従順になるのだった。
『けどさぁ……アレで焼かれた市民って、シリウスじゃ無くて俺達を恨むんじゃねぇ? 普通に考えりゃ……』
怪訝な声音で切り出したテッドの懸念。それに全員が聞き耳を立てた。
少なくとも、市民にとってはどっちでも良い事かも知れない。
要するに、喧嘩は余所でやれ!と、怒り心頭かも知れない。
これから派手に地上戦をやるにしたって、その為の根回しが必要だ。
だがその前に、こうやって敵対心を煽ってしまうのは、良いとは思えない
『……良い着眼点だな、テッド。だからこれからが重要なんだ』
エディの言葉に全員が警戒のギアを一段挙げた。
他でもないあのエディが『これからが重要』と言った。
つまりそれは、常識の範疇を越える困難さがやってくる……
そしてそれは、可能性ではなく確定事項だ。
戦力乏しいサザンクロス攻防戦で、何度も経験したことだ。
敗走を続ける地上軍に『反撃しろ』とロイエンタール将軍は命じた。
そしてエディは短く『解りました』と応えた。
あの悪夢のような戦闘がこれからも続く事は確定事項になった。
――マジかよ……
小さく溜息をこぼしたテッドは、自分自身の生々しい反応がおかしかった。
もはや呼吸など形而上的なモノでしかないサイボーグが……だ。
『で、何やるんすか?』
相変わらずロニーは軽い。
そんな軽さも時には救いになるのだが……
『簡単さ。地上に殴りこむぞ』
ロニーの問いに答えたのはブルだった。
そして全員が『え?』と応えた。
『新型シェルのデビュー戦に相応しい舞台がこれから設えられる。我々はそれに参加するんだ。敗走続く地上軍を救うべく現れるアークエンジェルとしてな』
アリョーシャがそう言葉を続け、テッド達はなんとなく事態の実態を知った。
先のブリーフィングで聞いた内容がそれに相当する物だ。
地球連邦軍の首魁として君臨するアメリカ本土がついに侵攻を受けた。
石油も資源も食料も絶たれたアメリカ合衆国だが、そもそも地力が違うのだ。
各所で激しい戦闘が繰り返され、さしものシリウス軍も攻めあぐねていた。
だが、全米各地に居住する移民の多くが素直に降伏を言い出し始めていた。
地球全土からアメリカに逃れた者達の多くは、抵抗より共存を選ぶ空気だった。
ただ、実際には事前にシリウスが送り込んだ埋没工作員なのがばれている。
アメリカの大手メディアなどではすっかりシリウス派一色になっていた。
メディアに愛相をつかした合衆国市民はSNSを使って抵抗を始めたのだ。
『なんかあの大陸の東海岸は大半が占領済みなんだってな』
『中央部の巨大穀倉地帯が目当てなんだろうね。要するに飯だよ』
ディージョの言葉にウッディが応えた。
まだまだ餓えているシリウスへ大量に食料を運ぶこと。
それこそがシリウス軍の本当の目的だ。
『まぁ、そう言うわけで、基礎データはしっかり溜まった。次のデータが欲しいので一旦帰投するぞ。全員でブリーフィングを行なうからガンルームに集合しろ。ここから忙しくなるぞ』
エディの声が弾んでいるとテッドは思った。
そしてそれは、過去のケースを思えば大概がろくな事にはならない。
薙ぎの海では水夫は育たないのだから……と、笑顔で嵐の海に出向する男だ。
――また地獄の地上戦か……
そんな事を思ったテッドだが、その予想ですら甘い事を知った。
地上で一際大きな火球が生まれ、大気圏外からはっきり目視できるレベルだ。
巨大なきのこ雲が立ち上り、凄まじい衝撃波が広がっていくのが見えた。
『何処かのリアクターが吹っ飛んだな』
『ありゃ……少しくらいは同情してやっても良さそうだ』
それは中国内陸部にある巨大なプラントだった。
一体何を作っているのだろうか?と思ったのだが、その正体は知れなかった。
……約30年後。この地へテッドの育てた部下たちがやってくる事になる。
彼等はこの時に出来た巨大なクレーターを使った垂直孔へ降り立つことになる。
ただ、そんな事など今のテッドには想像もつかないことなのだった……
――――――ワスプ ガンルーム
「さて、ここらでターンチェンジを図りたいんだが、誰か良い案は無いか?」
ターンチェンジ。要するに形勢逆転だ。
それを望む連邦軍の内部では、様々なプランが検討されていた。
ただ、ここで重要なのは連邦軍本部のある合衆国東海岸が戦場と言う事だ。
補給と戦線を一本化した防衛線は、とにかく強力にシリウス軍と対峙中だ。
徹底的に合理化された連邦軍は、武器弾薬から衣料食料に至るまで強力だった。
ただそれでも、ジワジワとシリウス軍が侵食しているのも事実。
「グリペンって地上行けるんすか?」
ロニーは唐突に素っ頓狂な事を言い出した。
全員が『アホか?』と言い出さんばかりの表情になったのだが。
「行けない事は無いが、グリペンで行ってどうするんだ?」
エディはロニーにその先を求めた。
地上を飛ぶシェルはバカみたいに燃料を喰うものだ。
大気圏外であれば加速時以外に燃料を消費しないので驚くほど飛べるもの。
だが、大気圏内では良いとこ45分が限界稼働時間だった。
「いや、超高速でフライパスしてソニックウェーブで叩き潰すとか」
ロニーの発想が柔軟なものだったので、テッドは思わず『へぇ』と漏らした。
だが、それに対するアリョーシャの言は、正直意外なものだった。
「軍隊の基本はあるもので何とかするって事だ。ロニーの案は実は何度も検討されているんだよ。そしてその都度にダメ出しがでている」
