生き残る兵士の条件
~承前
『全員準備良いか?』
脳内に直接響くカンパニーラジオからエディの声が聞こえた。
テッドは『準備良し!』を返答してワスプのハンガーデッキを移動した。
火星周回軌道から離れたワスプは、まもなくタロンと地球を結ぶ線上に出る。
そのデッキの中に居るテッドは、両手に対艦攻撃用の280ミリを持っていた。
『よろしい。テッド! ジャン! 手本を見せろ。正しい発艦だ!』
エディの言葉にテッドとジャンがイエッサーを返し、カタパルトゾーンに入る。
強力な電磁力の網に乗ってぶっ飛ばされる岩の役だ。
黄色い作業着のシュータークルーがサムアップでシェルを離れ準備が整う。
発艦ゾーンに黄色の回転灯光り、クルーの退避が完了すると青の回転灯が光る。
命綱をフックさせたシュータークルーが敬礼を送る中、テッドは言った。
『トニー! 先に出るぞ! 飛び出たら俺の所まで来い! 良いな!』
トニーが『了解っす!』と返答し、テッドのシェルがサムアップする。
ミシュリーヌを含めた新人6人はシミュレーターで徹底的に訓練していた。
だが、そんなもので神髄を得られるほどシェルは甘くないのだ。
100の訓練より1の実戦と言うが、実際に戦闘せずとも良い。
シェルドライブは遊覧飛行ですら経験値を積める代物だ。
強力なエンジンに蹴飛ばされ、Gを感じながらの飛翔が重要だった。
――――テッド中尉
――――ゴー!
シューターの指が発艦を指差し、その直後に電磁コイルが一瞬光った。
目に見えない電磁力の束がシェルを鷲づかみにし、一気に叩き出した。
一瞬だけ世界がスローモーションに見え、テッドは帰ってきた事を知った。
『ウヒョー!』
妙な奇声を発してテッドは宇宙へ飛び出した。
思えば久しぶりのシェルドライブだ。
――やっぱりこの方がしっくり来る……
火星の地上を戦車で走り回ったり、或いは銃を持って駆け回ったりもした。
下士官以下の部下を抱え、慣れない上官役をやったりもした。
だが、どうしたってこの方がやりやすい。
将来的に必要な事なのは解っているが、テッドは根っからのパイロットだ。
――おれは上官にゃ向いてねぇな
ただ、だからといってエディはそれを許さないだろう……
努力し苦手を克服するしか無いし、努力して成長するしか無い。
思えばエディという人間は、伸びると思う人間には徹底的に訓練させる。
伸び代のある部分を鍛え、成長を促し、それを本人の自信にするのだ。
『テッドの兄貴! どこっすか!』
ややあってからトニーが発艦したらしい。
全周レーダーで探せば、後方300キロ程の所にトニーが居た。
宇宙では本当に距離感が狂う。このディスタンス300キロが近くに感じる。
ただ、その感覚を担保しているのは、シェルが持つデタラメな機動力だ。
毎秒20キロ少々で飛ぶシェルなら、300キロは15秒だった。
『トニー! 俺の隣へ来い!』
『へい!』
すぐ近くにトニーを呼んだテッド。
ぎこちない軌道変化を起こしつつ、トニーは近くへとやって来た。
『何とか飛べるな』
『……シミュで200回位死にましたから』
そう。彼らシェルの素人は徹底したシミュレーター訓練を行っていた。
暇さえあれば……と言うレベルでは無く、訓練の時間全てを使う猛訓練だ。
ただ、そのシミュレーターは501中隊の積み重ねてきた実戦がベースだ。
激しい戦闘機動の果てに機体が自壊していく事まで経験させていた。
唯一無い物と言えば、それはつまり……
『それなら心配ないな。後は実際に撃墜されっと度胸が着く』
サラッと漏らしたテッドだが、一瞬だけラジオの中が静かになった。
あのとんでも無い腕利きなウルフライダーとやり合わないだけ幸せだ。
『……マジッスか?? 勘弁してくだせぇよ兄貴!』
トニーの泣き言がこぼれ、ラジオの中にクスクスと失笑が漏れた。
エディと共にとんでも無い戦闘を経験してきた面々には懐かしい日々だ。
しかし、その戦闘の記録と記憶は彼らの中に息づいている。
生身のパイロットを訓練するカリキュラムのベースでもあった。
『全機集合しろ! 編隊を組んで行くぞ!』
エディの集合指示が出てテッドはスッと軌道を変えた。
それを見ていたヨナやティブが『おぉ……』と感心する。
