他人の役にたつ存在
~承前
――え?
一瞬の空白を挟み、トニーの見ていた世界が切り替わった。
残り時間5:00:00の表示がゼロになった後、トニーの世界は漆黒だった。
だが、現時点でトニーが見ているのは、見覚えのある艦内だった。
――ワスプ……
そう。トニーはワスプの整備デッキにいた。
目の前にはニヤニヤと笑うテッドが居て、その隣にはヴァルターがいる。
その後ではゲラゲラと笑うジャンとディージョ。そしてロニー。
離れた所で見ているウッディとオーリスは、腕を組んで笑っている。
「聞こえるかトニー」
テッドの声が聞こえ、『はい』と言おうとして声が出ない事に気が付いた。
それどころか身体が一切動かず、目玉だけが左右に動く状態だ。
「どうなってるか分からないだろ? いま見せてやる」
ヴァルターは大きな鏡を持ってきてトニーの前に置いた。
その鏡に映るのは、まるでブロンズの胸像のようになったトニーだった。
――はい?
四角い台座の上に乗っているトニーは、胸部から下が失われた状態だ。
そして、その破断面は見事にスパッと断ち切られていた。
ただ、問題はそこでは無い。
トニーの頭部ユニットは大きく破壊され、半球状の脳殻ユニットが見えている。
そこから出ている神経ケーブルは、様々な機械に接続されている状態だった。
「あの時、お前のシェルは完全に吹っ飛んだんだよ」
室内に入ってきたステンマルクは、モニターの電源を入れて映像を再生させた。
そこに写っているのは、ある意味でショッキングなシーンだ。
後方を振り返ろうとしたトニー機が真っ二つになるところ。
戦列艦の防御火器が猛烈に火を噴く中で、強力なレーザー兵器を喰らったのだ。
「この火器、制御外れるとこうやってレーザー垂れ流しになる事があるんだな」
モニターを見ていたウッディが核心に気付いたらしい。
全員が『へー』と軽い反応を見せる中、トニーは恥ずかしさに身悶えた。
だが、そんなトニーを慰める存在が後から入って来たのだ。
――レオ!
――ヨナもか!
そう。
ディージョの弟子であるレオ。ジャンが面倒を見ていたヨナ。
このふたりもどうやら撃墜されたらしい。
「並べてやるか」
ふたり分の台車を押してきたステンマルクは、3人を並べてみせた。
首は動かないが視線を精一杯ヨナに向けた時、ヨナは目を瞑っていた。
――あ……
トニーは同じように目を瞑った。
こうすれば少なくとも視線が合って気まずい思いをしなくて済む。
――超はずかしい……
奥歯を噛みたくとも動かないのだから、とにかく歯がゆい思いだ。
しかし、少なくとも自分のやった事の結末なのだから、誰にも文句は言えない。
「おぃトニー! 死んだふりしてんじゃねぇ!」
テッドの言葉が聞こえ、トニーは目を開けた。
するとどうだ。テッドはすぐ目の前にいて、笑いながらこっちを見ていた。
「良いか? よく聞けよ?」
テッドは普段とは全く違う声音で切り出した。
なにが始まるんだろう?と左右に視線を遅れは、ヨナもレオも目を開けていた。
「カビーとティブは木っ端微塵になって修理中だ。幸い命に別状はねぇが、しばらく不便な思いをしなきゃならねぇ。なんせ思うように補修部品が届かねぇしな」
サイボーグのメンテナンスに使う部品の供給すら滞り始めている。
つまり、地球上が着々と圧されている。圧倒されていると言う事だ。
こうなった場合、メンテナンスに面倒の掛かるサイボーグは徹底的に不利だ。
レプリカントならば生物なので、薬でも飲んで寝ていれば傷は癒える。
しかし、サイボーグは高度な工業製品だ。
その組み立てには細心の注意が必要だし、マニュアルに載らない作法もある。
組み立て数値は書かれているが、実際にはかなりの部分で経験的数値が優先だ。
そして、それで駄目ならば改善するために新たなセッティングを必要とする。
組み立てて、使ってみて、問題を探し出して、改善する。
