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黒い炎  作者: 陸奥守
第十章 国連軍海兵隊 軌道降下強襲歩兵隊
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暗躍も任務のうち

~承前






 ――この男が朗らかな顔をしてる時は危険だ……


 チャールズ指令と付き合いだしてから、テッドは何となくそれを学んでいた。

 エディほどでは無くとも、笑顔でとんでも無い一撃をぶち込んでくる。

 それをやっておいて、涼しい顔で『どうした? 何かあったか?』と尋ねる。


 そう。


 鬼畜とか非道とかそういうものでは無く、根本的に罪悪感が無い。

 世間的にはソシオパスやサイコパスと呼ばれる類いの資質だ。


 ただ、凡そ司令官だの指揮官だのと言った肩書き持ちには必要な能力と言える。

 必要な戦果に対し指揮指導の結果を出せる存在でなければ務まらない。

 犠牲をただの数字と割り切れる位になっておかないと駄目な時があるのだ。


 そして……


「さて、訓練に勤しんでいる諸君らに朗報だ。大いに成果を発揮できるぞ」


 チャールズ指令は朗らかな顔でそう切り出した。

 誰かの苦労や苦痛を気にする事無く、にこやかに凶手を叩き込む。


 テッドはヴァルターと顔を見合わせ、微妙な表情で懸念の意志を交換した。

 そして周囲を見れば、全員が同じような顔になっていた。

 この隊へ配属されてまだ日が浅い者ですらも……だ。


 ――またかよ……


 そう。またかよ……なのだ。

 まだ10年と経過していないチャールズ指令のやり方だが、中身は解っている。


 あのエディが苦笑いしつつ『……なかなか楽しいじゃないか』と漏らす存在。

 意地と見栄とプライドで作られたジョンブルにそう皮肉を言わせる司令官。


 ――――将来エディがこうなるぜ……


 ジャンはサラッとそう言った。

 涼しい顔で鬼手を打てる上官を持つと、部下は言葉に出来ない苦労をする。

 そして、戦線と戦況を維持する為に滅私奉公を要求されるようになる。


 上官の無能を部下がカバーする軍隊は長く持たないだろう。

 だが、こと501大隊に関しては、その部下の方にも意地とプライドがある。


 ――――いまより悪くなるのは勘弁してくれ


 ボソリと漏らしたディージョの言葉にテッドは失笑した。

 あのサザンクロス戦闘を思いだせば、チャールズ指令と肩を並べるレベルだ。


 だが、このエディという男はロイエンタール翁にも意地を張ってみせた。

 涼しい顔と声音で『特に問題ありませんが、なにか?』と言うのだ。

 それがどれ程きつくて辛くて死にそうな案件でも、サラッと行ってみせる。


 それに付き合わされる者にしてみれば、悪夢のほうがまだマシだ。

 なぜなら夢は、覚める時が来るのだから……


「……今度はどこですか?」


 ジャンがそう問うたのを聞き、テッドも覚悟を決めた。

 酷い状況なのは解ったからスパッと言ってくれと、そんな感じだ。


 少なくともチャールズ指令とエディが楽しそうなのだ。

 間違い無く地球側は旗色悪しな状況なのだろうと察しが付く。


 どこかで押されている。或いは孤立無援で救助を待っている。

 そんな現状のポジションが何処かにあり、そこへ送り込まれる。


 ――――ちょっとそこまで行ってきてくれ


 街角の売店に行ってタバコでも買ってきてくれ。

 そんな気安さでこの指令は命令を下すのだ。


 それこそ、10万に包囲された18人を救助に行けと容赦無く言うだろう。

 それがシリウス側の戦術的な処置だと知りつつも……だ。


「やる気があるのは大変よろしい。今から説明するからよく聞いてくれ」


 チャールズ指令の笑みは恫喝と同じ意味だ……

 腹を括ったテッドは、一つ息を吐いてチャールズを見た。


「今から11時間ほど前、シリウスの地球周回艦艇から12個師団が地球へ降下した。恐らくタロン辺りで補給を受けた戦略機動軍なる行動グループだろうな」


 チャールズは手にしていた資料を壁際のモニターに映した。

 シリウス軍はその編成を3系統に分け、地上戦力と機動戦力とに分割している。

 残るひとつは補給や兵站を受け持つ輸送船力だ。


 それはあたかも過日の赤軍のようで、完全な任務分けを行った解りやすい編成。

 しかし、それ故に厄介な事が地球で発生していた。


「随分と解りやすい編成ですけど、それって何が問題なんですか?」


 ウッディはそんな質問をチャールズにぶつけた。

 ディッデンゲンで教育された彼らは、その全体像から考えを組み立ててた。


 小さな部分ではなく全体から敵の立体的な感触を得る。

 何が目的で同行どうし何を行動原則とするのか。

 それを把握してから小さな視点に目を移すと、敵の実情が読める。


 いうなればプロファイリングの手法だが、こんな時にもそれは有効だ。

 そして今、その手法でシリウス軍の行動が丸裸にされようとしていた。


 ただ、だからといって対処出来るとは限らないのだが……


「彼らシリウス軍は欧州企業製の超光速船をいくつか入手したようだ。そして現段階ではラグランジェポイントにある欧州企業系ドックで数隻が建造または艤装中。つまり彼らは地球からシリウスまで片道60日の最新鋭輸送手段を入手した」