連邦統合参謀本部でも検討された案。その事実にテッドは表情を硬くした。
意外な案であれば採用されると言うわけではない。
どこかに計画の綻びがあれば、プランは瓦解するだろう。
「何が駄目だったんすか?」
やや唇を尖らせてロニーが言う。面白くないのも当然だろう。
そんなロニーを宥めるようにブルが切り出した。
「シェルをどうやって下ろすつもりだ? そのまま大気圏に下りた後、実際の戦闘時間は碌に取れないぞ? それに、燃料補給するにしたって輸送ルートがない。それとも、燃料タンク背負って大気圏に降りるか? ――」
核反応エンジンが大気圏内で使えない以上、従来型の液酸液水エンジンだ。
冗談の様に燃料を消費し、重力圏で使うには負担が大きすぎる。
そしてそれ以上に、その後の事が問題なのだった。
「――仮に勝利で終っても、シェルを大気圏外まで持ち帰る手段がない。だから駄目なのさ。それとも、地上で使い捨てにするって言うなら話は別だが」
ブルの言葉に『そうっすね』と素直に応えたロニー。
その姿が少々以外だったが、成長なんだとテッドは割り切った。
ややあってウッディが手を上げて言った。
奴なら言うだろうな……と思う話を切り出した。
「シリウスの宇宙船をシリウス側の戦線に落とすとか」
今までやって来た事を思えば、それもまた手っ取り早い嫌がらせだ。
大気圏外から墜落する宇宙戦の威力は凄まじく、戦略核に匹敵する。
だが、それ故にコントロールの難しい代物だ。
狙ったところへ寸分違わず落とすには、相当な制御がいる。
だいたいこの辺り~と、アバウトな墜落ならまだしもピンポイントは無理だ。
だが。
「それも検討したが、シリウスの船が次に来るのは2ヵ月後だ。外太陽系のシリウス船は全部動員されてるし、その大半は撃破済みと来た。つまり、弾無しだよ」
エディの回答に『そうですか……』とウッディが応えた。
正直、自由な発想と言う物が一番難しい。だが、敵の裏をかかねばならない。
そんな場面において意外な発想の作戦を作るのは素人の方が向いている。
軍隊の常識や制約を知らないのだから、自由に考えられるのだった。
「いっそ敵のど真ん中にパラシュートで降下すんのはどうですかね?」
トニーは唐突にそんな事を言った。お前アホかと間髪入れずテッドが突っ込む。
だが、全身プラスティックな機体のトニーは、平然とした表情で続けた。
「それこそ、連中の前線じゃなくて、後方の集積地辺りに殴りこんで、暴れるだけ暴れて戦線を後方からぶちかますとかしたら面白いと思うんすけど」
空挺降下の訓練は囓った程度しか無い筈だ。
だが、トニーは至って真面目に話を続けた。
「シリウス側だって、まさかそんな事しないだろうって思ってるのをやるから作戦としちゃ面白いんじゃ無いですかね」
突拍子も無いトニーのプランに全員が『あー』と唸り声を上げた。
それは敵のど真ん中に飛び込んでいくと言う冗談みたいな話だ。
だが、効果としては間違い無く凄い事になる筈だ。
「プランとしては面白いが、最初から包囲されに行くようなものだぞ?」
嗾けるようにエディは言うが、その表情は柔和で穏やかだった。
それを見ていたテッドはハッと気が付く。最初からエディもその腹だったのだ。
「サイボーグが役に立つって見せれば良いんじゃ無いですかね」
トニーに続き沈黙していたレオがそう切り出した。
それに続き、ヨナとカビーが続けて言った。
「サイボーグなら生身が持てないレベルのモノまで運べますよね」
「と言うか、俺達なら食料とかは最低限で良いんだから、弾薬しこたま持って」
あっけらかんと言い放った新人軍団だが、最後になってティブが言った。
「それにそもそも、俺達一度は死んでる存在だから、別に怖くねぇですよ」
あっけらかんと凄い事を言ったティブ。
だが、ステンマルクやオーリスは渋い表情だ。
ついでに言えば、ジャンはウンザリ気味の表情で首を振っている。
「テッド。ヴァルター。どう思う?」
エディが話を振ってきた。シリウス地上戦経験者である2人の意見は重要だ。
そんな空気がガンルームに漂い、テッドとヴァルターは顔を見合わせた。
お互いが『マジかよ』と言わんばかりの表情になっていた。
「……やれって言われればやりますけど……て言うか、間違い無く効果はあるでしょうけど、でも、やばすぎですよ」
ヴァルターはやんわりと拒否のスタンスだった。
だが、それを聞いていたテッドは、内心の何処かに火が付いた気がした。
「……ヤバイのは間違い無いけど……って言うか、もうちょっと準備が要るけど、サイボーグが暴れ回るのは作戦的には有りですよね。それこそ、不眠不休で戦い続けられるし」
テッドは微妙な言い回しで賛意を示した。
ふたりの色が見事に分かれた所で、エディが立ち上がって言った。
「実はまったく同じ事を参謀本部に打診したんだが、参謀本部も同じように無謀だと結論付けた。従って――」
――あ……
テッドはこの時点で悟った。これは駄目なパターンだと……
「――我々は参謀本部の意向を無視して強襲降下を図ることにする。ガッチリと喧嘩装備で降りて、とにかく暴れ回るプランだ。東海岸各所で頑強に抵抗している拠点を支援しつつ、戦力を糾合して暴れるんだ。楽しそうだろ?」
エディがノリノリだ……
と、それに気が付いたテッドとヴァルターは再び顔を見合わせるのだった。




