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黒い炎  作者: 陸奥守
第十章 国連軍海兵隊 軌道降下強襲歩兵隊
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多重の罠と多重の任務


 ――この星は死んでいるんだ……


 ワスプの周辺で防空活動を行っていたテッドは、モニターに映る月の姿を見てそんな印象を持った。各所に月面基地建設の灯りが見えているが、それ以上に印象的なのは夥しい数で並んでいる自動迎撃システムだ。


 地球を周回する衛星『月』


 この小さな惑星はその中心まで岩石で構成されている死んだ星なのだという。だが、地球に比べ引力が劇的に低く、また大気の殆ど存在しない月は地球圏における前線基地としては理想的な条件が揃っていると言う。


 その関係か、月面では様々な企業の宇宙船建造ドックや付帯産業の集約が始まっていて、最近では月の影になった側に街明かりが見えると地球上で話が出るレベルになってきていた。


『なんか久しぶりに見た気がするな』


 ふとラジオ(中隊無線)にジャンの声がながれ、テッドは意識を警戒エリアに戻した。地球周回軌道まであと僅かだが、ジャンとテッドの見ている地球には別の意味があった。


『実際久しぶりだけどな』


 テッドは最近、ジャンに対して本当に気を使わなくなってきた。あたかも兄弟のように……などと慣用表現的には言うが、実際の話としてジャンとテッドは兄弟になりつつあった。


『地球に降りたいぜ……』


 ボソッと呟いたジャンの言葉。そこに込められた姉キャサリンへの思いを解っているからこそ、テッドは遠慮の無い言葉で、尚且つ、主語を省略した短い言葉で言った。


『もう終わったのかな?』


 キャサリンの脳が再生活動中なのはテッドとジャンだけで無く、クレイジーサイボーグズの古株全員が知っていた。ほぼゼロから再生されるキャサリンの脳は、まっさら新品になる筈なのだった。


『オレはまだ聞いてないが……エディの所には話が来てるかもな。けど――』


 ジャンは軽い調子でそんな言葉を返す。ただそれは、シリウス側の活動を教えられてない証拠でもあった。エディの深謀遠慮で行われているそれは、テッドの思い人が地球とシリウスの間を行き来している事実の隠蔽だ。


 実際、既にリディアは20年を時に喰われた勘定だった。だが、それでもまだ地球とのピストン輸送をリディアは命じられていた。そこに存在するバーニーの思惑は、シリウスの中に残る強行派のテロ警戒でもあった。


『――まぁなんだ。とりあえず目の前の事に集中しよう。時間は敵にも味方にも平等だからな。ここで踏ん張っとかねぇと先が思いやられる……』


 ジャンの言葉は重く響き、テッドは『だよなぁ』と零しつつ後方を見た。そこには全身をマットブラックに仕上げられた特製のシェルが居た。


 ――エディ……


 そう。この日、エディは特製のシェルを駆って宇宙を飛んでいた。その周辺にはアンドロイド向けの機体を使う5人が居た。彼らが行っているのは特別な実験を兼ねた新兵器のテストドライブだ。


『どうだろうな……あれ』


 テッドも不安そうに見ているそのシーンは、傍目に見ているとまったく別のモノに見える行為だった。と言うのも、マットブラックなその機体は最初のシェルであるドラケンだ。


 だが、その周囲に見える機体は、まったく新しいデザインのシェルだった。大きな上胸部ユニットにはエンジンが直付けされている。下半身は相対的に細身に仕上げられていて、その先端にはスラスターが装備されていた。


『……グリペン……だっけ?』


 ジャンの言ったグリペンというのは、現場で通称されているコールサインだ。

 グリペン、つまりグリフォンの名を冠する新型機が登場しようとしている。

 その事実にクレイジーサイボーグズ全員が期待していた。


『トニー達が基礎制御アプリのベースコードその物だって言ってたけど……』


 出発前に整備班長から聞いた言葉をテッドはそのまま伝えた。アンドロイドの身体を使う事になったトニー達は、その新型シェルの基礎制御アプリのベースラインその物を組むベースデータの提供母体とされた。


 つまり、彼らの一挙手一投足が新型シェルの制御ラインにおける動作の基本となるのだ。ひとつひとつの動きに対してパイロットが考える『こう動きたい』を実現する為に支援AIは過去に行われた動きのデータから一番近いモノをもう一度再現する事になる。