 チャールズはどこか楽しそうな顔になってそれを言った。

 ただ、その実は洒落にならない事態だ。


 シリウス軍が使う兵器などは遠くシリウスから輸送されてきていた。

 だが、現段階では外太陽系における各企業の生産拠点が活用されている。

 シリウス系の兵器を生産し、その支払いを受けているのだ。


「……つまり、シリウス軍は軍の輸送とシリウスへの輸送ルートをシェアする必要が無くなったと」


 シリウス軍の兵站輸送が大きく改善されたのだとウッディは言った。

 今までは地球からの食料をシリウスへと運び、その返りに兵器を積んできた。

 シリウスでは絶望的に食料が不足しているのだ。

 故に、地球からの支援は欠かせず、輸送船は必ずシリウスまで足を伸ばすのだ。


 そんなシリウス軍のジレンマが解消された……


 そう。食糧輸送専門チームはシリウスへ直接飛ぶようになる。

 地球への帰り道には新しいレプリでも積んで返ってくる事になる。

 従来の輸送チームは外太陽系からの兵器や消耗品をピストン輸送する事になる。


 結果、シリウス側はフレッシュな戦力を地球側と同じペースで補給できる。

 場合によってはそれ以上のペースで補給できるのかも知れない。


 大幅に増強された輸送力の全てをシリウス軍は兵力補給に極振りするだろう。

 その結果、地球上における戦力バランスが一気に崩れるかも知れない。

 或いは、何処かの戦線が大きく崩れるかも知れない。


 同時多方面戦闘はとにかく兵站力がものを言う。

 短期決戦で戦争の雌雄を決するのでは無く、持久力勝負の局面に入った。

 そしてこの場面で、シリウスは地球に比肩できる体勢になりつつある……


「そう言う事だ。故に我々海兵隊は地球からの指示を待つ事無く独自に動く事にする。先ほどマーキュリー中佐を交えマッケンジー提督と相談したんだがね――」


 チャールズは何とも楽しそうな、凶悪な笑みを浮かべて言った。


「――我々は徹底してシリウス側に嫌がらせをする事にした。つまり、シリウスへの船を出さないようにするのだ。それによって地球の地上軍を支援する。なんだかんだ言っても、まだまだ地球の地上には戦力が残っているし、生産と戦線が直接結ばれている状態だ」