そんなPDCAサイクルを繰り返す事こそ、サイボーグのQOL向上の核心だ。
「とりあえず他に手がねぇんで、やむを得ないんだ。そろそろ来る頃だが――」
テッドが不意に部屋の入り口を見た時、そこにはミシュリーヌが立っていた。
その隣にはフィメール型のアンドロイドが居て、その後も何人かが立っていた。
「――彼女と同じ手を使う事になった。まぁ悪く思うな」
そこまで聞いた時、トニーの頭に浮かんだのはフィメール型サイボーグだった。
つまり、姿だけ女性で過ごせと言われる可能性を思ったのだ。
だが、その直後に聞こえた声は、間違い無く女性の声だった。
そしてそれは、トニーの思っていた以上のモノだった。
「ブース テッド ノ イキノコリ ト イウノ ハ キミ カ 」
硬質プラスティックで作られた上半身には胸の膨らみが強調されている。
グラマーでスレンダーなその姿は、モデルがそのままプラスチック化した様だ。
人形……或いはマネキン。
トニーはそんなモノを連想したのだが、概ね間違いでは無いらしい。
その口が自在に動く事は無く、ぷっくりとした艶やかな唇だけが見える。
僅かに開いたその唇の奥にはスピーカーがあるらしく、音が漏れていた。
途切れ途切れの単語が断片的に出てくるのは、機械的な欠損か、それとも……
「あんまりじろじろ見ると可哀想よ?」
ミシュリーヌは柔らかな言葉使いでそう窘めた。
それに対する回答は、簡単な言葉の羅列だった。
「ソウカ? ミラレル ノ ハ ウレシイ ゾ?」
まったく弾力性を感じない胸の膨らみの下辺りで腕を組み、会話を続ける女。
彼女が何であるかは想像が付かない状態だ。ただ、少なくとも機械だろう。
502大隊所属を示すマークが左腕丈夫に入っているのが見える。
燃えさかる炎の中で踊るブリキの人形の姿。
通称『デッドエンドダイバーズ』と呼ばれる502大隊。
彼らはアンドロイド化されたサイボーグ大隊所属の死人だ。
「まぁそりゃ商売柄ね。見られてナンボだったけどさぁ……」
ミシュリーヌと会話するそのガイノイド。部隊章の下にロクサーヌの文字。
ここまで見ていて、トニーはやっと繋がった。
――オリジナル!
そう。ロクサーヌはミシュリーヌのオリジナルだ。
色々面倒があってこうなったと聞いていたが、オリジナルを見るのは初めてだ。
――って事は……
トニーは一瞬、自分も分離させられるのか?と思った。
だが、その直後に隊長が現れ、トニーを一瞥した。
「どうだ? しばらくはそれしか無いから我慢してもらうしか無いが」
その声を掛けられたのはカビーことカビーアとティブことスティーブだった。
ロクサーヌの後ろにいたふたりは、完全にアンドロイドの姿だった。
「やむを得ません」
先にそう言ったのはティブだ。
全身を強化プラスティックで包んだティブ。
だが、その腕には501大隊の部隊章が書き込まれている。
「同感です。これで役に立つよう努力します」
同じようにカビーもそう言った。
至って真面目な男故に、まずはこのチームで役に立つ事を心掛けている。
そんなカビーもまた、強化プラスティック姿だった。
「レオ。ヨナ。トニー。お前達三人分の機体ももうすぐ届くだろう。なに、面倒を命じるつもりは無い。ただ、どうせだから頼まれてくれと言う事だ」
何事か?とヨナの目に不安が浮かぶ。
だが、エディはやや勿体ぶってから言った。
「サイボーグはまだまだ発展途上のシステムだ。その開発や維持管理には人の手を要求する。あれこれ新開発の仕組みも多く、実際に使ってみない事には解らない。だからそれを試してもらいたい。まぁ、要するに人体実験だな」
テッドの言った言葉にトニーは頭が真っ白になった。
一体全体何をすれば良いのか?と思案してしまう
「やる事は簡単だ。新しい内部機器を君ら5人が使ってみる。その上で、特に問題がなければジャン達が使ってみる。そして、最後にはテッドやヴァルターが戦闘に使ってみる。その流れを繰り返す事にする。その最初のユーザーが君らという訳だが、なにか質問は有るかね?」
