経験こそ財産
~承前
「うわっ!」
上ずった声でトニー叫んだ。
目の前に巨大なデブリが迫り、逃げ場を失ったのだ。
――――やべぇ!
内心でそう叫ぶが、マニューバの余地は殆ど残っていない。
3次元運動でもチェックメイトになる時がある事をトニーは初めて知った。
そして、エディが何を考え何を狙っていたのか……もだ。
正直に言えば、トニーはまだ真っ直ぐに飛ぶのだけで精一杯だ。
激しいマニューバは土台無理で、AIによるサポートにより飛んでいる状態だ。
巨大なデブリを前に躱す事が不可能となった時点で、トニーは激突を覚悟した。
「……………………ッチ!」
生々しい舌打ち反応を見せ、トニーは腹を括った。
激しい対艦攻撃が続く中、6人の新入りは至極単純な指令を受けた。
――――――――どんな手段を使ってでも生き残れ
エディの発した命令はこれ以上無い解りやすさだった。
つまり、限界を経験させる荒療治で経験値を積む作戦だ。
百の訓練より1つの実戦と言うが、その実戦は人間の限界を越えていた。
――――やべぇやべぇ!
――――やべぇやべぇ!!
もうどうにもならない所まで来ていた。
どう躱すかの逡巡で貴重な時間を失っていた。
タロンからやって来たシリウス艦隊は戦列艦と輸送艦合計で22隻。
そのどれもがハリネズミのように武装していた。
「近づけねぇし逃げられねぇし……」
泣き言を漏らしたトニー。
激突までの猶予は5秒未満だった。
――――くそっ!
内心でそんな悪態を吐いた時だった。
目の前をウッディ機とディージョ機が通過した。
機体のアチコチに弾痕を付けているが、決定的な破壊は何処にも無い。
――――すごい……
ただただそう感嘆するしかないトニー。
そんなトニーの目の前でディージョが急激なマニューバを行なった。
トニーに向かって漂っていたデブリに手を掛け進路を捻じ曲げたのだ。
『ビビッてんじゃねーぞトニー! 根性見せろ根性!』
ラジオの中に響くハッハッハ!と言う笑い声がトニーを殴った。
こんな所でビビッてる訳には行かないと思う。
だが、そうは言ってもこの対空放火では近づきようがない。
……ヘッジホッグ
そんな印象を持ったトニー。
だが、ディージョ機は錐もみ状に突っ込んで行き、そこで280ミリを放った。
電磁加速式+火薬推進のキャノンは、大型輸送船の対空砲座を次々と潰した。
巨大な薔薇の描かれた輸送船の船体は、大きく膨らんだタラコのような形だ。
その側面にある対空砲座は突き出した形状で360°近い射角を有している。
ただ、その分だけ目立つし、攻撃も受けやすい。
まるでサボテンのようにしていたその銃座は、狙い澄ました一撃で爆散した。
へし折られた棒状の銃座支持構造体が、所在無くへばり付いていた。
『トニー、あそこを狙うんだ。あそこは多少静かだからね』
ウッディはいつものように柔らかな声でそう言った。
ただ、その言葉が終わるや否や、一気に加速して輸送船のハッチ辺りを叩いた。
狙い澄ました一撃で開閉ハッチのヒンジを破壊するとラジオに歓声が上がる。
中隊の中で一番の紳士にも見えるウッディだが、その中味は一番熱い。
凄いな……と感嘆するトニーだが、ラジオの中にイカレな声が響いた。
『やったぜウッディ!』
『ひゃっほーい!』
『くーたーばーれー!』
誰が誰の声だか解らなかったが、何をするのかはすぐにわかった。
僅かに開いた開口部へ砲身を突っ込み、ありったけの弾をバラ撒いた。
――――あっ!
トニーは言葉が出なかった。
輸送船の船体が一瞬だけぼこりと膨らんだように見えたのだ。
恐らくは艦内にあったメインリアクターが暴走したのだろう。
そうでも無ければこんな事になるはずがないと思った。
――――爆発する!
そう叫ぼうとした時、『やべえっす!』と声が聞こえた。
続いて『ずらかれ!』『次だ!次!』と声が響き、トニーはそこで理解した。
――――当たり前のようにこれをやって来たんだ……
と。
クレイジーサイボーグズへ配属になってそろそろ3年が経とうとしている。
その間に様々な事を経験したのだが、一つだけ心根から解った事がある。
このチームに居る面々はヤバイ。
危険や窮地やピンチと行ったモノを心から楽しんでいる節がある。
それだけじゃなく、飛び切りのピンチに向かって笑いながら突っ込んで行く。
頭のネジが足らないとか、精神が麻痺しているとか、そんなもんじゃない。
――――踏んだ場数か……
トニーはそう理解した。理解するしかなかった。
常識や良識と言ったモノの対極にこのチームが存在しているのだ。
「クレイジーサイボーグズ……か」
それは決して愉快なサイボーグと言う意味では無い。
イカレたサイボーグ達。或いはそのものズバリ、狂ったサイボーグ達だ。
『おらっ! 一丁上がりよ!』
ヴァルターの声が聞こえた。それと同時、攻撃を受けていた輸送船が爆発した。
裂ける様に割れた船腹から様々な物が吐き出されるのをトニーは見た。
与圧服無しで宇宙へと放りだされる人々がそこに居た。
「うわぁ……」
白や赤の血を吐きながら乗組員が死んで行く。
真空環境に放りだされれば、肌着程度な戦闘服では対処が出来ない。
体内の内圧で破裂する事こそ無いが、その身体の表面は一瞬にして凍りつく。
そのまま彼等は凍死するのだ。そして、最後には内部応力で砕け散る。
岩の様に凍ったその遺体は、新たなデブリになるのだが……
『モタモタすんなトニー! 次だ! 次!』
テッドの声に弾かれたトニーは慎重にシェルの進路を変えた。
秒速12キロで飛んでいるエンジンは、アイドリング状態にしたままだ。
『イエッサー!』
……やらなきゃ
そう気が付いたトニーはシェルの進路を捻るように変えた。
まだ各所のスラスターエンジンに頼ったぎこちないマニューバだ。
コントロールを失った船体は大きく進路を外れ始めた。
このまま行けば地球の公転軌道と交差する。そして、地球の重力に引かれる。
やがては墜落する事になるだろうが、どこに落ちるかは解らない。
天の差配。或いは悪魔の悪戯。それの結果は神のみぞ知る事だ。
だから、考えでも無駄なだけだし、その時間は浪費でしか無い。
『一気に接近して一気にぶっ叩く! 簡単だろ!』
最初に急接近したのはディージョ機だ。
そのサポートに付いたロニー機は複雑な多角形を描いて旋回している。
……あ
その時、トニーは何かに気が付いた。
ベテランになった中隊パイロットたちの秘密に……だ。
――――マニューバは横じゃない
――――縦だ!