 ……来たよ来たよ


 テッドは再びヴァルターと視線を交わした。それはウンザリ気味の空気だ。

 少なくともこんな厳しい局面において、エディという男は凄まじい一手を打つ。


 それは、相手にしてみれば絶対に防ぎたいダメージの一手だ。

 考え得る限り最悪の事を相手に行う。それも涼しい顔で。

 しかも、それに付き合わされる部下の想像の微妙に斜め上の一撃を……だ。


「……で、何をすれば良いんでしょうか?」


 ミシュリーヌの言葉がやや冷たげに聞こえる。

 こんな時の彼女はクールビューティーだが、実際には内心ウンザリだ。


 女だからって一切配慮などしてくれないし、歯牙にも掛けないだろう。

 ロクサーヌの実験によって身体の性能はどんどん上がっている。

 それを見て取ったエディは『実験的実戦が必要だな』と言う。


 それも、サラッと……だ。


「じゃぁ手順を説明しようか。頼むよエディ」


 チャールズは楽しげな笑顔でエディに話を振った。

 そのエディも『えぇ』と楽しげだ。


 その姿を見ていたトニーとヨナがゴクリと唾を飲み込んだ。

 今はもうすっかり機械になった筈のふたりも生物的な反応を漏らす。


「さて、海兵隊らしく徹底的に暴れるぞ。全員覚悟を決めて聞け。良いか?」


 室内をグルリと見回したエディは壁のモニターを指差した。

 そこに表示されたのは、内太陽系と呼ばれるベルトの内側だった。


「現在シリウスからやって来た船団はこのタロン辺りに集結しているが――」


 モニターに表示されたタロンの位置は、正直そろそろ面倒なエリアだった。

 太陽とシリウスを結ぶ直線上からやや進んだ辺りで、戦略的には無価値になる。

 外太陽系の各惑星はこれからの50年で有利な位置に段々と動くだろう。


 となれば、そろそろタロンを捨てて前線基地を動かすのが得策。

 そしてその移転先として最適なのは、間違い無く火星だった。


「――言いたい事は解るな?」


 シリウス軍は地球に降下させた戦力以外にほぼ予備を持たない状態だった。

 つまり、火星の地上残存戦力とタロンに結集している戦力が襲い掛かってくる。


 シリウスからやって来たフレッシュな戦力と兵器。

 恐らくは向こうで訓練を積み重ねてきた全てが相手になるだろう。


「これ、実際にはどれくらいの戦力ですか?」


 ヴァルターが訝しげにそう問うた。

 その問いに応えたのはエディでは無くアリョーシャだった。


「正直、蓋を開けてみるまでは解らない。だが、最大戦力として見積もっても4個師団以上にはなり得ない。タロンがそれ以上収容できないからな」


 サラッと4個師団と言ったが、その戦力はとんでも無いものになる。

 レプリなど死を考慮しなくても良い戦力は本当に手強いのだ。


 そしてもっと言えば、そろそろ寿命になるレプリは使い潰すのが前提。

 レプリもそれを解っていて、最後に一花的な戦いを挑んでくる。


「……なんとも楽しげな話ですが、対抗戦力はどうでしょうか?」


 精一杯意地を張ったオーリスがそれを問うた。

 それに応えたのはやはりアリョーシャだった。


「火星の地球側地上戦力はざっくり7個師団。ただし、少々補給が滞っていて、実際問題我々のメンテナンスも微妙になりつつある」


 ……マジかよ


 そんな顔になったトニーの背中をテッドがポンと叩いた。


「ビビッてんじゃねぇ シャキッとしやがれ! 意地を張んだよ! 意地をよ」


 そんな事を言いつつ、テッドはつくづくと『染まってきたな』と自嘲した。

 言うまでも無くエディの色に染まってきたのだ。


「まぁ……」


 テッドの言葉に満足したのか、エディはニヤリと笑ってから切り出した。

 そんな表情の時は絶対碌な事じゃ無いと解っていて、テッドは奥歯を噛んだ。


「私の率いる隊の人間はオールラウンダーが基本だ。それは解るだろう?」


 エディの言葉に全員が何となく首肯を返す。

 得手不得手や好むと好まざるとに関わらず、それは降り掛かってくる。

 そしてここで大事な事は、エディが一切泣き言を聞かないと言う事だ。


 苦手だの不得意だのと言ったものは『乗り越えろ』としか言わない。

 いや、言ってくれるだけありがたい部分があり、実際は何も言わない。

 黙って勝手に進めて、後は自分で努力して追いつくしか無い。


 追いつかなければ死ぬだけだ……


「そんな訳でだ。彼らが火星に降りるまで指を咥えて待っている必要は無い。宇宙空間にいるうちに彼らを叩く。そして、数を減らしておいて火星に降下させる。降下してしまえば面倒になる戦力は、早めに全部叩き潰しておこうと言う事さ」


 ……あちゃぁ


 まぁ、確かにそうだよな……とはテッドも思う。

 宇宙空間に居るウチは、シェルと戦闘機しか戦う手段が無い。

 そこに501大隊仕様の高機動型シェルで襲い掛かろうと言うのだ。


「火星の地上に落とすんですか?」


 レオは何処か不安げにそう言葉を漏らした。

 シリウス人であるからして、同じシリウス人を殺すのは気が引けるのだろう。

 だが、エディは涼しい顔で言った。そんなの知るかと言わんばかりに……だ。


「いや、落とすのは火星じゃ無い。これから追いついてくる地球だ」


 太陽系の内側を公転する地球は火星を追い越す形になる。

 その地球墜落軌道に乗せてシリウス艦艇を撃破しようというのだ……


「……そんな事出来るんですか?」


 カビーが驚いた顔になってそう言う。

 いや、驚くのはやむを得ない部分があるだろう。

 実際にそれをやってみるまでは、誰も信じられないと言うはずだ。


 だが、この501中隊は過去に何度もそんな事をやってきた。

 そして今回もアリョーシャが綿密な計算をしている事だろう。

 どこに落ちるかは解らないが、地球方向に向けておけば、後は重力任せだ。


「嫌がらせするのはシリウス側だけじゃ無いって事ですね?」


 腕を組みつつステンマルクがそう言う。

 ブルはニヤリと笑って指を指しながら言った。


「こっちが有利になる為なら、犠牲は惜しまないって事だ」


 ククク……


 501大隊の古株が失笑をこぼした。またかよ……と、そう言わんばかりにだ。

 この隊へ新しく入って来た者達が驚く中、古株達はその非道を笑っていた。


 そして彼らは改めて思っただろう。

 とんでも無いところへ来てしまった……と。

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