全く無駄の無い身体の使い方と機動の曲げ方。
正直言えば、シェルは習うより慣れろで、自分で気が付くしか無い。
上手く使う方法は見つけるのでは無く、感じ取って慣れる方が早いのだ。
ただ……
『トニー! 今から有線リンクする! 手取り足取りって奴だ。理屈じゃねぇから丸呑みするつもりで覚えろ! 良いな!』
その言葉の返答を聞く前に、テッドはトニー機の肩口にあるバスへ有線した。
これで機のコントロールをオーバーライドすれば、シェルの二人羽織だ。
『あ! すげえ!』
トニーがそんな言葉を零すのと同時、ミシュリーヌの言葉が聞こえた。
ちょっと艶っぽい声で『旦那に抱かれてワッチは幸せでありんす♪』と漏らす。
それを聞いたウッディやディージョが『おいおい!』と冷やかした。
クレイジーサイボーグズはいつでもどこでも同じ空気だ。
緩くてうるさくて楽しげな集団。だが、そんな空気を締めるのもまたエディだ。
『おいおい……』
エディの苦笑いがラジオに流れる。
それだけでベテラン陣営はスッと意識の置き方を変えた。
ただ、新人6人にはそれが上手く伝わらないらしい。
相変わらず『こうやってやるんすね!』とトニーが元気だ。
それを見かねたのか、寡黙で真面目なリーナーの声が無線に響く。
『……お前ら真面目にやらないと事故で死ぬぞ?』
それを聞いたミシュリーヌが『はい』と返答し、ラジオの中が大爆笑だ。
中々良いバランスだ……とテッドはそんな事を思った。
そして、将来的に自分がエディの立場に立ったら、女を1人加えようと思った。
結果論としてリディアもそれを認めてくれるだろう。
あくまで部下なんだと、そう接すれば良いはずだ……
そんな思考にテッドが沈んでいた時、エディがラジオに割って入った。
『まぁいい。それより戦闘加速を行う。ぶっ飛ぶぞ!』
隊の先頭に立ったエディが進路を変えた。
全員が上手に軌道を変化させ、一気に加速する体勢になった。
ふと見ればミシュリーヌにはヴァルターが。
そしてレオにはディージョが付いていた。
――ん?
テッドは不意に辺りを見回した。ヨナの指導はジャン。
そしてカビーにはウッディ。ティブにはロニーが付いた。
――全員収まるところに収まったか……
それこそがエディの指導だとテッドは知った。
勿論これが終わりでは無く始まりであると解っていた。
次はまた新しい新人を宛がわれるのだろう。そして、それを育てろと言われる。
結果的に自分自身が育つ事になり、また育て方の訓練を積んでいく。
戦闘訓練はシミュレーターで出来るが、人との接し方は場数と経験だ。
そして、人の育て方は失敗しつつ体当たりで覚えるしか無い……
『5秒後にブースターを点火する! 気合い入れろ!』
エディの声が珍しく熱い。
ただ、テッドはもうその真意も気が付いた。
――こうするのか……
そう。全てが手本なのだ。全てがエディ式の教育術なのだ。
こうやってエディは部下に育て方を教えているのだ。
ニヤリと笑ったテッドはシェルの戦闘支援コンピューターに介入した。
姿勢制御をマニュアルに切り替え、同時にブースターのスイッチを入れた。
『一気に速度に乗ってシリウス側に襲い掛かる算段だ。アクティブステルスを行うので、攻撃の段階まで無線封鎖し、全員有線でやり取りしろ。良いな!』
ラジオの中に『イエッサー!』の声が響く。
同時にテッドはトニーに呼びかけた。
『マニュアルで飛ぶぞトニー。とにかく覚えろ。考えるな。感じろ。良いな!』
その言葉の返答が来る前にエディがブースターを点火した。
宇宙空間を自力で移動できるシェルの真骨頂だ。
一瞬送れてテッド機がブースターに点火した。
それに連動し、トニー機もブースターに点火する。
一瞬だけ世界が光ったような気がして、トニーは宇宙の深淵を見た。
漆黒の闇の向こうに何かがあるような気がした。
人の目には見えない何かがこの世に存在し、それが複雑に絡み合っている。
ただ、実際には凄まじ音を立てながらブースターが燃焼している状態だ。
コックピットの中が轟音と振動に埋め尽くされ、その中でトニーは震えた。
人の手に余る代物を与えられたと感じたのだ。
『会敵距離まで凡そ2時間だ。その間にもう一度フォーメーションを確認する』