かつてエディはシミュレーター訓練中のトニーにこう言った。
幾度も幾度もデブリや燎機に激突し、自信を失いかけた頃だ。
――――考えるな
――――感じろ
太古から言い習わされる通り、『出来る』のでは無く『慣れる』のだ。
そして、圧倒的なマニューバを実現するその秘密をトニーは知った。
真っ直ぐに飛びながら横に吹っ飛ぶ。最初から横に飛ぶんじゃない。
そして、最初は速度を殺しておくのだ。肝心な時に前進するために。
その秘密に気が付いたとき、トニーは世界が明るくなった気がした。
漆黒の闇と言うべき宇宙を飛びながら、トニーには世界が光って見えた。
「よっしゃ!」
テッド機のだいぶ後方を飛んでいたトニーは、テッドの動きを見ていた。
エンジンのジンバルを使い、メイン推力のベクトルを曲げて進路を変える。
その秘密を知ったトニーは、僅かずつ速度を上げた。
「なるほど!」
急激なマニューバを行なえば遠心力になって行き足は消える。
だからメインエンジンは推力を上げておいて良いのだ。
急旋回をガンガン行ないながら、慣性運動をこれで殺すのだ。
『行くっすよ!』
トニーは280ミリを構えて突っ込んで行った。
案の定、ひどい対空放火が襲い掛かってくる。
パルスレーザーは正直怖くない。
怖いのは実体弾頭を放ってくるチェーンガンなどだ。
『トニー! タンデムで行くぞ! 囮になってやるから肉薄してぶち込め!』
テッドの声がラジオに響き、トニーは『了解っす!』と叫んだ。
まるで光の束のような対空放火が光り、その中を螺旋を描きながら進んだ。
その螺旋の速度を細かく調整するAIの介入にトニーが驚く。
しかし、『あぁ……』とその真実に気が付いた。
これは、中隊のベテランが行なってきたことの再現なんだ……と。
――――よっしゃ!
一気に肉薄したトニー。
コックピットの画面から戦列艦がはみ出た。
『やれっ!』
おそらくジャンの声だとトニーは思った。
どこで見ているのかは解らないが、中隊全員から見守られていると思った。
『喰らえ!』
トニーはシリウス宇宙軍の戦列艦に一撃を加えた。
なるべく装甲の薄い場所を考えたのだが、継ぎ目の無い外殻しか見えなかった。
ワンピース構造になった装甲板は、防御力を挙げる意味では非常に有利だ。
だが、船体を更生する外殻パーツには必ず継ぎ目がある。
砲塔を船外へと展開させるハッチ周りが強靭なのは言うまでも無い。
だから狙うのは一箇所しかない。
艦橋だ。
『おりゃ!』
機体全体がガクッと震えた。
必殺の280ミリがスッと尾を引いて飛んで行った。
そして、それが着弾したのは艦橋の辺りだった。
どんなに監視カメラが優秀になっても、実視界には敵わない。
だからこそ艦橋にはぶ厚いガラスに守られたモニター窓がある。
トニーの砲弾はそこを叩いたのだ。
『やったなトニー!』
エディの声が聞こえた。
その直後にブルの野太い声が響いた。
『こりゃ金星だ! 根性決めたな! 良いぞ良いぞ! ガハハハハ!』
中隊各機から祝福の声が聞こえた。
ラジオの中にメンバーからの声が溢れた。
――――え?
自分のやった戦果がわからず、トニーは不意に機体を旋回させて振り返った。
その目で何をやったのかを確かめたかったのだ。
――――うそっ!
旋回したトニーが見たものは、船体から突き出た艦橋が根元から折れる所だ。
強い衝撃を受け構造的に弱まったのか、見事な破断を見せたのだ。
『やった! やったよ! やっ――
自分の戦果を確かめたトニー。
だが、その言葉を発した時、ラジオの中に『バカッ!』と声が響いた。
声の主はどうやらテッドらしかったのだが、その意味は理解できなかった。
ただ、その声が聞こえた直後、背中から両足に掛けて激しい痛みがやって来た。
それと同時に視界がパッと消えて、〔DANGER〕の文字が浮かんだ。
――えっ?
最初はそれが何か分からず、トニーは混乱した。
ただ、そのDANGERの文字の下に5:00:00の文字が浮き思い出した。
――――オールブラックアウト!
何処かで直撃弾を喰らった。その結果として機体が吹っ飛んだ。
或いは、自分自身が爆散したのかも知れない……
――――どうすんだっけ!
サイボーグ構造学で教えられた緊急対処法を必死で思いだすトニー。
だが、それを思いだす前に、世界がフッと切り替わったのだった。