エディの言葉に新人全員が何ともアンニュイな顔を示した。
だが、チームの半分が『何も問題無い』と言わんばかりの顔になって居た。
「いまに始まった事じゃ無いしな」
ボソリと零したヴァルター。
テッドはそこに口を挟んだ。
「そもそも俺達はそれが仕事だしな」
このチームのメンバーは現状について疑念を抱いてない。
そんな事を思ったトニーだが、テッド達にしてみれば違う解釈だろう。
彼らはここまでそんな疑念を抱く暇が無かったのだ。
ジェットコースターのような怒濤の展開をずっと経験してきたのだ。
自分達の意志や希望や選択など一切無視し、圧倒的な現実が襲い掛かってきた。
だからこそ彼らは同じ空気を身に纏っている。
つまり『成るように成るしかないし、現状は変えられない』のだ。
「なんだって?」
トニーの隣に居たヨナが何かを言おうとしたらしい。
口だけが動くが言葉は出なかった。
「ラジオ使え! ラジオ!」
そんな突っ込みがディージョから入り、トニーはハッとして無線回路を開けた。
そこには既に賑やかな程の声が飛び交っていた。
『無線の存在を忘れてました!』
『同じくです。これで会話できますね!』
嬉しそうに言葉を発したヨナとレオ。
だが、それでもトニーは言葉を発さなかった。
発さないのでは無く発せないのだ。
「やっぱトニーの様子が変です。エディ」
テッドはやや心配そうな表情でトニーを覗き込んだ。
反応を見せるのは眼球の動きと瞼の開閉だけだ。
「やはりトニーは限界か」
――え?
唐突な言葉が降ってきた。それは、時分が死んだと思われている可能性だ。
目玉は対象物を追いかけるが、それは単なるプログラムかも知れない。
凡そサイボーグとも成れば、自分自身が完全に死んでいる可能性を一度は思う。
脳が完全に死にきり、現状では単にAIで動く存在かも知れない。
今の自分はサブコンに収められた記憶デバイスのみを拠り所としているのかも。
自分自身の死を自分で観測できない以上、最後はその堂々巡りと成るのだ。
「まぁいい。とにかく移植を行う。脳が完全に死んでいれば、その課程ではっきりするだろうからな。最後まで抜かるなよテッド」
エディはそんな言葉を残し部屋を出て行った。
その後ろ姿に敬礼したテッドは、トニーの顔を覗き込んだ。
「お前、死んだのか? まだ生きてるよな? いまからアンドロイドベースの身体に脳を移植するから、その時点で反応してくれよな」
テッドの言葉を聞き、とりあえず廃棄処分は無いとトニーは安堵した。
だが、一難去ってまた一難となる事を、まだ新人達は理解していなかった。
このクレイジーサイボーグズが一筋縄でいかない集団である事を学ぶ事に成る。
そしてそれは、彼ら海兵隊を束ねる立場になった存在の意志であるのだ。
――――凪の海は船乗りを鍛えない
エディが口癖のように言う言葉。
しかし、その言葉の本当の意味を、トニーはこれから嫌と言うほど知るのだた。
「早く良くなれ。動ける様にな。ここから先が楽しいぞ?」
トニーはまだ動く唯一の部品である目を動かしてモニターを見た。
そこに書かれている内容は、神経を疑うモノだった。
――――地球軌道に入ったシリウス戦列艦の機動修正を行う
――――この作業をにより、狙った所に艦艇は墜落するだろう
――――全員抜かりなくやってくれ
501大隊の面々は腕を組み『うーん』と漏らすばかりだ。
だが、トニーは分かっていた。これがこのチームの平常なのだ。
――戦い慣れしすぎだよ……
目を下に向けて残念そうな表情になったトニー。
その直後、若草色の手術衣装に身を纏った医療スタッフがやってきた。
過去何度も見ているので今さら驚く事は無い。
ただ、誰にでも転機というモノがあるのだとトニーは知った。
そして、アンドロイド化のもう一つの意味を知る事に成るのだった。