 そのデータを得るために、エディは全部承知で実験機をここへと引っ張り出したのだった。勿論それだけで無く、やっとシェルに慣れてきた彼ら新人達を使い、新型の機体のベースコードを編み上げるのだ。


『まぁ、次は俺達が添削するし、その次はテッドとヴァルターにロニーだ。なんだかんだ言ってエディ以外じゃテッドが最強だからな』


 そう言ってジャンは真っ直ぐにテッドを褒めた。照れるなぁと苦笑いしつつ、それでもテッドはトニーを見ていた。中々良い動きだな……と思ったのだが、何の思惑も無しにエディが新人をここまで連れて来る事は無い。つまり、これから何かが始まろうとしていた。










 ――――――――西暦2274年 2月 18日   月面周回軌道上

          地球標準時間 午後3時過ぎ











『さて、見えてきたぞ。まずはちょっかいを出してみる。抜かるなよ』


 彼方に見えるのは火星軌道から地球に向かって漂流中のシリウス艦艇だ。

 約4ヶ月を掛けて漂ってきた艦内はとっくに無人だろう。


 ふと、テッドは艦内の地獄図をイメージした。それは、乏しい酸素と食料と水とを奪い合いようにして生き永らえようとする人々の醜い姿。極限環境の極地で彼らは壮絶な生への足掻きを行ったのかも知れない。


『まだ生き残りが居たらどうしますか?』


 ウッディがそんな言葉を吐き、ラジオの中が一瞬だけ静かになった。

 救助するのか?とテッドは思ったが、それは自分自身の願望なんだと気が付き、思わず失笑を漏らした。


 そもそも生き残りが居る訳が無い。この宇宙は4ヶ月もの間、生命維持システム無しで暮らせるほど生易しい環境では無い。生ける者の立ち入れない領域を漂流した艦艇に生き残りが居たとしたら、それはもう冷凍睡眠しかあり得ない。


 もっとも、その電源をどこから取るかが問題なのだが……


『生き残りは存在しない。それは断言して良い。保証する』


 エディの言葉を聞いたテッドは、自分の心がまったく波風立たないのに驚いた。そして、冷静にエディの言葉を反芻した時、ふと何かに気が付いた。


 ――――それは断言して良い……

 ――――保証する……


 頭の中でエディの言葉を反芻し、テッドは思わず『…………あっ!』と漏らしていた。まったく根拠の無い確信がそこに生まれていた。


 ――来たのか!


 そうだ。来たのだ。彼女達がここへ来たのだ。あのバーニー少佐の計らいでこのシリウス艦艇に救助が差し向けられたのだ。それも、ご丁寧にある程度の時間が経ってから。


 ヘカトンケイルの手配だと言って、彼女達の差配に応じる者達を作るために救助がやって来て、今はもうもぬけの殻なのだろう。だからこそ、エディは遠慮無くこれをやろうとしている……


『まぁ、細かい事は枝の付かない環境で説明しよう。とりあえず全員集中して聞いてくれ。これからの算段だが――』


 アリョーシャはそう切り出して、これからの事を説明し始めた。コックピットのデジタルグラスに様々な情報が表示され、テッドはその作業の中身を嫌と言うほど理解した。


 これから地球の重力に引かれてこの残骸は地上に落下するはずだ。その落下ポイントを調整するべく、機動を遷移させるのだ。と言っても、実際には殆ど介入する要素が無いくらいに完璧な軌道だった。


 つまり、誰かがもう手を下している。それを再確認した全員が、思わずニヤリと笑った。エディが何をしようとして居るのかを理解したのだ。


『――説明は以上だ。全員抜からずにやってくれ、あと、邪魔が入る可能性があるが、出来る限り軌道変更を優先する』


 アリョーシャの説明が終わると同時、エディは順次散開する様に両手を広げた。それにそってブルとアリョーシャが拡がり、リーナーはエディのサポート位置に付いていた。


 ――――なるほど……


 これからやるのは模擬戦だ。それも、新人5人に宛がった新型シェルのAIを作るために、ベテラン組がありとあらゆるマニューバを行ってまだ真っ新な新型シェルのAIにそれを教えるのだ。


 その為にエディはドラケンで出てきた。国籍マークや連邦側だと知られかねない装備は一切抜いて、ややもすればシリウス側に見えかねない姿だった。


『じゃ、始めるか』


 エディのドラケンが一気に加速を始めた。それと同時、グリペンと呼ばれる新型のシェルが一斉に加速し始めた。優先では無く無線コントロールのようだが、その動きには微妙に個性があった。