アリョーシャの声がラジオに響き、トニーは意識を自分の身体に取り戻した。
宇宙の深淵に溶けかけていた自分自身の何かが、もう一度フォルムを持った。
機体の隙間から宇宙を埋め尽くす何かが入り込みコックピットに充満している。
そんな事をイメージしたトニーは、頭を振ってモニターを見た。
正面に並ぶ18枚の大型液晶モニターが視界の全てだ。
『我々は今ここに居る』
アリョーシャの言葉と同時、視界左端のモニターが戦況表示に切り替わった。
火星周回軌道からやや離れた位置で発艦した隊のシェルは順調に航海中だ。
『シリウスの火星派遣艦隊は、各哨戒ポイントの早期警戒情報に寄ればこの辺りを航海中だ。画面で見ると近く見えるが、実際にはかなり離れている』
モニター上に表示されたシリウス艦隊は赤いモヤで表示されている。
距離が有りすぎてレーダーのエコーでは解析しきれない関係でこうなるらしい。
【兄貴…… やばくねぇんですか?】
直接ケーブルで繋がっているトニーは、こっそりテッドに話しかけた。
きっとその為のオンケーブルなんだと気が付いたのだ。
【ヤバイって? 何がヤバイんだ??】
軽い調子でテッドは言葉を返す。
だが、その中身はテッドだってよく解っていた。
【だって、対艦攻撃っすよ?】
【あぁ。解ってる。今まで何度もやったし、ガンガン沈めたしな】
サラッとそう言ったテッドは、余裕を誇示するように言った。
ただそれは、余裕では無く経験だった。過去何度も危険な橋を渡った結果だ。
【まぁ、何でも経験って言われてますけど……】
トニーがそんな言葉を漏らす。
それと同時、モニターの表示が切り替わってアリョーシャの説明が続いた。
『真っ直ぐに行って会敵すると速度差が大きすぎて洒落にならない。従って我々はこうやって途中で大きく旋回し――』
モニター上で接近しつつあったクレイジーサイボーグズは大きく旋回した。
そして、シリウス艦艇の斜め後方から襲い掛かる形だった。
『――速度差を殺して襲い掛かる。幾ら外宇宙向けの高速艦艇でも、内太陽系でシェルを引き離すような速度は出さないだろうし、出したなら火星を通り越す』
……なるほど
トニーの感じていた疑問や恐怖と言った全てが一瞬で解消された。
そして、それと同時に全く異なる恐怖がやって来た。
【対空砲火ってスゲェんですか?】
トニーの声がわずかに震えた。間違い無く内心の発露だ。
テッドは一瞬だけ間を置いてから、強がるように言った。
【どって事はねぇさ。当たる時は当たるし、吹っ飛ぶ時は吹っ飛ぶ。けどな――】
アリョーシャの説明は進行する中、テッドは口中で言葉を練った。
何を言ったら安心するのか。何を言ったら納得するのか。
どんな言葉を必要としていて、そんな説明をすれば良いのか。
それこそがエディとアリョーシャの深謀遠慮であり配慮だ。
きっと今、他のコンビも同じ事をしているはずだ。
……ふと、ロニーは大丈夫か?とも思ったのだが。
【――俺達は頭以外は機械だ。だから身体が吹っ飛ぼうが機体が木っ端微塵になろうが、頭が潰れねぇ限り死なないし、いま俺達が被ってるヘルメットは相当強靱に作ってあって、少々じゃぶっ壊れねぇと来たモンだ】
小さな声で【そうっすけど……】とトニーが零す。
テッドはそれをビビリだとは思わなかったし、普通の反応だとも思った。
自分がそれを経験できるほど、余裕が無かっただけなのだ。
砲弾銃弾が飛び交う中や、始めてシェルで飛んだ時。
そう言った場面場面でテッドは、考える前に動く事を要求された。
だからこそ、トニーとの対話は自分との対話でもあった。
【脳の生命維持は3時間持つ。その間に回収されれば助かるって寸法だ。それを越えれば俺達でもアウト。だからトニー。これだけは忘れんなよ】
テッドは精一杯渋い声を演出して確信を言った。
それは、全てのシェル乗りに共通する重要な能力だった。
【やべぇと思ったら敵を叩く前に逃げろ。自分が安全である事が最重要テーマだ。自分が死んでも敵を倒すなんて絶対するな。勝ちってのは相手を倒す事じゃねぇんだよ。勝ちってのは相手より長く生きてる事だ。負けりゃ死ぬんだからな】
その一言を聞いた時、トニーの中で何かが立ち上がった。
それは、生き残る兵士に共通する、重要な何かだった……