 ――――あぁ……


 なるほど……と独りごちたテッドは、やっている中身を理解したのだ。あの新型シェルはエディの動きをコピーしているに過ぎない。そして、これから始まる模擬戦闘で新人達が逃げの一手を打つのをAIが観測するのだ。


 こっちに行けば撃墜される。こっちに行けばチェックメイトされる。それを観測し、そうならないために経験を積み重ねるのだろう……


『私から撃墜判定取ったら一晩飲ましてやるぞ! 頑張れ!』


 ハハハと笑うエディの声は明るい。だが、その動きは凄まじい。

 だが、それ以上に凄まじいのは、あの新型シェルだった。


『なんだこりゃ!』


 そう叫ぶと同時、ステンマルク機が新型のシェルに囲まれた。すかさずオーリスとジャンがサポートに付くが、そこへ介入したのはアリョーシャだった。


『ぎゃっ!』


 無様な声を漏らしてディージョが喚いた。

 テッドがそっちを見た時、エディのシェルが持っていた妙な武器が火を噴いていて、ディージョはそれで攻撃されていた。


『なんすかソレ!』


 機体各所に弾痕を着けたディージョが叫ぶ。

 それに応えたのはリーナーだった。


『ターゲットマーカーランチャーだ。AIによる自動戦闘オペレーション実験だ』


 その言葉を聞いたテッドの脳裏に数ページの評価ファイルが思いだされた。火星の地上で斜め読みしていた戦闘レポートにあったモノで、ランチャーから発射されたターゲットマーカーにより、戦闘AIが攻撃対象を認識して自動的に攻撃に移るのだという。


 そもそも、相当高度なAIであっても、対象を見た瞬間に敵味方判定するのは相当難しい技術だという。これはフレーム処理と言われていて、コマンダー機にのみ人を乗せておき、攻撃対象を判定してAIに教えてやるための装備だった。


『つまりアレッすか!』


 ディージョは錐もみ状に飛びながら、シリウス艦艇を楯にして新型シェルから逃げた。だが、2機やって来た新型シェルはブルのサポートを受けながらとんでも無い機動を行ってディージョに迫った。


『勘弁してくれ!』


 泣き言を零したディージョをクスクス笑っていたテッド。

 だが、その直後に鋭い痛みを脇腹に感じた。そして、その向こうにエディが居たのが見えた。


『テッド! 踊れ! お前には期待しているぞ!』


 ――え?


 エディが何を言ったのか、テッドはまったく理解出来なかった。

 だが、一つだけ理解した事がある。少なくとも地上では漂流するシリウス艦艇の周辺で激闘が行われているように見えるだろう。そして、その機動を変えるべく奮闘しているように見えるだろう。


 ――――あぁ……


 テッドもこの時点で気が付いた。これは罠なのだ。地球の地上に居るシリウス派を騙すための罠。それと同時に、まだ何とかなるかも知れないと期待している地球の地上のシリウス軍に絶望の種を蒔く罠。


 段々と彼らは追い詰められる事になる。そしてその時、『あの時点でこうしていれば……』と後悔させるための罠だ。これから先、連邦側とシリウス側の地上戦は加速度的に厳しくなる筈。


 そうなった時、事ある毎に『君らには戦闘の停止と降伏を提案する。事態は悪化する一方だぞ?』と言うための実績作りだ。


 ――――すげえなぁ……


 そんな事を思ったテッドだが、それ以上に問題なのは例の新型シェルだ。

 マニューバのエキセントリックさはエディ譲りで、おまけに狡猾かつ冷静な戦闘手順はまるでアリョーシャを思わせる。そして、勇猛果敢なスタイルはブル譲り。


 そう。501大隊の首脳部が持つ機動データをあの新型シェルはベースにしているのだ。その上で、どう戦うか?どう躱すかを観測し、中のサポートAIに教育しているのだ。


 ――――将来のシミュレーターにも役立つな……


 そんな事を思ったテッドだが、段々と可動領域が削られているのも事実だった。


『テッド! 支援する!』

『オレもやるッスよ兄貴! ツーオンスリーで!』


 ヴァルターとロニーがサポートに付き、ソレと共に別の所で動いていた1機がこちらにやってくるのが見えた。


『スリーオンスリーだ! ぶちかまそうぜ!』


 奇声を発しながらテッドは凄まじいターンを決めた。軌道要素が直角に曲がるぶっ飛びターンだ。そしてテッドは思った。これ位自動で出来るようなAIに育ってくれ……と。

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